満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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一つ前の話、もしかしたら時間とやる気と余裕があれば書き直すかも。
個人的にも短いかなと感じていましたし、実際読者の皆様はどう感じたでしょうか。


騎士の館

 遂にここまで来てしまいましたか。()()()はどうするつもりです?

 ああ、そうですか。()()()はそれでもいいのかもしれない。でも、それでは私はどうするつもりなんですか?()()()と私は一蓮托生、一心同体の仲じゃないですか。

 あなたが私を元気づけてくれたから、今ここにこうしていられるんです。――いえ、これでは少し語弊がありますね。

 そんなことはどうでもいいか。私のことが、邪魔になってしまったんですかね?()()()は私の全てを否定するつもりなんですかね?

 ()()()にはそんなことはできない。できるはずがない。だって、()()()は誰よりも優しいから。()()()は誰よりも臆病だから。そして、()()()は誰よりも、全てを知っているのだから。

 みんなが笑顔になれるわけではない、ここはそう言う世界だから。でも、それでも誰もが苦しむことも悲しむこともない。全部、振出しに戻してくれるから。たくさんの願いを受け入れ、叶えてくれるのだから。

 ()()()は一体誰の味方なんですか?街の皆さんですか?たった一握りの、真実の断片を知る者たちですか?

 知る必要のないことを知らされて、更につき合わされることになる彼らのことも考えてあげてください。そして全てが終わってしまったその結末に、何が待ち受けているのかも。

 誰かの願いを叶えてあげるという時点で、大団円というエピローグは在り得ないんですよ。シンデレラを魔法にかけた魔女はどこに行きました?そんなことは分からないんです。誰もその功績を讃えてはくれないんです。いつしかシンデレラも、自分が誰のおかげで立派なお城の素敵な王子様と結ばれたのかを忘れ、次第に考えることすら辞めてしまうんです。

 私は、皆さんにはそんなことになってほしくない。そして何より、()()()自身にも。

 誰も、何も、知らなくていい。そうなれば誰もが、きっと悲しまずにいられる。そして、その悲しみさえも忘れてしまう、残酷な未来を、受け入れずに済む。

 

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 最近、似たような夢を見る。

 葛木清隆は、また、恐らく同一人物であろう少女の夢の中に入り込んでしまっていた。ここまで来ると、偶然ではなくその人物からの一種のシグナルと見るべきなのかもしれない。

 夢の中に出てきているのはいつもと同じ少女二人。しかし相変わらずそのシルエットはぼやけてその容姿ははっきりと確認できない。

 そこに、三人目の少女が現れた。相変わらずその姿ははっきりとは確認できない。しかし、その歩き方やお辞儀の仕方などがしっかりしており、恐らく家柄がよい育ちのいい少女であると思われる。

 三人は初対面なのか、それとも旧知の仲なのだろうか、どこか部屋の中で楽しそうに談笑している。相変わらず、その声にはノイズが入って聞き取れない。

 しばらくすると三人の少女は談笑を止め、三人目の少女の腕を掴んでは外へと飛び出した。清隆は慌てることなくその姿を追いかける。

 少女たちが向かったのは、どこかの街並みだった。ここらでは見かけない、少し開発の遅れたような商店街、だろうか。道は狭く、自動車が通っている気配もない。ちらほらと馬車が走っているのを見かけるが、自動車もここ最近で普及が始まった最先端の乗り物だ。これだけ地方ともなれば、なかなか導入されるのも時間がかかるだろう。道路整備の問題もある以上仕方がない。

 しかし、その少女たちはすぐには表に出なかった。表を歩けないのは、あまり姿を見せてはならない――例えば魔法使い――人物だからだろうか、あるいは本来はこの辺で出歩くことすら珍しいくらいの家柄の人なのだろうか。商店街に直接入ることはせず、その裏路地を進むように、そして時折目的の店のすぐ隣に出られるような脇道を伝って街道に姿を現し、ショッピングを楽しんでいる。

 しかし、そんなある時、三人目の少女が何者かに掴まった。二人の少女と離されたその少女は、腕を取られたままどこかへと連れ去られていく。

 少女を捉えた男たちの身なりはいいものとは言えない。見ている限りだと、その少女の身内とは考えにくい。

 少女が捕らえられたことをすぐに悟った二人の少女は、魔法の力を使っているのか、上手く連携して男の集団を追い込んでいく。

 そこからは呆気ない一部始終だった。

 すぐさま一人の少女が何かしらの魔法で男たちを気絶させ、もう一人の少女が囚われた少女の下へと駆けつける。

 そしてすぐにその場を去っていったのだった。

 本日の夢はここまでのようだ。

 清隆には、未だにこの夢の意味を理解できない。

 一体誰が、何のために、何を見せようとして清隆をこの夢に誘導しているのか、それどころか、本当に清隆が誘導されていたのか、それさえも不明なままであった。

 

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「え、えーっと」

 

 天下無双の最終兵器集団、()『八本槍』のクー・フーリンが、ただ一人のごく平凡な少女に見える陽ノ本葵と主従契約を結んで、そのまま夜空を飛翔していたのがついさっきである。

 これで晴れてクーは自由の身であり、追われの身であり、反逆者である。なんと素晴らしい響きだろうか。おかげでクーの心はこれまでになくせいせいしていた。そのきっかけも隣で困惑しまくっている少女である。

 というのも、今二人がいるのは、風見鶏の生徒が生活に利用している学生寮、それも男子寮の一室の前である。誰の部屋かと問われれば、もちろんクーの部屋である。

 

「ど、どうしてここなんでしょうか……?」

 

 もしかしたら当たり前と切り捨てられるかもしれない。物理的に。いや待てさっき何をしたか考えてみろ、主従契約を結んだばかりだ、クー・フーリンともあろうお方がそんなにすぐに自分でした約束を反故にするはずがない、葵の脳内は現在こんな感じである。

 

「仮にも元『八本槍』の部屋だ。そうそう誰か容易に侵入できるもんじゃねーだろ。今日からここで寝泊まりするといい」

 

 なるほど安全面に配慮してくれたらしい。しかしそうすれば、次は違う問題が出てくる。貞操の問題はない。こんな経験を積んだ男が、リッカやジルのような美人を侍らせるような男が、まだまだ子供である葵を相手に発情するとも考えられない。むしろ堅実に騎士としての役目を果たしてくれる。彼はそう言う人間だ。身体能力で言えば人間という概念からかけ離れているが。

 しかし、世間体ではそうはいかない。たとえ誰かに殺される心配がなかろうと、クーとの間違いがなかろうと、世間体はクーの部屋に泊まる葵を見て何を思うだろうか。

 少なくともここで二人が恋人関係になるとは考えまい。しかし、二人の間に何かあると勘繰るはずだ。

 

「心配すんなよ」

 

 色々考えてたら、自分の上から声が降ってきた。クーの身長が高いから、必然的に葵はその声に対して振り返ろうと上を向くことになる。そうして視界に入ってきたのは、楽しそうに笑った顔であった。

 

「明日にはこのロンドンどころか国中のバックアップがつくぜ。誰一人として嬢ちゃんに指一本危害を加えることはできねぇ。今から考えただけで笑いが止まらん」

 

 そう言いながらドアを開け放った。

 戦士が毎日使っているであろう部屋だ。結構汗臭かったりするのかもしれないと考えていたが、思いのほか部屋の仲は整理整頓が行き届いており、匂いもさほど気にならなかった。

 本人が言うに、帰って来た時には掃除もきちんとしているらしい。放っておいて大変な事になるのを自身でも経験したことがある上に、身内で残念な反面教師がいるから、ああはなりたくないだとかなんとか。『かったるい』が口癖らしいが、誰のことかは葵には分からない。

 

「遠慮すんな、寛げよ」

 

 さてここで問題である。見た目超怖い、実際に怖い上司や目上の人間の部屋で、寛げなどと言われて寛げるだろうか。葵くらいの常識人であれば不可能である。それもよりによって、あの『アイルランドの英雄』であるクー・フーリンの部屋。何か失礼があってからでは遅い。

 

「心配すんなって、この部屋のもん全部テメェのものってことにしても何も問題ねーし」

 

 実際、高そうな壺も難しそうな魔導書もこの部屋にはない。散らかそうにもものが少ないのだ。他の部屋にもあるような共通の設備に、ちょっとした家具があるくらいの簡素な部屋であった。ちなみにベッドは他の生徒よりふかふかである。

 

「あーどうすっかなベッド、これから洗濯するにしても時間ねーし替えねーし、かといってこのまま年頃の娘を男の汗クセェベッドで寝かせる訳にもいかんしよ」

 

 難しそうな顔で考え込んでいるクー。噂や伝説で言い伝えられているような戦闘狂でも、他の人間との協調性はある。

 いつからそんなことを覚えたのだろうか、今のクーは自分から進んで葵のために行動を起こしている。昔の彼の生き方を知る者は、今の彼を見て笑うだろう。何を今更、と。

 

「あ、クー様――じゃなくてクーさんが私なんかのためにいろいろしてくださるんですから、私も大丈夫です」

 

 確か彼は『様』をつけられるのが苦手だった。慌てて呼び方を改めたが正解だっただろうか。

 何にせよ、守ってもらうためにわざわざ部屋を貸してその上ベッドなどまで改めてもらうなど、頼るを越えて迷惑である。その一線だけは越えてはいけないような気がした。

 

「そうか?んじゃまぁ、今日のところはそれで我慢してくれ」

 

 ちょっと待った――ふと葵は考える。

 そう言えばクーが男臭いベッドに葵を寝かせることに首を捻っていたから替えを綺麗なものにしようかどうかという話だった。

 しかしよく考えてみれば、葵がこのベッドで寝るのだとしたら、クーはどこで寝るのだろうか。まさか自分が寝ているすぐ隣で寝るのだろうか。

 

 ――無理無理無理、無理です。

 

 どう考えても自分が心穏やかに寝られる気がしない。

 ありえない、ありえないとは思うが、それでも夜の間に自分の首が掻き切られてしまう想像が霧散してくれない。そんな状態でまともに寝られるはずがない。

 

「とりあえずバスルームはそこ、トイレはあっちだ。俺の部屋ではって話だが、生理的に無理ならちょっと遠いが学生寮の公衆大浴場やトイレでも使ってくれ」

 

 クーがどこまで考えているのかは知らないが、風見鶏の学生ではない人間が寮の風呂を使うというのは不自然である。

 それに葵自身も他人と関わるのには慣れており、他人が葵を見ているよりは結構強いのだ。あまり他人の風呂やトイレなどを気にするようなことはない。例外がない、とも言い切れないだろうが。

 

「で、では、早速お風呂を借りさせていただきます」

 

「そうか、じゃあ終わったら呼んでくれ」

 

 葵が立ち上がったと同時にクーも立ち上がる。そしてそのままどこに向かうかと思えば、ドアノブに手をかけて廊下へと出ようとしていた。

 

「どうせ嬢ちゃんくらいの年齢の女ってのはこういうの気にするんだろ?気にせずゆっくり入ってろ」

 

 何か言葉を返そうと思ったが、その時には既に扉の閉まる音が部屋の中でこだましていた。

 何だか落ち着かない感じを胸の中で抱えたままバスルームに入った葵は、そのまま躊躇うことなくクーから与えられた男子制服を脱いでそっと畳んで台に置いておく。

 鏡に映ったのは服を引き裂かれて上半身の白い肌がむき出しになった葵の姿だった。これだけをみれば暴漢に襲われた跡に見えなくもない。実際はその逆で怖そうで優しい戦士に守ってもらっているのだけれど。

 もう二度と着られないであろう白いブラウスを脱いで隅に置いておくと、まだ幼い割にはなかなか大きく実った果実が鏡に映る。しかしそれ以上に強く視界を引きつけたのが、背中から伸びている禍々しい紋様だった。肩にまで伸びてその内胸や腹にまで侵食するのではと考えると体中に悪寒が走る。

 どうしてこうなってしまったんだろう。考えるまでもなく自分が弱かったからだ。

 必死で生きようともがいて手にした結果でそれを誰にも否定する権利はない、と、クーは言った。

 しかし同時に、彼が同じ立場であればその後でこう付け加えるだろう。でも何も始まらず、何も終わらない世界なぞ、面白くとも何ともない、と。

 自分がこうして後悔を感じているのは、今のこの状況が楽しくないから、幸せを感じていないから。それは偶然にも、彼が感じるだろうこととほんの少しでも似ているのではないか。

 色々と考え込んでしまうことを止めて、とりあえず入浴することに専念したが、この時シャンプーなどもやはり男物しかなかったことに気が付いた葵は、遂に笑うしかできなくなっていた。

 破けた服をどうしようと考えていたが、タオルだけを体に巻いてバスルームから顔を出してみると、目の前にバスローブが畳んで鎮座していた。誰が置いてくれたのかは言うまでもない。いよいよ元『八本槍』が本当に怖い人間なのか、怪しくなってきた。

 その後結局、ベッドに関しては葵がクーのベッドで横になって、クーは椅子に置いてあったクッションを地面に置いて、それを枕にして地べたで寝ていた。

 

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 翌日、朝の騒動の間にクーは怒りを露わにしたリッカと困惑しまくっていたエリザベスを適当にいなしつつ説得したその日の放課後。

 フラワーズでのアルバイトをしている葵を迎えに行こうと店に立ち寄ったクーだが思わぬ相手に掴まることとなった。

 

「あ、お兄さん、やっと見つけた!」

 

 何だかウンザリして振り返ってみると、そこにいたのは生意気極まりないが憎めないクーの弟子であるエト・マロースであった。その容姿はどこからどう見ても生徒会長である姉のシャルルとよく似ている。

 

「んで、一体何の用だよ」

 

 別に見られてはいけないところを見られたわけでもないが――何となくそこにエトがいるのが不快に感じられた。しかし邪険に扱う程でもない。どうせ新聞のことでも根掘り葉掘り聞きたいのだろうと考えた。

 

「『八本槍』を辞めて、これからどうするの?」

 

 エトのその問いと、その瞳から感じたのは、クーを咎めたいという意志でもなく、責めているという訳でもない。ただ純粋にクーの今後が気になって、興味を抱いているのだ。

 だから何となく、クーも機嫌がよくなって気が付けば笑ってしまっていた。

 

「いや、な。これからこのロンドンの悪い魔法に立ち向かうんだよ」

 

「ロンドンの悪い魔法って?」

 

 そう言えばエトは地上の霧が魔法によるものであることをまだ知らない。そのことを知っているのは王室に関わる連中とカテゴリー5の魔法使いくらいのものだ。

 どう説明しようか迷ったが、適当にはぐらかすことにした。

 

「ロンドンの人間に悪さしてるんだよ。俺様は『八本槍』は辞めちまったがその代わりもっと面白いもんを見つけたんでね」

 

「――ロンドンの害悪な魔法を排除するならば最も早い方法を遂行する必要があると思うがな」

 

 エトでもクーでもない、堂々と物騒なことを言ってのけた人物は、ゆったりとした足取りでこちらへと向かっていた。

 ここロンドンでも有名な魔法考古学の第一人者で、現在『八本槍』の一人に数えられる優秀な魔法使い、アデル・アレクサンダーだった。

 相手もまた『八本槍』である。風見鶏の一学生に過ぎないエトは一歩下がってアデルの出方を窺う。エトの実力程度では到底及ぶものではないが、万が一ここで二人が激突すれば周りへの被害は尋常ではない。その時に周囲を安全に避難させることこそがエトの役目である。

 

「冗談じゃねぇよ。確かにその方法ならさっさと片が付くかもしれんが、逆に依り代を失った魔法の方が暴走するってケースもあるらしいぜ」

 

「そんなものは本当にレアケースでしかない。それに、依り代を失った魔法なら多少の暴走程度、襲るるに足りん」

 

 背中に背負っている筒から、真紅の槍を覗かせる。いつでも臨戦態勢に入る準備はできている。

 今ここでドンパチやろうというのなら手加減はしない。せっかく面白いものを見つけたのだ。こんな老いぼれに邪魔されるなぞあってなるものか。

 

「道を開けろ。術者・陽ノ本葵を抹殺しに行く」

 

 魔力が四か所で集中している。そこに姿を現したのは、四体の甲冑の騎士だった。

 ここで止めねば全てが終わる。クーはエトに目で指示を出して、槍を抜き出し正面に構えた。




本日のランサーもといクーさん、ツン三割デレ七割でお届けしております。
リッカさんたちマジ不憫。

次回辺り、多分あの人が再登場。

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