今回かなりベタな展開というかなんというか。
数年ぶりに新しい土地に向けて旅をしていた。
海を越えて、辿り着いたのは、三人にとって久しぶりの、イングランドだった。
リッカとジルの生まれ故郷であり、クーもここは旅の途中で通ってきた場所である。
クーはふと、思い出に浸った。
アイルランドを出て、初めて海を越えてやってきたのがこの国。
船から降りた際、麻薬の密売人と間違えられ、警察に取り押さえられて、暴れまわるとかえって怪しまれると思って渋々ついていけば、うんともすんともいう前に牢にぶち込まれ、監禁されてしまった。
それでしばらくして無実が証明され、無事解放されたものの、謝罪だけだったのに腹が立ってぶん殴ったら本気で警察に追われて這う這うの体で逃げ延びた。
こんな出だしでいいのかと不安になった矢先、スリに財布を盗まれて取り返そうと槍を投げたら直接財布にヒットしてしまい、札が全てパーになって、小銭しか使えなくなってしまった。
山という山を越え、森という森を越えて、途中で獣や山菜で空腹を凌ぎ川の水で喉の渇きを潤し、山のふもとに穴を掘っては寝床とし、大雨で土砂が崩れて窒息死しそうになったり、疲れ目で山菜を探してたら毒草に当たったり――
「あれ、いい思い出が何もないんだが?」
「どうしたの?」
唐突なクーの独り言にリッカが反応する。
「いや、お前らも知ってると思うが、俺も一応ここには来てるんだよ。それでいろいろ思い出してたんだが、こりゃどうにもいいことがなかったというか、なぁ……」
「クーさんホント私たちと出会う前どんな生活してたの……?」
「サバイバル」
「「魂籠ってるね」」
ばっちりと声が重なった。
聞いたクーもなんだか悲しくなった。
確かにこれまで安定という言葉からとんでもなくかけ離れ過ぎてもはやどうでもよくなっていたクーだったが、結局リッカたちと出会ったことで、少なくとも彼の不幸っぷりにストッパーがかかってきているのもなんとなく感じ取っている。
だが相対性とは恐ろしいもので、多少なくなったとはいっても想像を絶する不幸体質、生死の境を彷徨うことは減ってきても、並の人間なら病院送りレベルの事故に巻き込まれるのは日常茶飯事であった。
そして久しぶりに新しい街に辿り着いた。
すると、何やら周囲が自分たちを見る視線が怪しい。
やたらと歓迎されてるというか、尊敬されてるというか。
とにかく、みんなが見ている。
「な、なんだこりゃ?」
「あー、あれね……」
「あれ、だよね……」
どうやらリッカとジルは何が起こっているのか理解できたようだ。
「ンだよ……」
「あんたが原因」
「は?」
唐突な回答に、間抜けな声が出るクー。
「『アイルランドの英雄』だったっけ?」
「そうそう、それ。あんた、結構巷で有名人なのよ?」
「なんで?」
「それはまぁ、『稲妻の落ちる森の奥で幻獣を仕留めた』とか、『虎を乗り回してはデーモンの如きオーラを振りまいて山賊を殲滅した』とか、『下心で取り入ろうとした愚か者を問答無用で紅い槍で刺し殺した』とか、そんなことしてたらいやでも有名になるでしょ」
何一つとしてやってなかった。
武勇伝の域を超えていた。
普通の人間だったら速攻で警察のお世話になるような噂だった。。
今後はちょっと自分の振る舞いを変えてみようかと反省してしまった。
聞いたところ、まだまだ噂はたくさんあるらしく、その中でも確信に近いのが、『美女をとっかえひっかえ侍らせては、自分の心行くままに愉しみ、その中で最も気に入った二人を下僕として連れ歩いている』というものだった。
二人というのは、リッカとジルのことだろう。
とっかえひっかえするほどの女どころか、人と知り合ってなかった。
もっと言うならとっかえひっかえしたかった。
だが残念ながらとっかえひっかえしたのは敵の飛ばしてくる武器だった。
剣、槍、銃、鎌、弓、矛、大砲……。
というかなんでこんなのが英雄にまで成り上がれるのか、当事者は不思議で堪らなかった。
すると突然、一人の老婆がクーたちの前で跪いた。
「『アイルランドの英雄』様、ご無礼の程は重々承知で御座いますが、どうかなにどぞ、この私たちめにご慈悲を……!」
そういって額を地面にこすり付けて土下座をする。
クーはともかく、リッカたちは痛々しくて見ていられなかった。
「近年この町では妙な現象が相次いで発生しております。どこがどうなる、とは形容しがたいのですが……。とにかく、私どもの手には負えず、それに便乗するかのようにあちらこちらで店の商品が盗難されたり、強盗に押し入られたりする日々が続いております。どうか、どうか元凶を突き止めてくだされ……!」
「ちょ、ちょっと顔を上げて!」
老婆の唐突な行動に、リッカは狼狽える。
目の前で土下座をしている老婆の表情は、命懸けというべきか、本気だった。
クーは無理矢理に老婆を立たせて、話しかける。
「取りあえず宿を用意しろ」
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「それで、どうするつもり?」
ベッドにどっかりと座り込んだリッカが、困惑した表情でクーに訊く。
「んなもん、テメェら魔法使いの分野じゃねぇか。お前なかなかの実力もってるみてぇだから、お前が術者の居場所を突き止めて取っちめてしまえばいいだけの話じゃねーか」
「いやよ、かったるい」
「リッカったら……」
今日も相変わらずの三人組だった。
リッカは自分のベッドにそのまま寝転がり、右に左にゴロゴロし始める。
「ねぇ、リッカ、協力してあげようよ」
「えぇ~!?……んまぁでも、魔法使いが悪行に魔法を使うのはこっちとしては許さないわ。というわけで、場所の特定はしてあげる。現場へはあんただけで行ってきなさい」
「は?なんでそうなる……?」
クーの文句。しかしクーはリッカが一度言ったことはなかなか取り消さないことは既に知っていた。
だから渋々了承して支度をし、リッカに協力を願う。
リッカは引き出しから一枚の大きめのサイズのこの町の地図を引っ張り出して、それを別の紙に複製し、新しい紙に地図を作っては、その地図上に魔法陣を描き、魔法を行使する。
手を翳すと、魔法陣は淡く発光する。
使っている魔法は、周囲に拡散している魔力が、どこから来ているのかを逆探知する魔法。
しばらくしていると、地図上に赤い点が一か所に表示された。
「ここか……」
クーが呟いた。
場所としてはクーたちが住んでいる宿からは少し遠く、町の北の端に位置している、とある廃墟だった。
「そこに魔法使いはいるわ。ほら、さっさと行ってとっちめてきなさい、『アイルランドの英雄』様♪」
リッカガ挑発するような笑みで、唇に人差し指を当てながら激励にもならない激励を飛ばす。
もしかしたらこの男が不幸であることも見越してそんなことを言っているのではないかとも思えてしまう。
そんなことを考えもしないのか、クーは紅い槍を引っ提げて、リッカたちを一瞥することもなく宿を出て行ってしまった。
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さて、何故か複数の年寄りを道の途中で助けることになってしまって、予定より三時間も到着が遅れてしまったクーは、目的の建物である廃墟まで来ていた。
敷地としてはとても広く、どこかの貴族が使用していたであろう豪邸の、壮大な面影が残っていた。
実際はところどころにごみが捨てられていたり、建物の壁が薄汚れていたりで、景観としては最悪だった。
「ここか……。確かにヘンな臭いがプンプンしやがるぜ。この魔力といい、この外観といい、なんというか、ベタだな……」
クーは建物のドアを文字通り蹴破って中に侵入する。
埃の舞うエントランス。天井には既に明りのともっていないシャンデリアがぶら下げられており、部屋の左右には二階へと上がる、手すりの豪華な階段が設置されていた。
自分の第六感と気配を頼りに、対象のいる部屋まで接近する。
そして、とある部屋、扉の向こうから、身の毛のよだつほど膨大な量の魔力を感じ取った。
槍を握りなおして、ドアノブへと手を掛ける。
そしてゆっくりと回して、一気に開け、そして、槍を構えた。
「動くんじゃねぇ!」
そこには、楽園が広がっていた。
立ち上る湯気、鳴り響くシャワーの音、そして、雪のように白く美しいリッカの裸体――
「ちょっ」
「なっ」
向こうはこちらに気づき、こちらは何が起こったのかわからず混乱し、お互いに沈黙し静止する。
「覚悟は――」
リッカが低い声音で呟く。
その表情は、前髪で隠れてよく見えなかった。
だが、リッカからはすさまじい勢いで怒気を感じる。
ヤバい、と思った時には、すでに遅かった。
強力な衝撃魔法で、遙か彼方まで、勇敢な戦士は羽ばたいていた。
次回に続きます。
なんか本当にネタっぽくなってきたなぁと自分で書いた分を眺めてちょっと反省中。