満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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一週間遅れました。待ってくださった読者の皆様すみません。


深き影に堕ちて

 黒い影の殲滅作業は、おおよそ過半数程を片付けたあたりで、残りの全てが自然消滅する形で終了してしまった。

 始めはクーとアルトリアの二人で戦闘を続けていたが、後にジェームスも駆けつけたおかげで、彼の能力が二人と違い集団殲滅に向いていたためそこからの作業は順調かつ効率的だったと言える。

 現在、三人は風見鶏の学園長室で女王陛下兼風見鶏学園長を務めているエリザベスに例の件の一部始終を報告しているところだった。

 

「――とはいえ、結局正体も原因も不明なままで、またいつ増殖するかは分かりません。今後の対策のためにも、応急処置にしかなりませんがここロンドン市内の戦力を増強させた方がいいかと思われます」

 

 学園長室の一番奥で姿勢正しく椅子に腰かけて報告に耳を傾けている真剣な顔のエリザベス、対して同じく姿勢を正して立ちつつ報告を続けているアルトリアと、その隣で報告にミスや抜けがないかを確認しているジェームス。一方クーは途中からきっちりしているのが面倒になって五分も経たない内に自分の椅子に姿勢を崩して座り込んでしまった。傍から見ればエリザベスと同じくらいかそれ以上にお偉い立場のようである。

 

「黒い影の件については、こちらで確認しています。何かしらの魔法の影響と見た方がよさそうですね」

 

「使い魔を召喚する類の魔法でなおかつあれ程の大量召喚となれば、俺の耳に残るくらいの有名なもののはずだ。しかしあのような黒い影を大量に召喚する魔法など聞いたこともない」

 

 黒い影が大量発生した事件が勃発した直後からすぐにその原因を究明する作業班が設立され、彼らによって該当するであろう魔法を洗いざらい調査されたのだが、その内一つも当てはまるものがなかったらしい。

 他の魔法が複数かつ複雑に組み合わさったものであるならば、手掛かりが目撃した現象だけという状況からそれぞれ単体の魔法を導き出すというのはほぼ不可能に近い。現時点で原因を解明するというのは極めて困難である。

 

「それと、俺からも一つ報告がある」

 

 そう言って一歩足を踏み出したのはジェームスの方だった。

 

「ここまで来る途中、街の状況はざっと確認していた。視界に入った限りではあるが、あの黒い影は一般人には認識できないようになっているように思えた。そしてそれは極稀にだがその一般人と溶けるように憑依し、憑依された人間を昏睡させる。こちらも結局原因は不明だが、一般人が死亡するケースは今のところ報告もされていない。簡単に羅列すると、何らかの魔法の結果として、召喚、憑依、催眠の三つが確認されているという状況か」

 

 現状把握できているのは今ジェームスが簡単に纏めた通りである。もしかすれば、この三つの、それぞれの分野の魔法からしらみ潰しに調査していくことで、どの組み合わせによって現在地上で起きている事件に繋がる魔法となっているかを断定できるかもしれない。

 時間こそかかるだろうが、他に方法がない以上この手を取るしかないと同時に、そこをつついていればその内近道も見つかることになるだろう。

 そう結論づいたことで、エリザベスは関連組織に指示を出しておく旨を発表し、アルトリアとジェームスを連れて風見鶏を一度後にした。

 律儀にきびきびと姿勢を正して歩いて去っていく二人の『八本槍』を阿呆らしい視線で追いながら、扉で姿が消えるのを確認すると同時に、大きく一つ欠伸をかます。

 例の地上の黒い影も大したことはなかった。もっと楽しめるかと思っていたのに、特に強いわけでもなく、特に力があるわけでもなく、特に速く動くわけでもない。ここ最近で一番がっかりしたかもしれない。必死に小遣いを貯めてずっと欲しかった玩具を遂に買うことができたと思いきや、実際に遊んでみればそこまで面白くないことが分かってしまった子供の気分である。

 

「『八本槍』もつまんねぇなぁ」

 

 強い奴なら近くに同じ『八本槍』がいる。対戦しようと思えば摸擬戦もできる。同じレベルの戦士と腕比べをすることはできなくもない。

 が、摸擬戦はあくまで摸擬戦である。命を奪い合うギリギリの感覚を味わうあの昂揚感、刃や拳を突きつけられる時の心底冷えるようなスリル、強力な一撃、驚異的な絶技、向けられる殺意の視線、そう言ったものがない、生温い戦いになってしまうのは目に見えている。

 公の立場である以上、いくらバトルジャンキーでも一応国や王室に仕えているという立場を弁えておかなければならない。そしてそれがクー自身を束縛し退屈という籠に押し込める。

 いっそのこと反逆者にでもなってやろうかと自棄になりそうなくらいに退屈していた。

 

「辞める方法ならあるんだけどな」

 

 寮の自室の引き出しにしまってある真紅のペンダントを思い出す。本当なら常に肌身離さず持ち歩いておくべき大事なものなのだが、クーはそれをそこまで大事とも思っていない。

 女王陛下への忠誠を誓う意味で『八本槍』に与えられたそれは、逆に言えばそれを破壊することで国への反逆を示すことになり、一握りの動作で他の『八本槍』からも狙われる反逆者として追われることになるのだ。

 それはそれで面白いかもしれない、ふとそう思ってしまう自分がいる。

 しかし、実際にエリザベスにはここに置いてもらっているという恩もないことはないし、それ以上に『八本槍』という王室直属の騎士としてエリザベスに仕える選択をしたのは他でもなく自分自身だ。その選択は今でも間違っていたとは思っていないしむしろなかなかいい経験をさせてもらったと思っているくらいだ。

 それでも――心の底で溜まって淀んでいる苛立ちを発散させる場もなく、自分が真に欲した自由があるわけでもない。

 相も変わらず面倒な立場だと、自分を嘲りながら頭を掻いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 生徒会室に戻ってくるリッカたちに引き留められる前に何とか校舎を脱出したクーは、気が付いてみればフラワーズの前まで足を運んでいた。

 昨日の時点で何となく手伝ってやろうくらいには考えていたのだが、こうして無意識の内に来るということまでは考えていなかった。

 店の様子を見るに、今日の客の入りはある程度落ち着いているらしい。時折表にオーダーを取りに姿を現す葵の動作には、多少の余裕があるように見える。

 葵も先程あの黒い影を目の当たりにしたごく普通の少女だ。本来なら恐怖してまともに外も出歩けないくらいには考えていたのだが、案外メンタルは強いらしく、いつもの業務に安定して精を出している。

 今日も手伝ってやろうかと思った末に、ふと思いついた。たまには客として入ってもいいではないか。

 財布の中身は確認するまでもなくある程度高級なものを購入しても十分に余裕があるくらいは入っている。『八本槍』の収入も、金銭感覚を麻痺させるくらいには飛び抜けているのだ。

 

「売上貢献くらいしてやるか……」

 

 そう決めたらすぐだ。適当な席に腰を下ろしてオーダーを取りに来るのを待つ。本来『八本槍』を待たせるなどあってはならぬ非礼だが、クーはそう言ったことを気にしない。そんなことを気にしていたら今頃風見鶏も地上も血の海になっている。多分。

 しばらくしていつもの少女が店内から姿を現した。

 

「お待たせしました、いらっしゃいませ――って」

 

 栗色のショートヘアの少女、陽ノ本葵はクーの姿を目にして少し青く身を竦ませた。

 以前はスタッフとして共に働いてもらった。今度は客としてここにいる。もしかしたらこの店の接客態度とかメニューの質などを確かめに来たのかもしれない。そう考えると自分の命が簡単に刈り取られてしまうかもしれないという思考に行きついてしまうのもそう遅くはなかった。

 

「そうビビんなよ、軽く寛ぎに来ただけだ。んじゃ、とりあえずブラックコーヒーとハムサンド」

 

「かっ、かっ、かしこまりました」

 

 普段ならここでもう一度注文内容を復唱するのだが、慌てているのか頭から抜け落ちてしまっているらしい。注文自体は少ないものだったからその内容自体を忘れることはないだろうが、どうにも彼女らしくない。

 気が付けば、店内に走り去ろうとしている彼女を呼び止めていた。ピシッと布でも引き伸ばしたかのように姿勢正しく立ち止まった葵は、姿勢を正したままこちらに振り返った。その表情は明らかに緊張している。視線がこちらに向いていなかった。

 

「さっきのアレ、大丈夫か?」

 

 無論、黒い影のことである。

 

「え、あ、はい、あの時クー様に助けていただいたので――」

 

「あー『様』なんてつけんじゃねぇ気持ちワリィ。そんな清く正しいもんじゃねぇよ、俺は」

 

 心の中では、リッカたちはもう少し俺を敬うべきだ、と愚痴を零すが。

 

「俺様くらい歳食えば相手が何考えてるか大体分かる。アレに関しては本当に大したことはなさそうだが、それ以外になんか嫌な事でもあったのか?」

 

 息を詰まらせ、片足が僅かに後ろに逃げた。何かある。

 しかしその動揺は一瞬で消え去った。まるで今そこにあったリアクションがそもそも存在しなかったかのように。今そこにあるのは、いつものようなお日様の笑顔。

 

「え、ええ、まぁ。たまに仕事がキツかったり、欲しいものがあってもお金が足りなくて買えなかったり、ここ最近運がないですから。コツコツ働いて貯めていくだけですよ。働くのは楽しいですし」

 

 観察――嘘偽りはない。それが彼女の『本心』には違いないが、それが『核心』かどうかまでは定かではない。

 そこでふと。なんで俺はこんな子供のいちいちをチェックしてんだと。

 

「そうかい。無理はすんなよ。働くのが好きなら体は立派な資本だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ぺこりと深く一礼をして、そのまま店内へと戻ってしまった。

 この後盛大に力が抜けて大きく深呼吸でもしているのだろうとそんなところまで想像が働いている。自分でも何をそこまで考えてしまっているのか分からないが、あの少女は見ている分にも危なっかしくて面白い。クーが見ているだけでも分からない奥深いものがありそうなのもグッドだ。舞台の踊り子としては申し分ないキャラクターとも言えた。

 後に運ばれたブラックコーヒーを口に含んでその苦味を満喫しながら枯れない桜の吹雪く風景を何となく眺める。

 別に胸を打つほど美しいという訳でもないが邪魔なものだとも思わない。一応これでもリッカとジルの研究の一過程として辿り着いた成果なのだ。一年中、半永久的に桜を開花させた状態にまで持ってこられた二人の功績はクー自身も讃えているつもりである。どうやら完成系までは遠いようだが。

 そうやって何事もなくのんびりとしていると、ふと遠い向こうから見知った顔ぶれが姿を現した。綺麗な金髪を靡かせたリッカと、勉強でもしていたのだろう分厚い魔導書を抱えたジルだった。

 

「あ、クーさんがこんなところにいるなんて珍しいね」

 

「生徒会の仕事サボってフラワーズの仕事手伝うって言ってたのにまさか本当にサボってたとはね」

 

 二人もこちらに気が付き近づいて、礼儀の欠片もない挨拶を交わしてすぐ礼儀も何もなく同じテーブルの席に腰を下ろす。しかしある意味この三人の顔ぶれが何だか安心できた。

 そう言えばここ最近になってこの三人だけで何かをするということもあまりなかったかもしれない――と、ふと。

 

「――あ」

 

 一瞬、頭に妙なヴィジョンがちらついた。

 金。金。巨大なカーテン。王者。彼はこちらを見ていた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 一瞬だった。それが何かは分からないが、そんな経験などしたことがないのに、何故かまた体験したい、心躍るような感覚が胸を躍らせる。ジルに呼び止められて、一瞬でその映像は消え去った。

 暇過ぎて遂に起きたまま夢でも見るようになったか。これは今からでもひと眠りするべきだろうか。くだらないことばかり考えてしまう。

 

「暇過ぎて死んじまいそうなだけだよ」

 

「暇で死ぬことなんてないから安心しなさい」

 

「違うそうじゃねぇ」

 

 リッカとクーの下らないやり取りを見て、ジルが笑う。もう何度も経験してきた光景である。

 あの時は、本当に楽しかった。色々な場所を回って、色々な人と会って、たくさんの自称強者を地面に捻じ伏せて、美味いものを食べて、面白いものを見てきた。

 あんな経験ができるのなら、本当に国を敵に回してやろうか。

 思考がループしていることに気が付いて、二人に気がつかれないように鼻で笑った。

 

「ところでリッカ」

 

「なに?」

 

「あそこにいるフラワーズの店員って、風見鶏の生徒じゃないよな?」

 

 指差した先にいたのは、店内のテーブルの皿を下げている葵の後ろ姿。

 リッカもその姿を確認して、何の疑いもなく首を縦に振った。

 

「ええ、風見鶏の生徒じゃないし、魔法使いでもないわ。それがどうかしたの?」

 

 仮説検証――整合性あり。

 

「いや、風見鶏でよく見る顔だから、何やってんのかって思ってな」

 

「ああ、彼女ならここでは結構有名よ。ここでいろんなところでアルバイトの掛け持ちしてて――」

 

 葵のことを楽しそうに語るリッカとジル。二人の口から出てくる説明は、全て本人から聞いたことのあるものばかりである。

 そんなことはどうでもよかった。彼女には、いち早く聞いておかなければならないことがある。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 閉店時間を過ぎて、陽ノ本葵は私服に着替え直して店長に挨拶をし、そして裏口から店を後にした。

 左手に抱えているのは本日の売れ残りのパンである。ハムやソーセージなどが挟まっているものからフルーツが入っているものなど、今日は客が入らなかっただけに売れ残りも多く、その分廃棄するものとして持ち帰りの許可が下りるものは多かった。

 少し気分上々で夜道を帰ろうとすると、その人物はまだそこにいた。

 

「お疲れさん、嬢ちゃん」

 

 クー・フーリン。『八本槍』の一人、最強の槍使いである。昼間は客としてコーヒーを注文してのんびりしていたが、こんな時間までここで待っているというのは、何か用事があるからだろう。『八本槍』もきっと暇ではない。

 店の柱にもたれかかっていたクーの傍まで走り寄る。待たせるのは礼儀として悪いと心得ていた。

 

「ど、どうかしました?」

 

 昼の接客態度が悪かったか、それともサンドイッチかコーヒーが不味かったか。怖くて足が震えていた。

 実際、葵を見下ろすその真紅の瞳は、うっすらと冷ややかな光を放っている。

 

「不審者発見、『八本槍』の名の下職務質問を始める」

 

「えっ――」

 

「貴様、何者だ」

 

 背中に背負っていた筒からそっと抜き出されたのは、彼の瞳と同じ色をした真紅の槍。返答を誤れば、殺される。

 

「な、何者って、普通の、普通のアルバイトさんです」

 

 答えてすぐ、葵の目線は抜きかかっている槍の方へと向かった、その腕の位置は動こうとはしていない。

 顔に視線が動いた。小さく溜息を吐いた彼は、そのまま言葉を続ける。

 

「俺には大体分かるんだよ。相手が何考えてるかってのは。そしてもう一つ、そいつの『匂い』ってのが」

 

 善行を積んでいる者の匂い。怠惰に過ごしている者の匂い。目標に向かい努力する者の匂い。楽しい時期を過ごしている者の匂い。そして――

 真紅の光が夜闇を切り裂いた。一瞬で、葵の目先からクーの身体が消え去った。

 どこに行った――振り返ろうとしたその瞬間、肌は異変を感じ取った。冬の冷気が、肌を侵食している。着ていた洋服が、上半身だけ引き裂かれている。

 

「ひっ――」

 

 夜空に響く少女の悲鳴。唐突に暴力に襲われた少女は、身を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 

「そんな証拠を、まじまじと見せつけられちゃあ、なぁ」

 

 その冷たい一言に、葵は気が付いた。今自分が、彼に何を見せているのか。

 引き裂かれた服の下に隠していたのは。その肌に刻み込まれて二度と消すことのできない罪は。

 

「『八本槍』の他の奴が言ってたぜ。あの黒い影、魔法使いにしか見えないってな」

 

 陽ノ本葵は、魔法使いではない。

 ならば何故、あの時あの場所で、黒い影に襲われて、それを認知して影から遠ざかろうとしてたのか。その答えは、限りなく真相に辿り着けるもので。

 

「その背中の魔法の紋様は、一体何の魔法だ」

 

 彼女の背中、肩、そして腕には、禍々しい程のオーラを孕んだ、白く美しい肌を埋め尽くさんがごとく這い回っている魔法の紋様がびっしりと刻み付けられていた。




早速核心に迫っていきます。話数はなるべく多くならないようにしたいです。
だって気が付けば既に自分の別作の完結話数を上回ってるんだもん。

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