かなりベタな展開かもしれない。
「あ、ありのまま起こったことを話すぜ。例の場所に行って、犯人がいそうな感じの部屋に入ったら、そこはこの宿の風呂場で、気付いたら空を飛んでたんだ!な、何を言ってるのか分からねーと思うが、……俺も分からねぇ。とにかく、頭がどうにかなりそうだった……。いや、実際に頭を打ち付けたんだが……。幻影とか罠とかそんなチャチなモンじゃねぇ、 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……!」
額から汗をダラダラ流しながら要領を得ない報告をしているクーを苦笑いしながら見ているのはジルである。
リッカは羞恥と怒りに顔を染めてクーを睨んでいる。
クーはいつも通り頭やら腕やらに包帯を巻きつけて顔面蒼白になりながら意味不明なことを述べる。
勿論リッカやジルにまともに通じているはずもない。
「とにかく、向こうは離れた空間を繋げるかなり高度な魔法を使ったってことでいいのかな、リッカ?」
「いえ、違うわ、あれはこいつの故意よ。わざとやったのよ、ええ、きっと、いや絶対そうよ!まったく、男ってみんなこんなやつなの?」
まだ根に持っていた。
正直現場検証も状況整理もする気のないくらい私情だけで因果を決めつけているという、犯人捜査にあたって一番最悪な状態だ。
しかしまぁ突然に風呂場に乱入されたのだ。過失だとしても、怒るのは無理もないだろう。
とりあえず、クーが行っても駄目であることは判明したため、彼は留守番となり、ジルとリッカの二人で現地に向かうことになった。
クーの表情はお察しだろうが、リッカたちは笑顔でクーに手を振って出発した。
そして、例の屋敷に到着してからというもの、リッカたちの優秀な魔法使いとしての第六感が、この建物の異常性を認識させる。
ここには膨大な魔力が放出されており、それによってこの建物中にトラップが設置されていることまで分かった。
「リッカ、どう見る?」
「そうね、恐らく、この建物とどこか別の建物にリンクするような、空間転移魔法が仕込まれてたりするかもね」
それは恐らく先程クーが大変な目にあった魔法。
リッカは目を細めながら、建物の中に入っていった。
それにジルも続く。
先程クーが見て回ったのと同じ風景。
ところどころが埃で汚れていて、かなり不潔であるが、そんなことは今はどうでもいいことだ。
とにかく、この建物の中にいるであろう魔法を使った悪事をする人間を探し出さなければならない。
ということで、リッカとジルはそれぞれ別行動をとることにした。
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さて、ジルはとりあえず二階に上がって廊下を突き進んでいた。
ところどころに魔力反応はあるが、それを逐一調べていたところ、ある一定のパターンで強制転移の魔法が働く扉が存在することが分かった。
その魔力反応を避けながら、少しずつ前に進んでいく。
すると、一か所だけ妙な魔力反応のする部屋――扉を見つけた。
それを開けようとするが、カギがかかっているのか、開かない。
開錠魔法を使ってカギを開ける。
これではいれるだろうと思いドアノブを捻って引いてみるが、やはり開かない。
押すのだと思って押してみても、依然として開かなかった。
訝しく思い、自分のワンドをドアノブに当てて精密調査をしてみる。
すると、鍵に魔法がかかっていたのではなく、ドアその物に魔法がかかっていたことが判明した。
そうと分かれば対策を練るだけだ。
どのような魔法が使われているのか分かれば、それを相殺するような効果を持つ魔法を当てるか、そもそもその魔法の効力を打ち消してしまえばいい。
ジルは後者を選んだ。
理由としては、前者は、術者は大きな建物全体に強力な魔法を仕掛けるような実力者で、魔力を自身の魔力で相殺できるとは思えなかったからだ。
リッカならできるだろうが、それでも危険はあった。
そういうわけで魔力を打ち消して、ようやくドアを開ける。
ドアの隙間から覗こうとしたら、複数の声が聞こえてきた。
危険がないことを感じ、中に入ってみれば、そこには、ちょっとした楽園が広がっていた――
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その頃リッカは、この建物で最も大きな魔力反応を示す部屋の前へと到達していた。
既に勝利を確信したような笑みを浮かべたリッカは、扉に向かって自分のワンドを向けていた。
そして魔力をワンドに籠めて――一気に放った。
魔力弾の攻撃を受けた木製の扉はバ粉々に砕け散り、埃を舞わせてリッカの視界に靄をかけた。
しかしリッカは得意の風邪を操る魔法で視界を一気に広げ、中にいた人間に挨拶をする。
「ごきげんよう。こんなところで何をしているのかしら?」
広い部屋。部屋の中央には接客用の披露目のテーブルと一人用ソファが四台、恐らくはこの建物の主人の部屋であり、応接室としての役割も兼ねているのだろう。
そして、その奥。左右に広いデスクのさらに奥、大きめの椅子に、こちらに背を向けて座っている人間がいた。
「何をしているって、くつろいでいるだけだが」
女の声。
悪びれる様子もなく、怖気づく様子もなく、淡々と言葉を発するその女性は、ゆっくりと椅子ごと体をこちらに向ける。
「こんにちは。わざわざこんなところまで足を運んできてくれるとは、ご苦労なことです」
「ええ。まったくこんなかったるいことさせてくれちゃって。さて、そういうわけでちゃっちゃと片付けたいから、早くこの建物やこの町にかけた魔法を解除しなさい」
リッカは少しばかり殺気を聞かせて脅すかのようにその女性に投降を呼びかける。
しかし、女性にはこの言葉は通じなかったようだ。
口の端を吊り上げ、挑発するかのようにリッカに笑いかけて、そして言った。
「嫌だ」
「そう、なら力づくで跪かせてあげるわ!」
そういうなりリッカは自分のワンドを構えることなく、自分の魔法だけを頼りに手のひらを相手にかざす。
しかし、その延長線上に女性は既にいなかった。
「遅いですよ、『アイルランドの英雄』の付き人さん」
背後からの声、慌てて振り返るが、ほんの一瞬彼女の残像が見えただけだった。
――速い。
率直な感想。しかし、リッカはこの一瞬の動作で一つの結論に辿り着いていた。
それは、彼女は自らの体に俊敏性の強化の効果を持つ術式魔法をかけているということだ。
それならばと、リッカ自身も策を講じる。
相手から感じる魔力放出の感覚。
瞬時に周囲を見渡すと、ソファが四台全て浮いていた。
射出。
テーブルの中央に立っていた彼女が手を水平に薙いで、攻撃を加えようとする。
一方リッカは――培われた魔法の力と、判断力で、飛んでくるソファを迷いなく地面に落とす。
そして風を使って相手の行動を一時的に鈍らせて、そして発動。
別の魔法的作業を行っていたがゆえに時間がかかったが、問題なく――完成した。
地面に展開された魔法陣。
それは少しずつ範囲を増やし、そして、この部屋全体に行き渡る。
「勝負ありね!」
リッカの勝利宣言と共に、魔法陣は光りはじめる。
術式無効の魔法陣。
急な能力低下に、自身の体が追い付かなくなって、彼女はよろめき膝をつく。
一瞬の隙も見せることなく跪いた彼女に接近し、ワンドを後頭部に突きつけた。
「さ、魔法を解いてもらうわよ」
「嫌だ……」
それでも彼女は拒む。
彼女の体は、恐怖に打ち震えていた。
その恐怖は、今ここで命を絶たれるかもしれないという状況から来ているものか、あるいは――
その時、背後から足音が接近。
増援かと思い、リッカも冷静に落ち着いて振り返る。
しかしそこには、竹馬の友であるジルが肩で息をしながら立っていた。
「ジル!」
「リッカ、あのね、この人そんなに悪い人じゃないよ!」
どうやらジルはリッカに案内したい場所があるらしい。
リッカは彼女を連行するように前を歩かせ、ジルの進む通りに廊下を歩いていった。
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ジルの案内通りに進んでいった先に、大きな部屋が一つ。
その扉を開けて中を覗くと、そこには様々な年齢の子供たちがいた。
十四、五歳の少年少女から、四、五歳の幼い子供まで、様々だった。
その子たちはジルたちを見かけるなり、小さな子は怯え、年長者は年下を守るように、庇うように陣取って警戒した。
「大丈夫だよ。私たちは何もしないから」
ジルが彼らの警戒を解くように声をかけ、ゆっくり、姿勢を低くしながら接近していった。
一方リッカはこれがどういうことなのか、彼女に状況を説明してもらう。
彼女はこう言った。
最近はこの町で、子供たちの扱いが酷くなっている、それで、なんとか自分が匿ったものの、養っていけるだけの金はなかった。それでもこの子たちに罪はないから、罪を被るのは自分だけでいいと思い、魔法を使って略奪を繰り返した、と。
しかし、リッカはそれに対しては強く反発せず、諭すように言った。
「確かに、あなたのその子供たちを助けたいという心掛けは立派だわ。でも、あなたがそのために魔法を悪く使ったせいで、それに便乗した町人が暴れまわってる。それに、これが魔法の仕業であると知る人が現れたら、魔法使いの立場は悪くなる一方だわ」
「でも、それではどうすれば……」
「私たちに任せて」
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そしてリッカたちは町の自治体に話をつけ、何とか今の建物を孤児院として開設することに賛成を得た。
最初こそ渋ってはいたものの、留守番をしていた『アイルランドの英雄』こと、クー・フーリンを引っ張ってきて、凄ませたおかげで、半ば脅迫気味ではあったが、それでも公的に子供たちの安全と快適な生活が約束された。
院長はそのままあの建物の主人であった彼女が引き継ぐことになった。
彼女の罪こそ決して軽いものではなかったが、それはこの孤児院を責任を持って運営するということで不問となった。
「あの、ありがとうございました」
「ったく、この俺様を悪役みたいな扱いしやがって……」
「まぁまぁ、役に立てたんだからいいじゃない」
リッカたちも、しばらくはこの町に住みついて孤児院の援助をするようだ。
代わりに土地を提供してもらい、魔法の研究をするための施設を作っていた。
そして、ここまでしてきて、リッカたちにはまだ知らまければいけないことがあった。
「あなた、名前は?」
「え……あ、私、アリナ・レントンと申します」
「アリナ、ね。ま、これからお互いに頑張りましょ」
リッカとアリナは、固く握手を交わしたのだった。
次回は風見鶏と大きくかかわりのあるあの人が登場。
というか時間の経過の幅が大き過ぎて少し泣きたい気分である。