満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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一対複数の戦闘シーンって本当に難しい。同時に複数の人間が動く以上、どう絡ませるかって本当に大事ですね。


愚者の共鳴

 桜並木を前に、静寂が訪れる。

 店側へと続く通路には、真紅の槍を構えたクー・フーリンが、そしてその反対、桜並木へと続く通路には、四体の騎士を従えたアデル・アレクサンダーが堂々とした佇まいで立っている。

 店からも、そして桜並木からも、誰一人として風見鶏の生徒は現れない。アデルの手によって事前に人払いの結界が張られていたのだろう。店にいる生徒も、ここで大きな争いが起こることも知らずに談笑を楽しんでいるに違いない。

 

「そんな木偶の坊共でこの俺様を倒せると思ってる辺り、随分と舐めてくれんじゃねぇか」

 

「貴様のような地を這うしか能のない虫けらなど、この程度の木偶の坊で十分だ」

 

 右手を前に差し出したアデルは、魔法によって騎士に指示を出す。

 空気を裂き、景色を破るように、先頭の二体の騎士が両手に大剣を構え突進してきた。無名の騎士であるが、魔法において人の域を遥かに凌駕している魔法使いが召喚した騎士たちである。後方にいた、鍛錬を共にしていたこともあるエトですら、その瞬く間の接近を視線で追うことは能わなかった。

 火花が散る。直後間を置かずに響く甲高い金属音。

 一体の大剣を槍で受け止めた直後、搦めとるように槍を捌き、そして同じく迫る二体目の騎士へと目がけて投げ飛ばした。

 重なり吹き飛ぶ二体の騎士。しかしクーの視線はそこにはない。

 同じ、いや更に速いスピードで突進してくる騎士。剣を刺突の構えで刃をこちらへ向け肉薄する。

 だが遅い。剣の腹を槍先で軽く叩き、ぶれた剣の軌道線の間に体を滑らかに滑り込ませ、半回転と同時に石突で顎を強打した。

 上空に跳ね飛ばされた騎士、その空色に映ったのはもう一つの殺意だった。

 四体目の騎士の左手に握られていた白銀の弓、その弦からは既に矢は飛び出していた。

 鈴が鳴るような唸りを上げ、強弓を離れた一矢は鷹のように鋭く一直線にクーの脳天へと翔ける。

 銀の閃きは――槍の一撃によっていとも簡単に叩き落とされた。この男に、飛び道具は一切通用しない。

 しかし、問題はそこではない。

 視線の先、矢を再び弓に番え構える騎士の両隣から、再び同じ型の騎士が出現したのだ。恐らくは魔力が尽きるまで半永久的に増殖するタイプの召喚魔法か。それぞれが持つのは、最初の三体が持っていたのと同じ大剣である。研ぎ澄まされた剣の切っ先は、空から差す光に煌めく。

 そして何より、吹き飛ばしただけで仕留めきっていない他の三体もすぐに復帰して得物を構える。

 数は増えていくばかりか。

 手加減をしていたつもりはないが、これは本格的に殺すつもりで行く必要があることを察する。

 アデルが弓を構える一体以外の全ての騎士に、全軍突撃の指示を出す。鎧の重厚な音を響かせながら、力強く一斉に地を蹴り飛び出した。

 袋叩きにされては敵わない、詰め寄られる前に先手必勝、クーもまた槍を構え、音速を超えて地を翔けた。

 秒という時が経つ間もなく、真紅の槍は甲高い金属音を響かせる。

 しかし、その槍にぶつかったのは騎士ではない。そこにいたのは。

 

「謝っている時間も勿体ないくらいの緊急の用件です。争いは後にしてもらいたい」

 

 偽物であるが本物同然の力を持つと言われる、聖剣エクスカリバーの使い手、『八本槍』の纏め役であり、騎士王と呼ばれる少女、アルトリア・パーシーだった。クーの槍は、彼女の聖剣によって阻まれていた。

 

「くっそやっぱり邪魔すんのかよ。見えちまった時にゃ、やべぇと思ったんだがな」

 

 秒速の世界を凌駕した高速戦闘を繰り広げようとしていた中で、遠くから接近していた騎士王を視界に収められていたらしい。既に脱退してあるとはいえ、やはり『八本槍』はどいつもこいつも物理法則を無視しまくっている。

 一方、アデルの騎士団は、何者かの剣の雨の襲来によって殲滅されていた。その後面倒臭そうに姿を現したのが、同じく『八本槍』であるジェームス・フォーンである。

 

「全く、つまらんことで仕事を増やしてくれるな、無駄に疲れる」

 

 態度こそ不真面目そのものだが、しかしその両手が握る二振りの剣と鋭い視線が、次騒いだら殺すぞという明確な殺意を秘めていた。

 事件解決のための早急な手を打とうとしていたアデルが、不服そうに背中を向ける。未遂とは言え、まだ少女である術者、陽ノ本葵を手に掛けようとしたのだ。他の『八本槍』がそれに賛同するはずもなく、この状況で正当性に欠ける以上、下手な動きを見せることはできない。いくら『八本槍』であると言え、同じ実力を持つ三人から攻撃されれば流石に対処に難い。

 槍を仕舞ったクーは、アルトリアに対し移動しながらの説明を要求、何やらかなり急がねばならない事態みたいなので、『八本槍』ではないとはいえ、現在の主である葵を守るという目的上共に行動することに異存はなかった。

 アルトリアは、地上へと続くエスカレーターに乗り込んだ中でその説明を開始する。

 

「例の黒い影が再び大量発生しました。今回は偶然本科生の≪女王の鐘≫によるミッションと時間が重なってしまったので、生徒たちには安全に最大限配慮しつつ交通の統制と人払いの魔法の行使をしてもらっています。今回我々がすべきは、前回同様黒い影の殲滅です。前回よりも規模が大きく、交通統制を敷いている以上、時間をかけるわけにはいきません。そこであなたにも協力をしていただきたいのですが、何か問題は?」

 

「ねぇよんなもん、どうせエリザベスからも話を聞いてんだろうが、俺の目的は今の(マスター)を守ること、そしてあの嬢ちゃんのためにとっとと地上の霧を晴らすことよ」

 

 主である葵は根から優しいというか、甘い。ただの一人の少女である以上仕方がないのだが、彼女の場合、それ以上に他人が傷つくことを恐れる。そんな彼女の、ジルばりに甘い性格を考えれば、ここで協力することには異存はなかった。

 あの黒い影には手応えも何もない雑魚の集まりでしかなかったが、それでも(ターゲット)を相手にのびのびと槍を振り回せる環境はそうなかなか訪れるものではない。やりがいはなさそうだが暇潰しにはなるかもしれないということだ。

 アルトリアも、クーが『八本槍』を脱退し真紅の槍のペンダントを破壊して新たなる主に仕えようとした事に関して、その事情はエリザベスや、彼女の懐刀であり、王室の大事な情報網となる組織である非公式新聞部の代表、杉並から大体耳にしている。

 この世界が現在どうなっているのか、そしてその原因は、いつかどこかで生じるであろう綻びによって勘付かれ、遅かれ早かれ今回の魔法の術者を抹殺しようと企む者が現れるはずだ。だからその術者が殺される前に、彼女を守るための最大のコンディションを得るためにペンダントを破壊し、術者である葵に砕けた魔法石を渡すことで『八本槍』複数を相手に相対しても戦い抜ける体制をつくりあげたのだ。

 実際、少し前にアデル・アレクサンダーが葵を抹殺しようとフラワーズの前に姿を現した。既に遂行されているかもしれないと勘付いたアルトリアはジェームスを引き連れて風見鶏に来たところ、クーと衝突しているところを発見して今に至る。

 そしてクーのその行動と予測される彼の考えの中で、彼が本格的に国を相手に反逆するつもりはないこと、同じくこちらが攻撃しない限り『八本槍』ともある程度の友好関係というか、相互不干渉を維持しておきたいということを見抜いたこともあってこの協力を後押しすることとなった。危険であればあそこで斬り伏せておくことも考えていたのだが。

 地上に出てみれば、彼女が報告した緊急の意味、そして前回との圧倒的な数の違いを目の当たりにすることとなった。

 前よりもウエストミンスター宮殿の前の広場は魑魅魍魎としており、蠢いているのは黒、黒、黒。

 報告によれば、それは世界をループさせる魔法を維持させるために必要となる魔力を集める媒体となる霧によってできたものであり、その霧そのものは人間の負の感情によって生成され、そして同時に霧を取り込んでしまった人間の負の感情を増幅させる機能を持っていると言われる。本来黒い影はその魔法によって生み出されるべきものではなく、暴走のような想定外のアクシデントによって発生したものであるとされる。

 今のところ一般人に危害を加えるということもなく、せいぜい人間に憑依することで、何らかの形でその人間を昏睡状態に陥れるだけのようだ。とはいえ路上を歩行中に憑依され、何の身構えもなしに倒れてしまえば固いコンクリートに頭を打ち付け死亡してしまうリスクもある。人が死ぬのだけは何があっても阻止しなければならない。それが王室の総意であり、騎士王アルトリアとしての意志であった。

 戦闘開始、ジェームスが黒い影の集団へと向けて剣の雨を降らせ、そしてアデルが懐から取り出した試験管から何か液体を地面に垂らす。

 その液体は次第に体積を増やし、そして変幻自在の体で黒い影を確実に駆逐していく。索敵、攻撃、防御、移動、あらゆる機能を持つこの液体は、アデルの魔力を少量注ぎ込むだけで長時間の運動と強力かつ俊敏な攻撃を叩き込むことができる質量兵器へと早変わりするのだ。

 そして広場に場が開けたことで、そこへと向かってアルトリアとクーが飛び込む。

 光瞬く剣を敵を薙ぎ、真紅の槍が影を穿つ。

 かくして、()を含めて、一個師団の能力を遥かに上回る化け物『八本槍』四人による黒い影殲滅作戦が遂行された。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はい、チェックメイト」

 

「あーもー!もう少しで勝てるところだったのにー!」

 

 風見鶏の学生寮のラウンジで、清隆はさくらとチェスに興じていた。

 さくらを拾ったのは彼とリッカの二人であり、さくらは特にこの二人に懐いているようだ。少し前に目の怖い背の高い槍使いに興味を示すようになったが、基本的によく遊んでくれるのは清隆だった。

 

「いや、もう少しで俺が負けるところだったよ。さくらもすぐに俺の戦略を織り込んで対応してくるから、追い込まれるのも時間の問題かと思ってたけど」

 

 実際、さくらとはもう何度もチェスの勝負を繰り返している。今のところ清隆の負けなしだが、回が増すにつれて明らかにさくらの戦術がレベルアップしており、既に何度対戦したかは数えてはいないが、今となってはさくらは清隆の手を四、五手ぐらい先を読んで打っているのではないかと思うくらいの戦術を披露している。ただ想定がまだ甘いため、清隆が、さくらがどう清隆の手を読んでいるかを予測した上で、途中で別の行動をとることでさくらの読みを混乱させるような戦略を取っていたことで未だ勝ち続けていることができるものの――その内それすら織り込んで鬼のような先読みで完全に包囲されてしまう時が来るだろう。

 

「いつか絶対、清隆に勝ってみせるんだからね!」

 

「その時を楽しみにしているよ」

 

 と言いつつ、内心では冷や冷やしている清隆だった。

 その時、ふとさくらの顔に不安の色が見え始める。そして、彼女が見上げたのはいつも通りでしかない寮のラウンジの天井だった。

 

「……何だか、騒がしい音がするね」

 

 さくらが何かを悲観するようにそう呟いた。

 清隆もさくらが聞いたものを聞こうとするために耳を澄ましてみるが、何も聞こえてこない。

 そして、首を傾げようとした時、ふと誰かに手をとられ引っ張られた。

 

「清隆、行こう」

 

 小さな体をしたさくらが、両手を使って清隆の手を掴み、そして急かすように引っ張っていた。

 もしかしたら地上のことを言っているのかもしれない。何が起きているのかは分からないが、もしかすればさくらの失われた記憶に関する何かを見つけることができるかもしれない。彼女が能動的な行動を起こす以上、それを見過ごすわけにはいかないのだ。

 清隆は覚悟を決めると、さくらに絶対に離れないように注意して、そして彼女の手に引かれるままに地下の風見鶏から飛び出した。

 そして、彼らの視界に入ってきたのは。

 

「なに……これ……」

 

 数こそそこまで多くはないものの、視界を埋め尽くそうと蠢いている黒い塊。形容しがたい異形のそれは魔力の弾によって粉砕されていた。

 それを退治していたのは、ウエストミンスター宮殿を守るように陣取っていた風見鶏の本科二年の、護身術や戦闘術を専攻している生徒の精鋭であり、彼らが放つ魔弾は確実に黒い異形に対して放たれていた。

 その指揮官が、こちらに気が付く。当然二人を静止させ引き返すように促そうとしたが。

 

「――ちょっ、ちょっと君!」

 

 さくらがその静止を振り切って飛び出したのだ。

 早速約束を無視して清隆から離れ行動し始めたさくらだが、ここまで不気味な物体が地上を闊歩しているとは想像だにしなかった。危険があるかもしれないところにさくらを連れ出した責任でもある以上、ここは何が何でも素早くさくらを保護する責任がある。

 そこで清隆もまた、指揮官の静止を振り切って飛び出したのだった。

 

「こ、これは、何なの……?」

 

 さくらはその異形を悲しい目つきで見つめていた。

 自分の周りをふらふらと歩き回っているそれが何なのかは全く分からないが、それが酷く歪なもので、悲しい存在であるということ、そして何より、その存在の根源に何か共感できるものがあるような気がして仕方なかった。

 そう、まるでいつかの自分自身を鏡越しに見ているような気がして。

 すると、そんなさくらを見つけた黒い影は、全てが集中するようにさくらへと向かってゆっくりと動き始めた。さくらはすぐに自分が狙われていると気が付いたが、しかしさくら自身に身を守る術はない。今更になって清隆の言いつけを守らなかったことに後悔するが、遅い。

 自業自得である以上、清隆に馬鹿みたいに頼るわけにもいかない。だから、助けてと声を上げる訳にもいかず、ただ声を押し殺して心で叫んだ。誰でもいい、誰か助けて、と。

 黒い影がすぐ間近まで迫り、全身に恐怖が駆け巡った。

 誰にもありがとうと言えず、清隆にゴメンナサイと言えず、ここでどうなるか分からない――

 

 ――耳を潰さんばかりの爆砕音が轟いた。

 

 視界は光と煙に包まれ、何が起きたのかは目でも耳でも確認できない。

 自分が助かったのか、更なる地獄に叩き落とされたのかすらも理解できず。

 そして、気が付けば柔らかいベッドのようなものに、背中から叩きつけられた。

 視界が晴れる。煙が晴れたわけではない。自分が煙から脱出したのだ。自分で歩いたわけではない以上、誰かに助けられたのだ。一体誰が。

 辺りを見渡す。そこは既に、地上ではなかった。ウエストミンスター宮殿を上空から俯瞰している自分がいる。ビッグ・ベンの時計塔すらも自分より低い場所にあある。そして、自分が今、何か飛行物体の上に座っていることが今になって理解できた。

 振り返ればそこに、全身を金色の鎧で纏った男がいた。鋭い闇のような真紅の瞳が何を見ているのかは分からない。玉座に腰を下ろし、退屈そうに肘をついて、しかしその笑みは愉快そうに見えた。

 ふとさくらは、そんな彼を見て、こう呟いた。

 

「王子……さま……?」

 

 そう呼びかけると、その青年は鋭い瞳をこちらへと向け、少し不機嫌そうな表情を作る。

 

「この(オレ)が王の子だと?たわけ、我こそが真の王よ」

 

 さくらを窮地から救ったこの金色の彼は、自らを王と名乗ったのだった。




AUO出現。この辺りでこの人出そうとはあらかじめ思っていたんですが、こういうドラえもんの出木杉君みたいな人はその実力を発揮するとなんでもできてしまうから扱いが難しいんです。
ギルガメッシュ様は慢心王だからカッコイイのだ、という至言をどこかで聞いたことがありますが、そんな感じで扱いたいと思います。アドバイザーというか、助言役というか。
さくらの正体についても少しというか本当に微妙に触れましたので、そろそろ核心にも迫っていけると思います。
リッカさん、ジルさん、今回も出番ナシ。
次回辺りデルカナー(棒)

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