満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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また遅れてしまった……
ちょっと無理してでも週二更新したいところです。
ここで加速してクライマックスにじっくり時間を割きたいんですね。今の時期少し時間ありますし。

これも全部霧の魔法のせいなんだ。


嵐の前の静けさ

 予科一年A組が全ての講義を終えて放課後になった後、生徒会長シャルル・マロースの弟、エトのシェルに、一件のテキストの着信を知らせる音が鳴った。

 本日はこの後少し予定があるのだが、とりあえず確認だけはしておこうとシェルを開く。その画面に映し出されていたのは『お兄さん』の文字だった。

 彼からシェルでこちらに連絡をするというのは極めて珍しい。基本的にはエトからテキストを送って返信を貰うというのが主だったが、どういう風の吹き回しか、珍しくクーからテキストが送られてきたのだ。

 テキストの内容を確認して、エトは少し困惑する。

 そこに書かれていた内容は、要するに、稽古つけてやるから顔を出せ、ということである。

 

「エト」

 

 ふと、背後から名前を呼ばれ、咄嗟に振り返る。

 そこにいたのは、蒼く長い髪をツインテールに分けた、小柄で真面目そうな女の子であった。

 サラ・クリサリス。それが彼女の名前であり、古くからその名を魔法使いの社会に知らしめているクリサリスの息女である。その名も今では少しずつ消えてしまおうとしているのだが。

 

「ああ、サラちゃんか」

 

 サラの姿を見て、少し項垂れるエト。

 ここまであからさまに元気がないエトというのも珍しく、シェルを開いて落ち込んでいたのだからシェルの中身に何か関係があるのだろうと察する。

 そして大方、サラを差し置いて優先すべき相手から貰った誘いの連絡、と言ったところだろうか。全く仕方ないと、サラも小さく溜息を吐く。

 この後エトと二人でほんの少しグニルックの練習に行った後、更に少し図書館島によって講義の内容で気になったところを調べに行くつもりであった。エトも何か読んでみたい本があるらしい。

 そう考えてみれば、これってデートなのでは、と一瞬サラの脳裏を過ぎってしまう。

 そんなつもりはない、そんなつもりはないと、心の中で反芻するように否定するが、その頬はほんのりと紅くなっている。

 

「ごめんねサラちゃん、今日はちょっと練習に付き合えそうにないや」

 

「へっ――」

 

 急に言葉を返されて、サラも次の言葉に詰まってしまう。

 普段冷静なサラとしてはこんなことになってしまう自分にも思考が追い付けないのだが、相変わらずというかなんというか。

 咄嗟に次の言葉を頭で捻り出して、返事をエトに返す。

 

「あ、ああ、大丈夫です。エトにだって都合はありますし。元々私の我が儘なんですから、気にしないでください」

 

 とは言ってみるものの、いざこの後別れるとなると、ほんの少し寂しくなる。そう思ってしまうくらいには、サラはエトに心を開いてしまっているのだろう。

 今日はたまたま都合が悪くなった。明日誘えば今度は一緒にいられるだろう。そう自分に言い聞かせて、教室から去ろうと踵を返そうとして。

 

「いつも稽古してもらってる人から連絡が来たんだ。久しぶりに向こうから来たから、どうしても優先させたいんだ」

 

 そう楽しそうに語るエトに対して、サラはふとある考えが思い浮かんだ。

 これなら、もう少しエトと一緒にいられるかもしれない。

 

「その稽古、私も見学させてもらっていいですか?エトが普段どんなトレーニングをしているのか気になります。それに、エトとお知り合いの先生の方にもご挨拶しておきたいですし」

 

 自分より優先してでも会いたい相手はどうやら稽古をつけてくれる先生らしい。

 エトが一人で鍛錬を積んでいるという話も以前に聞いたし、入学してすぐの、別クラスの天才児、イアン・セルウェイの嫌味を浴びせられた時のあの神業のような一瞬もその鍛錬の賜物であるということも聞いた。そんな凄いことを可能にさせる人がどんな人なのかもとても気になっていた。もしかしたら自分が何かレベルアップのきっかけを手に入れるチャンスでもあるかもしれない。

 

「え、いいの?僕の稽古なんかに付き合うなんて――」

 

「エトの稽古を見学して、私も何か得られるかもしれません。魔法には直接関係がなくても、もしかしたら学習できることがあるんじゃないかと思ったんです」

 

 そこまで言われてしまえばエトも拒否するわけには行かない。

 もしかしたらほんの少し危ないかもしれないけど、あの師匠なら他所に危害が及ぶことはないだろうし、エト自身も十分に気をつけるつもりである。というより、何よりサラに自分の少しカッコイイところを見てもらえるのが純粋に嬉しかった。

 もっとも、今回の場合は基本的に遊ばれてボコボコにされるのがオチだろうが。

 二人横に並んで、桜並木を通る。

 最近地上では色々と物騒みたいだが、まるでそんなことなど存在しないと言っているような静けさと美しさ。

 桜並木を抜けて、しばらく進んだところにある少し広い空き地。そこに、彼はぼうっと突っ立っていた。

 

「あ、お兄さん!」

 

 その姿を見るなり、目を輝かせてエトが走り出す。唐突に置いて行かれたサラも慌ててその後ろを追う。

 どうやらエトは彼のことを先生でも師匠でもなく、お兄さんと呼んでいるらしい。彼には姉はいるものの兄はいない。つまり兄のように慕う程仲がいいということなのだろうか。

 走りゆくエトの背中を追いながら、エトの師匠の姿が次第にはっきり見え始める。

 そして、その輪郭がくっきりしてきて――その顔がどこかで見たことがあって――それは例えば、たまに新聞や資料などで目にする、逆立った青髪と鋭い真紅の目をしていて――

 

「よう、エト」

 

 サラの脚がぴたりと止まる。そして、一歩、二歩、後退りする。

 ああ、なんてことだろう。その男には、伝説がたくさんある。例えば、気に入らない相手を一目で見抜き、その場で突き殺すとか、彼の持つ真紅の槍は、敵を貫いた時の血で染め上げられたものであるとか、心臓を止めても死なない不死身であるとか、化け物じみたその伝説の数々は、彼の名を知る者はよく知っている。

 人の域を遥かに凌駕した、イギリス国家の最終秘密兵器、強者揃いの八人によって構成された組織、『八本槍』の一人、クー・フーリン。

 今では新聞でも『八本槍』を脱退し、国家への反逆の疑惑が浮上していたが、そんな彼が、何故ここに。

 

「サラちゃん、早くこっちへおいでよ!」

 

 無茶を言うな。

 礼儀を尽くさなければならない優先度で言えば、間違いなく女王陛下など比にもならないくらいにこの男は危険である。下手したら首が飛ぶ。首も胴も形を成しているかどうかすら分からない。そんな相手に近づくとはエトも無茶を言う。

 というか何故そんな男を相手に稽古をつけてもらっているのかも理解に苦しむ。そんなことをしていたら命がいくつあっても足りないのではないか。

 

「なんだエト、ガールフレンドか。このマセガキめめでてぇじゃねーか」

 

 しかしこの男、何だか楽しそうに笑っている。演技とか冗談とかそんなものではなさそうだが、伝説が本当であるなら次の瞬間目の前が真っ暗になる。多分。

 エトがこっちへと向かって走ってくる。そして背中に回ると、両手を使って背中を押してくるのだ。鬼神の方へと足を向かわせようとして。

 ちょっと待て、勘弁してくれ。自分でも徐々に顔から血の気が引いていくのが分かる。怖いなんてレベルじゃないが、なんだ背中のこの男、見た目は華奢なくせにどうしてこんなに力が強いのか。力に抗おうとしてもまるで無駄である。

 

「クラスメイトのサラ・クリサリス、サラちゃんだよ」

 

「ああ、こないだ話に出てたな」

 

 どんな話をしたのだろう。

 正面に、身長が自分の倍くらいはありそうだと錯覚させる躯体の男がいる。

 とりあえず、第一印象くらいは体裁を整えておきたい。ここで出鼻を挫かれたら挫けるのは多分出鼻だけではない。人生そのものが挫けてしまう。

 

「えと、サラ・クリサリスです。よ、よろしくお願いしますっ」

 

 深く、それはもうこれまでにない程人生で一番深く頭を下げる。

 すると、地面しか見えない視界に、何かごつごつとしたものが入ってきた。人の手である。目の前の男の掌だろうが、やがてその指先が額に触れた。

 そして気が付けば――尻餅を地べたにつけて座り込んでいた。

 

「堅っ苦しいな、もう『八本槍』でも何でもないんだからそこら辺のゴロツキと変わんねぇよ」

 

 少し困惑した状況。掌が見えた時は首根っこを引っこ抜かれると思ったが、ちょっと押されるくらいで済んだところを見ると、言う程恐ろしい人ではないのかもしれない。

 クーにしてみても、またこの少女にも変な言い伝えのせいで誤解を植え付けられていると思ってみれば面倒臭くもなる。来る人来る人みんな伝説の内容と重ね合わせて怯えるものだから、怖がらせないようにこちらが気を遣わなければならないとなると何だか肩が凝ってくる。正直こんな偉い人みたいな扱いを受けるのも、あの孤高のカトレアの言葉を借りれば、かったるい。

 

「ま、エトをよろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」

 

 そう言って、サラの腕を掴んでゆっくりと引っ張り立たせてやる。支え方そのものは乱雑だったが、しかしその中に優しさを感じるような。

 立ち上がった後、エトに少し離れておくように言われて、少しどころかかなり遠くでいつでも逃げられる体勢を整えておく。

 遠目でもある程度分かるが、エトはクーから細長い何かを受け取る。それが剣であるということを理解して慌てて声をかけるが、彼らから返ってくる言葉は大丈夫の一点張り。

 嫌な予感しかしないと心中穏やかでないサラをよそに、それは始まった。

 爆音、そして続く金属音。

 何かが起こっているのだが、何が起こっているのかさっぱり分からない。

 少なくとも一般人同士のやり取りでではない状況を思考停止した状態で眺めているサラだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 それからエトを五秒に一度くらいの感覚で防御ついでに吹き飛ばしてあげた後、暗くなってきたのでクーはさっさと退散することにした。

 既に深夜と呼ぶべき時間も近づいており、いつも通りアルバイトに出向いていた葵も既にクーの部屋へと戻ってきている頃だろう。

 学生寮は、クー自身が『八本槍』から脱退したお蔭で大分混乱していたにも拘らず、今でも場所を提供し続けてくれている。エリザベスの計らいなのだろうが、今でもそのことについては感謝している。

 ドアを開けて真っ先に目についたのは、ベッドから転げ落ちてそのまま眠りに就いている葵の姿だった。

 

「おいおいみっともねぇな」

 

 クーが言えた義理でもないが、少なくとも年頃の少女が地面に寝転んで熟睡するものではない。葵の寝相が悪いとはここに置いて数日の間では確認できなかったが、夢見でも悪かったのだろう。

 ほんの少しはだけてしまっているパジャマを直してあげると、彼女が起きないようにそっと抱えてベッドに戻してやる。

 柄にもないことをしているということは自分でも気が付いているのだが、何だか悪い気はしない。長年共に旅をしていたリッカにもジルにもここまで傍にいて面倒を見てやるなどとしたことがなかったので新鮮に感じるのかもしれない。

 

「今度美味い飯でも作ってもらうぜ」

 

 布団を胸元の高さまでかけてやりながらそう呟く。聞いていたら聞いていたで本当にご馳走になるつもりだが、逆に強制するつもりもない。作りたいと思って作った飯が本当に美味いということはクーもよく知っている。

 葵がクーのことをどう思っているかは知らない。親しくもないのに突然衣服を槍で破られた相手に好意を感じるとは思えないが、こうして主従関係を結んでいる以上、それ相応の信頼関係くらいはあるつもりでいる。

 こんな霧の魔法の大事件を起こしたことも、その理由と向き合って罪を清算したいと思う覚悟も、そして普段から見せる明るい笑顔も嫌いではない。

 ただ、その笑顔の裏に隠れる影がいつまでたっても気に入らない。何かを隠していることは一目瞭然だが、それを無理矢理訊き出そうとも思わない。彼女が自分の口で語るのを待つ――のではなく、彼女が話せるようにこちらからアクションを起こす。

 要は、彼女の心を自分に開かせること。彼女を主として、自分が騎士となって尽くすのだ。主のことは一つでも多く知っておきたい。少なくとも、ねちねちと面倒臭いことしかさせない陰湿な主とは違うのだ。

 そう、率直に言ってしまえば、陽ノ本葵という少女は、クーの好みに合致していたのだ。

 残念ながら歳が若過ぎるため恋愛対象として掠りもしない。それこそ相性の良さで言えばリッカやジルも十二分にいい女なのだから。子供は子供同士で愛とか恋とかして失敗しながら成長していくものだ。今の彼女に自分か介入していく義理もないし、彼女が自分に介入していく義理もない。

 

「あっれー、何で俺様こんなにこいつのこと気にかけてたんだっけか」

 

 ふと、そう思った。

 考えてみればあの時フラワーズで仕事を手伝う以前から彼女のことは知ってはいたが、本格的に彼女のことを気にしだしたのは、霧の魔法の一件について彼女が怪しいと思い始めた頃であった。

 あれだけ温かい笑顔を振りまく少女が、あれだけ優しい性格の少女が、何故あそこまで怪しく見えてしまうのだろうと。

 しかし結局、そんなことを考えるのも無駄であるということは知っている。ジルにしろリッカにしろ、結局どこから絆とやらで強く結ばれたのかと問われれば正確に答えられる気はしない。そんなことを考える辺り大分丸くなってしまったが、人間関係というものは得てしてそんなものである。

 ソファにどっかりと腰を掛けると、クッションが腰を包み込むように沈んでは受け止める。

 そこまで眠くはなかったが、とりあえず仮眠くらいはとっておこうと思って瞳を閉じたと同時に、デスクの上に放り投げていたシェルが音を立てた。

 葵が起きてしまうのを恐れたクーは急いでシェルの音を止めるために咄嗟に掴んで開く。

 遅い時間だったが、そのテキストの送り主はリッカだった。

 その内容は、休みである明日を利用して、霧の魔法の事件に関する会議を開くということだった。

 参加者は女王陛下エリザベスと側近杉並、現『八本槍』メンバーとクー、それからリッカ、シャルル、巴を中心とした生徒会メンバーとジル、さくらのことを普段の生活であったり夢見のカウンセリングであったりとよく知っている清隆といったメンバーである。ちなみに相変わらず事態を静観するつもりでギルガメッシュも現れるらしい。何だか文章内で悪態をついていたがわざわざそのことを報告しに来たようだ。きっと随分と上から目線で言われたに違いない。

 本日さくらに関する記憶の大部分が引き出せたおかげでリッカの枯れない桜の研究も大幅に進歩するだろう。もしかすればエリザベス側でも地上で発生している魔法に関して何かしらの情報を掴んでいるかもしれない。

 少なくとも、彼女の傍には杉並という男がいるのだ。彼がいる以上、情報の面で立ち往生となることはない。彼が組織している謎の集団、非公式新聞部は構成員も活動内容も組織目的も一切不明だが、こと情報に関しては『八本槍』でも知らないような詳細な情報を握っていることが多い。代表である杉並もなかなか頭が切れるのだ。彼がいる分には調査が滞ることはない。

 明日の会議、全体的に大きな方針が定まるだろう。

 全てが決着に向けて動き出す。それなのに。

 何故か、どうも腑に落ちない自分がそこにはいた。光の消えたシェルの液晶には、作り笑いすら浮かべられない自分の顔が映っていた。




次回からいよいよクライマックス(予定)
もう少し時間がある中で情報を小出ししていくの難しいです。

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