詰め込み過ぎて訳わかんない文章になってる自信とかあリます。自分で書いてたら脳内補正がかかるので。
誰もいない広場に人影二つ。吹き抜ける風に髪を撫でられながら、張り詰めた空気を纏わせている。
訓練用の切れ味のない剣を右手の拳に握りしめて、エトは向こうにいる最強の戦士の全身を眺めていた。
一切の無駄もなく、ただ戦闘を続行し勝利を得るためだけに、相棒の槍を振るうことに特化し鍛え上げられた全身の筋肉が服の上からでも見て取れる。体格の差は歴然だ。
しかしエトとて魔法使い。クーに肉体の鍛練を積んでもらっただけでなく、リッカやジルにも魔法に関して勉強し訓練してきた。先日自分でリッカに宣言したように、自分は武術と魔法のハイブリッドである。どちらにしてもまだまだ未熟かもしれないが、しかしそれを十全以上に使いこなさなければ、目の前の強敵を退けることなどできはしない。
覚悟は既にできている。
彼は兄のようであり、師匠である。エトの人生の中で最も尊敬し憧れる人物だ。しかし、そんな彼だろうと、征く道を阻もうものなら、容赦はしない。
腰を落とし、剣を構える。刃の切っ先を相手へと向け、右足を前に、横に構えた状態で静止。
するとクーもまた、自身の槍を両手に握り、鋭い光を放つ先端をエトの喉元へと向けて構える。
瞳を覗き込む、と、背筋に寒気が走った。次の一瞬で、自分の喉元が食い破られているかもしれない。彼が本気を出せば、エトの命など紙切れ同然なのだ。
嫌なイメージを払拭して再び向き直る。――最初から負けるイメージなどしてどうする。今から自分は、この男を真っ向から迎え撃つのだ。
「ルールは簡単だ。十分以内に俺に一撃でも加えてみろ。今までの鍛練とは違って俺からも攻撃する」
今までの実戦形式の鍛練では、クーはエトに一撃も攻撃を与えなかった。たまにヒートアップしてテンションが上がったクーが抑えられずにエトを地面へと叩き伏せてしまうこともあったが。
しかし今回は、最初から攻めてくる。今までと圧倒的に戦況が違う。攻めるだけでなく、守ることも念頭に置いて勝負を仕掛けねばならないのだ。
そして、彼が少しでも本気を出せば――いや、本気を見せなかろうと、その槍の切っ先は一瞬でエトの胸を穿つ。
「本気なんざ出さねーから心配すんな。せいぜい正義の味方様を相手にする時の千分の一ってところか。それだけ全力で手加減してやりゃ、テメェだってチャンスくらいあんだろ」
正直血の気の引いた思いをしているエトに対し、クーはそう告げる。
一応ここは女王陛下の管轄下、天下の風見鶏である。ここで人を殺すようなことはたとえバトルジャンキーである彼でもしないらしい。
だからと言って、気を緩めるような真似はしない。彼が手加減をしたところで、エトとクーには未だ覆しがたい実力の差がある。彼が手加減をするからこそ、エトとしても気を引き締めねばならないのだ。
瞳を閉じる。頭の中で思い浮かべる、複数の魔法の術式。
思えばサラも、あの大会でリッカと対戦した時、こういう風に難解な術式魔法を多重に展開していたのかもしれない。それこそ、エトの更に上を行くような、高度な術式を組み込んだ演算を。
同じように術式魔法を扱う者同士、こんなところにも奇妙な縁はあった。使い道こそ違えど、今この魔法に全力を注いでいることには変わらない。
だからこそ、この一撃に全力を尽くす。
――術式魔法、展開。
――肉体構築――強化。
――出力魔力――補強。
一瞬、という時間ですら相手にとって遅い。一瞬を細切れにした更に一刻、光の如く疾駆する鋼となれ。
初手にして全力、一撃の下に粉砕する。
――
地面を叩き割る破砕音。
その場の雑草が千切れ、宙を舞う。
まるで瞬間移動でもしたかのような速度で、エトはクーを剣の射程範囲に十分に押さえていた。
ジル・ハサウェイから教えてもらった魔法の一つ――
本来大量の魔法が必要なこの魔法を、術式魔法として構成されたものとして使用し、同様術式魔法によって魔力の消費量を減らし、更に術式魔法によって出力される魔法の上限を高めたのだ。
そして発生する結果は――エトという存在の移動速度が、四倍にまで高まるということ。
「――なっ!?」
焦りの声がクーから聞こえてくる。この声をエトは聞く必要があった。
実力が明らかに自分より上の人間を相手取る以上、一撃で仕留められる可能性をなくすためにこちらから攻め込むのはセオリーである。相手の必勝パターンに持ち込ませないために、または持ち込むのを妨害するために、先手を打って相手のペースを崩す。そしてあわよくば――その一撃で倒す。
少ない動作で剣を振り下ろす。クーはまだ防御態勢を取れていない。
「チィッ!」
バランスの崩れた咄嗟のバックステップ。エトが地面に足をつけたのとほぼ同じタイミングである。
しかし追撃はしない。相手がここで距離を取るということは、バランスが崩れていようと防御態勢をとるための時間が僅かでもできるということである。そこにもう一歩踏み込んで追撃をしようものならカウンターを食らってゲームオーバーだ。
正面からではなく、一旦サイドに回る。
ズキン、と全身が悲鳴を上げた。
顔を苦痛に歪ませるが、槍を握る相手から視線を外すことはしない。すぐさま次のステップを踏んで接近する。
待ってましたとばかりにクーが踏み込む。槍を握る両手に力が籠められ、一撃を突き出す。
エトが剣でいなし、次の一撃が入る前にステップで回り込む。
その瞬間を逃さない。槍が空を水平に薙ぐ。
咄嗟にしゃがみ、やり過ごす――しかしクーは自身の勢いを利用し一回転、そのままの遠心力と全身の筋肉のバネを用いてエトへと向かって槍を振り下ろした。
剣で防御するか――受け切れない。槍が頭に触れる前に緊急回避で地面を転がりそのままバックステップで距離を取る。
エトが剣を正面で構えたところをクーは追撃。直線の刺突――しかし直前で勢いを殺し、袈裟斬りの要領で斜めに斬り下げる。
本能のままに剣で防御を取ってしまったエトは、そのあまりの力と衝撃に耐えきれず、遥か後方まで吹き飛ばされる。悲鳴を上げながら宙を舞い、ブロック塀へと叩きつけられる。その前に咄嗟に左腕で受け身の姿勢を取ったこともあり、衝撃を体の芯で受けることはなかった。
しかし一刻の猶予もクーは許さない。クーがぶつかったブロック塀へと向けて、神速の突進をかます。真紅の瞳が紅き眼光を残像に残していく。
槍が壁へとぶつかった。ブロック塀は今度こそ音を立てて完全に瓦解してしまった。しかし、クーの顔色は変わらない。
戦闘はまだ続いている。
クーがゆっくりと振り返ってみれば、いつの間にか移動したのか、クーから少し離れた位置に、肩で息をしているエトがいた。
「おいおい、もう息切れかよ。鍛錬サボっちゃいねーだろーな」
「……さ、最初の一撃で割と全力使ってるからね。後はほとんど出し惜しみなしのアドリブだよ」
エトとしても、初撃で体力と魔力の半分以上が持っていかれた。そこからクーの猛攻撃を凌ぎながらエトの剣の射程内、つまりクーの槍の射程内で一撃を加えるチャンスをこじ開けようとしていた。その近接戦闘で時間をかければかける程、体力の少ないエトの方が動きが鈍ってとどめを刺される。かといってヒットアンドアウェイの戦法をとろうにも、退き際を誤ればクーの追撃が襲い掛かる。そう考えれば、やはり初手で決められたら万々歳だったのだが。
悔やんでいる場合ではないし、凌がれるのも想定内の範囲ではあった。ならば次の一撃を考えるしかあるまい。
呼吸を整え、再び構える。
足へと力を込めつつ、瞬時に瞳を閉じて、術式魔法を再構成していく。
――
先程と同じ四倍速でも彼なら対応されてしまう。ならばここでわざわざ残りの魔力を絞り切ってしまう必要はない。最低限相手の動きに反応できる速度をイメージしてみれば、最適解の二倍速。
直進しながらも相手の視線を追いかける。クーの双眸はしっかりとこちらの動きを捉えているようだ。
槍が構え直される。動作少なく引き絞り――
――
――放たれる。
その寸前、一気に
射程範囲に入る前に減速したエトの身体に槍は触れることはできず。
エトは即座に次の行動を取る。
――
クーの槍が再び引かれる前に急な加速をする。
足に再び力を込め、地面を蹴りクーの懐へ飛び上がる。
時間の束縛を越えた高速の次元の横薙ぎの一閃――剣に陽光が反射する。
甲高い金属音、エトの剣はいつの間にか目の前に迫っていた槍によって弾き返された。
「くっ……!」
小手先の技術は通用しないか。エトは届かぬ壁に小さく舌打ちする。
弾かれた勢いを殺さぬままに反転、サイドステップで、半身で構えていたクーの背中側へと回る。
追い打ちをかけるようなクーの回転からの水平の薙ぎ払い。エトはバックステップで距離を取りつつこれを躱して。
「……っ!」
全身に掛かる負担からの激痛。
短時間での三回連続の時間速度の切り替えによって、エトと世界の時間のズレは大変な事になっている。それら全ては再び体へとフィードバックしていく。
体内を流れる血流が、速まっていたのを取り戻そうと遅くなり、遅くなっていたのを取り戻そうと速くなり、連続する修正を次々に浴びて、血管や心臓の圧迫が全身を苦しめる。
身体能力で勝てない以上、魔法を上手く使ってせめて大きな穴を埋めようとは考えていたが、やはり負担が体にかかる以上、長期戦には向かない。それに、ジルから教わったとはいえ、完全に習得したわけではない。実用段階でもないものを無理矢理に使用しているのだ。それも無茶な術式魔法で魔力をギリギリまで節約して。演算のし過ぎのせいで頭が破裂してしまいそうだ。眩暈もして、次の瞬間には倒れてしまうかもしれない。
でも――それでも剣を握り締める。
ここで倒れてしまえば、サラは二度と自分の隣には戻ってこられないだろう。エトもまた、サラの隣に立つことはできないのだ。
そんな現実を、エトは認めない。
おかしくなってしまいそうな、まるで自分のものではないような妙な浮遊感のある体に鞭打って、全身に神経をいきわたらせる。再び動けと。
「休憩してんならこっちから行く、ぜッ!!」
クーが、セリフを言い終わると同時に、爆砕音を立てながら地面を蹴り、猛スピードで肉薄してくる。
初撃を何とか目で見て上手く躱し、二撃目を剣の腹で滑らせ力を逃しつつ腰を落として次のサイドステップへと繋げる。
追い打ちをかけるような水平斬り。しゃがみつつ剣の腹でやり過ごし、曲げた膝のバネを利用して飛び込む。
剣の射程内に入ってすかさず喉元を抉るように一突き。クーはこれを少しだけ首を捻って最小限の動作で回避する。
手首を捻る。剣の刃が水平に。そのままクーの首が逃げた方向へと水平に薙いだ。
「甘い」
腹に鈍痛が走る。
何事か視線だけを向けると、クーの脚が腹に刺さっていた。
槍ばかりを意識していたばかりに、他からの攻撃に対する対策がおろそかになっていた。
無防備のところに強烈な蹴りを受けたエトは、後方へと再び吹き飛ばされる。
地面へと叩きつけられる前に両足で地面を滑って削りながら着地をし、剣を握っていない左手と両足で勢いを止める。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしつつ、何とか肺へと酸素を送り込もうとするエト。
体力も魔力も限界に近い。クリサリス家に向かった後でも恐らく課されるであろう試練の為にも温存しておきたかったが、相手が相手だ、そう簡単には行かせてくれない。
頬が風を受けた。
反応が間に合わなかった。こちらを捉えた真紅の双眸が既に目の前にある。
槍の柄で叩きつけられ、今度こそ地面にもんどりうって倒れた。
一度倒れてしまった体は、寝そべって起き上がらないことを是とし、脳からの指示を受け付けなくなる。立ち上がりたいのに、指先一つ動いてくれやしない。
何だこれは。これが限界なのか。自分を邪魔する奴に一矢報いることもできずに負けて、理不尽な未来を受け入れるのか。
「あーあ、これで終わりか。も少し楽しませてくれると思ったんだがなー」
つまらなさそうに棒立ちし、槍を肩に担いで見下すようにそう呟いている。
言い返したい。言葉が出ない。喉が、腹が言うことを聞かない。酸素が肺まで届いていないのかもしれない。口から漏れるのは、命乞いをするように呻く、情けない声。
――無様だ。
冷たい言葉を以ってサラを激励した。
彼女のために戦うと決めた。
リッカに大口を叩き、説得した。
それだけのことをしておきながら、自分は何もできない。
サラは、相手がリッカだろうと、最後のワンショットまで相手にしがみつき、負けても会場の全員からコールを受けるような立派な試合をしてみせたのに、自分はただ一方的に打ちのめされるだけで、何一つできやしない。
――サラちゃんの方が、僕なんかより強くて立派だったんだ。
サラのリッカとの試合での第八フェーズ。
リッカが設置した、プレイヤーを圧倒するようなガードストーンに物怖じすらせず、ただ目に見えないはずのターゲットパネルだけを見据えて、迷いのない一撃を空へと放った。
果たしてその一撃を、他の誰が放てるだろうか。
諦めもせず、絶望もせずに、その一撃が勝利をもたらすと、誰が確信を持つだろうか。
サラはその一撃に確信した。対して、エトは最後までクーに一撃を与える確信を持てなかった。
何をしていたのだろう。
その時、視界に青いツインテールの髪が視界内に入ってきた。
心配そうに見下ろしている少女は、サラ・クリサリスそのものであり。
縋りつこうと、動きそうにない腕を無理矢理伸ばして、その頬に触れようとする。
もう少しで届く、とその時、瞬きをしてしまった。
いない。そこにはいない。サラがそこにいるという幻覚を、こんな時に見てしまうのだ。
いなくなる。自分の傍から、愛する存在がいなくなる。誰にも必要とされず、ただ家を守り継いでいくためだけの道具と成り果て、機械のような、心を持つことすら許されない人生を歩むことになるのだろう。
その姿すら、エトは目にすることができない。
知らぬ間に彼女の心は朽ち果て、エトのことすら忘れ去り、何事もなかったかのように機械のように生きていくのだろう。
そしてエトもまた、サラという少女がいたことをいつの間にか忘れて、元の日常へと温かさを求めて帰ってしまうのだ。
――嫌だ。
唇だけが、動いた。
――いやだいやだいやだいやだいやだいやだイヤだ!
心が渇望した。魂が叫んだ。
それは理不尽な未来への反逆。全てを覆す不屈の想い。
まだだ、まだやれる。ここでやらなければ男が廃る。想い人一人助けられずに、クー・フーリンの弟子を名乗れるか。
「あ……あ――あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!」
鋼のような反逆の意志、そして咆哮。
視界に再び鮮やかな色彩が映る。まだやれる。まだ立てる。
既に限界を突破したはずの全身が、嘘のように力強く立ち上がる。底をついたはずの魔力が、そんな事実などなかったかのように、全身から漲ってくる。
――魔法は想いの力だ。
偉い人はそう言った。
不屈の意志が、逆境を覆す反逆の剣となる。
そのエトの姿を見て、クーは静かに冷や汗を流した。
背水の陣、火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛む。まさしくそんな言葉が似つかわしい今のエトは、今までの彼とはまるで違う。
「『八本槍』の他の連中程じゃねぇが、こいつはまた骨が折れそうだ……」
このタイミングでのこの気迫、明らかに一皮剥けたエトを見て、まるで物語の主人公のようだと愉悦に唇を歪める。
そして、目の前の少年は、その剣を構えて――クーは絶句した。
「おいおい、まさかここまで驚かせてくれるとは」
半身に構えて右腕を引いて剣を後ろに下げ、低く腰を落としたこれは、槍兵が神速を以って直線で相手に肉薄し、一撃の刺突で相手を仕留めるための型。ただ違うのは、エトが槍ではなく、剣を持っているということだけだった。
全く持ってクーの普段の初撃を変わらない構えである。
全く同じ構えを、クーは槍でとってみせた。
刹那、これまでとは比べ物にならないスピードで以って直進してくるエト、喉元へと突き出される剣を槍で払って体勢を崩させ、すかさず次の一撃を振るう。
エトは弾かれた勢いを殺すことなく回転のためのステップへと繋げ、遠心力と全身の力、そして魔法によって強化された力を剣に預けた回転斬り。
槍を下から上へ、エトの持っている剣を弾き飛ばそうと振り上げた。
回避はできなかったようで、クーの思惑のままに剣でガードをしたエトは、剣が打ち上げられる勢いを利用してそのまま上空へと飛び上がった。
――馬鹿め。
飛び上がったエトを見ながら、瞬間的に空中での軌道を予測し、前へと大きく一歩踏み出し、そして二歩目で地を蹴り飛翔する。
獲物を見つけた鷹のような鋭い直進は、寸分違うことなくエトの軌道線を捕捉していた。
空中である以上、大きく軌道を修正するためのファクターは何もない。ここでエトがクーの攻撃を凌ぐには、体勢を整えた状態で飛び上がったクーの神速の連撃を、空中で全ていなすしかないのだ。
不可能――ならば。
エトのルビー色の瞳の眼光が鋭さを増した。
剣を構え、先程と同じように、クーの直進の構えを空中で再びとる。しかし、今ここで地面を踏み込むことはできず、構えを活かした高速の直線攻撃も封じられた状態である。
しかし、そんなことは百の承知、それを知ったうえで、エトはこの構えを取ったのだ。
全てを忘れたわけではない。今までにたくさんの人から学んできた知識や技術。それらを応用した渾身の一撃。
今ここで、
その時、エトの訓練用の剣から赤い光が発される。
その光が何なのか、クーにはすぐに察しがついた。むしろ、この光はクーだからこそ知り得るものであると言えた。
「テメェ、何てもんパクりやがる……!?」
そう、その光は、クーが長年愛用していた真紅の槍に蓄えられている呪力を用いて発動する必殺の光――≪
彼はその呪いの力を持たない。真紅の槍を握っているわけでもない。そして、そもそも槍を持っているわけでもない。ならば、何故――
「――そういうことかよ」
すぐに合点がいった。
エトは昔から、他人から技術や知識を奪いとって自分のモノにする、成長の傾向としてはクーと似たようなものがあったが、彼は、教えられた技術から
真紅の槍も持たず、呪いの力も持たない以上、原典であるクーのそれと全く同じという訳にも行かない。しかし、これが正確に発動してしまえば、『クーが一撃を貰う』という敗北条件を満たしてしまう。まだ、こんな餓鬼に負けるわけにはいかない。ここに、『アイルランドの英雄』の勝利への闘争心が疼いた。
簡単だ、発動される前に叩き潰してしまえばいい。幸い、万全の態勢で飛び上がったクーは、次の一撃を一瞬もない内に叩き込むことができる。それが決まった時点で試合終了だ。
脇の下に引いてあった槍を握り直し、神速の動きでエトの腹へと鋭く突き出した。
――
遅かった――違う、時間が切り取られたような今の瞬間。
クーの背筋に悪寒が走った。エトの技は、既に発動している――!
しかし、それが自分の技であり、更にそれが劣化したものである以上、対策のしようはいくらでもある。
こちらは伊達に本家――現在槍は扱ってないから正確には本家ではないが――を担ってはいない。後出しでも、十分だ。
「楽しませてくれんじゃねーか!行くぜ、その心臓、貰い受ける!」
切り取られた時間を認識して間もなく、訓練用の槍へと最大限の魔力を込める。
エトの剣と同じようで、エト以上の赤い光を槍から放ち、そして構え――発動する。
「ホンモノとは程遠いが、俺様ができねーわけねーだろ、≪
紅い光の直線が交錯する。
強く鋭い剣戟の金属音が一度大きく響き渡り、光はやんだ。
どちらが勝ったか。
地面へと先に強く叩きつけられたのは、エトだった。土埃が舞う中で両足でしっかりと着地するクー。
無論、本家の力を持つクー・フーリンが勝利した。当然と言えばそうかもしれないが、あまりにもあっけない幕引き。
地面に倒れたエトは、今度こそ指先一つ動かない。その魂は、既に燃え尽きていた。
エトの頭の元に、右肩に槍を抱え、左手をだるそうに腰についているクーが立ちはだかった。
「二つ――テメェとんでもねーことしでかしたな」
クーは呆れ顔でそう呟く。
一つ目、エトが自前で発動した偽物の≪
何故彼がこの技を使えたのかは、実は以前からクーがエトに、自身がグニルックの公式大会に出られない腹いせとして教えていた必殺技が深く関わっていた。
確かにエトに教えた必殺技は多少槍に宿っている呪いの力をクーの熱意だけで何とか解析して魔力で劣化代替する技術を編み出し、それを術式魔法として用いることでグニルックのショットで活用できるようにしたものである。まさかその技から逆算して発動されるとは思ってもみなかった。
そして二つ目、その偽物の≪
それは紛れもなく、エトが使った固有時制御から由来したものである。
固有時制御は身も蓋もなく言ってしまえば、時間の進行速度を自身だけ速めたり遅くしたりする魔法である。しかしエトは、何をどうしたのかは不明だが、自らの時空を切り取り、一瞬の間だけ停止時空の中を動いたのだ。そのため、停止時空外にいたクーにとっては、文字通り瞬間移動したように見えた。その軌跡が存在しない以上、恐らく全力のクーでもそれを察知することはできないだろう。
「赤い光の件はともかく、時間停止はどうやったんだよ?」
純粋に知りたいから問うてみる。
半分意識を失っている状態のエトは、その質問を何とか聞き取って、首を横に振る。
『覚えていない』、そう言うことだろう。あの謎の覚醒状態の中、脳の機能を半分以上停止させてまで引き出したあの力の中で、記憶能力は停止してしまっていたようだ。だから、その時の固有時制御と赤い光は既に再現できない。
「まだまだ――といいつつ褒めてやろうと思ってたが――やっぱりまだまだだ。今回はテメェの負けだよ。しかし、だな……」
歯切れ悪く次に言葉を繋げようとして、少し躊躇する。
「……千分の一ってのは途中からすっかり忘れてたよ。ほら、さっさとジルに直してもらって嬢ちゃんのところに急げ」
そう言って、ばつが悪そうに倒れたエトに背を向け、つまらなさそうにどこかへと立ち去る。
クーのゆったりしたテンポの足音が遠くへと去っていく一方で、違う方向から速いテンポで近づいてくる足音があった。
いつからそこにいたのだろうか。恐らく途中からなのか、または最初から見ていたのか、絶妙なタイミングだと言わんばかりに駆け寄ってきたのは。リッカ・グリーンウッドの古くからの相棒にして親友、ジル・ハサウェイだった。
「お疲れ様、エトくん」
エトの頭元に屈みこんで、胸元に両手を添え、治癒の魔力を流していく。
肉体における物理的損傷は、彼女の精密な魔法による検査と治癒の力で完治に近い状態にできる。全身の傷が癒え、固有時制御によって大ダメージを受けていた箇所も完全に治り切ってしまう。何ひとつとして不満足なところはなかったが――しかしエトは立ち上がれない。
物理的損傷、及び欠陥は治すことができる一方で、ジルの魔法、というより魔法による治癒は対象の精神的な疲労を取り除くことはできず、同時に消費された魔力を元に戻すこともできない。
要は、現在のエトは、肉体的なダメージはないものの、精神的なストレスを膨大に抱えている状態だということだ。
ジルはエトに、他に何の言葉もかけてやらない。
エトもまた、ここで彼女にかけてもらいたい言葉はなかった。
まだ何も始まってはいない。エトにとっては、今までの壮絶な闘いも前座でしかないのだ。世界で最も強い相手を敵にした、世界で最も過酷で残酷な試練という名の前座。
だからこそ、ジルもそんな彼の心境を察して、以前と比べて体も成長し、男として重くなった彼を芝生まで運んで、少しでもリラックスできるように膝枕をしてやる。
エトは、いつでも優しいジルに心の中で感謝の言葉を呟きながら青空を眺めていたのだった。
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寮の自室まで帰ってきたクーは、どっかりとベッドへと腰を下ろす。
訓練用の槍が入った筒を適当に床に放り投げて、溜息を吐いた。
だるそうに腰に手を当てて――その手をそっと腰から放した。
「ったく、あいつマジで一撃加えてきやがった……」
クーの服の脇腹辺りは、何かによって破かれていた。そしてその奥、引き締まった横腹の筋肉、その薄皮一枚に、出血すらしないレベルでうっすらと傷がついていた。そのタイミングは、ただ一つしかない。
「ハッ、あんなの一撃にもなんねーよ。行かせてやるが俺の勝ちに変わりねーよ、クソッ」
面白くもない勝利のしかた。クーはそろそろ気が付いていた。
エトを相手にすれば、下手に手加減をしていようものなら、たちまち反逆の牙に喉を噛み千切りに来ることを。
従順についてくるだけのガキかと思えば、たとえ最強軍団である『八本槍』であろうと、躊躇なく刃を向けられる度胸と覚悟、柄でもないが、彼であれば、あの没落貴族を再興まで紡いでいけるのではないかと、成長に感服していたのだった。
「なぁシャルル、もしかしたらアレは、あんたやリッカたち以上にでっけー
本当に柄にもない爽やかな笑み。リッカ辺りに見られようものなら気持ち悪いと笑われるだろう。
それでも今のクーは、弟子の大きな一歩を祝福せずにはいられなかった。
今日は朝から疲れた。特に仕事もないことだし、そのままベッドに仰向けになって目を閉じた。
今日はどんな愉しい夢が見られるだろうか。まだ見ぬ強敵に想いを馳せながら、意識を混濁する眠気の中へと放り込んだ。
全国のケリィファンの皆さんごめんなさい。
補足説明しておくと、
さて次回からクリサリス邸に飛びます。
クライマックスは正直終わりました。エトvsランサーがしたかったんです。折角いい対比になってたんだから。後はクリサリスんちで僕TUEEEEEするだけです。どこぞの最強オリ主のように。