満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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後半戦スタート。


ゲイ・ボルク

 ここまでで合計四フェーズが終了、一度たりともミスはなく、堅実かつ大胆なショットを繰り返しパーフェクトを達成している。

 しかしかの英雄と戦闘をした後もあって、体力も魔力も限界だったところを、サラの術式魔法によって助けられた。現在は双方とも完全に回復しきっている――といいたいところだが、やはり所詮は付け焼刃の回復、サラから供給された魔力はあまりエト自身に馴染んでおらず、有効活用できるのは半分と少しくらいだと思われる。

 だが、それだけあれば十分だ。サラから貰った大事な魔力、決して無駄にはしない。

 

 第五フェーズ――ショートレンジ、ターゲット4、ガードストーン12。

 ガードストーンの数は減った。しかし、ここで重要になるのはターゲット4、つまりショットが二度しかできないということである。一度しか失敗も許されず、調整も予測の範囲でしなければならない。そして、そのガードストーンの設置もまた、これまで以上に難関なものになっている。

 ガードストーンの設置はこれからも確実に難しいものになっていくだろう。その度に消費する魔力を増やしていけば、その内確実に再びガス欠に陥ってしまう。つまり、これからは終盤に出現するであろうガードストーンの設置も予測しながら自分の必要魔力を計算しつつゲームに臨まなければならない。

 今回の配置は、先頭に身長の高いビショップが中央に二体、そしてビショップの横幅分の隙間を開けた位置で両サイドに更にビショップを、そしてその後方及び両脇に間を通り抜けるのを阻止するかのごとく立ちはだかるナイトのガードストーン。セオリーとしては、ビショップ同士の間を左右どちらからか抜けて、そしてナイトの上空を飛び越えなだらかに落ちていくという軌道を描くのが定石だろう。

 クリサリス邸の屋根の上、クー・フーリンにお姫様抱っこされたリッカ・グリーンウッドは、フィールドを見下ろしながら憤慨していた。

 

「何よアレ!?反則じゃないの!?」

 

 何事か珍しく孤高のカトレア様が怒りに震えている。そんな彼女に対して呆れつつも、しかし飛び出ようとする彼女を離そうとはしない。どうやら魔法使いの端くれとしてのプライドも持ち合わせていない今のクリサリスの人間の行動が許せないのだろう。

 というのも、この第五フェーズ、何者かの手によって、フィールド自体に細工がなされている。この配置で誰もが思い描くような軌道線上、つまり両サイドのビショップ同士の間に、何かしらの魔法障壁が張り巡らされているのだ。例えリッカ程の腕前だろうと、ブリットには大した力はない。彼女が大量に魔力を込めた渾身のショットでも打ち破ることはできない程の強度の障壁と見て取れる。尤も、クーのような全てを破壊し尽くさん限りの脳筋ショットだったら話は別だが。

 

「ハワードの野郎も大変だろうさ。ここで負けちまったら世間様の笑いもんだからな」

 

「だからってこんなことが許されるはずもないわ!私の目の前でこんな卑怯なことをするなんて魔法使いとして恥ずかしくないのかしら」

 

 相変わらずリッカは肩を怒らせてクリサリスの人間を睨みつけている。クーの腕からは逃れられないと早い内から悟ったのか、もう腕の中で暴れまわるようなことはしていない。

 

「テメェらの言う魔法使いらしさってのは知らんが、少なくとも勝負者としては間違ってねーだろうよ」

 

 笑みのない表情でフィールドを見下ろすクーは、リッカの怒りを一蹴する。

 しかし実際に、クリサリス家が自らの家の名を守ろうとするのと同様に、ディーンもハワードの家を守り育てるために今回の縁談に対して首を縦に振ったのだろう。成功してしまえばクリサリスの術式も自由に扱える上に、クリサリス家もまたハワードの才能ある血を得ることで再び魔力を持つ子孫を得て、再興の可能性を増やすことができる。同時に失敗してしまえば、元々没落貴族として社会的地位も低迷していたクリサリスは置いておいて、ある程度の権威を持っているハワード家は何かしらの瑕疵があったのだろうと周囲の魔法使いの家に深慮され、信用を失ってしまうかもしれない。

 つまり、後者のリスクをなるべく軽減させるために、ここでエトのプレーを妨害しておくのは合理的であるともいえる。

 更に、クリサリス家の人間は今のところエトが勝利しサラと結ばれることをあまり良いこととは思っていない。いくらカテゴリー5のリッカ・グリーンウッドが紹介したとはいえ、風見鶏に通う一介の学生であり、かのサンタクロースの一族であるマロース家、そして風見鶏生徒会長として名を馳せているシャルル・マロースの弟であるところで、その家の特色としての魔法の才能のほとんどが姉に奪われ、エト自身に大きな魔法の力はないと言われている。そんな将来性のない人間をクリサリス家に迎えたところで何のメリットもないと考えるのは仕方のないことだ。ここで負けて帰り、二度とクリサリスの敷地を跨ぐことがなくなるように仕向けたいはずだ。いくらディーンがここでフェアプレーに反した妨害行為をし、それが周りにばれようと、エトにとってアウェーなこの場所で誰も彼を咎めようとはしないのだ。

 そんなディーン・ハワードの思惑も、そしてリッカとクーの両師匠とも呼べる先輩方がクリサリス邸の屋根の上から見守っていることも知らないで、エトはシューティングゾーンで足を踏みしめてロッドを握っている。

 相変わらず後半戦になろうと厳しい配置は変わらず、正面にはビショップ、そしてその隙間を固めるようにナイトがターゲットパネルを守護している。

 エトはフィールド全体を眺め、俯瞰した時の配置を脳内でイメージする。限られた魔力、時間などの条件の中で、最大の成果を最小のリスクで発揮できるように、目の前に広がる数多のガードストーンを攻略する方法を頭の中で模索していく。

 

「――よし」

 

 一度目の前のビショップを眺めて、頷く。ターゲットパネルを一撃で撃ち抜くヴィジョンが完成した。

 後方へとロッドを引き、そして魔力を込めて素早く振る。接触するタイミングで魔力をブリットへと通し、一瞬で振り抜く。

 飛翔したブリットは、ディーンの思惑も虚しく見事にターゲットパネルを一撃で落としきった。その一打にクリサリスの人間も、ディーン・ハワードも一様に驚きの声を上げる。

 

「なるほどその手があるか……」

 

 これには上から眺めていたクーも称賛の声を上げざるを得なかったようだ。

 それはまさしく無謀といえる一打。しかし成功させることができれば、ブリットのコントロール能力を見せつけることができると同時に、長期戦を予想した際に支払われるコストを最小限にとどめられる。

 エトが打った一手は、本当に針の穴を通すようなショットだった。ビショップ同士の隣接は、完全に隙のないナイト同士の隣接と比べると、微妙に隙間があるのだ。しかしその隙間も、正真正銘ブリット一つ分通る程度のものである。逆に言えば、中央にビショップを二つ並べた時、その隙間を縫うことで、ブリットの操作の必要性がほとんどなくなる直進の軌道を描かせることができる。そしてエトは、そんなむちゃくちゃなショットを一撃の下に成功させたのだ。そしてそれは同時に、ディーンの魔法障壁を張った妨害行為の目論見を失敗させたのだ。

 

 第六フェーズ――ロングレンジ、ターゲット4、ガードストーン19。

 その圧倒的なガードストーンの設置量のほとんどを、背の高いビショップに裂くことで、ビショップの縦幅と、ナイトの横幅を網羅するように設置している。そしてビショップ四つ分の巨大な壁を前方に一枚、後方にもう一枚配置し、運よくそのどちらにも間通しを成功させることができたとしても、その間に存在するナイトが行く手を阻むように立ちはだかる。エトの先程のまぐれのようなショットの対策も兼ねているのか、完全なストレート封じの布陣である。その光景はまさに要塞そのもの。

 しかしこの光景は、エトにあるものを思い出させていた。

 サラがクイーンズカップで、リッカを相手に戦った第八フェーズ。

 同じロングレンジコートで、今エトが目の前にしている光景と同じような、横一列に整列しているビショップ四体。今回はそれに加えて広範囲をカバーした、明らかにそれ以上の難易度を誇る要塞である、が、サラはこの光景を相手に、九枚のターゲットパネルを撃ち抜けると確信してスイングしたのだ。

 そう、この壁こそ、エトとサラが乗り越えるべき試練。

 

「僕は、僕たちはこれを――超える」

 

 その巡り合わせに感謝しながら。

 力強い一撃を、ブリットに乗せた。

 飛翔するブリットは、大きく右上の方向へと進み、フィールド上の全てのガードストーンを迂回してロングレンジコート中央付近で左へとカーブをかける。斜め左下へと向けた滑降、エトの想いを乗せたブリットは勢いよくターゲットパネルへと飛んで――

 

 ――弾かれた。

 

「んなっ……!?」

 

 軌道的には、確実にターゲットパネルを押さえたはずだった。しかし、まるでターゲットパネルのポストにでもぶつかったかのような、あるいはガードストーンにぶつかったかのように急激に軌道を変え、フィールド側へとブリットは転がり落ちたのだ。そう、それは丁度何者かに妨害されているかのように。

 ディーン・ハワードは背もたれにもたれかかるように座る姿勢を直す。一度瞳を閉じては、溜息を吐いて再び目を開いた。クリサリスの人間が何事かと騒ぎ立てているが、彼の思惑通りエトが失点しかけていると思い直したのか追及をしようとはしていない。

 彼は先程の第六フェーズ同様に、フィールド上に魔法障壁を張ったのだ。先程はフィールドのごく一部、ガードストーン配置に対する定石通りの軌道上に障壁を展開したために、定石から外れた予想外のショットによってその障壁は役立たずに終わってしまった。

 しかし、それをターゲットパネルのすぐ前に設置してしまえば、どこからどのようにブリットを打ち込もうと、必ずその目の前で障壁に衝突してターゲットパネルに触れることなく落下してしまう。そしてそれは、最悪『勢いが足りなかったのではないか』と適当に言い逃れができてしまうのだ。

 

「こんなの……どうしようもないじゃない」

 

 その光景を目の前に、リッカはクリサリス邸の屋根の上で、悔し涙を浮かべて歯噛みしている。

 クリサリス家の数に物を言わせた圧倒的なガードストーン配置はまだ許せた。実際にクリサリス家の人間にとっても有能な人間を取り入れたいのは大いに理解できるし、これくらい乗り越えてもらわないと世界で通じる実力があるとはいいがたい。

 しかし、その魔法障壁は、既にターゲットパネルを打ち落とす可能性をゼロにしてしまっているのだ。言ってしまえば、蓋をされた箱に球を投げ、その中に球を入れてみよと言われているようなものなのだ。物理的に不可能、いや、魔法が使われているこのグニルックでも到底不可能だ。リッカですら、あの障壁を突破して一枚でもターゲットパネルを打ち落とす方法が見つからない。

 既に、挑戦者であるエトをただ打ち負かし屈辱を味あわせるためだけのグニルックと化していることが悔しくてたまらない。誰もが楽しむスポーツを、こんなことに悪用されて許せるはずがなかった。

 やはり、そもそもこんな挑戦そのものが無謀だったのだ。完全に負けが確定しているようなこんな勝負に、自信満々の笑顔のエトを送り出すべきではなかったのだ。

 

「ま、もう少し見てなって。それに――負け確なんて勝手に決めんじゃねーよ」

 

「……へ?」

 

 少し前、クーの笑みが消えた表情には、いつもの傍迷惑が起こる前兆の無邪気な笑顔が張り付いている。

 これから何が起こるのか――きっと碌でもないことが起こるに違いない。何しろ、グニルックの公式試合に出場することを禁止されたクー・フーリンという男が、黙ってされるがままになっているはずもない。

 

「もしかすればやってくれるだろうよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一度ブリットを弾かれたエトは、再びロッドを握り直して、シューティングゾーンで集中力を高めていた。その背中を、サラがエトの勝利を信じて見つめている。

 先程のショット――エトはブリットがターゲットパネルまで届くまでの力の計算を誤るはずがない。そしてあの弾かれ方は、あまりにも不自然だった。他の家族のみんなも誰も気にすることはしないのだろうが、それもみんながエトに対する不信感の表れに他ならないことはよく理解している。

 だからこそ、サラにはこの時点で誰かがフィールドに細工をし、そして同時にそんな反則行為を行っている人物にも予想がついてしまった。

 クリサリス家が没落の一途を辿ったのは、他ならぬ魔法使いとしての血が薄れ、代を経るに連れて個人が持つ魔力の量が激減してきたからである。だから今こうしてクリサリス家は他所の家に頼ってまでクリサリスの名を何とか守り抜こうとしているのだ。

 そして、そんな芸当ができる人間はここには二人しかいない。一人はサラも知っている通り、クー・フーリンを師匠として慕い、同時に生徒会長を姉に持っているエト(但し今回のようにフィールドに細工をするような遠隔操作の魔法が扱えるかどうかは知るところではないが)、そしてもう一人がそもそもクリサリス家に再び力をつけるために選んだ縁談の相手であり、魔法使いとしても実力の高いディーン・ハワードである。そして、エトが自分の挑戦に対して自分で自分を妨害するなどと言った頓珍漢な行為をするはずがない。となれば、決定的な証拠はないものの、ほぼ確実にディーンが犯人であることは確定的であると言える。

 しかし、今のワンショットのみでディーンの反則を疑い糾弾したところで、恐らく弾かれたこともエトの力がなかったということで有耶無耶にされてしまうことは間違いない。明確な証拠もない以上、下手に疑えば相手方てあるディーンからクリサリス家の悪評が世間に流れる恐れもある。それだけはこれからのために避けねばなるまい。

 そしてそれ以上にサラがこの反則を指摘しなかったのは、他でもなくエトがこの状況を諦めていなかったからであった。

 あのショットが弾かれたことが不自然であったということは、脇で見ていたサラでも分かるくらいであり、それが実際にプレーしているエトに分からない訳がない。つまりエトは、このフェーズが何者かによって妨害されていると知った上で、まだ足掻き続けようとしているのだ。

 そして、エトにその闘志があるのなら、サラはそれを信じるだけだ。

 

「――行きます」

 

 その声と同時に、エトのルビー色の瞳が開かれた。

 両手に握られていたロッドから、片手を離す。行くと言った上で、その宣言と相反するような行動。外野が、遂に小僧の頭もおかしくなったかと喚き散らしている。

 しかしサラから見ても、エトの行動だけを見ていれば、諦めているようにも見えてしまう。左手をロッドから放し、両手を重力に預けてぶらりと垂らしている。

 その時、エトの瞳が鋭く光った。

 何かが来る――そうサラが肌で感じ取った次の瞬間、エトはその構えと共に周囲のどよめきを呼んだ。

 それは、決してグニルックのプレー中にするような構えではない。どちらかというと、戦場において剣や槍などを構えるような構えに近いと言える。

 左足を前に出して半身に構え、右手に握るロッドを引いては、剣だと切っ先が相手側に向かうようにセットする。その先端を左手が沿えるように前に突き出して、腰を低くしていた。まるでこれから自らが直進して誰かに肉薄し刺突するのではないかと思わせるように。実際、今のエトからは、グニルックをプレーするモノとは思えない攻撃性のオーラを醸し出している。

 そして、彼の右手が持つロッドから――真紅の光が溢れ出てきた。

 突然の出来事に絶句する全員を無視して、エトはロッドを動かした。瞬間的にブリットの下に滑り込むように突きを繰り出したかと思えば、それを天空に向けて打ち上げた。真紅の光を発するロッドから、その光がブリットに移り、空へと飛び上がるその様は赤い彗星のようだ。

 サラはそのブリットが打ちあがる光景を、以前にも見たことがあった。

 クイーンズカップが始まる前、エトと共にグニルックの練習に出た時、サラと並んでシューティングゾーンに立った彼は、サラの視線の先で見当違いな方向、つまり真上にブリットを打ち上げていたのだ。その時は訳の分からないことを思考回路からシャットアウトしていたが、あの時エトが呟いていた『上手く上がらない』とはこのことだったのか。

 等速直線運動のまま天空へと舞い上がったブリットは、急に上へと上がる運動を止めたかと思えば、直角以上の角度の軌道で曲がり、ビショップの遥か上空をターゲットパネルへと一直線に直滑降する形で落ちていく。

 

 ――隕石が落ちてくる(メテオストライク)

 

 隕石(ブリット)は紅き光の尾を引いて、速度を緩めることなく障壁を突き破り、一撃の下にターゲットパネルを捻じ伏せた。勢いが止まらなかったブリットはそのまま地面にめり込み摩擦で生じた熱で蒸気を巻き上げている。

 

「な、なんなの、アレ……」

 

 サラを破りクイーンズカップを優勝したリッカでさえ、何が起きたのかこれっぽっちも理解していない。

 彼女とは正反対に、その表情に嬉しそうな笑みを浮かべているクーには、何が起きたのか理解しているようだ。

 

「自分で何したか忘れたって言ってたが、体は覚えてるもんなんだぜ」

 

 何だか感慨深そうにそう呟いている。彼はここに来た時に言った。ちょっと面白いものが見えると思って、と。

 つまりクーは、リッカにこれを見せたかったのだ。エトが放つ、天空へと舞い上がり、そして流星の如く大地へと穿たれるこの前代未聞の馬鹿げたショットを。

 

「あんたこれ、まさかとは思うけど――」

 

「おうよ。俺様直伝、グニルック版≪刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)≫ってところだ。『ターゲットパネルに当たる』という結果を確定させて『ブリットを打つ』と言う原因を発生させるって言うのが理想だったんだが、生憎そこまではできなかった。そこで、俺の学園生活の全てを注いで、俺の槍の呪いを解析してそれを魔力によって下位互換代用する技術を完成させて、因果までは逆転しなくとも、結果を固定させるくらいにまではできたんだぜ」

 

 この男は何を言っているんだろうか。最早リッカには首を傾げて口を開けていることしかできなかった。思考回路がこれっぽっちも追いつかない。

 それはつまり、ほんの少し本気を出せば、たとえガードストーンが百、千、万とあれど、それら全てをないがしろにしてターゲットパネルを打ち落とすというふざけた真似ができるということだろうか。

 そしてそんな芸当を、師匠であるこの男から教わったとはいえ、そうそう簡単にエトができるはずがない。彼ができれば自分にだってできる。だとすれば、自分とエトにある差は何か。

 紛れもない、彼と刃を交わしたかそうではないかということに他ならない。

 ジルからも色々と耳にしたが、どうやらクーが使った技を真似しようとしたらしい。結果としては本家の方がより正確で打ち負けることとなったが、その一撃が何かしら体に刻み込まれた結果今ここでこうしてあのショットを完成させるに至ったのかもしれない。

 

「あんたそろそろ頭おかしいんじゃないの……?」

 

「スゲェだろ!」

 

「褒めてないわよ!」

 

 か細く弱っちい掌でクーの頬を一発引っ叩く。なお全然痛がってない模様。

 目下では、クリサリスの人間が、たった今のリッカと同様に慌てふためいている。

 

「なんと野蛮な!あ、あんなショットが、そうそう連続で打てるものではありませんわ!」

 

 サラの叔母に当たる女性が声を荒げている。実際、今のエトのショットはクイーンズカップでリッカがサラに対して行った第八フェーズの曲芸的なショットよりも大胆で無駄のあり過ぎる軌道だった。それだけ魔力を大量消費していると考えられるのも無理はない。

 しかし、このショットはクーが槍に備わっている呪いの力を術式魔法によって代替させたものであり、そもそも魔力の消費は少なく、更にエトの術式魔法によって魔力消費を抑えて行われている。実質、結果を固定させてショットを放つ以上、プロセスとしては普通のコントロールショットを放つよりも魔力の消費は少ないのだ。

 だから、こうなる。

 

 第七フェーズ、ショートレンジ、ターゲット9、ガードストーン30。

 リッカですら唖然とするようなガードストーンを前に、エトは同じように赤い流星を空に放ち、そしてターゲットパネルに叩き込む。ど真ん中を直撃したそれは、勢いだけで残りの八枚も吹き飛ばし、一撃で九枚全てを打ち落とすことになった。

 本来ターゲット9は全四打を全て決めることでパーフェクトを達成するという物理的に当り前な常識があるのだが、それを悉く打ち破っていく。

 とりあえずターゲットパネルの前に展開していた障壁も紙屑のように突破されたディーンは、その意味不明な現象を目の前に焦りを隠せず、ネイトに対して怒鳴りつけた。

 

「代われ、第八フェーズはこの私自身が設定する」

 

 第八フェーズ、ロングレンジ、ターゲット9、ガードストーン――――60。

 既に、フィールド全体にビショップが縦横無尽に立ち並んでおり、既に打ち込む隙間さえ残っていない。ただ数に物を言わせた邪な暴力。

 そしてそれ以上に、ディーンはこのフィールドに、エトを中心とした円形の魔法障壁を、五重に張り巡らしてあのショットを阻止しようとした。上に飛翔すればその時に五重の障壁が立ちはだかり、更に落下する際にその内いくつかの障壁が邪魔をする。一枚一枚はガードストーンを軽く超える耐久性を持ち合わせており、軍事設備として使われる兵器であれば容易く止められるレベルの壁である。

 しかし、それもまた、無意味。

 

「≪偽槍・舞い穿つ紅閃の槍(ゲイ・ボルク)≫!」

 

 空に打ち上げられた閃光は、五つの壁を全て突き破り、そして降下する隕石は、障壁を叩き壊し、そしてターゲットパネル目の前に鎮座しているビショップのガードストーンを――粉々に吹き飛ばした。

 パーフェクトゲーム。全五十二ポイント中、通算五十二ポイント。全フェーズ、ノーミスにして、完璧。

 エトの力強くて、力強過ぎる紅く美しいショットを目の前に、そして事実として存在する、理不尽なガードストーンの量を相手取ったパーフェクトゲームの得点を前に、既に誰一人として彼の実力を疑う者などいない。むしろその力に、畏怖する者までいるようだ。そして――

 今ここに、エト・マロースの、サラ・クリサリスとの婚約が、確定した。




全て壊すんだ(障害)
次回エト編最終回。

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