満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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さて、本格的にグニルック書いてみました。なお前半戦のみの模様。
後半戦は次話で。


共に立つ者として

 

「ちょっと、どうするつもりなの、これ」

 

 リッカ・グリーンウッドは声を荒げようとして、小声で男を責める。

 一方の男――クー・フーリンはしたり顔で人差し指を口の前へとやる。静かにしろ、そういうジェスチャーだ。

 ここはクリサリス邸の屋根の上。見下ろせばそこには大量のガードストーンが展開されたグニルックの競技場があった。シューティングゾーンに立っているのは間違いなくエト・マロース、その側には不安げな眼差しでサラ・クリサリスが控えている。

 

「ちょっと面白いもんが見えるかもと思ってな」

 

 リッカを抱きかかえたクーは、目を輝かせながらグニルック競技場を見下ろしている。リッカをお姫様抱っこしながら。

 なぜこうなっているか。無論、クーが生徒会の仕事をしている最中に強引に掻っ攫って連れ出してしまったのだ。理由としては、結局面白そうだからというのに行きつく。

 リッカとしても、エトに対して、アポを取ってあげた先は何もできないと言った手前、こんな所を本人に見られる訳にはいかない。これでも年上であり先輩なのだから、友達の弟に温かい眼差しで見つめられたくはない。

 

「下ろしてよ」

 

「ばれた時反応遅れりゃどうする、テメェじゃ間に合わんだろ」

 

「いやそうかもしれないけど」

 

 膝裏と肩を抱きかかえられ、リッカはクーの首へと両腕を回している。

 いつもとは違う体勢でこの逞しい体つきを見ていると、何故か鼓動が高まってくる。かつてはその腕で、その身体で真紅の槍を振るい二人の少女を悉く危機から救出した英雄、いつもは紅き槍を握っているその腕に今は自分が抱かれているのだという意識と、そこから見上げる彼の体つきが、アレ、こいつってこんなに色っぽかったっけ、と自分でも頭がおかしくなったのかと自問自答したくなるような感想を抱かせる。意識を逸らそうと思って仕方なくグニルック競技場を見下ろした。

 今フィールドには、合計十二の騎士(ナイト)僧侶(ビショップ)が城壁を守護している。その堅固たる守りや、まさしく難攻不落の要塞。

 

「とりあえず、これくらいは、ジルや私なら余裕だわ」

 

「んなもんできてトーゼンだろ。テメェが威張んなよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 第一フェーズ――ショートレンジ、ターゲット4、ガードストーン12。

 正面は高身長のビショップが完全に進行をそしており、それを中心に陣を敷くように周りをナイトが取り囲む様な布陣。

 単純な話だ。完全にこのショットを封殺するには十二のガードストーンを全てビショップにした上で横一列に並べてやればいい。それをしなかったということは、すなわち身長の低いナイトの上、そして身長の高いビショップを避けるような軌道をつくればいい。しかしそれをしようとすれば、大きく魔力と体力を持っていかれる。クリサリス家の特性上序盤から自分たちのできない布陣を繰り出すとは思えない以上、ここでとるべき選択はただ一つ。

 ブリットコントロールの比較的少ない、正面に配置されているビショップの上を通過し、そしてトップスピンをかけた状態での急降下をする。

 造作もない。今のエトは、先程の戦闘から、今までにないくらいの集中力が備わっている。そして、リッカやジルでなくとも、恐らく清隆ならこれくらいは簡単にやってのけるだろう。

 ターゲットパネルこそ直接見えるわけではないが、フィールドの中心線を辿った先にあるのは明白、サラと練習をしていた際にもその距離感はショート、ロング共に完璧に把握している。伊達に師匠との鍛錬で間合いの見切りの練習をしていない。

 ロッドを引き込み、そして勢いよく振る。

 ブリットと衝突する瞬間、軌道のイメージを乗せた魔力を一瞬で流し込み、そして打ち抜く。

 背の高いビショップの上を目がけてブリットが飛翔する。そしてその頂点に達した瞬間に、ブリットは思い通りのスピンを開始しトップスピンで急降下。完全なフィールドの中心線を走ったブリットはそのままターゲットパネル4の中心を撃ち抜き、一撃にしてパーフェクトを達成した。

 

「――よし」

 

 問題ない。これまでプレイしてきた中で最も調子がいいかもしれない。

 恐らく清隆なら、慎重さを重視して初撃はターゲットパネルの近くにあるビショップ辺りをターゲットパネルに見立て、それを狙って調子を見、二撃目で確実な一撃を決めたかもしれない。

 

「そ、そんなバカな……!?こんな小僧が、難度の高いビショップ越えのトップスピンショットを成功させたのか!?」

 

「しかも、ファーストショットで四枚落としなんて!どうせまぐれに決まってるわ、すぐにボロが出るでしょうに!」

 

 エトの完璧なショットを前に声を荒げる二人。

 実はエトが一撃でやってみせたこのショットも、本来初心者では到底できない芸当である。

 スピンの作用をブリットに与えるということは、直進の軌道とは別に力をブリットに与えるということである。つまり加減を誤れば、回転の方向がズレてしまうこともあるのだ。完全な縦のスピンを成功させるには、かなりの技量が必要である。今回エトが成功させたのは、これ以上にない集中力の賜物というべきか。

 

「サラちゃん」

 

 初撃を終えたエトは、ロッドを持つ腕を一度垂らしてサラに呼びかける。

 そのショットを成功させたエトを見たサラは、安堵の表情を携えてエトに振り返る。

 

「まぐれなんかじゃない。僕はまぐれなんかでみんなの目を欺くわけにはいかない。まぐれとか、奇跡とか、そんなのは一瞬で崩れる程に、脆いんだ」

 

 ロッドを握る拳に力が入る。

 ネイトが次のフィールドをスタンバイしているようだ。フィールドの方から音が聞こえてくる。

 

「力は、奇跡でも偶然でもない。それを僕は、あの人から教わった。だから僕は、力を求められるなら、自分がいつも扱える最高のものを提示する」

 

 そう言って、再びシューティングゾーンへと、足を向けた。

 その背中を、その勇姿をサラは見上げるように見つめる。

 これが、戦う男の覚悟。今を強く生きる者の眼差し。過去の栄光でもなく、未来への希望でもない、ただ今だけの現実を見つめる、正しき簒奪者の姿。

 彼が戦っている。希望もなく、未来もない中で、逆境という名の絶望のただ中に叩き落とされながら。その眼に勝利だけを映し出して。

 サラは絶望を見た。諦めた。逃げることすらしなくなった。ただ波に飲まれて溺れるように流されて。辿り着いた先に待っていたのは、救いの手を差し伸べる勇者の姿だった。

 守られているばかりなのか。いつも自分は彼の背中にいるのか。それでもなお、悲観し、絶望し、諦めるだけなのか。

 

 ――弱い。

 

 人として、クリサリス家の人間として、そして、今目の前で戦っている小さな勇者の隣に立つに相応しい女として。

 可能性絶無を覆すような鋼の想い――彼から教わった、誰にも負けない不屈の心。そう教わったのは、リッカ・グリーンウッドに負ける前の自分。あの時は確かに負けた。他人がどう思おうと、誰がどれだけあの戦いの健闘を讃えようと、負けた事実は変わりはない。しかし、その想いが、今ここに形となって紡がれている。クリサリス家再興の悲願はまだ、絶たれてなどいないのだ。絶無の可能性を覆しうる小さな現実は、ここに存在するのだ。

 彼が――エト・マロースが戦う限り。そして、その隣でサラ・クリサリス(わたしじしん)が信じ続ける限り。

 

「私は――ここにいます」

 

 隣で共に戦う覚悟が自分にあるのなら――エトが驚いた表情で振り返る。

 その瞳に映る自分の顔は、どんな表情をしているだろうか。しっかりと笑えていたなら、きっと頑張れる気がする。

 エトの驚きの顔は、すぐに力強い、あの引き込まれるような笑顔へと変わった。

 

 第二フェーズ――ロングレンジ、ターゲット4、ガードストーン12。

 配置自体は先程とあまり変わらない。決定的な違いは、先程のショートレンジとの距離にある。ロングレンジはショートレンジの倍近くの長さがあり、実際にブリットにかける変化自体はショートレンジよりも楽であるように見えるが、ガードストーンが相変わらずターゲットパネルの手前にある以上、ブリットの急降下は回避することができない。無論それ以外の選択肢を取ろうものなら魔力を大量に持っていかれる上に失敗のリスクも高まるだろう。ここは先の調子を後続させるために同じ戦法を取るのが正しいと判断する。

 同じようにショット、但しショートレンジの時よりも若干多めの魔力を乗せる。ブリットは先程と同じような軌道を描き、そしてビショップのガードストーンの上でトップスピンをかけ、同じように急降下をした先にターゲットパネル4の中央を見事撃ち抜き、ファーストショットのみで四枚落としを成功させる。

 二度目のビショップ越えを目の当たりにしたクリサリス家の人間が驚愕する。エトのショットがあまりにも完璧すぎて、これでは彼のそれがまぐれだとは到底言えなくなったのだ。ビショップ越えは、二度も連続してまぐれで成功するような難易度ではない。

 

 第三フェーズ――ショートレンジ、ターゲット9、ガードストーン12。

 実質、ここからが本番のようなものだ。今まではターゲット4、ショット回数は二回まで許された。つまり一度はミスしても、二度目で成功させればパーフェクトの可能性は残り続ける。しかし、ターゲット9は、セオリー通りにパーフェクトをこなすなら、まずターゲット4の要領で四枚落としを成功させ、次いで残りの五枚の内隣り合った四枚を二打で二枚落としを成功させ、最後に残りの一枚を落とす、というように、一回たりとも失敗は許されない。

 しかし、ここに来てエトは白い歯を見せて笑う。それはどこか、彼の師匠が槍を構える時の、あの楽しそうな笑みにどこか似ている。

 

「……気を引き締めていかないとね」

 

 一人そう呟く。

 彼の魔力ももちろん無尽蔵ではない。先の闘いで大きく消耗している以上、回復はほんの短時間でしかできていない。その点現在のエトは到底万全の体勢とは言えず、少しでも無理をすればすぐに魔力は枯渇してしまうだろう。それでもだ。

 それでも、エトよりも基礎魔力は少ないサラは、あのリッカ・グリーンウッドと互角の戦いをしてみせた。今のエトの目の前にある大量の壁など、サラの見てきた絶対的な心の壁と比べれば大したことはない。ただ正確に、力強い一打を放つだけだ。

 一打――もう一打――確実にターゲットパネルへとブリットを打ち込んでいく。一打目に四枚、二打目と三打目に二枚、そして、最後の一打で一枚。

 十二の守護者を前に確実にパーフェクトを決め込んだエトに、驚きの声が上がる。

 このフェーズで、エトは確信する。今の自分に、落とせないターゲットなどない、失敗するフェーズなどない、敗北など、ありえないと。

 

 第四フェーズ――ロングレンジ、ターゲット9、ガードストーン13。

 手前から、ナイト中央、ナイト左右、そして一番奥にビショップを三体ずつ左右に並べて配置。大きな障害となるガードストーンはそんなところだ。残りは背の高いビショップがいたるところに整列してある。

 ガードストーンを増やしたのは、クリサリス家の人間がいよいよ本格的にエトの実力を認めたということになるだろう。そしてこの、エトを怖気づかせる大量のビショップの配置なのだろう。しかしそれでもやはりクリサリス家というべきか、その配置はなかなか理に適っている。正面のナイト、左右のビショップ、それぞれを個別に考えれば大した障害ではないが、ナイトを気にし過ぎればビショップの妨害に会い、かといってビショップを警戒すればナイトの防御に阻まれる、実に精巧な配置。僅かなミスも許されない、が。

 今のエトの敵ではない。

 

「これくらい、行け――!?」

 

 行ける、といい終わる前に、エトは目を見開いた。

 風を感じる。それもそよ風とは到底言切れない程の強さの風。多少サイズの大きい旗でも、その紋章がはっきり見えるくらいにはためく程の強さはあるだろう。

 その時、観客席から馬鹿にするような笑い声が聞こえてきた。

 

「どうやらお前の運もこれまでのようだな。この難度でこだけの強い横風が加われば、まともにブリットの変化もコントロールもできまい!」

 

「ええ、無理でしょうとも。クリサリスの名を背負うに値する、本物のプレイヤーでなければね」

 

 サラの祖父と母からの嘲笑の声。

 こればかりはどうしようもない、天がエトに味方していないのだ。この圧倒的に絶望的な状況に立たされたエトの背中を、サラは黙って見つめる。

 天の加護がない、だからどうした。今のエトに、味方などいない。いらない。エトに、とてつもなく大きな勝利への熱望がある限り。その闘志を、サラが信じ続ける限り。

 サラの母親は言った。クリサリスの名を背負うに相応しい、本物のプレイヤーでなければこの局面は打破できないと。しかし、エトが本物のプレイヤーであれば、クリアできるということに他ならない。

 

「節約は、ここまでかな」

 

 一度サラの顔を見る。その表情に、不安も諦めもない。ただ一心にエトの成功を祈っている。そしてその成功を信じている。

 それを見ているだけで、頑張れる。できないことなど何もないように思える。だからこそ、エトはロッドを力強く握り締めた。

 シューティングゾーンに、強く足を踏み締める。風がどれだけ強かろうと、どれだけの障害が立ちはだかろうと、ただ突き進むだけだ。今のエトに、退くという言葉はない。

 ありったけの魔力を込めて、強烈な一撃をブリットに与える。一瞬で魔力を流し込み、そして力強く素早く振り抜いた。

 ブリットは滑らかな放物線を描いて飛翔し、風に負けじと直進する。そして、多少風に流されたものの、見事に強風の中で左上二枚のターゲットパネルを落として見せた。

 二度――三度――繰り返すうちに風の強さを計算し、軌道修正に取り込む。そして逆算された最後の一打は、見事に四枚落としを実現させる。

 ここまで、26ポイント――パーフェクトゲーム。

 エトの研ぎ澄まされた集中力が幸いしてここまで完璧なゲームを展開してみせた。

 しかし、このフェーズの四打で、あまりにも魔力を消費し過ぎてしまった。全身に疲労が押し寄せ、先程みたいに体のバランスが安定しなくなる。

 流石に限界か――エトはガードストーンの消え去ったフィールドを眺める。

 ここまで魔力をギリギリまで節約した状態でパーフェクトゲームを展開してみせた。しかしたった今の強風の中で強いショットを繰り返したことで、魔力もいよいよ底をつく寸前にある。ガードストーンはこれからもネイトの意思のみで増え続けていくだろう。そしてその度に魔力を出力していかなくてはならない。だが、今までのフェーズ数と消費魔力、そして残りの魔力を計算してみても、どうしても最後まで立っていられるとは考えられない。少しでも時間を伸ばしたところで大した回復は望めないだろう。

 

 ――詰み、か。

 

 クー・フーリンとの戦いの時には、奇跡のような力を使って一瞬でも圧倒したらしい。同じ力がまた使えればこの局面も乗り切れるだろうが、そんな奇跡も何度も起こるものではない上に、そんな奇跡でこの局面を乗り越えたとしても、それは決してエトの実力ではない。それではこのクリサリス家に相応しい人間とは言えない。それだけはどうしても許せなかった。

 

「――エト」

 

 ふと、声が聞こえた。

 振り返ってみると、そこにあったのは見慣れた青のツインテール。サラのものだ。

 その眼に映っているのは、サラ自身の厳しい眼差し。その表情こそ、彼女がリッカと対戦した時のものだ。まるで、今自分も戦っているのだと言わんばかりの。

 

「さっきエトは言ってました。世界最高峰の無理難題に付き合ったって。それがどんなものなのかは分かりませんが、エトがそう言うのなら、きっと厳しかったはずです。魔力も体力ももう限界に等しいんじゃないですか?」

 

 サラの言葉に、エトは素直に頷く。それが事実であり、現実だ。変えられないことは受け入れるしかない。

 

「私も、一緒に戦います。エトがシューティングゾーンで私の隣に立つために戦うなら、私もエトの隣に立つに相応しい者になるために、ここで戦います」

 

 そう言って、家族の視線が集まっている中で、サラは突然エトに抱き着いた。

 突然のサラの行動にエトは慌てると、サラは体の力を抜くように促した。

 

「ゆっくり、深呼吸をしてください。私の呼吸に合わせるように」

 

 瞳を閉じ、サラの深呼吸に合わせるように、自身の呼吸音をシンクロさせていく。

 エト自身の意識が、まるでサラに流れていくように。そして同じように、サラの意識が、エトの中に流れ込んでくるように。今感じられているのは、サラの体温と、サラの鼓動。

 全てが漆黒の暗闇の中で融和していく。温かい湯の中で、何も考えずに沈んでいくような感覚。温かい闇の中で、ただサラという唯一の存在を認識し、そして受け止める。

 心臓が音を鳴らし、血液が流れる。呼吸音が同調し、全てがサラと重なっていく。そしてエトは、気が付いた。

 いつの間にか、自身から疲れが消え去っていた。完全に、師匠と戦う前の完全な状態に戻っているのだ。無論、体力、魔力の面でも完全復活だ。

 

「こ、これは……」

 

 エトが目を開ければ、そこには満足そうに微笑むサラの姿があった。サラが何か魔法を仕掛けたのだろうか。

 

「どうやら上手く行ったみたいです」

 

 何が上手く行ったのか、イマイチ理解できない。共に瞳を閉じ、深呼吸を合わせたあの温かな時間の中で、サラはエトに何をしたのだろう。

 

「術式魔法です。エトは、私よりも随分凄いです。私なんかじゃ、とても手が届かないところにいます。それでも、私が誰よりも、エトよりも上手に扱える魔法は、やっぱり術式魔法だけなんです。だから、私が魔法でエトの役に立つなら、術式魔法しかない、だから私、考えたんです」

 

 サラがエトを助ける術式魔法の使い方。

 魔法使いが、少ない魔力で大きな魔法を発動させるためのツール。それが術式であり、術式によって展開させる魔法が術式魔法。

 サラのために戦っているエトが、魔力と体力の大きな消費によって窮地に立たされている。そんなエトを今助けられるのは、他でもなくサラだけだ。ならば自身が術式魔法をエトに使うことで、きっと活路が切り開けるかもしれない。

 だから、サラは踏み込んだ。術式魔法を、自分のために使うのではなく、隣に立つ者のために、その人を支え、救うために使うということ。

 

 ――魔法は、誰かを支えるためにある。

 

 理想のような言葉を体現した、サラの想い。

 その小さな力が、大きな希望となってエトを包み込む。

 エトに施した術式魔法は、リラックス、魔力増幅、疲労回復、魔力・体力の回復速度上昇の四つを、更に接触している相手に譲渡する術式の計五つ。とても平凡な魔法使いにできる芸当ではない。

 

「それって、僕に対して術式魔法を使ったって、こと?」

 

 もしそれが本当のことなら、これは物凄いでは済まされないことである。

 

「はい、応用すればいけるかもと思いまして。初めての試みだったんで少し不安でしたけど、上手く行ってよかったです」

 

 それはつまり、従来の魔法を新しい形に再構築したということだ。言い換えれば、自分で新しい魔法を生み出したということである。カテゴリー4、5になって初めて時間をかけてできるような代物であり、エトですら新魔法を構築したことはない。

 サラが、自分の経験と実力とそして想いの力だけで、新しい境地を開拓したのだ。もしこれが理論として完全に定着し、そして論文のような形で魔法使いの社会に広まれば、術式魔法を扱う者たちの間で大変重宝され、サラ・クリサリスの名は世界に轟くことになるだろう。それだけのものだ。

 残念ながら今の段階ではサラとエトの間だけで成功しただけであり、全ての場合で成功するものではないため世に出せるものではない。

 しかし、だ。今はその必要はない。今、エトはサラの力で再び万全な状態でこの理不尽極まりないグニルックをプレイすることができる。

 

「私、自分自身が優秀な魔法使いになるのではなく、誰かをサポートすることで輝ける魔法使いになりたいです」

 

 それが、サラの新しい夢。そして、イアン・セルウェイが語った、力以外の可能性。

 非力な人間が、力を使うポストになどつけるはずがない。当然、そんなところにいればたちまち力のある連中に淘汰されてしまうに違いない。しかしサラは、その場所にいち早く見切りをつけ、別のポジションへと身を置いた。それは、自分の持ちうる実力を最大限に発揮できる場所、力を使わずに、己の知恵と経験によって誰かを支える、パートナーとしての存在。

 エトの隣に立つに相応しい女としての、覚悟。

 今ここに、勝利への道は切り開かれた。

 サラの想いをしかと受け止め、再びロッドを強く握り締める。魔力も体力も完全回復した以上、もう負ける要素など何一つとしてない。

 これまでにない自信満々な笑顔を浮かべて、エトはフィールドを広く眺めた。

 

「……これが、エト・マロースとその相棒の実力か」

 

 遠くで、ディーン・ハワードが小さく呟く。

 ディーンが座る前の観客席で、ネイトがフィールドに魔力を送った。第五フェーズのガードストーンがフィールドに展開される。

 ハワード家にとっても、クリサリス家の術式魔法は後の活躍のためにも大きな力となる。折角ここまで漕ぎつけたものを、みすみす手放してやるわけにはいかない。

 エトの実力は大いに認めることとしよう。しかし、ディーンとしても、家に泥を塗らないためにここで縁談を成功させておく必要がある。そのためには、多少手荒なことまでする必要があるが――問題はない。

 遠隔操作は得意だ。ディーンは誰にも見えないように腰元で指を振り、フィールドに魔力を送ってみせた。




次回。
今まで堅実にゲーム展開をしてきたエト。
しかし突然、物理法則とゲームシステムでは説明できないような異常が起こる。
何者かの妨害――サラは辺りを見渡す。エトは変わらず黙ってフィールドを見つめるばかり。
このままでは勝ち目などない。招かれざる客まで見守る中、エトは覚悟を決めてシューティングゾーンに立つ。

だ が 奴 は 弾 け た 。

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