満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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なんだかんだ言って意外と恋愛とかに耐性がないのがエト。多分全力で慌てます。


迷いと決意

 昨日の生徒会役員選挙で逆転当選をものにした葛木清隆は、いつも以上に早起きをしていた。

 別にいつも早起きであるということでもなく、逆に寝坊癖がついているわけでもない。夢や眠りに関する魔法が得意分野であることもあって、余程のことがない限り地震の眠りを狂わせることはない。ただ一つ、本日は姫乃と共に、朝から実家に帰省する連中を見送りに行こうと約束をしたということだ。

 魔法使いの卵を集めてはその才能を開花させるためにつくられたこの王立ロンドン魔法学園、通称風見鶏は、様々な国籍の魔法使いが在籍している。そのためここロンドンの周辺から学園に来た者は、原則として長期休暇の間は実家に帰ることになっている。無論、明らかにイギリスから遠い国から来た者や、カテゴリー5としてのリッカ・グリーンウッドなどのような多忙につき帰る暇のない者は寮に残ることが許されている。清隆は姫乃と共に後者である。同郷出身の人形使い、江戸川耕助も同じだろう。

 どれくらい早起きをすればよいか分からなかった清隆は一応結構早めに時間設定をしておいたおかげか、ある程度の準備を済ませたところで結構時間が余っていることに気が付く。ほんの少し本でも読んで時間を潰そうと本棚に手を伸ばそうとした時、玄関先から慌ただしい物音が聞こえてきた。誰かが物凄い勢いでドアをノックしている。

 

「姫乃か?」

 

 時間にしては早過ぎる。時計を見てもまだ三十分弱はあると見た。しかし別にまだ寝ているわけでもないのに、ここまでドアをノックするとはどういう要件だろうか。

 そもそも姫乃には『清隆の部屋の鍵』だけを対象として絞り込んだ開錠(アンロック)の魔法がある。部屋の鍵を閉めているとはいえ、それを使って入ってくるのは彼女にとって容易なことである。しかしここまで慌てているらしいのだ。清隆としても急いであげない理由はない。

 少し急ぎ足で扉の前へ、そして開錠と共にドアを開けてやった。

 

「どうしたよ姫乃?」

 

 しかしそこにいたのはいつもの少女ではなかった。

 ふわふわと揺れる白銀の髪、いつもは落ち着いた印象を抱かせているルビー色の瞳は今日に限って焦っていた。

 エト・マロース――生徒会長、シャルル・マロースの弟であり、清隆のクラスメイトで友達である。

 

「き、清隆っ」

 

 やたらとソワソワして落ち着きのないエトが発した言葉は、典型的な、緊張している人が発するような強張ったものだった。

 何を慌てているのか知らないが、とりあえずは彼を落ち着かせるために部屋に入れてやる。

 きょろきょろと辺りを見回すエトは、何を考えているのかいきなり清隆のベッドに飛び込んでその枕に顔を(うず)めた。唐突なエトの行動に、清隆は開いた口が塞がらない。

 よく分からないが、ベッドの中でもじもじしているエトを無理矢理引き剥がして、直ちにその場に座らせる。

 清隆は一旦部屋の設備で簡単に茶を用意してエトに勧め、とりあえず落ち着くように言う。

 一息入れて、深呼吸。改めて落ち着いたエトはその少し潤んだつぶらな瞳で清隆を見上げた。しかしまるっきり状況が掴めない清隆はただただ困惑するしかなかった。

 

「で、どうしたんだよそんなに慌てて」

 

 改めて、エトにそう問いかける。エトはそこで一度ぎゅっと目を瞑って――しかし開いた瞳はやはり揺れていた。

 

「こ、告白しちゃった」

 

「……は?」

 

「昨日のクリスマスで、サラちゃんに告白しちゃったんだよっ」

 

 それは素晴らしいことではないか、と清隆は彼を祝福しそうになった。しかし彼は焦っているのだ。そんな簡単な話ではないのは明白だろう。

 実際、サラがエトにあからさまな好意を抱いていたのは何となく察していたし、そんな彼女にエトが惹かれるのも時間の問題ではないかと考えていた。むしろ二人が結ばれない未来が想像できない。だからこそ、問題はエトがサラに告白したことはさほど問題ではないのだ。

 だったら、エトがサラに告白したことでどんな問題が生じるのだろうか。

 

「どうしよう、告白したのは確かだし、サラちゃんも頷いてくれたし、でもサラちゃんが彼女になるってことはきっと結婚までするんだろうし、サラちゃんの家族にはどう挨拶しようか子供はどうしようかサラちゃんはそこまで望んでるんだろうか――」

 

 清隆はただ唖然としていた。

 彼が慌てるくらいのことだからどんなトラブルなのだろうと真剣に聞いてやるつもりが、ただの惚気だったのだ。このやるせなさはどこにぶつければいいだろうか。清隆ではなく耕助ならエトに飛びかかっていたかもしれない。

 

「あー分かった分かった」

 

 頭痛の種ができそうな気がして目頭を押さえるが、とりあえず饒舌なエトを何とか静止させる。

 自分の失態に気が付いたのか、ゴメンと謝ったエトは、そのまましゅんと項垂れる。

 昨日、クリスマスムードに流されていたエトは、サラに対する自分の気持ちに気付いて、自分のその心のままに彼女に包み隠さず彼女の届けた。

 サラはエトの言葉を聞いては耳まで真っ赤にして照れてはいたけれども、エトの口からその言葉を聞く日が来るとは思っていなかっただけで、逡巡することなく彼の気持ちを受け入れその手を取ったのだった。

 しかしその後お互いに恥ずかしがって互いに一言も口を利くことができず、とりあえずエトがサラを学生寮まで送り、エト自身も自室に戻ったのだが、その後あまりの恥ずかしさに悶絶して結局一睡もできないままに清隆の下に駆けつけたのだった。そして今に至る。

 

「恋愛とか俺も詳しくはないけどさ、エトがサラのことを好きでいられるなら、それはそのままでいいし、別にそこまで先のことを考える必要もないんじゃないか?」

 

「でも、彼女になるんだから責任とかそう言うの取らないと――」

 

「まだ必要ないだろ。今は二人の地盤というか、互いの気持ちを深め合うのが大事だと俺は思う。いつかは責任とか必要になる時が来るだろうけど、それはその時でいいんじゃないか?」

 

 エトの地に足が着いていない科白をバッサリとぶった切って、清隆は自分の持論を展開してみる。無論清隆は恋愛経験など皆無だし、仲のいい女の子など姫乃くらいしかいない。

 しかしそんな清隆からしてみても、エトの考えは明らかに急ぎ過ぎていた。ゆっくりと二人の関係をつくっていけばいいのだから、今は学生同士の恋愛として、ささやかに青春を満喫した方が二人のためだと思っている。当然サラの家庭環境のことは視野に含めているつもりだし、彼女にとってもエトと共にいることが幸せであることは心から願っている。

 

「……流石は清隆だよ。僕がきっとかけてほしかっただろう言葉を、的確に与えてくれる。僕が女の子だったら、きっと清隆のことが好きになってただろうね」

 

「冗談はよせよ。恋愛経験のない俺が的確なアドバイスなんてできるわけないだろ」

 

「半分は本音だよ。そう言う言葉を、姫乃にもかけてあげた方がいいんじゃない?」

 

 どうしてそこで姫乃の名前が、とは言えなかった。図星だったとも言える。

 実際、昨日のクリスマスパーティーで不安げな姫乃の背中を抱き締めた時、彼女のか弱さを、彼女の愛しさを、一人の女の子として感じてしまったのだから。

 葛木家の伝統――呪い。繰り返される悲劇の連鎖。その涙の鎖は、その小さな器に繋がれようとしている。

 清隆は、たった一人の大切な(そんざい)を守るためにここに来たのだ。その使命を、母の願いを、父の期待を背負って、今ここにいるのだ。それを忘れたことなど一度もない。

 

「――清隆?」

 

「あ、ごめん」

 

 結構深く考え事をしていたようだ。エトをないがしろにしていたことを少し反省する。苦笑いで何でもないと答えながら、エトに背中を向ける。

 そこでちょうどよく、玄関からもう一つのノック音が聞こえてきた。入りますよー、と聞き慣れた声と共に鍵が開く音がして、姿を現したのは桜をイメージさせる着物姿の姫乃だった。珍しくエトがいたことに驚いて、一礼。慌ててエトも彼女に挨拶を返す。

 念のために姫乃にも同じように相談を持ち掛けたのだが、流石は兄妹と呼ぶべきか、ほとんど似たような意見が返ってきた時には、清隆と共に吹き出してしまっていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 清隆と姫乃と共に部屋を出て、途中で耕助と出くわしては、帰省組のクラスメイトを見送るために寮のラウンジへと向かった。

 葛木兄妹や耕助たちが色々なクラスメイトに声をかけている最中、エトはサラの姿を見つけ声をかける。サラもエトに声をかけられる前に彼の姿に気が付き、少し小走りで駆け寄ってきた。

 

「お、おはよう」

 

「おはよう、ございます」

 

 恋人同士になった翌日の最初の会話。初々しくぎこちないが、しかしどこか嬉しく感じる。

 いつもはしっかりしているエトもサラも、どこか恥ずかしくてもじもじしているのが互いに可愛らしくて、結局その場でクスリと吹き出してしまう。

 

「サラちゃんも帰省組なんだね」

 

「そうですね、年末は家族と過ごすことになります」

 

 サラの家族、エトは昨日サラから預かって目を通した彼女の父から届いた手紙の内容を知っている。そんなところへサラを返してしまえば、戻ってくる頃には重圧に負けて以前の冷たいサラに戻ってしまうのではないかと一抹の不安を抱いていた。

 

「寂しくなるね」

 

「そうですね……」

 

 寂しそうにしゅんとするサラを、エトは無性に抱き締めたくなる衝動に駆られた。大好きな人を自分の手元に置いておきたい、決して離したくない、離れたくない、これが好きって感情なんだなと、顔を紅くしながら考えてしまう。気が付けば、抱き締めることはなかったものの、荷物を持っていた彼女の手を自分の両手が包んでいた。

 

「あっ……」

 

 エトの無意識な行動に驚いて、しかし頬を紅潮させては静かに喜んだ。しばらくして彼の手が離れることとなったが、やはり自分はエトのことが大好きなのだろう、彼の体温が離れていってしまうことに寂しさを感じるようになっていた。

 

「それじゃ、気を付けてね」

 

「エトの方こそ、良いお年を」

 

 そして、サラが踵を返そうとして、もう一度こちらを振り返る。その顔は先程以上に真っ赤に染まっていて、どうしたのかと心配しそうになった時に、一度時は止まった。

 少し背伸びをして、エトの視線とサラの視線がほぼ同じ高さになって、サラの小さな桃色の唇が、エトの唇に触れていた。

 ほんの一瞬、すぐにサラは踵を返して走り去っていく。

 エトは彼女に何も言えず、ただその場に立ち尽くしていた。

 サラがエトに残していったクリスマスプレゼントは、些細でありながら、大胆な愛の証。自分の指が唇に触れて、未だその温もりが残っていて、嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになったような、心から踊り出してしまいそうな感情に足が震えた。

 

「サラはもう行っちゃったか」

 

 清隆の声。振り返るとそこには妙な笑顔を携えた葛木兄妹が立っていた。何故か彼らから生暖かい視線が感じられる。

 今のワンシーンを目撃していたのだろうか。一応他人の目があるこの場所で、自分たちの大胆な行動が目立っているかもしれないのが恥ずかしくて、穴があれば潜り込みたくなる。

 

「朝食にしようぜ」

 

 ある程度エトの心境を察してくれたのだろう、清隆はそうエトに誘いをかけた。

 いつまでもサラがいなくなった向こう側を眺めているわけにもいかない。気持ちを一度切り替えて、清隆の誘いに乗ったのだった。

 

「お腹空いたしね。食堂でいいかな」

 

 色々とふっ切れたのか、そこにあったのは今まで通りの引き込まれそうな笑顔を携えたエトだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 朝食を終えて、清隆と姫乃は一旦エトと別れて、地上で二人でショッピングをしていた。

 深い霧に包まれたロンドン、しかし相変わらず人通りは多く、視界が狭まってもなおその盛況は衰えを見せることはない。

 姫乃にせかされて入店した百貨店、『ハロッズ』は彼女から聞いた評判通りだったと言える。品揃えが豊富で、清隆自身特に何かを買う目的などなかったはずなのに、気が付けばその腕には自分で購入した色々なものが袋に入れられてぶら下がっていた。

 

「ふふ、デディベア、お部屋に飾ろうっと……」

 

 ご満悦な姫乃が抱えている紙袋に入っているデディベアは清隆はプレゼントしたものだ。恐らく値段も本日購入したもので一、二を争う。

 最近妙に姫乃を意識してしまっている清隆にとって、姫乃がご機嫌であるのなら自分も嬉しいのだが、清隆にとっての本命は実は別にあった。

 大英博物館の図書室。清隆がとある情報を得るためにあらゆる資料に目を通してはいるのだが――先に言っておこう、ここでも清隆の欲しい情報は出てくることはなかった。

 この日の収穫は道中での仕事の買い出し中だった陽ノ本葵、そして単独で単独で依頼していたはずの任務に『八本槍』の一人、クー・フーリンを引っ張っていたリッカ・グリーンウッドと遭遇したことくらいであり、直接的な戦果といえば、ほんの少しの姫乃の満足。それはそれでありかと思えてしまう清隆だったが、少しばかり焦りが強くなってきていた。

 姫乃の未来。自分自身の未来。いつ訪れるかも分からない死線(タイムリミット)。きっとそれはある日突然目の前にやってくる。間に合わないかもしれない。

 

「ダメだ、ダメだ」

 

「どうしたんですか、突然」

 

 独り言を呟き始める清隆が、少し様子がおかしい。姫乃はそれを僅かに感じ取る。

 姫乃にとってはあまり見たことのない、兄の暗く恐ろしい表情。まるで何かに急かされているような、落ち着きのない兄の様子が、まるでいつもの彼と別人であったかのように。

 そんな姫乃の不安げな顔を見て、深刻になり過ぎた自分を反省する。まだ時間はある。少なくとも風見鶏に滞在している間は問題ないのだ。それまでにあらゆるパイプをつくり、専門分野の方に相談に応じてもらう道も拓けるはずだ。

 ネガティブになりつつあった気持ちを一度追い出そうと深呼吸。

 

 ――スー、ハー。スー、ハー。

 

 冷たい空気が霧と共に自分の身体の内を冷やしていく。少し冷静になったかなと自分でも自覚して――違和感に気が付いた。

 気のせいだろうか、考え事をしていたせいだろうか、何かが、心の中にするりと入り込んできたような気がした。周りを見渡してみても、ごく普通の霧。そして人がせわしなく往来するいつも通りの風景。何も変わったことはなかった。

 

「……兄さん?」

 

 ハッ、と、現実に引き戻されたような感覚。視線を隣にやると、今まで以上に心配そうな瞳でこちらを見上げる姫乃が、清隆の服の裾を掴んで引っ張っていた。

 分かっている――姫乃は大事な妹だ。どんなことがあろうと守り抜かなければならない。しかしそれで姫乃を心配させるようなことはしたくない。

 だからこそ、自分が、姫乃が悲しみの底から戻れなくなってしまう前に、自分が行動を起こすべきなのだ。そしていつか、姫乃と共に平凡な学園生活を送れるように。そしてその先、いつか生まれるであろう姫乃の子供が、同じ悲しみを背負うことのないように。

 焦燥にも似た決意を固めた清隆は、一度大丈夫だと姫乃の頭をポンポンと撫でてやる。

 釈然としない姫乃だったが、とりあえずはいつもの兄に戻ってくれた清隆に安心して、二人で風見鶏に戻っていったのだった。

 

 想い。願い。渦巻く感情。螺旋の如く繰り返される。まさに、ダ・カーポ。今また一人、霧の中に足を踏み入れ、終わることのない迷宮へと取り残される。

 踏みしめるのは同じ道。何度も何度も繰り返し繰り返し同じ道に戻ってきては繰り返す。それが、人の想いだから。それが、人の願いだから。

 ただ一人の少女の決意が、一人の少年の決意を、無限の夢ヘと誘ってゆく。

 

 そして。

 

 三日後、風見鶏の学生寮、清隆の自室にて、葛木清隆が目を覚まさずに眠り続ける姿が、姫乃によって発見された。




やっぱり姫乃関連のことはやっておきたい。せっかく伏線も張ってあるんだし。
リッカシナリオ以外で間接的に核心に迫れるのは姫乃関連だからなぁ。
なお詳しくは描写しない模様。

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