嫌だなぁ、シリアスしか書けない俺がそんなに日常回を挟めるはずがないじゃないか(適当)
ある休日の風見鶏。
グニルック競技場には風見鶏の制服を着用した二人の少年少女がいた。一人は生徒会長シャルル・マロースの弟、エト・マロース。もう一人は由緒正しい古くからの魔法使いの貴族の息女、サラ・クリサリス。
冬の長期休暇を迎える前に晴れて恋人同士になった二人は、長き惜別の休暇という暇地獄を乗り越えて再会、早速いたるところで愛をささやき合っているという。
さて、グニルックの公式大会、クイーンズカップに向けて、大会にエントリーしたサラが真剣な面持ちでロッドを構え、ブリットを撃ち抜いていく。直線では綺麗な軌道を描くものの、物理法則を無視した魔法でのコントロールを行うとなると微妙なズレやミスが生じて上手くターゲットパネルにヒットさせることができない。
そんな彼女を傍で応援してやりながら、時にはアドバイス、時には直接体で教え込む様な感じで試行錯誤している。競技場が貸し切り状態であるとはいえ流石にくっつきすぎではないか。
撃ち出したブリットが見事に障害物をすれすれで避けて、吸い寄せられるように練習用ターゲットパネルの中央を撃ち抜く。
感覚を掴んだのか、それからはエトのことすら視界に入れずに一心不乱にロッドとブリットに向き合って反復練習をこなしていく。何度も何度も体に叩き込んでいくことで、癖になるレベルまで自然に打てるようにしていく。
そんな真面目なサラを尻目に、芝生の上に寛いで座っていたエトも立ち上がり、尻の草を手で払ってからグニルックの道具に手を伸ばす。
そして彼女のレーンと一つ間を置いて隣のレーンに立ち、ブリット及びロットをスタンバイさせる。
サラからすれば少し遠くの前方に彼が立つ形になるので、嫌でも目に入ることとなった。
「エトも、練習するんですか?」
そう聞くと、こちらに背を向けて構えていたエトはその構えを解き、サラの方へと向き直る。
「いや、ちょっとね」
あまり詳しくを語ろうとはしないらしい。こういう時のエトは何かしら突発的に思いついて行動することが多い、サラのこれまでの観察結果である。だからサラも深くは言及しないようにした。確かに一人で集中して練習しているのをただ眺めるのは暇だろう。
再びロッドを強く握って構えを取ると――正面のエトのブリットがとんでもない方向へと飛んで行っているのを目撃してしまった。
「やっぱダメか……」
そう言って見つめているのは真上。日付が変わるときに時針、分針、秒針が向いている方向である。
眩しい陽光を遮るように掌で日除けをつくりながら、空高く跳ね上がったブリットを眺めている。
「えっ、えっ?」
唐突なエトの行動に困惑を隠しきれない。
いくらグニルックの経験が浅いエトであるとは言え、ここまで頓珍漢な方向へと飛ばすような真似は決してしない。事実、入学してすぐに開かれたクラスマッチでも代表としての責任をしっかりと果たせる程度の実力は持ち合わせていた。
しかし、今日のエトは調子の悪い江戸川耕助のショットよりも酷いものだった。
「狙って……な訳ないですよね」
自分に言い聞かせるように小声で呟く。
そもそもそんなことをする必要がない。正面にあるターゲットパネルを撃ち抜くためにブリットを撃ち出すのだ。わざわざ自らの意志で真上に上げて意図的にミスショットをするメリットはない。ただ観客に恥を晒し自身のプライドを意味もなく傷つけるだけだ。
「――うーん、上手く
不穏なことをエトが呟いているものの、背中を向けられているサラには彼の言葉は届かなかった。
そして再びロッドを構え、ブリットをスタンバイして、――真上に打ち上げる。
「えー」
あまりにも意味不明な奇行に及ぶエトが気になって仕方がない。
しかし同時に、これでは自分の練習に集中できない。だから無理矢理にでも彼を視界に納めないようにパネルの方を向いて、パネルの方を向いて、自分のことだけを意識して何とかして集中させる。
サラのブリットから、エトのブリットから、カーン、カーン、と小気味よい音が響いてくる。
サラのブリットは障害物を避けつつ、エトのブリットはただ空を目指して。決して目指すべき方向ではないことはサラにはこれ以上なくよく分かっている。きっと誰がこの光景を目にしても、優し過ぎて遂に頭がおかしくなってしまったのだと思ってしまうに違いない。
さて、そんな摩訶不思議な時間を終えて、太陽が最も高くなる時間になる。
朝早くという程でもないが、起床して色々と準備した後、すぐにグニルック競技場に来ての練習だったため、その時間はおよそ二時間を超える。それだけ運動すれば腹が鳴るのも時間の問題だということだ。
「あっ」
エトの腹が情けなく音を立てる。
時間差で羞恥心に顔を紅くしながら、サラの表情を気にする。失笑するでも、引き気味になるでもなく、何故かあっけにとられたような表情をしていた。
「えっ、いや、エトのお腹もちゃんとなるんですね」
「そりゃ僕だって人間だもん」
「というよりお腹が鳴る前に自分でケアしているものかと」
それは自分よりサラちゃんのキャラじゃないか、というツッコミはしないでおく。腹が減っているのに不毛な言い争いになって時間が潰れてしまうのは二人の関係的に良くないだろうし何よりお腹に悪い。
「そういうサラちゃんはお腹空いてないの?」
「いや、そう言う程でも――」
どこかで虫が鳴った。
どこにいるどんな形をしたどんな無視かは全くほんの少しも分からないが、それはもう可愛らしい鳴き声で虫が鳴いた。
エトからすればサラから聞こえてきたような気もするが、たった今彼女の口からそれほど腹は減ってないと聞いたのだから、まずもって彼女の腹が鳴った訳ではないとエトには断言できる。
だとすれば一体どこから――
「……」
「サラちゃん、どうしたの?」
何故か目の前で青いツインテールの少女がこちらに背を向けて、立ったまま微妙に縮こまっていた。耳が赤くなっているのは一体何故だろう。
背中を向けたまま、ゆっくりと首だけを少し捻って、赤くなった頬を少しだけこちらに向けて、恥ずかしそうな目でこちらを見る。
「――きました」
「え?」
「お腹、空きました」
「えっ――、ああ、うんそうだね」
どんな言葉をかけてあげるべきか――何だか下手にフォローしてもネガティブに落ち込んでしまいそうだ。
苦笑いで微妙な空気を誤魔化しつつ、何か次の言葉をかけてあげようとしていたら、サラが急に振り返って何かを言いたそうに口ごもる。
「だっ、だから――」
何を緊張しているのだろう、サラのことなら何でも受け止めてあげるというのに。しかし一方で結構勇気がいることなのだろうと納得して、とりあえず微妙な空気の間はどこかへと行ってくれたので密かに安堵しておく。
「お、お弁当、一緒に食べませんかっ……!」
鞄の中に腕を突っ込んで、引っ張り出してきたのは可愛らしい柄の布に包まれた、少し大きめの箱。どうやら弁当箱のようだ。
「えっ、いいの?」
「え、エトのために、作ってきましたから……」
もじもじしながらそんなことを言われると、何だか背中の辺りがむず痒くなって、無性に嬉しい。
サラの手先は器用だから、その手から作られる料理は美味しいだろう。以前、グニルックのクラスマッチの前日に開かれたパーティーで食べた彼女の手作り料理はそれはもう絶品だった。
そしてそれを抜きにしても、一人の女の子がただ自分のために自分を想って何かをしてくれたということだけで温かい気持ちになる。
「それじゃ、ここらで休憩しようか」
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空気は冷たいが太陽の光が温かい。青空の下でマットを敷き、その上に腰を下ろして二人の間に少し大きい弁当箱を開く。
そこにはまるでエトの見たことのないような料理がずらりと並んでいた。エトが特に気になったのは、米粒を拳の大きさ程度に丸めて三角形に固め、それを黒い何かで包んだ団子状のもの。その物体をまじまじと見つめていると、サラが嬉しそうに語り出した。
「それは『オムスビ』といいます。お米の中には色々な具が入っていて、見た目が同じでも違う味が楽しめるんです」
そして、それからエトが気になったものを次々と紹介していく。
聞いたことも見たこともない料理に目を輝かせながら、サラの言葉に耳を傾ける。
そして最後にエトがこう訊き返した。
「これは、どこの国の料理?」
少なくともここロンドンでは目にかかれないような、落ち着いていて、それでいてしっかりした
「これは日本の料理です」
「日本?」
「エトも前、日本料理を食べてみたいって言ってたような気がしたから」
勿論その通りだ。クラスマスターであるところのリッカたちと話している時にもその話題はたまに出てきたし、清隆や姫乃が母国のことを離す際には殆どといっていいほどその魅力は語られた。
恐らく二人が付き合う前に言っていたであろうことまで思い出してここまでのことをしてくれるとは――いじらしい彼女を無性に抱き締めたくなった。
「でも、どうやって作ったの?」
率直な疑問。サラもエトも日本に言ったことなど一度もない。日本の文化に関する事柄に興味を抱いているということも聞いたこともないし、恐らくそう言ったものの文献にも目を通さないだろう。そんな時間があれば魔法の学術書を一冊読破するような少女だ。
「清隆と姫乃に教えてもらいました。エトを驚かせてあげたくて、だったら日本の料理しかないかなって。それで姫乃と清隆に協力してもらったんです」
「へぇ……」
サラもなかなか味なことをするものだ。一見真面目な優等生にも見えるサラが、自分のことをこなしつつも恋人のためにその時間を割いて勉強して喜ばせてくれる。サラの几帳面な性格が功を奏しているのだろうか、非常に甲斐甲斐しい恋人をしてくれている。
そして食事に使う食器を手渡されて、エトは困惑した。そこにあったのは、取り皿と、そしてスプーンやフォークと同じくらいの長さの、細長い棒が二本。オーケストラの指揮棒に見えないこともない。
「えっと、スプーンとかフォークとかは?」
「日本人はそんなの使いません。その箸を使うんです」
そう言ってエトの手元の棒切れを指差す。どこか誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。
さて、そんなサラも自分の箸を手に持って、弁当の中からいくつかエトの取り皿へとよそってあげる。エトが使い方もさっぱりわからない箸をサラは何の不自然もなく使いこなしている。
これなら自分もできる、と意気込んで箸を手に取った。二本の棒切れを纏めて拳で握るように。
「あれ、サラちゃんみたいに開かない」
日本人の感覚からしたら当たり前である。箸はどちらかというと鉛筆やペンなどを握るような要領で手にするようなものである。後は指先の小さな動きで、弱い力で食べ物を摘まんで口に運ぶのだ。それをグーで握っている以上、箸が開いてくれないのは当たり前だ。
するとサラがほんの少し頬を染めながら、一度立ち上がってエトの隣で腰を下ろす。
「お、教えてあげます」
緊張して体を小刻みに震わせながら、寄り添うようにエトの右手を掴んで、その白い指先を絡ませていく。
小柄とは言え可愛らしい女の子がここまで接触してくるとなると、エトの心拍数もかなりの速度になる。まして優しく指先同士が触れ合っているのだから感触を意識してしまう。
恥ずかしながらも指先の感触を楽しんでいたら、いつの間にか箸の持ち方が手の中で完成していた。なるほど、中指を動かせば簡単に箸が開く。
「それじゃ、さっそく」
先程サラがよそってくれた料理に箸を伸ばして摘まもうとする。
しかしここで問題が起こった。上手く挟めない。上手く摘まめない。箸と箸の間から食べ物が転がり落ちてしまう。
そのたびに間抜けた声を漏らしてサラの失笑を買うのだが。
「こっちを向いてください」
サラの言葉に振り向くと、器用に箸に煮物のジャガイモを摘まんだサラが、その箸先をこちらに向けて顔を紅くしていた。
「えっ?」
「ほっ、ほら、あ、あーん」
恥ずかしいなら無理をしなくてもいいものの。しかしサラはその箸をエトに接近させる。
意図がよく分からないエトは、何の躊躇もなくその箸先のジャガイモに食らいついてしまう。色気もへったくれもあったものではないが、病気で床に臥せていたころはよく姉にしてもらった行為だ。何も不思議に思うことなくその時と同じで甘えるように咥えたに過ぎない。
「――っ!?」
そして一気にサラの耳まで真っ赤になる。
何がそこ撫で恥ずかしいのだろうとエトは首を傾げるが、次に出てきたのは予想だにしない感想だった。
「こ、これ、思った以上に病みつきになりそうです。ペットに餌をあげてる気分で」
「えっ」
まさかこのタイミングでペット扱いされるとは思ってもみなかった。サラの不思議な感性はたまに理解できない。
「それって、僕が猫だったり犬だったり?」
「エトはどちらかというと犬の方が似合いそうですね。人懐っこくて元気いっぱいで素直で我慢強くて」
「それならサラちゃんは断然猫だね。普段はつんとしてるけどたまに甘えてきて――」
「あ、甘えてません!それに、私が猫なら飼い主がいなくなりますっ!」
お互いによく分からない雑談を交わしながら、エトはサラからあーんを貰いながら、楽しい昼食の時間を過ごしたのだった。
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「ようリッカ」
生徒会室にて、クー・フーリンが机の上に足を出して行儀悪く寛ぎながら新聞に目を通していると、リッカ・グリーンウッドが姿を現した。休日であるから来る意味など何もないのだが。
新聞からめを離して、少し疲れ気味なリッカに視線を向ける。
「何しに来た?」
「ちょっとあなたの顔でも見ておこうかと思ってね」
「なんだよそれ気持ち悪りぃ」
下らないことを聞いたものだと新聞に再び視線を戻す。
自分に何の興味も示さない駒0に対してリッカは肩をすくめる。
「冗談よ。ちょっと野暮用で地上で用事を済ませてから、外出ついでにクイーンズカップのエントリーを済ませてきたわけ。それで、丁度通りかかったところだからあんたの顔でも見ておこうかと」
「間違ってねぇじゃねーか」
「細かいことを気にすると女性に嫌われるわよ」
「紳士の嗜みを俺様に求めることが間違いだっていつになったら気付くんだろーな、テメェといいジルといいエリザベスといい」
リッカは一度生徒会室に備え付けてあるティーセットで自分のカップに茶を注ぎ、それを手にして自分の特等席へと腰を下ろす。
静かにカップに口をつけて茶での喉を潤す。適当に入れたためにほんの少し味が悪いか。
「にしても、エントリーするんだな」
「当然よ。魔法使いとして参加しない訳にもいかないわ。私目当てに来てくれる来客の方だっているだろうし」
「厄介だねぇ、カテゴリー5とかいう肩書は」
カテゴリー5の魔法使いはそれこそ魔法使いを志す者の中で知らないものはいないと言っても過言ではない。それだけの実力と相応の権力を女王陛下から授けられているのだ。
だからこそそんな希少な魔法使いの魔法をグニルックという形で拝むことができるこの大会は、彼女を目当てとする人間にとって時間と金を大量に消費してでも見に行く価値のあるものだと言い切れる。
「っつーことは、あのエトの女ともやり合うってことだよな」
「もちろんよ。相手が誰だろうと手加減はしないわ。それこそ相手のプライドを傷つける行為だもの」
「リッカにしては分かってるじゃねーか。容赦なく叩き潰して心折って来い。あーいう手前は一度奈落の底まで突き落とさねーと色々気が付かないもんだよ。
あいつ、とはどちらのことだろうか。
しかしリッカはグニルックの試合に私情を挟むことは決してしない。全力で立ち向かう相手を、全力で倒す、それだけのことだ。
「あなたにしてはらしくないことを言うのね。他人を心配するなんて」
「バカ言え、テメェら平和ボケの言葉を借りたまでだ。本心だと思ってんなよ」
リッカはカップを置いて、そして窓の外を見つめる。
「分かってる。まだ早いかもしれないけど、これは二人にとっての大きな試練よ」
そして、クイーンズカップの当日は、刻一刻と近づく。
才能のない主人公(ヒロイン)が努力した才能の塊(ヒロイン)に立ち向かい、激戦の果てに勝利を掴む展開ってかっこいいよね(やるとは言ってない)