満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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本章ラスト。クー・フーリンの運命は――


刻限

 風が舞った。いや、風などといった弱々しいものでは断じてない。空を引き裂き、大地を抉り去る、それはまさしく世界最大級の暴力。

 鎖に雁字搦めにされた戦士はその凶悪な暴力を前に目を開けていられなかった。耳の奥を削り取っていくような轟音だけが体の底に小さな恐怖を残し、戦士は荒ぶる猛威に身を委ねる。そして次に来るであろう死の雨は、この身体を射抜く無数の煌めきは――届くことはなかった。

 全てを巻き上げ奪い取る暴力の化身は風となって数多の剣戟の軌道を逸らし、または搦めとり、その高速の直進を妨げることとなった。

 その暴力はそれだけでは飽き足らず、周囲に燃え上がる業火を森の木々ごと薙ぎ払い、空へと舞いあげていく。

 人も獣も、善も悪も、富も貧も、強も弱も、理想も野望も、勝ちも負けも、何もかもを平等に理不尽に奪っていくその暴風は、紛うことなき天の災い、即ち天災だった。

 ギルガメッシュはその光景にも相変わらず泰然自若としていたが、その顔は標的に止めを刺せなかったこと、そして予想外のアクションがあったことにしかめられていた。あまつさえ、王がその手に持つ宝を巻き上げていったのだからその怒りは思い知れない。

 破壊の風に身が慣れてきたクーは、ゆっくりとその眼を開けて様子を見る。相変わらず鎖が行動を阻害している状態には変わりないが、この状態では武器の投擲による攻撃は物理的に不可能だ。しかしこの状態もいつまで続くか、結局は死のリミットをほんの少し先延ばしにしたに過ぎない、が。

 

「――禁呪、≪偉大なるテュポーンの術≫」

 

 テュポーン――ギリシャ神話における、多くの風の神の父なる存在。ガイアの怒りの化身。全てを吹き飛ばし消し去る神の力を内包したこの大魔法は街、いや国を一つ丸ごと壊滅させるほどの破壊力を持つ。その危険性ゆえに禁呪指定を受けたものだが。

 その声が聞こえた方向へと視線を向けると、そこにはここにいるはずのはい二人が、リッカ・グリーンウッドとジル・ハサウェイが立っていた。この世の理不尽の集大成といっても差し支えない英雄王を目の前に、余裕そうな笑みを浮かべて。

 

「実用段階にもなってない飛行魔法を無理矢理使ってでも来たかいがあったわね、ジル」

 

「火が燃え盛ってるとはいえ別にここまでしなくても……」

 

 なんでここに来た、と言う暇も与えずに、リッカとジルがおもむろにクーに近づき、邪魔な鎖に向かってジルが手を伸ばすと何やらぶつぶつと呟き始めた。するとどうだろう、彼女が口を止めてクーの顔を見上げ、そしてにっこりと微笑むといつの間にか鎖から解放されていたのだ。ジルが言うには、彼女が使った魔法は『拘束』という概念そのものを物体から消し去るかなり高度な魔法らしい。それによって鎖から『拘束する』という使用方法が概念から消え去り、クーの身体が解放されたとのこと。実際にクーは鎖から解き放たれ、その鎖は光の粒子となって消えていく。魔法ってスゲェ、と改めて感心したクーだった。

 

「なんでこんなところに来やがったんだ、危ねぇだろうが」

 

 命を助けられたとはいえ、二人を守り抜くために目の前の理不尽英雄王を何とかしようとしていたのに、そんな死地であるここに二人が来てしまうと本末転倒も甚だしい。

 

「あら、私たち帰ってこいとは言ったけどついていかないとは言ってないわよ」

 

「クーさんが死んじゃったら環境的にも無事じゃないだろうし何よりクーさんがいないと生きていけないもん。どっちにしろ、って話だね」

 

 言いたいことは分からないでもない。しかし二人の言葉には決定的にある大事な要素が欠落していた。それはそれほど難しいことでもなく、そして何より根本的で可及的速やかに解答を導き出さなければならないもので、そう、これからどうやって生き延びるか、だ。

 しかしそんなことなど言われなくとも分かっていると言わんばかりに強気な表情をつくり、自信満々に頷いた。

 

「心配しなくとも大丈夫よ。この孤高のカトレアが同じ轍を踏むわけがないでしょう?」

 

「あの金ぴかの人の射撃をどう対策するかってことだよね。大丈夫、ここに来るまでに十分に策は練ってあるから」

 

 そう断言したのだ。だからこそ、自分の信じる者の言葉を、古き主を捨て、真に信じる新たなる主の宣言を信じることに異論はない。ただ一言二人に、死ぬなよといらぬ心配の言葉だけをかけておいて、予想だにしなかったこの展開に心躍らせる。

 しかし一方でギルガメッシュは唐突に現れたリッカたちを眺めて苛立ちの表情をポーカーフェイスへと戻す。そしてこれが最後のチャンスだと、一度捨てた慈悲を乗せて言葉にする。

 

「なぁ孤高のカトレアよ、チャンスをやろう。――我の女になれ」

 

「嫌よ。私あんたみたいな派手なアメリカン思考の殿方は好みじゃないの。つまらない男の言いなりになる生き方なんてこっちから願い下げだわ」

 

 きっぱりと。そう即答してしまった。隣にいたクーにしては内心で冷や汗ものである。戦闘経験がほとんど皆無である少女が理不尽相手に直球で煽り挑発しているのだ。次の瞬間死んでいてもおかしくない状況で不安になるのは無理もない。実際、目の前の英雄王は憤怒の形相に歪んでいたのだから。

 

「いいだろう、この我を愚弄するというのなら、その男と共に地獄を味わうがいい!」

 

 背後のカーテンが光る。新しく剣戟が装填され、轟音と共に射出される。

 一瞬の時間。リッカとジルは自分を信じてとばかりに頷きかけてきた。クーは自分だけ回避体勢をとり、様子を窺う。

 金の閃きが飛来する。着弾時の爆発の範囲を考えたら、既に二人が自力で脱出できる範囲を射程が包み込んでいる。回避は不可能だが。次の瞬間。

 弾かれている。次々と。全ての剣が。矛が。槍が。完全無敵の城壁に護られているような錯覚すら与える程に、全てを弾いていく。そしてクーには、所々から、一瞬だけの強力な魔力を感じ取っていた。

 並大抵の魔法障壁では、ギルガメッシュの宝具を無力化することはできないどころか、薄い紙一枚を通り抜けるように易々と突き破り侵入を許してしまう。それはリッカの実力と魔力の保有量をもってしても、だ。しかし、逆に言えば、リッカは禁呪を人一人で発動できる程の魔力と技術を持ち合わせており、そして隣のジルはリッカ以上の繊細な術式を編むことができる。そしてこの二人がタッグで織りなす技は、実に単純明快であり、ジルが飛来する武具の座標を素早く特定し、その情報を魔法でリッカに正確に伝達する。リッカはその情報とジルから与えられた術式魔法を基に、防御魔法を掃射される剣戟の軌道延長線上に展開、そしてそれは寸分の誤差も許されない程に非常に狭い面積で構築されており、だからこそその小さな箇所に一瞬のみ全力を注ぐことで最強の妨害装置と変化させることができるのだ。

 

「行って!こいつらは私たちで何とかするから!あいつに一発ぶちかましてやりなさい!」

 

 リッカの言葉に背中を押され、素早く駆け出す。二人は今集中しているのだ、かつてなく、今まで以上に。だからこそ返す言葉もなく飛び出した。投擲攻撃が全て食い止められる以上、何も警戒することなく敵の懐に飛び込むことができる。そうなればこちらの勝ち、だ。しかしそうは問屋が卸さないもので。

 リッカたちが対応できない位置――地面にも黄金のカーテンが出現し、足元からの奇襲が始まった。以前正面からの攻撃も絶えないが、角度の違う掃射攻撃では流石の二人も演算しきれない。ならば今度こそ、自分の自慢の敏捷性を活かす時ではないか。

 足元は決して見ない。ただそこにある殺気のみを肌で感じて避ける。予測された進行方向に出現するであろう武具にはフェイントとステップで躱し、ギルガメッシュとの距離を詰める。

 十メートル、五メートル――間合いまであと一瞬といらない。完全に、射程内だ。

 

「これでっ――終わりだぁ!!」

 

 喉元へと食らいつく刺突、相手の回避行動も予測した一撃。最早ここから攻撃を避けることは不可能と言える。

 真紅の槍が喉を捉えそのまま直進する。そしてそのままギルガメッシュの喉を食い破ろうとしたその瞬間だった。

 ガキンと鈍い金属音、槍が阻まれた。ギルガメッシュの顔の前には、喉を護るために王の財宝の中から姿を現した盾が展開されおり、それによって必殺の一撃を受け切ったのだ。

 クルフーア王の持つ、四本の黄金の角、四つの黄金の覆いがついた盾、『叫ぶオハン』。そしてその盾が突如放った金切り音に、クーは後方へと吹き飛ばされた。

 

「いいだろう、貴様らを、我自らが王として駆逐すべき逆賊と認めようぞ!」

 

 怒りの形相の中に、憤怒以外の昂る感情を垣間見せるギルガメッシュは、掃射攻撃を止めて≪王の財宝≫から一振りの剣を取り出す。それは剣というにはかなり不自然な形をしており、むしろ拳サイズの鍵とも見て取れる。

 ギルガメッシュはそれを手中で捻ると、それは機械音を上げて輝きを放つ。そして天へと赤い柱が昇っていった。天空と繋がった柱が消え失せ、鍵の中へと戻っていく。そこに新しく生まれ変わり姿を現したのは、暗黒の中に紅き光を放つ円錐状のランスにも見て取れる、奇妙な形をした剣だった。

 

 ――乖離剣エア。

 

 生命の記憶の原初であり、この星の最古の姿、地獄の再現。混沌とした世界を破壊し、天と地を創造した、破壊と創造を司る、星の剣。終わりと始まりを概念づけたその力は原初神にまつわるものである。

 そう、これこそが、『八本槍』アデル・アレクサンダーが生み出した『八本槍』たる規格外の武力の根源にして、その集大成。

 ようやく悟った。これが頂点なのだと。皮肉にも、最も嫌いだった男の使い魔がこの世界の最古の英雄王にして全ての頂点、世界を背負い、世界を敵にした真なる王、世界の誕生から破滅まで、世界の時空全てを庭とする男。ギルガメッシュ。

 

「――リッカ、ジル、今から地球の裏側まで行くくらいの気力でここから離脱しろ」

 

 低く小さな声でそう言い放つ。圧倒的な力を放っているエアのそれを、二人が気付かないはずがない。しかし、それでもだ。クーにはやりたいことがあるのだ。それに、二人を巻き込むことは何があってもできない。

 

「頼む。俺らしく()かせてくれ」

 

 静かに。そう、かつてない程に、情熱的で熱血的だった男が。ただ。

 

 ――ただ、願ったのだ。

 

 いくつもの戦いを乗り越え、数多の視死線を潜り抜け、その度に傷つき、同時に強くなっていった男の、最後にして、最も純粋な願い。人の願いに優先順位がつけられるなら、彼の願いは、間違いなく最優先に叶えられるべきものだろう。その静かに澄んだ横顔が、現実染みた思考を持つ彼にとって、その幻を見るようなそれが、あまりにも似合わないものだったから、リッカたちは、言葉を失い息を飲んだのだった。

 

「頼む」

 

 悲願。初めて彼の心に生まれた、最初の叶わない願い。それは皮肉にも――

 

「俺はこいつとぶつかり合って、それで、こいつに負けて死にたい」

 

 誰もが幸せになれない願いで。誰かを失い、誰かを悲しませる願いで。ただ一人の男の、戦士としての矜持が、誇りがそこにあったことを証明できる、ただそれだけのことで。

 こんなにも心を痛める願いがあるのかとリッカは絶句し。

 彼の最後の願いが、昔の、ただひたすら強さを追い求めるだけの彼を思い起こさせ、皮肉にも、交わった運命は最後には決別してしまうことに、ジルは気が付いて。

 それでもなお、彼を止めることはできなかった。

 

「――昔言ったことがあるよな。俺はこいつだけで全てを勝ち取ってきたって」

 

 クーは、その真紅の槍を強く握り締めて、そして愛おしそうに眺めて。

 

「だから、こいつで勝ち取れないものが出てきた時が、俺の最期なんだと、ずっとそう決めてきた」

 

 視線を、天地を引き裂く漆黒の光へと、そしてその先のギルガメッシュへと戻し、体勢を低く、そして槍を構える。槍そのものに込められた力が解放され、その充満した呪いが溢れてくる。

 

「試させてくれ。俺の人生を懸け皿に乗せて、こいつだけで勝利を勝ち取れるか。あんなすげー奴に、俺の槍が届くかどうか」

 

 長い沈黙が訪れる。ただただ吹き荒れる暴風の轟音すらが、妙に心地よく聞こえて。

 そしてリッカは、覚悟を固める。

 

「ジル、行くわよ」

 

「えっ、でも、リッカ!?」

 

 発動、展開させたのは、空間移動の魔法。過去に一度来たことがあり、その場所の全景を思い浮かべられ、なおかつその場所にポイントとなる魔法的なマーキングをしている必要があるという限定的な条件の範囲内でならどこにでも飛ぶことができるテレポート。躊躇うジルの腕を引き、万感の思いを全て飲み込んで、溢れそうな涙まで堪えて戦士の背中を見上げる。

 

「約束したわよね、絶対帰って来いって」

 

 その背中は何も語らない。ただひたすら黙り込んでいる。

 

「待ってるから」

 

 時間が来た。足元の魔法陣が光を放ち、リッカとジルは、その場所から、姿を消した。

 

「――すまない」

 

 そう零したのは誰だったろうか。

 誰もその姿を見ず、その言葉は誰にも聞き取られることはない。なればこそ、その意味を知る者は、誰一人としていなかった。

 幾何(いくばく)か時間を置き、その手に握るもの以外の全てを捨てた男は、手中に残る最後の誇りを握りしめる。

 遠くから、その一部始終を見ていたのだろう、ギルガメッシュはその唇に満足げな笑みを浮かべ、しかしその懐には同情も容赦も一切ない。拳に握る天地創造の光を携えた一振りを構えて迎え撃つ。

 

「あんたにこう宣言するのは二度目だっけか――」

 

 一撃必殺の魔槍と、天地を裂き、新たなる世界を生み出す原初の剣。

 今ここに、到底届き得ない、一番槍の無謀な挑戦が始まる。

 

「――その心臓、貰い受ける」

 

「貴様をここで消し飛ばすことに変わりはない。しかし貴様の潔き闘志だけは――認めよう」

 

 そして、クー・フーリンは全力全開で、恐怖も畏怖も後悔も躊躇も全て捨て去り、ただ一直線に、届かぬ者に少しでも近づけるようにと、振り返ることなく、駆け抜ける。

 全力を使わねば、近づくことすら不可能だったろう。この直進及びその後の一撃において効果的である全てのルーン魔術を行使し、ありったけを、遠く彼方へとぶつけるように。

 ひたすら、前へ、前へ――

 

「――≪天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)≫!!」

 

「――≪刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)≫!!」

 

 光が、咲いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 戦火の一つも上がらないままに、ロンドンは未曽有の危機を迎えることとなった。

 四月三十日、午後十一時四十五分、現在、先程まで玉座に腰を下ろしていた女王陛下が、反逆者二名によって無力化されようとしている。その二人は、かつてのただ一人の少女(エリザベス)にとっての唯一無二の友であり、そして共に魔法使いの信用や信頼を取り戻すべく手を取り時を駆け巡った同胞であった。

 

 カテゴリー5――孤高のカトレア――リッカ・グリーンウッド。

 

 カテゴリー4――神秘の緑柱石(エメラルド)――ジル・ハサウェイ。

 

 二人は、自分たちがしようとしていることに全く持って怖気づいた様子はなく、むしろ今まで見てきた中で最高の輝きを放っているような気すらしていた。

 

「ちょっとリッカ、私そんな二つ名で呼ばれたことないんだけど」

 

「あら、私としては結構なネーミングセンスだと思うけど。あなたのエメラルドの瞳より美しいものなんてないわ」

 

 まったくもう、といつも通りのリッカに呆れながら苦笑いを浮かべるジルは、かつてリッカたちとショッピングに出かけた時と同じ表情。

 あの時と変わらない悠然とした態度で、腰に手を置いて余裕ありげな笑みを浮かべるリッカも、当時から何も変わらない自信を内に秘めていて。

 かつての、ほんの短い期間の、とても大切な時間と思い出を何度も反芻しながら、己と、そして親友二人の運命を呪う。親友同士を対峙させ争わせる運命を躊躇いもなく叩き付ける神という存在が、これほどまでに憎いと思ったことはなかった。

 

「ねぇリズ、貴女は自分を恥じ、自分の無力さを嘆き、自分の選択に後悔したかもしれない。でも、貴女の行動は何一つ間違ってなんかないわ」

 

 真剣な表情を携えて出てきた言葉は、友としての言葉。国を追放され、どれだけ辛い思いを、苦しい思いをしたか、エリザベスでさえも分かったものではないのに。

 それでもリッカは、今も変わらず自分を友と呼んでくれるのか。

 

「魔法使いが表の世界で堂々と生きていける世界を創る――それが私たちの夢。それは決して揺るがないわ。だからこそ、貴女は脱落した私に代わって、魔法使いの皆を導いていかなければならなかった。そして貴女は、今も違うことなくその道を歩き続けている」

 

「でも、そのせいで盟友を、仲間を傷つけました!苦しめました!その重き罪からは逃れようもありません!」

 

 その悲痛な叫びは、紛れもないかつてのただ一人の少女(エリザベス)としての激情。たとえエリザベスが全てを導く存在であろうと、大切な人をこの手を介さずに殺そうとしたのだ。そしてその偽りの無垢な指で光ある未来を差し、夢へと歩き出すつもりだったのだ。そしてそれが、女王陛下(エリザベス)としての選択。

 

「そうね、だからこそ私たちはここに来たの。女王陛下(エリザベス)は、反逆者を討ち、魔術社会を再び再興していかなければならない。そして私たちはこんなところで死ぬわけにはいかない。だから、私たちは中心部を制圧しに来た。それで、私たちが新しい魔術社会を創り上げていくの」

 

 そしてリッカとジルは、それぞれ懐から黄金の短剣を抜き放ち、その刀身に光を浴びせ反射させる。

 圧倒的な威圧感を放つそれは、以前彼女たちが相対したことのある『八本槍』の一人が所有していたものだった。

 

「それは、アデルさんが使役する使い魔、ギルガメッシュの宝物の一つですね?」

 

「うん、英雄王様は大量の宝具を投擲して敵を一掃する戦闘スタイルだったから、転がってきたものをいくつか拾い上げて、後にそこに組み込まれた魔法構成を抽出、私たちで仕える段階までランクダウンさせた上で十全に使用できるように再構築されたものだよ」

 

 英雄王ギルガメッシュの宝物を簒奪し、そしてその中に隠された繊細な術式を解読し構成を組み換え、二人が最高の形で使えるように改造したのだという。ジルが施したものなのだろうが、あるいは彼女も人外の域に足を踏み入れているのかもしれない。

 

「穏便に済むはずがないのは承知よ。王室の最終兵器として、アレクサンダー卿の所有する召喚魔法を、このロンドン全体を触媒として再構築したものが呼び出すイギリスの守護神が控えているのは調査済み」

 

「調べ上げたところで、リッカさんたちが手も足も出ない相手には変わりありません。その存在は、『八本槍』ですら到達しえない領域にまで足を踏み込んだものですから」

 

 エリザベスも既に覚悟を決めたのだろう。その瞳は、女王陛下として全ての魔法使いの命運を背負った者の魂の灯火が宿っていた。そしてその瞳とは真逆に、その佇まいは冷静沈着とし、その一歩一歩が周囲の空気を凍てつかせるような絶対零度の雰囲気を醸し出している。

 

「お二人には、今一度ロンドンから、いや、イギリスから出て行っていただきます。かの『アイルランドの英雄』もいない今、あなたたちに勝ち目はありませんよ」

 

「――ヒーローは遅れて参上、ってね」

 

 天井の方から、男の声がした。

 その声によって、リッカとジルは喜びの笑みを浮かべ、エリザベスは驚愕に顔を染めた。そしてそれは、決してその存在を認知したからだけではない。その有様に、言葉を失ったのだ。

 

「露払いは終わったぜ。あとは大将戦だ」

 

 真紅の双眸、そして同じく真紅の槍、蒼き髪は獅子の如く奮い立ち、歴戦の戦士としてのプレッシャーを放つ。

 しかし、その身体は既に、健全な人としての形を成してはいなかった。

 

「お察しの通り、騎士王様に左腕を叩っ斬られ、ジェームスの野郎に目を奪われちまったよ。以前ほど動けるわけじゃねーが――十分だ。今の俺様には、俺の片腕くらい優秀で、俺の両目以上に頼りになる奴がいる」

 

 右腕だけで槍は握られ、開いている目も既に何も映していないようだ。

 しかし、アルトリアやジェームスと対峙した上で、今ここにいるということは、彼女たちが突破されたことは明白である。エリザベスはその事実に膝をつきそうになった。彼女たちは、もう――

 

「あいつらは殺してねーよ。不本意とは言え助けられたからな。特にあの騎士王様、何だよあのインチキ装備、天地を切り裂く一撃を跳ね返すとかそんなチートアイテム持ってんなら最初から使えよ!」

 

 エリザベスにその装備――本物のエクスカリバーの鞘を与えてギルガメッシュの下へと送り出したのはエリザベスである。マスターを失い、本格的に『八本槍』最強が暴走し始めたため、それを鎮圧するために二人を向かわせたのだが。

 大方そこでクー・フーリンに止めを刺すことはなかったらしい。そして優しいアルトリアのことだ――二度とロンドンに戻ってくるな――そんなことを言って彼の見逃したのだろう。

 

「そこまで本気だというのなら、私も相応の礼を以ってこの闘いの儀に臨みましょう。私も、このロンドンを守り抜かねばならないのです」

 そして始まった。真に最強の守護神を召喚するための儀式が。

 

「――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――」

 

 

 広い玉座の間に刻まれた刻印が力強き眩い光を放ち始める。

 凶悪な魔力反応、大いなる力の顕現、全てを護るための最後の破壊の象徴とならん――

 

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 稲妻が走る。それこそ神の咆哮――神鳴(カミナリ)

 異界より降臨せし混沌の守護神にして破壊神――神話において、神々や数多の怪物を倒したとされる世界屈指の英雄。

 

 ――大英雄ヘラクレス。

 

 その圧巻ともいえる巨躯は、大陸を動かし、山脈を粉砕し、星々が煌めく天を支えるほどの怪力の持ち主とまで錯覚させる程で、その巨人は右手に神殿の支柱を素材として作られた神聖のなる斧剣が握られている。

 

「見えねぇけど――でかいな」

 

 目は見えなくとも、クーはその巨体をしっかりと見上げている。

 後方支援としての役割を担うリッカとジルも既に臨戦態勢に入っている。何も恐れるものはない。今まで通り、これからも、三人で立ちはだかる強敵に勝てばいいだけの話なのだ。

 

「ワルプルギスの夜に、こんな大舞台なんて洒落てるじゃない」

 

「クーさん、無理はしないでね。私たちもサポートするから」

 

 そう、たとえ腕を引きちぎられようと、たとえ全てが見えなくなてしまおうと、満身創痍の英雄は、それでもなおその闘志を消すことはない。

 いつも通りの獰猛な笑みを浮かべ、楽しそうに槍を構えて、目の前の敵を倒すイメージを固める。

 

 ――さてと。

 

 最後の大決戦である。気合いも十分だ。夜の宴を楽しもうではないか。

 

「――その心臓、貰い受ける」

 

 ギリシャの大英雄に対する挑戦、彼もまた、クー・フーリンを筆頭とした三人を敵として認識したようだ。巨躯から放たれる轟砲が全てを震わせる。

 長針、短針、そして秒針が全て真っ直ぐに天空を指した。

 カチリと小さな音が鳴った瞬間――

 

 真紅の光が一直線に駆け抜けた。

 




本章はこれにて終了。何故ここから先を描写しないのかは『D.C.Ⅲ』をプレイ済みの方は理解できるとは思いますが、そうでない人もいると思うので黙っておく方向でお願いします(笑)
他の『八本槍』との戦闘シーンも全部省かせていただきました。というのもこの作品はあくまでクロスオーバー、鯖同士の戦いはFate本編でお楽しみくださいということです。

というわけで次章からはエトが主役となります。『アイルランドの英雄』によって育てられた少年がその力を何のために振りかざすのか、そんな話になると思います。
お馴染みランサーのアニキの出番も少なくはなりますが展開の上で出番はきっちりと作ってあります。
これから先も拙い文章にはなると思いますが、お楽しみいただけたらと思います。

それと、これから少し忙しくなるので、来週の更新はできるかどうか分からないです。もしかしたら次は二週間後とかになると思います。その間に別作品の更新とかあってもそれは愛嬌ということで。

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