満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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自分の全作品合わせて久々の戦闘シーン。
この作品には名前が与えられるモブがたくさん出てきます。
モブとはいえ愛着あるからね。


戦士ならば刃を交えて語れ

 またしばらく時は経ち、別の町で暮らしていたある日のこと。

 リッカとジルは仕事もひと段落着いて、今は魔法の研究に集中しているようだ。

 内容は、花の絶えない平和な世界にする、というもの。

 発案者はジルであった。

 そのことについて饒舌に語るジルにリッカは心打たれて、二人で研究を開始したんだとか。

 主な研究テーマは、いかにして花を永遠に満開状態でキープさせるか、ということである。

 満開状態を維持するとは言っても、その方法としては理論だけで言うとたくさん考えられる。

 花の周辺だけ満開状態でいられるような季節、環境を結界などで覆う、花が枯れないようにする魔法の肥料や土壌を作る、幻術を使う、物質に時間停止を働きかける、植物における、『枯れる』というプロセスを除去する、など、様々な方法が挙げられるが、これらはどれも膨大な魔力を要するもので、所詮は机上の空論でしかない。

 だから、現段階ではどのように目的にアプローチしていくか、という計画段階である。

 

 さて、そうなったからには苦労人が一人間違いなく出てくる。

 そう、先程全身に火傷を負って帰ってきた槍使いの青年である。

 

「うわ、どうしたの、大丈夫!?」

 

 切り傷、刺し傷の類は何度も見てきたためもう慣れてしまったのかもしれないが、全身火傷は滅多になかった。

 珍しい状況に、流石のリッカも心配の色を隠しきれなかった。

 

「今回は……流石に……死を覚悟した……ぜ……」

 

 ぱたり。

 クー・フーリンは死んでしまった。

 すまない、嘘である。

 クー・フーリンは めのまえが まっくらに なった。

 

「クーさん!?大丈夫!?おーい!?」

 

 ジルが呼びかけるも、クーは反応を示さなかった。

 クーの顔は、命からがら生還できて、俺ってなんて運がいいんだろう、みたいな幸せ顔だった。

 その前に事故事件に巻き込まれるほどの不運っぷりを嘆いてほしいものだが。

 ふと、リッカが気付く。

 クーの手には、手紙のようなものが握られていた。

 灰になった手垢がこびりついて少々不潔だったが、気にしないで封を開けて中の文章を読んでみた。

 そこには、なんとも大変なことが書いてあった。

 

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 クーが目を覚ました頃には、既に朝が来ていた。

 

「あれ、俺は……」

 

 火傷したはずの自分の体を見てみると、久しぶりに全身包帯男になっていた。

 目の周辺だけは覆われていなかったのがせめてもの救いか。

 一応ジルの治癒魔法が働いているのか全身の痛みはなく、全快しているのもなんとなく分かった。

 誰の許可もなく包帯を剥ぎ、新しい服に着替える。

 そこで思い出す。

 昨日ポストに手紙があって、それを持って入ったはずなのだが、どこにあるのだろう、と。

 探そうと腰を上げた瞬間、リッカとジルが部屋に入ってきた。

 綴るのを忘れていたが、今回住み着いている宿舎は結構広くて、個室が都合よく四つもついていた。

 ということで一人一部屋、残りの一部屋をリッカとジルの共同研究室として利用している。

 とにかく、リッカたちは部屋に入ってくるなり、手紙を取り出した。

 

「これ、どういうこと?」

 

 リッカがクーの眼前に手紙を広げ、ことの次第の説明を求める。

 

「なんだなんだ騒がしい、俺だってまだ読んでねぇぞ……?」

 

「そんなことは分かってる!でも、『決闘を申し込む』って、一体どういうこと!?」

 

「は?決闘だぁ!?」

 

 何の脈絡もない“デートのお誘い”に、クー自身も困惑する。

 名前を見てもどこの馬の骨かも分からない、というか全く知らない名前だった。

 文章を読むなり、集合場所は町外れの広場とのこと。

 

「行くの……?」

 

 ジルが遠慮がちに訊いてくる。

 勿論クーの答えは決まっていた。

 

「あたりめーだ。誘われたからには行かなくちゃならねぇ。決闘だってんなら、正面から叩き潰してやる」

 

「そんな……」

 

「心配すんな。俺だってテメェらの考え方を片っ端から否定しようなんて考えちゃいねーし、テメェらの理想の片棒を担ぐのも面白いと思い始めたんだよ。だからこうしよう。相手が俺を本気で殺しに来るつもりなら、俺もその気で迎え撃つ。そうでなけりゃ、現地ドタキャンかましてやるよ」

 

 そう言って、クーは一人で部屋を出て行った。

 リッカとジルは、頷き合った。

 こういう時の彼は、“本気”であることを、二人ともよく知っていた。

 彼のプライドを、誇りを、信念を、傷つけてはいけないと、その行為は彼を苦しめることになることを、理解していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 手紙に書かれていた通りの時刻に、手紙に書かれていた場所。

 その通りにクーは、そこにいた。

 約束時間、午後三時。

 家を出た時間、午前九時。

 本当なら二、三十分で辿り着けるのを、相変わらずの不運っぷりで大分時間がかかったようだ。

 というかそれを見越して早めに家を出たクーはもう未来予知の達人ではないだろうか。

 

「来てやったぜ、わざわざ手紙をよこすなんてご苦労なこった」

 

 広場の周辺に生えている木にもたれてクーを待っていたのは、クーと同じくらいの年齢の男だった。

 得物は、剣。

 それも二振り。

 見ただけで、それがかなり使い古された、言い換えれば持ち主が熟練者であることを悟らせる。

 

「あんたが、ここ最近ヨーロッパのとある界隈で有名な『アイルランドの英雄』か」

 

「なんだその聞き覚えのない通り名は?」

 

「いやね、ヨーロッパの一部で、『とある紅い槍を持った男が、たった一人で大規模な魔女狩りを鎮圧した』とか、『紛争地帯に潜り込んで、鬼神の如き乱舞で両陣営を壊滅させた』とかいう噂から、その男がどうやらそう呼ばれているらしい」

 

「ちょっと待った」

 

 噂の前半は確かにやった覚えはあったが、後半は物覚えがない。

 というか何の意味もなく両陣営を壊滅とか殺人鬼まがいな行為はやったことがないしやる気もないしやりたくない。

 

「とにかく、噂はどうであれ、その男がやり手であるということに間違いはなさそうだ。何の構えもなく無防備に見えるが、その実これっぽっちも隙がない。それに、その目、間違いなくこれまで何人も人を殺めてきた強者の目だよ」

 

「ってことは、お前も強さを追い求めたクチか」

 

「そうだ」

 

 クーはシニカルな笑みを浮かべて、槍を構える。

 この男からは、殺気が感じられない。

 だがしかし、決してないわけではない。

 内側から煮え滾る殺気を、自分の中に押し殺している。

 殺気は相手に次の自分の手を読ませてしまう。

 どこに攻撃を加えるかを予測されるのは、武人としては三流だ。

 しかしこの男は、そういった類の隙は全くない。

 

 ――面白れぇ。

 

 槍兵の長所。

 神速の動きで相手に突貫、一撃必殺の一突きで戦闘を終わらせる、先手必勝の戦術を可能にする。

 そしてその定石を、目の前の剣士に実行した!

 

「くたばれェエエエエエエエエ!!!!」

 

 男は微動だにしない。

 一秒にも満たないこの一瞬、クーの神速の突貫を見切って、少ない動きで槍を回避する!

 そのまま体勢を崩さず、右の剣で手の甲を狙って斬りつける。

 クーはこれを凌いで一旦体勢を立て直しに距離をとる。

 

「俺の瞬殺を免れるとは、なかなかやるじゃねぇか。テメェ、何者だ?」

 

「ジェームス・フォーン。別に覚えてなくていい」

 

「いや、その名、しっかりと刻ませてもらった。テメェは俺の槍で貫くに相応しいヤローだ」

 

「そいつは光栄だな。次はこちらから行かせて貰う!」

 

 クーが空けた距離を一瞬のうちに縮め、二振りの剣を以って肉薄する。

 変幻自在に動き回り、攻撃のタイミングと接触地点を予測させない剣捌き。

 絶妙だった。

 それを紅い槍一振りで全ていなし、反撃のタイミングを計る。

 ジェームスはところどころにフェイクを挟みながらクーをかく乱させようとする。

 実際、クーは余裕を持ってはいなかった。

 ただでさえ予測できない剣筋、そこにフェイクを入れられれば、たちまち接近戦の難易度が上がる。

 ここまで言えば、クーが圧倒的不利に聞こえるだろう。

 しかし、そうでもなかった。

 実はジェームスも焦っていたのだ。

 どれだけ攻撃を加えても、どれだけフェイクを挟んでも、一撃たりとも掠りもしない。

 それどころか、相手の表情が――クーの表情が、少しも翳っていなかったのだ。

 余裕とも見て取れない、焦りとも見て取れない、ただ自分の剣を受け流しながら、ずっと同じポーカーフェイス――いや違う、無表情に見えるが、その目は闘志に燃え、この戦闘を心から楽しんでいる、そんな印象を与える表情だった。

 自分の戦術が通用していないのか――そう思わされる。

 そして、次の瞬間にはその紅い槍が、自分の腹を貫いているかもしれないと思うと肝を冷やす。

 そう、恐怖。

 強いてみれば、クー自身の放つ威圧、プレッシャーだ。

 そして次の瞬間、ジェームスは冷汗を流した。

 間一髪。

 槍の穂先が、自分の脇腹をえぐるように、水平に薙がれようとしていた。

 それを両手の剣を使って挟み込むように捕らえていた。

 本当にすれすれだった。

 あと一瞬でも反応が遅れていれば、今頃は彼の槍のような紅い血を流して倒れていたであろう。

 しばらく鍔迫り合いの睨み合いが続く。

 どちらも一歩も退かない。

 しばらくその状態が続いた後、変化はやってきた。

 クーの眼光が鋭くなったのを、ジェームスは見逃さなかった。

 両腕に更に力を籠める。更に相手の力が籠もると見てとったのだ。

 しかし、彼の剣は、空を蹴るように宙を押した。

 突然の状況に体が勢いに流される。

 バランスが崩れ、次の行動が取れなくなる。

 クーはその一瞬で、槍をジェームスの腹に叩き込んだ――

 

「何故“そっち”なんだよ……」

 

 そう悔しそうに呟いたのは、ジェームスの方だった。

 見てみれば、ジェームスの背中に、刃は貫通していなかった。

 そして、クーの槍は、標的と反対方向に向いていたのだ。

 つまり、ジェームスにぶつけたのは、槍の石突の方だということになる。

 

「惜しい、って、思っちまった……」

 

「何……?」

 

「テメェみてーなのに、初めて会った。剣に迷いがなかった。焦りはあったが、迷いはなかった。自信があった。誇りがあった。だから止めた。……ったく、俺もそろそろあいつらに毒されちまったか」

 

 クーは更に槍に、石突に力を入れる。

 

「勘違いすんじゃねーぞ。これは慈悲でもなんでもねぇ。いいか、俺はこれでテメェをぶっ殺した。俺の勝ちだ。これは揺るぎない事実だ。だがな、テメェが、テメェの剣が望むなら、またかかって来いや。今度こそテメェの血反吐を地面にばら撒いてやるよ……」

 

 ジェームスから槍を離し、蹴り飛ばす。

 踵を返して、広場を去ろうとした。

 

「最後に一つ教えてやる」

 

「……?」

 

「強さだけを求めたんじゃ、いつまで経ってもこの俺様には勝てねーぞ。俺が追い求めてるのは、強さプラスアルファだからな。テメェも探してみろよ、そのプラスアルファってヤツをよ……」

 

 クーはこちらを振り返ることもせず、手を振り上げて歩いて去ってしまった。

 そして、ジェームスは、感動した。

 

「これが、『アイルランドの英雄』の、槍の重みって、ヤツか……」

 

 それだけ呟くと、ジェームスは満足そうに地べたに仰向けに倒れこんだ。

 ちなみに、この戦いの後、やたらと各地でクー・フーリンの名前が有名になって、行く先々で彼らが対応に困ったのは、また別の話。




キャラを変えずに態度を軟化させるってかなり難しいんだな……
このランサーの場合下手したら別キャラになってしまう恐れもあるし(もうなってたらどうしよう)
とにかくゆっくり書いていきます。

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