満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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気が付いたら戦闘シーン書いてた。
もともとこんなシーン入れるつもりなかったけど、あの人もそろそろ影が薄くなってきてたんでここらでスポットライトを当てないとと思いました。


トモエが斬る!

「あ、あのっ、今日はありがとうございました」

 

 風見鶏に夜が訪れる頃、フラワーズも閉店の時間を迎えていた。

 何事か突然フラワーズに姿を現しては厨房を完全に支配していた『八本槍』の男、クー・フーリンは店の外の屋外テーブルに腰掛けてコーヒーを呷っていた。肌寒い風が肌を引っ掻いていくがコーヒーの温かさがそれを和らいでいく。

 静けさに満ち溢れたこの光景を前に、フラワーズのアルバイトである葵は深々と頭を下げていた。国の最高権利者を上回る権力を有する『八本槍』にこんなところで働いてもらったのだ。彼を雇う金などどこにもないので実質ただ働きか後で請求されるならこの店の消失か。しかし彼の態度を見るに、そんな末恐ろしい行為には及ばないようだ。

 

「こっちとしても都合がよかったんだよ。暇も潰せて面倒じゃねぇ、一石二鳥ってやつよ」

 

 残念ながら、いくらクーが『八本槍』であるとは言え、リッカが帰ってきた以上、飼い犬に成り下がってしまうのだ。

 案の定仕事を押し付けられたクーは段々嫌気がさして、朝方のイライラもあり、ついうっかり脱獄してしまったのだ。その結果リッカやジル、そして五条院巴たちから逃げ延びなければならないことになってしまったが、これが流石ニンジャ家系の娘というべきか、巴の索敵能力が非常に優秀で、行くとこ行くとこ必ずよからぬ笑みを浮かべてはクナイを投げつけてくるのだ。案の定急所を狙って殺すつもりでいる。

 木を隠すには森に隠せということで、とりあえず人目の多い場所にと考えれば、必然的に、自分でもなかなか足を運ばないようなフラワーズが視界に入ったのだ。客として入った程度ではすぐに見つかって連行されてしまうが、スタッフとして奥に潜り込んでしまえば見つけることはできまい。おまけに誰が『八本槍』の男がキッチンで料理をしているなどと考えるだろうか。

 一連の経緯を聞いて、葵は思った。やはりカテゴリー5のリッカ・グリーンウッドとその仲間たちは変人奇人が多く一筋縄ではいかないのだと。現に目の前の『八本槍』が逃げ出すレベルだ。普通なら考えられない。

 

「にしてもあんた、どこかで見たことがあると思えば、たまに学食で見るな」

 

 コーヒーカップをソーサーに置き直して、少女に視線をやる。

 僅かにでデジャヴを感じていたのだが、学食で食事をしている時に厨房や皿の片付けをしている少女と容姿が重なった。

 

「あ、私はここケーキ・ビフォア・フラワーズと風見鶏の学食、それから学生寮など、いろんなところで働かせてもらっています」

 

 そう言えば同じ日本人である清隆たちと出会った時も、学生寮近くで伝統となる魔法の宝石を取り換えている時だったかと葵は思い出す。

 

「ふぅん、甲斐甲斐しいじゃねぇの」

 

「いえ、私なんてまだまだです」

 

 国の平和と治安を担うイギリスの最終秘密兵器である『八本槍』のあなた方と比べれば。

 こんな男に褒められること自体が滅多になく非常に有難いことなのかもしれないが、しかし葵は自分をさしてできた人間ではないと思っている。

 

「皆さんに迷惑をかけっぱなしです」

 

 いつも厨房などで見せている笑顔が、先程店内を駆けまわっていた時の笑顔が、今では少し曇っている。その表情の変化を少し前にさくらで見たような気がした。

 

「迷惑ってのは主観で語れるモンじゃねぇよ。テメェの行動で嫌な顔してる奴を俺は見たことねーぞ」

 

 少なくともクー自身は、彼女が接客していた時の生徒の顔に不快の感情はなかったと思っている。

 葵と話したこともなく、また面と向かったこともこれが初めてなのだが、しかしたまに現れる彼女の印象は悪くない、というよりむしろいい。雰囲気というべきか、彼女がいる学食は普段と比べて活気がある、そんな感じである。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 天下無双の『八本槍』に褒められると思っていなかったのか、当惑して視線が泳いでいる。

 クーとて人間である。褒め言葉を寄越さない程ケチではない。見下す時は見下し、怒る時は怒るが、褒める時はしっかり褒める。きっとエト辺りが証言してくれるに違いない。

 ふと、葵を見てみると、自分の肩を抱いては小さく震えていた。それは、意識して観察しないと分からない程小さなもので。この寒空の下、気温の低くなる夜に立ち尽くしているというのも女として酷な話だ。

 クーはどうせまともに着てもいない制服の上着を脱いでは葵に放り投げた。

 

「これでも着てろ。男クセーのは我慢してくれや」

 

 空中でふわりと落ちてくるそれを地面に落とさないように慌ててキャッチして、そして申し訳なさそうな視線をクーへと送る。

 言ってしまえばこれは『八本槍』という高い権威者からの下賜であり報奨である。それを無碍に扱うのも不敬極まりないものだが、しかしこういうところで損な性格をしている葵には、素直にそれを受け取ることはできなかった。

 

「で、でも――」

 

「テメェ一人風邪引いたら迷惑する奴がごまんといる。寒いんなら口で言えよ。俺様も鬼や悪魔じゃねーし」

 

 無論、上着を脱いだところで、鍛えてあるクーにしてみればこの程度、寒くとも何ともない。本当に寒いのは、どちらかというと心底冷える体験をする時だろうか。うなじに爆発魔法がスタンバイされたワンドが触れる時とか。

 さっさと着ろ、という言外の圧力がかかっている気がして、葵は躊躇いつつもその上着を羽織った。先程までこの強壮な体躯を温めていた布。そこから僅かな体温を感じる。何か強い力に守られているような感覚。

 そして、葵がこちらに向いた視線は、どことなく悲しげで。

 それはいつもと違う、笑みのない表情だったからではない。憐れむような、嘆くようなそんな視線。

 その意図が分からない以上、咎めるつもりはない。そんなことをいちいち気にしていてはとうの昔にこの学園は血の海になっていただろう。権威権力をいちいち気にする頑固親父はガラクタ発掘老害一人で十分だ。

 

「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。夜道の嬢ちゃんの一人歩きも危ねぇし、送ってやるよ」

 

 そう言うとクーはおもむろに立ち上がって葵に歩み寄る。

 少し怯えて半歩下がるものの、クーの悪意がないのを何となく察すると、素直に彼を受け入れた――と思っていたら。

 肩を抱かれて膝裏を抱えられ、上空へと飛翔していた。眼前に広がる夜景と、見下ろせばそこにある小さなフラワーズと桜並木の光景。そして視線を戻してみれば、楽しそうに笑っている青髪の戦士。その微笑に邪気はなくて。

 今宵一度の夜の散歩。風を感じながらゆっくりと感じる星々の煌めき。それがたとえ魔法が生み出す幻影であろうとも、しかしそれが美しいものであることには変わりはなかった。

 姫のように抱きかかえられて空を飛ぶ中で、言葉を発することなくただただ感嘆するばかりであった。

 僅か数刻、そんな幻想的な時間はすぐに終わりを迎える。

 気が付けば、二人は葵が住むアパートの前に足を下ろしていた。

 

「えっと、何でここに住んでいるって知ってるんですか?」

 

「いや知ってるわけじゃねーけど、風見鶏の学生じゃないなら寮じゃねーし、後魔法使いじゃない人が住んでるところっつったらここかもう一ヶ所だろ。んでフラワーズから近いから多分こっちじゃねぇかなっと」

 

 体ばかり鍛えているように見えて結構頭が回る。それもまた彼の持ち味なのである。

 下ろしてもらった葵はクーに借りた上着を返すと、頭を下げた。

 

「臭いもん押し付けて悪かったな。今日はなかなか楽しかったぜ」

 

 じゃあな、と背中を向けてどこかへと飛び去っていった。

 尋常ではない跳躍力に唖然としながら、葵は一度霧が覆われているはずの星空を眺めて、そして部屋へと足を進める。

 

「本当に……卑怯です」

 

 辛い。全てを一人で隠しているのが辛くて、そしてその辛ささえ一人で抱えていることに辛さを感じていて。

 零しそうになった涙を、無理矢理奥へと引っ込めて、笑みをつくった。

 

「……さて、今日は売れ残りでちょっと贅沢ですね!」

 

 そこには、誰にも見せないお日様のような笑顔があった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「やぁ」

 

 翌日。風見鶏の校舎の前までのんびりと足を運んでいたクーは、視界に入った者を拒まずして手を掲げ挨拶する。そして、彼女が頷きつつ威嚇するような笑みを浮かべると同時に、踵を返して歩いて帰る。

 風の動きを感じた。金属が覆う冷気を肌で感じて、力強く地面を蹴り宙を舞った。

 背後から三つの投擲物。慌てることなく筒から槍を取り出して、空中で反転しながら叩き落とす。どう見てもそれはクナイだった。

 ニンジャ家系の娘、五条院巴がこちらに向かって邪気の溢れる笑顔を浮かべつつ弾丸のように突っ込んでくるのが視界に入った。

 

「昨日はよくも仕事を放り投げてくれたなクー・フーリン。『八本槍』であろうと責任を放棄することは――いいやとりあえず愉快に撃ち落されてしまえ」

 

「どーでもいいがテメェとりあえず急所突くような投げ方すんな!ミスったら俺が死ぬぞ!」

 

 無論彼は失敗しないから問題ないが。巴もそのことをよく知っているから喉元心臓脳天眼球目がけて躊躇いなくクナイを投擲することができる。

 天下無双の『八本槍』。どうしようもなく扱いやすい男が相手なら、せいぜい最後まで面白がって跪かせてやりたいと思うのが彼女の性なのである。

 

「テメェどう見ても楽しんでるだけだろ!」

 

「最高に楽しいね!」

 

 白い歯を光らせてニッコリと笑っている。その光が嫌に邪悪なものに見えてしまう。

 続いて投擲された三つのクナイの内二つを避けて一つをキャッチ、そのまま巴に投げ返す。小物を投げることはあまり慣れているわけではないが、しかしそれは巴へと一直線に飛んでいった。

 巴はそれを確実に視線で捉えて勢いを殺さず左に躱す。遅れた黒い長髪を風が書き分けるようにクナイはどこかへと飛んでいった。

 捕捉されたのでは埒が明かない。逃げ回っているだけでは時間の無駄になるだけか――ならばここで迎え撃つ。

 少し広い場所に出ると同時に、クーは走る速度を急に落としてブレーキをかけ振り向きざまに一度宙返りをして距離を取る。

 すぐにクーの目が捉えたのは、同じく宙を舞って距離を取る巴の姿だった。つまり、寸刻前には目の前まで迫っていたということである。

 

「全く油断も隙もありはしない」

 

「小癪な手しか使わねぇコソ泥相手に油断も隙も作れるかよ」

 

 クーは両手に握る真紅の槍を構え、巴は同じく両手に綺麗に手入れのされた鋭い切れ味をしている太刀を構える。

 ちなみにここは通学時に学生が使う通路の一部であり、既に周囲には野次馬が集っている。なお衝撃や余波を恐れて誰も近づこうとはしていない。むしろ観戦したそうにしている割には逃げ腰でここを立ち去りたそうにしている。巴としてもその心境は分からないでもない。

 

「さて、ここまで派手にやらかしてしまったのではリッカに怒られてしまう。ならばいっそのこと、とことん羽目を外させてもらおうか!」

 

「へっ、こちとら最近イライラしてるんでね、憂さ晴らしさせてもらうぜ!」

 

 両者瞬時に肉薄する。

 弾丸すらも軽く上回る速度で前方に飛翔したと思えば、甲高い金属音を一つ響かせては火花を散らした。

 火花が何かに引火したのか、二人を中心に爆炎と煙がたちどころに周囲に広がる。生徒の悲鳴が響き渡る中で、晴れる煙の中から姿を現したのはクーだけだった。

 

「まーた姿隠しての奇襲かよメンドクセェ」

 

 舌打ちをしようとしたまさにその時、全方位十二か所から一斉に放たれるクナイの雨。そこにあったのは分身の術を発動した全て瓜二つの巴の分身だった。

 巴の分身は張りぼてのような生半可なものではない。様々な術を組み合わせることによって、その分身一つひとつに質量を持たせることができているのだ。

 前後左右全てが封じられた。この速度、普通に槍を振るったのでは対処できない――こともないか。

 しかし、ここは敢えて罠にかかってやる。

 全方位から襲い掛かるクナイを無視して垂直に飛び上がったクーは――耳を切る音を敏感に聞き取った。

 咄嗟に振り返り、槍を振るう。太刀の銀閃、再び剣戟の金属音が鳴り響いた。クーはその勢いのままに後方へと距離を取る。

 地に足が付くと同時に、下へ伸びる勢いのままに腰を落とし、そして地を強く蹴っては正面に向かって翔ける。その様はまさに真紅の弾丸。

 一足着地が遅れた巴。目の前には鬼神の槍が迫っていた。太刀は切れ味は鋭いが反面防御には向かない。刃を滑らせて勢いを逸らすのは無謀である。無理な体勢になるのは承知で体を捻って槍を躱す。思った以上に素早く体は反応してくれた。

 しかしその弾丸は、目の前でその勢いを止める。鋭い瞳がこちらをしっかりと捉えていた。躱す方向すら読めていたということか。

 槍を地面に突き立て、無理に体を捻ったせいでバランスを崩した巴の両腕を掴み、そのまま覆いかぶさっては地面へと叩き付ける。

 沈黙を保っていた広場にどよめきが走る。勝負はついた。

 

「甘々なんだよまだまだ。……ったく、面倒かけやがって」

 

「その割には楽しそうに見えたが?」

 

 地面に組み伏せられながら、肩で呼吸をしつつ巴が笑う。その笑みはどこかこちらを挑発しているように見えた。

 

「ところで、こんな公衆の面前で乙女を組み伏せ押し倒すというのはどうだろうか。この後唇を奪って体中を蹂躙し尽くすのだろう?」

 

 どこまで本気だろうか。無論、全部冗談なのはクーも分かり切っている。この女がとことん釣れない奴だというのは二年と少しの付き合いでよく理解しているつもりだ。

 

「そうしてほしいならしてやるよ。リッカにもジルにも手を出してねーが、別に女が嫌いな訳じゃねぇ。テメェをこのまま辱めることも俺にはできちまう」

 

 瞳の奥にギラギラした炎を宿して、舌なめずりをしながらクーの顔が近づいてくる。

 眉目秀麗という訳でもないが、数々の経験の中で研ぎ澄まされた意志が刻まれている彼の顔は想像以上に男前である。なるほどジルやリッカがこれを相手に惚れる理由が何となく分かった。

 しかし、このままでは本当に唇を奪われてしまうのではないか。しかも、そんなジルやリッカを差し置いて自分が先に。それはそれで別に構わないのだが、ここは衆目に晒されている。この後とんでもないハプニングが起こりそうだと騒めいている外野が周囲から好奇の視線をこれでもかと注いでいるのだ。そんなところで行為に及ぶなど破廉恥極まりない。

 

「――いいぜ」

 

 ニヤリと厭らしい笑み。その顔はすぐ近くまで近づいていた。クーの吐息が頬で感じられるくらいの距離。

 これまでか――貞操の最期を覚悟して瞼を強く閉じた。

 力で勝てるはずもない。相手は百年以上も生きる最強の槍の戦士だ。腕力で勝てるならとうの昔にここから脱している。

 忍術もダメだ。両手が塞がっている以上、種も仕掛けも発動できない。

 諦めと共にクーの体温を感じた――額に響く重く鈍い音と共に。

 

「いったっ」

 

 額に鈍痛が走る。目を開けてみると既に両腕は解放されており、クーは立ち上がって槍を拾い上げていた。そしてこちらを眺めているその表情は、まるで、ざまぁみろと言わんばかりのドヤ顔だった。

 

「少しは人をからかうことを止めとくんだな。しばらくは葛木相手で我慢しとけ」

 

 槍を筒に仕舞って肩に背負いつつ、首だけを巴に向けて豪快に笑う。

 

「テメェもなかなかのいい女だよ。その太刀捌きも、そしてその太刀のような鋭い闘志も俺様は好きだぜ」

 

 そう言って、結局昨日押し付けた生徒会の仕事をサボった分の責任を有耶無耶にしつつ、ぺたりと地面に尻餅をついている巴の傍から歩いて去っていく。

 届かないその背中。その逞しさが清々しい。相変わらず敵わないなと苦笑いを浮かべて、しかしいつかその背中に刀傷をつけてやると心に決める。

 ゆっくりと立ち上がっては太刀を鞘へと仕舞い、そしていつまでも呆けている野次馬に一喝した。

 

「いつまでここに突っ立っている、もう朝礼が始まるぞ」

 

 怒鳴ったつもりはないが、何かに怯えた生徒たちは全員一目散に学園の方へと駆けてゆく。

 長い黒髪に引っ付いたゴミを払いながら、桜の舞う空を見上げた。

 

「清隆、あれが本当の男ってものだよ。キミも姫乃と共に強くなってくれ」

 

 久しぶりに会った弟のような幼馴染の顔を思い浮かべては、小さく笑みを零した。

 その成長が待ち遠しい。風見鶏を卒業するころには、清隆もきっといい男になっているのだろう。

 今もどこかで義妹の小言を聞いているのだろう清隆に向けて――




戦闘シーンのボキャブラリが圧倒的に足りない。
もっと速く、もっと鋭く、もっと緊迫するような戦闘描写ってどうすればいいんだろう。

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