満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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そろそろ核心に踏み込んでいきます(クライマックスとは言ってない)


霧の悪夢

 葛木清隆――旧姓、芳乃清隆。

 とある小さな島で生まれ育った少年には、周りの子どもから見ても異質だと言い切れる不思議で、不気味な力が備わっていた。

 その力が周囲を怖がらせ、怯えさせる。彼らが清隆に対して取った行動は、異物の排除。自分たちの常識の外に存在する『化け物』を日常の輪から外すことで、心の平静を保つことしかできなかった。

 だから、清隆という少年はいつも独り。誰とも話をせず、誰とも関係をつくらず、ただその生活も、そして心も荒んでいくばかりだった。

 異質な力が、自分を蝕んでいる――年齢の割に成長しない身体が、ますます自身にそう思わせる。自分は彼らの言う通り、『化け物』なのだと。

 ある日、人としての温かさと言われるものを失った清隆は、魔法使いの一族に引き取られることとなる。運命なのか、偶然なのか、そここそ、日本において魔法使いの名門とも言われる葛木家だった。

 清隆はそこで多くのことを学ぶこととなった。自分の異質な力――魔法について。その外枠と共に葛木の苗字を与えられ、魔法使いとして生きる指針をもたらしてくれたのが清隆の義理の父であり、同時に姫乃の実の父でもある当主だった。

 そして、葛木姫乃。歳こそ多少離れてはいるものの、見た目は大体同い年。彼女の存在は、清隆を大きく変えた。生粋の箱入り娘、清隆からすれば姫乃はあまりに弱々しく、自分が傍にいてやらないとすぐにどうにかなってしまいそうで。気が付けばいつも一緒にいたような気がする。

 葛木家にあったのは、そんな温もりだけではなかった。

 あの日、姫乃の母親が病床で息を引き取る時の、姫乃の悲痛な叫び声は、今でも覚えている。

 

 ――姫乃、ごめんね。

 

 母親の、自分を責めるような後悔めいた言葉。その意味を、清隆は当時、まだ知らなかった。ただその時、母は当主である父と、そして清隆に姫乃のことを託して逝ってしまったのだ。たった一人の愛娘に、大きな選択を迫られること、そしてたとえ姫乃がどんな選択をしようとも、天国から見守り応援しているということを伝えて。

 

 葛木家に伝わる『お役目』。

 彼らの一族は、日本各地に存在する超自然的な力が暴走しないように監視する、監視者の家柄であった。葛木家の祖先が全国で漂白をしていた渡り巫女――定住しないで各地を表烏博する巫女を指し、歩神子(あるきみこ)とも呼ばれる存在――であり、その一族が葛木姓の地方豪族と交わり現在の場所に根を下ろしたのが、十六世紀後半だと言われている。およそ四百年前の出来事だ。

 そしてその場に定住することになったのが、その場で漂っていた強大な超自然的存在、通称、『鬼』。古文書には、邪鬼が復活しないようにその地に留まったと記されている。

 その『鬼』の強大な力を封印するための憑代となったのが、葛木家の正統後継者である、娘。母から娘、娘から孫娘へ――その封印は代々受け継がれてきている。それにより憑代となった女は、邪悪な性質のみが封印されたその力の純粋な部分を扱うことで、魔法使いとしてより強力な力を得たとされている。

 しかし、『鬼』が女にもたらすのは力だけではなかった。その大き過ぎる力は、宿主の身体を蝕んでいく。

 見た目は普通の病気、しかしそれがそもそも魔法や魔力に由来するもののため、科学的な医療技術では原因を探り当てることすら不可能なのだ。

 侵食を抑える方法は一つ、外部からではなく、術者本人の力――魔力でのみ、『鬼』の力の対抗手段たり得、病気の進行を抑えることができるのだが。

『鬼』の力の継承システム上、その力が自然に放たれないようにするためには、宿主が死んでしまう前に次の宿主へと『鬼』の力を譲渡しなければならない。それは即ち、子供をつくることに他ならず。

 一般的に魔力とは想いの力とされており、恋人ヘと捧げる愛が、そして恋人との間に誕生した息子娘ヘと捧げる愛が、誰かを想う力として魔力ではない形として放出されることで、魔法使いの魔力を衰えさせていく。

 何より家庭を築くことこそが、『鬼』の侵食による病気を加速させる事態になっているのだ。

 だから、姫乃の母は当主を愛し、姫乃を慈しむことで想いの力を魔力とは別の形で放出することで『鬼』の力に対抗できずに、まだ幼い姫乃を残して夭逝してしまったのだ。

 

 ――そしてその悲劇は、いずれ姫乃へと受け継がれていく。

 

 その連鎖を止めるために、魔法に関する知識ならあらゆることを学ぶことができる、ここ王立ロンドン魔法学園に、姫乃のお守りという名目で留学したのだ。

 父の期待を背負って、母の願いを抱いて、そして何より、姫乃の未来を願って。

 だからこそ、一刻も早く、その連鎖を断ち切ってやらなければならない。

 夜のうちに、寝ている誰かの夢に潜り込み、対象の記憶から知識を抜き出していく方法。寝ている間も魔法を行使するために脳は起きている状態と同じように活動しているため、疲れが取れることはない。むしろ、翌日に疲労を持ち越して、寝不足どころか体調不良の原因にもなるだろう。しかし、そんなことはどうでもよかった。

 

 ――こんな方法じゃ、あなたはいつか自滅するわ。

 

 清隆を止めるためにわざと自身の夢に誘導したリッカ・グリーンウッドによって諭された言葉。

 しかしそれは所詮専門外の人間の忠告。夢見の魔法使いとしては最高峰といっても過言ではない、カテゴリー4の魔法使いが、そう簡単に専門分野でしくじるわけもない。

 実際に、誰かが見ている夢を調べるのと、人間の深層心理に入り込んでいくことは全く訳が違う。退き際を間違えれば、他人と自分の意識の区別がつかなくなり、そのまま意識がランダム化し、他人の深層心理の仲へと消えてしまうこともある。そして術者の意識は消滅し、体だけが残され廃人状態になるという。

 そのことを説明するリッカの表情は、少し暗かった。恐らく、そう言うケースを知っているのだろう。

 しかしそれでも、そのリスクに見合うものを、清隆は求めている。姫乃の未来、ひいては自分の未来。今ここで苦しむことが、いつか姫乃の悲しき選択を消し去ることに繋がるのなら、自分の身を危険に晒すことなど容易い。

 ひとまずはクラスマスターの忠告を聞いたように見せかけるために彼女の夢から脱出しようとしたところで――世界が暗転した。

 一瞬の出来事。視界が暗くなったと思えば、気が付けば、よく知る者の夢の中にいた。

 その少女の幼き日の姿。彼女の目に映るのは、その少女の母。清隆もよく知る人物は、今にも息絶えようとしていた。

 葛木姫乃と、その母、咲姫(さき)

 そう、ここは姫乃の過去を表す夢。彼女の過去が、走馬灯のように夢の中を流れている。最後に映った、清隆と父親である当主との会話。風見鶏に向かう直前の風景を後にして。

 視界が霧に覆われる。腕に纏わりつき、足に絡みつく。

 

 ――――繰り返す――――ただ、繰り返す。

 

 誰かの言葉、聞き覚えのある、誰かの言葉。思い出せない。これは誰の声だったか。

 女性の声。後悔と絶望に彩られた、重く苦しい声。

 

 ――――深い深い夢――それはダ・カーポ――この悠久の夢から私を助け出して――お願い――

 

 誰かいるのか、問いかける声はこの空間の中で乱反射を繰り返す。そんな自分の声すらどこから響いてくるのか、本当に自分が発したものなのか分からなくなる。

 これは悪夢。救われない夢の中でもがき続ける、苦しみの夢。

 接近している危機感が警鐘を鳴らしている。ここに長居することはよくない。すぐにでもここを離脱しなければならないが――どこに行けばいいのか分からない。

 黒く染め上げられた空間に充満する霧が、全ての視界を奪い去っている。どこから来たのか、どこへ向かえばいいのか分からない。そして、体中を縛り付けて離さない霧が動きを完全に封じ込める。

 身体にのしかかる重みが増し、少しずつ眠気が増してくる。

 

 ――眠気?

 

 ここは夢の中だ。夢の中で眠ってしまうということが、どういうことか、自分でもよく分からない。これが恐らく、自分と他者の意識の融合。

 夢にからめとられていく。駄目だ、これ以上は――

 姫乃を、守らないと――

 

 姫乃――

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 最初に異変に気が付いたのは姫乃だった。

 ある日の朝、いつも通りに清隆を起こしに彼の寮の部屋に訪れてみれは、返事がない。仕方がないから開錠(アンロック)の魔法で部屋に入り、ベッドで眠る兄の身体をゆすってみる。反応がない。夢見や眠りの魔法に関しては才能がある清隆が、なかなか起きないということは珍しかった。

 だからこそ、これが異常事態であるということにいち早く気が付くことができた。兄の部屋でおよそ五時間、ずっと清隆に呼びかけていたが、ついぞ目が覚めることがなかった。

 涙声の姫乃の連絡を受けたリッカがジルと共に駆けつけたのだが。

 

「これは……」

 

 そのリッカの瞳を、ジルはよく知っている。その瞳に映るのは、自責の念。恐らく何かを知っていることを、ジルは悟った。

 清隆の胸は呼吸で上下している。どうやら眠り続けているだけで命に別状はないらしい。とは言え、昏睡状態が続いているようでは満足な食事もとることができず、生物的な欲求を満たすことはできない。その状態が続けば、今度こそ清隆に死という現実が襲いかかるだろう。

 しばらくすると、リッカから連絡を受けたエリザベスが、護衛であるクー・フーリンと共に清隆の部屋に駆けつけた。部屋で眠り続ける清隆の様子を見て、エリザベスは心配そうに息を飲み、クーは気に入らなそうに眼を細めた。

 クーがずかずかと清隆のベッドに近寄ってくるのを見て、一同は当然のように彼に道を空けた。姫乃も例外ではなく、清隆の掌から両っ手を放してその場を離れる。

 どかりと無遠慮に清隆のベッドに腰掛けては暫く彼の様子を観察し、そして思い立ったように一同を見渡した。

 

「どーせリッカ辺りが何か知ってるんだろ、話せ」

 

 傍から見れば彼の発言はただの根拠のない決めつけにしか見えないが、これでも彼女と共に過ごしてきたのは既に百年を過ぎる。お互いの状況など、一目見れば大体の察しがついてしまうのだ。良くも悪くも。

 図星を突かれたリッカは肩を落として、仕方ないと話す準備を頭の中で整えた。

 

「仕方ないわね、これは清隆にとってかなりプライベートな話になるんだけれど――」

 

 そして間をおいて、リッカは姫乃に目配せする。姫乃はその意味がよく分からなかった。

 

「――特に姫乃には、真剣に聞いてほしい話なの。今から話すのは全部、私の夢に侵入してきた清隆から聞いた話が情報源(ソース)なのであって、正確なものとは言えないけれど、それでも十分に信じるに値するものだわ」

 

 リッカの真剣な話に、姫乃は若干の躊躇を示しながらも肯定した。

 自分の兄がこのような状況に陥っているのが、もしかしたら自分のせいなのかもしれない、というよりほぼ間違いなくそうなのだろうと、そう思ったから。

 姫乃は、自分の一族にまつわる『お役目』のことを知っている。将来自分が背負うことになる責務と、そしてその先に待つ運命。きっと、そのために兄は身を削って戦ったのだろう。

 そうだとすれば、今ここで逃げ出すわけにもいかなかった。

 その決意を見たリッカは、知りうる全てを説明し始める。夜な夜な清隆が他人の夢に侵入していること、清隆がリッカの夢の中に入ってくるように誘導し、そこで清隆に聞いた『お役目』の事実、そして、カテゴリー4という高位の魔法使いである葛木清隆が、王立ロンドン魔法学園に来た、本当の理由。

 それら全てを聞いた全員の反応はそれぞれだった。俯く者、清隆を見つめる者、そして――

 クー・フーリンは、おもむろに立ち上がっては、何も言うことなく清隆の部屋を去ろうとした。

 

「何ボサッとしてんだ、全員帰るぞ」

 

 何を考えているのか、突然そんなことを言い出したのだ。

 その言葉を聞いたものは、誰もが彼の方を見てはその顔を驚愕に染めた。正確には誰もが、というより、彼の生き様を知る、リッカとジル以外と言った方が正しい。

 だからこそ、その突然の発言に反論できたのも、その二人だけだった。

 

「ちょっと待って!清隆くんを助けなくていいの!?」

 

 去りゆくクーに対して、ジルが叫ぶ。その言葉にクーが足を止めて、そしてまるでその場に留まる行為を理解できないという風に、ケロッとした表情で逆に返した。

 

「助ける?何言ってんだお前」

 

 あっけらかんと。それが普通であるという風に。

 

「それにエリザベスには本格的に動いてもらわないと困る。地上の霧に関してもある程度の仮説は立てられた。確証はないが我ながら筋は通ってると思うぜ」

 

 見当違いな方向で自信ありげに笑ってみせた。清隆などどうでもいいのだろうか。

 

「清隆に関してはな、こいつが自分から助かりたいと思えば勝手に目ェ覚ましてくるさ。それが難しいって言ったらそうなんだが……」

 

 エリザベスのどういうことだという問に対し、クーは面倒臭そうに頭を掻いて、かいつまんで簡単に始めた。

 彼から話されるのは、霧の正体について。

 まず、地上の霧が発生してからのというもの、ロンドン市内にて様々な事件が勃発するようになった。それは万引きや窃盗という小さなものから、テロといった大きな事件まで実に様々だが、ここ二ヶ月だけで、明らかに霧が発生する前と比べて事件が多く発生しているという事実は否めない。

 そしてその事件を起こした者の殆どが、何かしらの不安や後悔などの、負の感情を大きく抱えている者だということも判明した。国家に対する不満や不安、生活に対する経済的な恐怖、後ろめたい人間関係、そう言ったものが犯罪へと繋がるケースがほとんどで、明確な動機があった者はごくわずかだとも言えた。

 それに対してクーが考察した仮説は、地上の霧が、取り込んだ人間の負の感情を増幅させるということ。そしてそれが、強迫観念となって何かしらの行動をとらせるということだ。

 今回の清隆の件では、姫乃の未来に対する恐怖、そして焦燥感。そう言ったものが清隆の負の感情としてはたらいたのだと言う。

 

「んで、ちょっと騎士王様の関係で、読心術者と話す機会があったんだが――」

 

 魔法の影響で昏睡状態に陥った場合、そのほとんどが現実から逃避しようとしていることが多いらしい。それは決して強く思っているわけではなく、むしろ無意識下、自分でも感じられないくらい心の奥深くで眠っている感情として根付くらしい。

 昏睡状態から目を覚ますことがたまにあるそうだが、彼らのほとんどが、眠っている最中に夢を見ていたらしい。その夢の内容というのが、抱えていた負の感情の根源がそもそも存在しない世界での出来事だというのだ。

 実際、クーが初めて清隆と対面した時に、彼に対して沿ておいた忠告通りになってしまった。簡単にじょこと他者の境界線を踏み越えてしまうその性格で、考えもなく焦って行動してしまえば、簡単に自滅へと向かってしまうということを。

 

「つまりだ、清隆が深層心理で現実に向き合おうとしない限り、どうしようもねぇんだよ」

 

 そして、クーの言葉に悲痛な表情を浮かべる姫乃を見て、少しばかり言い過ぎたかと考えて、更にこう付け加えた。

 

「もっとも、どこかの誰かさんが葛木の心の重荷とやらを取っ払って、深層心理から引っ張り出してやりゃ万事解決なんだけどな」

 

 それだけを言い残して去るクーには、大きな懸念が残っていた。

 以前『八本槍』の一人、『歩く禁呪(フォビドゥン・ゴブレット)』から言われた一言が、心に突き刺さる。

 霧の禁呪と言われたこの地上の霧が、親に当たると言った彼女の発言。そして核心に近づこうとすると肌に焼き付く嫌悪感。

 何かが、音を立てて崩れようとしているようで、気に入らなかった。




霧の正体を勘付かせるのに、姫乃シナリオはうってつけ。彼には犠牲になってもらいます。
原作でも結局葛木家の救済方法は分からず仕舞いなんですよね。

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