満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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アデルさんご乱心回。


決意の時

 

 

 何が、何が起こった――目の前の光景を受け入れられないのは、何もジルだけの話ではなかった。自分が回避することだけを考えていたクーが、その行動のせいで、仲間を一人傷つけたという事実に、戦士としての誇りが崩れてしまったと同時に、なんだ、この言いようのない、締め付けられるような苦しみは。

 その仲間の少女は二振りの剣に貫かれ、その傷口からはドクドクと夥しく鮮血が溢れてくる。止まらない、止まることなく彼女の生命を死へと導いていく。その側で、目の前の現実に耐え切れなくなったのか、思考停止して茫然自失としているジルの姿がある。虚ろな瞳でリッカの服の裾を掴み、力なく引っ張っては首を左右に振って。

 何だこれは――誰が悪い、何が悪い、リッカが一体何をした、俺が何をした、そして、こいつはなんてことをしでかした。

 何かが込み上げてくる。血肉沸き踊るような強者を相手にした時の昂揚感ではない。不屈の魂を瞳に宿して立ち向かってくる勇敢な戦士を相手にする期待でもない。それは決して、自分の中で育まれた感情ではない。この怒りにも悲しみにも似た、それでいてそのどちらでもないこの激情は今までに感じたことがない程に自分自身を強く締め付けてくる。圧縮されたそれは、次第にその圧迫に耐え切れなくなって――破裂する。

 

「ジルすぐにリッカを下ろして治癒魔法を施せじっとしてんなさっさとしろ!!」

 

 喉から絞り出した小さな声はやがて激情に任せた乱暴な怒声になりジルに叩きつけられる。

 我に返ったジルはクーの口調に驚き怯えながらも、震える手つきでその宝剣に触れ、そっとリッカの身体から引き抜いて、傷口から溢れ出る血が視界に入って気絶してしまいそうになるのを意識を強く持ちながら堪えて、ゆっくりリッカの体を地面横たえる。そして彼女の名前を弱々しく連呼しながら、急いで治癒魔法に術式魔法を組み込み効率と効能を上昇させたうえで彼女に魔法をかけていく。次第に傷口は閉じていくが、それでも服にベットリと張り付いた血液はどうしようもなく痛々しい。

 

「――フハハハハ!」

 

 クーの激情をよそに、狂ったような笑い声を轟かせるアデル。

 そう、狂っている。いくら女王陛下を、国家を守るために手段を選ばない男だったとしても、今ここで、そのどちらにも害を与えないリッカを始末する理由など存在しない。冷静さを欠いたか、別人格に乗り移られたようにも見える――が、そんなことはどうでもいい。

 

「いいぞ!貴様ら虫ケラ風情の顔が怒り、恐怖、苦痛に歪む姿を何度見たいと思ったことか!そうだ、もっと見せてみろ!じっくりと嬲り殺しにしてやる……!」

 

 どこぞの巨悪が叫び出しそうな下種な台詞を撒き散らしながら悦びに唇を歪ませる。隣のギルガメッシュがちらりとアデルの方に視線を向けたが何事もなかったように再びクーを睨む。

 一方でクーは、先程の激情を押し留め、冷静さを取り戻す。しかし溢れんばかりの殺気を押し隠そうとしたばかりに、一点集中されたそれが、彼の真紅の双眸から、長槍からひしひしと伝わってくる。

 

「さて――」

 

 普段と比べて低く重い、よく聞き慣れていたはずの声がジルの耳を打つ。しかしその声の主――クー・フーリンの姿は、今までに見たことのない、それこそかつてエリザベスが拉致された時など比べ物にならないプレッシャーを放っていた。

 

「――いいぜ」

 

 クーは槍を構え、体勢を低くする。我が身を省みない、直線的な突貫の構え。神速から繰り出される一撃で一瞬にして相手を葬り去る、電光石火の刺突技を可能とする構え。しかしその構えすら、自分が思っている以上に殺意を持って完成された。言い知れぬどす黒い感情が自身を飲み込むのを肯定し身を任せ、強迫観念に突き動かされるように刺突へのイメージを何度も頭に描く。

 復讐、報復、上等だ。倍、いや、十倍にして返してやってもまだ気が済むとは到底思えない。なればこそ、今この場で、自分の片翼にも等しい存在を葬ろうとした罰を、その万死に値する罪を、今ここで償ってもらう。無論、目には目と歯を。そしてこの狂人共に死を。

 

「――その心臓、纏めて貰い受ける」

 

 その時、クーの構える真紅の槍が、同じく真紅の光を放ち始めた。しかしそれは、光などといった崇高なものではない。

 リッカに治癒魔法をかけながらジルが感じていたのは、途方もない程強烈な濃さのある呪い。ここにいるだけで気が狂ってしまいそうになるそれを何とか遮断しようとして魔法で障壁を張り、なおかつ障壁内部の呪いを魔法で除去しようとして――できなかった。魔法が呪いに干渉できないようになっているのか。

 ジルが見るクーの背中は、始めた会った時の、魔女狩りの連中を一撃にして葬り去る時の獰猛さをより強く、より恐ろしくしたような、そう、ジルの苦手なクーの一面、敵を殺し、敗者の屍を踏み躙ることを是とする殺意の塊を、ありありと見せつけていた。

 ギルガメッシュの背後の黄金色のカーテンに無数の波紋が広がり、同じように無数の宝具が出現する。全て照準はクーへと向けられ、次の瞬間に射殺さんと牙を剥く。

 しかしクーはそんなことなど意にも介さず、全身全霊を叩き込むつもりで――

 

「ゲイ・ボル――」

 

 地面を蹴り前に出ようとした瞬間、新たな強い気配を感じ、足を止めた。

 新たな追手か、そしてこれ程の強い気配を持つ者は、それこそ『八本槍』でしかありえない。状況は最悪、今この場で一対二で戦うのは、非戦闘員と負傷者を保護しながらという圧倒的不利な状況で続行するには絶望的に不可能だ。

 どうする――熱くなった頭で冷静を意識しながら考える。何か手はないか。

 しかしその時思いもよらずに声を上げたのはアデル・アレクサンダーだった。苛立ち交じりの舌打ちをした後、気配のする方向を向いた。

 

「捜索班の司令塔め、余計な真似を……」

 

 相変わらず忌々しい視線をこちらに戻して続ける。

 

「ここに私はいてはいけないことになっている。今ここで貴様を殺すのは赤子の掌を捻るより簡単だが――命拾いしたな」

 

 アデルはギルガメッシュに指示を出し、それに従って黄金色のカーテンから球状のものを出現させ――クーの足元へと叩き付ける。

 その時眩い閃光が瞳を焼き、視界を消し去る。白の世界に塗り潰されて、視覚が完全に使い物にならなくなった。

 このままでは逃がしてしまう。視覚に頼った索敵から聴覚、嗅覚、全身の感覚を余す所なく稼働させてアデルとその従者の気配を追うが、とんでもない速度でここから離れて行っている。そして同時にもう一つ、同程度の魔力反応がこちらへと高速で向かってきていた。

 

「ジル、リッカは大丈夫だな、一旦退くぞ」

 

 だんだん近づいてくる気配――魔力反応がクーに一つの直感を与える。その正体は過去に二度、一度は百年程昔、そしてもう一度は最近の摸擬戦、どちらも軍配はクーに上がったがその実力と心意気は評価している、ジェームス・フォーンだろう。彼の中に宿る『剣』の魂は生涯忘れることはできない。

 だがしかし同時に、相手が『八本槍』ならば、間違いなくクーやリッカを捕らえるために駆り出された王室の犬だ。悠長に立ち話をしようものなら、リッカかジルのどちらかを人質にしてしまう程の狡猾さは持ち合わせている相手だ。無論、実力勝負を申し込んでくるならば正面から潰すまでだが。しかし可能性がゼロではない以上、少なくとも二人を危険な状況に晒すわけにはいかない。

 

「……チクショウが」

 

 どの口がそれを言う。全ては自業自得だろうが。守れなかったのはお前、自分自身――クー・フーリンだろうが。遂に(なまくら)が刃こぼれしたな。『八本槍』が、『アイルランドの英雄』が――傑作だぜ。

 全くそうに違いない。全ては甘く平和な生活に慣れ、体も心も鈍らせてしまった自分の責任だ。下らない理屈も理論もあったものではない、『最強』たり得なかった自分が人一人助けられなかったただそれだけのことだ。だから今すべきことは泣き言を恨み言を吐き出すことではなく二人を安全な場所へと非難させることだ。

 ほんの一瞬でそれだけの思考を終えてしまったクーは二人の返事を待つ間もなくジルと気絶したリッカを抱えて地べたを走る。空中から『八本槍』が接近している状態で飛翔するのは愚の骨頂だ。そしてそれ以上に、今の自分には地べたを這いずり回る方がお似合いだ、そんなことまで考えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 まるで悪夢のようだった。

 思い出すだけで気を失いそうになるその記憶はあまりにも凄惨で、森の中にある、とある開けた土地にたつ小さな小屋の一部屋、ベッドの上に横たわって寝ているリッカを見つめてはそう思う。

 大量の血が付着していた服は一旦捨て、同じく血に汚れたその身体も近くの小川で綺麗に洗って、サイズの微妙に違うジルの服を着せて横にしておいたのだが、先程の出来事が嘘のようにリッカは穏やかな顔で寝息を立てている。

 開け放った窓からはヒュンヒュンと棒を振る音が聞こえてくる。戦闘狂だったクーは、獰猛にして野蛮だったクーは、風見鶏での生活の中でその鋭さを摩耗させてしまったことは何となく感じ取っていた。人の間で正常に生きる心を育んだことが、気高き戦士としての矜持を失わせ中途半端な存在へと変えてしまっていたのだ。

 ふと、膝元から呻き声が聞こえてきた。リッカが身を捩じらせてそっとその睫毛を揺らし瞼を開けたのだ。

 

「リ、リッカ、大丈夫!?」

 

 半覚醒状態のリッカの肩を強く掴んでは顔を近づけて声のボリュームの調整もせずに慌てて問いかける。目覚めてすぐのリッカにはなかなかの刺激だったようで、息をつまらせ目を丸くする。

 

「なっ、なんだ、ジルか……」

 

 じっくりと観察してみて、意識は良好、記憶にも言語にも身体動作にも問題はないようだ。ジルの渾身の治癒魔法が功を奏したようで、盛大な溜息を吐いて安心する。そして安堵からポロリと零れる涙が切欠となって、何だか止まらなくなる。嗚咽を漏らし、我慢する必要もないだろうと判断した結果、次の瞬間にはリッカの胸に飛び込んでおいおいと泣きついていた。

 

「……大丈夫、ジルのおかげで、私は無事だから」

 

 そんなジルの心配と、それから安心を汲み取って、リッカはジルの髪を優しくなでる。何度も、何度も。

 そして自分の身に何があったのか、ゆっくりと思い出してみた。アデル・アレクサンダー――恐らく事件の真犯人による襲撃、そこで黄金の従者の攻撃を受けて一撃で昏倒、そんな刹那的な出来事で自分の記憶は途絶えてしまっている。そして後はここまでお荷物だったという訳だ。

 

「また私ったら、足手まといになってたんだ」

 

「ああ、ホント三人揃って体たらくなこった」

 

 リッカの呟きに言葉が返される。ふと扉の方を振り返ると、扉の枠に体をもたげて真紅の双眸をこちらへと向けたクーが仏頂面で立っていた。そう言えばリッカが起き上がった辺りから、外からヒュンヒュンと聞こえなくなっていたような、とジル。彼女もまたその涙で顔をくしゃくしゃにしたままでクーを振り返る。

 

「リッカ、無事か」

 

「おかげさまで」

 

 リッカのいつも通りの笑顔を見て安心したのか、クーの表情から剣呑な雰囲気が消え去った。仏頂面は未だに変わらないが、その微妙な変化は恐らくリッカとジルにしか分からないだろう。

 

「くー、……さん」

 

 すんすんと泣き顔のままで、上目遣いでクーを見上げるジルを、半分謝罪の意を込めて、そしてもう半分彼女を安心させてやるために、その頭に手を置いて乱暴にくしゃくしゃと撫でる。髪がぼさぼさになるが嫌な素振りは見せない。

 

「それで――あなたは大丈夫なの?」

 

 言葉はそれだけで十分、リッカの言いたいことをクーは聞くまでもなく把握した。そして挑発するような笑顔でこう返す。

 

「誰に聞いてんだ、迷ってる暇なんぞねーだろうが。俺は俺のやるべきことをやる。アデルのクソジジイをぶっ潰し、エリザベスを捻じ伏せる」

 

 その言葉の裏にある意志に、覚悟に、リッカたちは表情を真剣にして頷く。迷っている暇なぞどこにもない。戦わなければ殺される、いや、それ以上の恐怖と苦しみを味わうことになるだろう。だからこそ、戦え、戦って状況を変えろ、そしていつか必ず、みんなの下へ――

 その時クーが懐から、小さな四角い箱を取り出した。特に煌びやかな装飾が付いているでもないが、しかしその肌触りだけで、箱の素材も高級なものであることはよく分かる。その箱の中からクーが取り出したのは、小さな真紅の、槍の形を模した宝石だった。

 

「全く皮肉なもんだぜ。相棒の形を模したこいつがこんなところで役に立つなんてな」

 

「それって?」

 

 どことなく、クーがその宝石を忌々しげに見つめているのを見て、リッカは問いかける。リッカもジルも、風見鶏にいた頃は何度となくクーの部屋を訪れたことはあったが、その物体を見かけることはなかった。

 

「まぁ、なんつーか、いろんなもんと決別できる便利アイテムだよ。半端はヤメだ。俺は何事にも全力を尽くす。戦うことも、敵を殺すことも、目的へと進むことも、そして――お前たちを護ることも」

 

 その時の真剣な、美しい剣の――いや、槍の穂先のような、美しく鋭い真紅の瞳を、二人は忘れることはないだろう。あまりにも美しくて、力強さに胸を打たれて、胸の奥がトクンと跳ねた。そして二人は、ほぼ同じタイミングで胸中に呟いた。

 

 ――ああ、これが私の惚れた男だ。

 

 その瞳に写すものは、そしてその槍の切っ先に向けられるものは決して美しく理想的なものではない。ただ純粋に己を求め、力を求め、全てを勝ち取る覇者たる魂。永久と思われた平和の中で鈍っていったその刃は、ここに来て久しぶりに研磨され、そしてその美しく危うい輝きを放ち始める。

 

「俺は本当の意味で『八本槍』を、そして世界を敵に回す。信じてるぜ、この結論の先に俺が求めたものがあるってことをよ!」

 

 そして、その拳の中で、真紅の槍の宝石を――真っ二つにへし折ってみせた。

 その瞬間拳の中で真紅が弾け、凄まじい光量が指の間から漏れる。放たれる魔力があまりにも圧倒的で、二人は目が眩み意識を手放してしまいそうになるのを堪えなければならなかった。

 そしてクーはゆっくりと拳を開く。

 

「こいつは俺が『八本槍』である証と同時に、二つに折ることでその裏切りを向こうに伝えるマジックアイテムでもある」

 

 エリザベスからこのアイテムを預かった時のことを思い出す。

 クーの持つ真紅の長槍をモチーフとして作られたそれは『八本槍』の証であると同時に、国家以上に、王室以上に守りたい存在が現れた時に、国を敵にしてでも守らなければならない存在が現れた時に、これを破壊することで国家への裏切りと反逆を国へと伝え、同時に現在位置を知らせることになる。当時はそんな境遇になることなど考えもしなかったが、思えばあの時からエリザベスはこうなる未来を予測していたのだろう。

 しかし、それだけのリスクを背負いながら、それに見合うだけの報酬を持ち合わせている。これに与えられたのは、破壊される前の女王陛下への忠誠、そして破壊した後の守るべき存在、その双方に共通する、『新たなる主を護るに足る力』が手に入る。そして、その形は――

 

「リッカとジルにこいつを一つずつ渡す。こいつを使えば、俺が望もうが望むまいが関係なしに、俺に命令権を一つだけ行使できる。地球の反対側だろうが一瞬で駆けつけることも可能、俺を自害させることも可能、そして、圧倒的な力で敵を殲滅することも可能だ」

 

 そしてその二つの破片をそっと握らせて一歩下がり、二人の前へと膝をついた。

 

「これより、イギリス王室直属騎士『八本槍』が一人、クー・フーリンはその忠義を捨て、新たなる主を守護せんがためにこの力、この槍を振るうことをここに誓う」

 

 形式的だが、これがエリザベスへの最後の礼のつもりだった。後は全身全霊で潰しにかかるのみ。

 すぐに立ち上がっては、リッカたちを見る。

 

「そいつで何なりと言ってくれ。頼まれりゃ助けるし誰だって殺すし自分の命でもなげうってやる」

 

 するとリッカは溜息を吐き、ジルは苦笑いを浮かべた。そしてその表情のまま手元の紅い輝きを眺めて、二人が呟いた。

 

「一つ、絶対に死なないこと」

 

「一つ、どんなことがあっても私たちの下に帰ってくること」

 

 クーは、二人のその行動に驚きを隠せなかった。頭のいい二人のことだから、もっと大事な局面で、ピンチの状況を打開するための一手としてこれを使うだろうと思い込んでいた。しかし現実はどうだろう。下らないことに命令権を使い、既に使用不能に追い込んだのだ。だがしかし、リッカもジルも、後悔の色一つ浮かべず笑顔を咲かせた。

 

「こんなのがなくたって、あなたは絶対に全てをやってのける。今のあなたに敵はいないわ」

 

「本当ならこんな命令もいらないよ。私たちはクーさんを信じてる。だってクーさんが私たちを信じてくれるんだもの」

 

 そんな二人の言葉に、いろいろと考え事を巡らしていたはずのクーは何だか馬鹿馬鹿しくなって考えるのをやめ、笑ってやった。恐らく、今まで生きてきた中で最も柔らかな笑み。

 

「わーったよ、そこまで言うんだ。エリザベスんとこ制圧した暁にはテメェら二人に惚れてやるよ」

 

 そんなクーの真剣な言葉に、二人は心を弾ませ頬を紅く染めて。

 そして小躍りしそうなのを我慢しようとして失敗、二人してその強壮な身体に子供のように抱き着いたのだった。

 

「ちょっ、テメェら調子乗り過ぎだっつーの!」

 

 じゃれついてくる二人を引きはがそうとしながら、頭では考える。

 まず真っ先に向かってくるのは間違いなく彼だ。

 

「テメェら。すぐにアデルのジジイがこっちに来る。俺はあいつらを迎え撃ってぶっ潰す。それで無傷で戻って三人でロンドンに戻る。いいな?」

 

 両腕にしがみついた二人は動きを止め、クーの言葉に力強く頷く。

 そして、リッカはそんな彼を心から信頼して、力強く言い返す。

 

「死なないで、絶対に帰ってきてよ」

 

 余計なことを聞かなくても良かったと若干後悔して、そして先程のリッカたちと同様に、力強く頷いて見せた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「き、貴様……何故こんなっ……!」

 

 夜闇を照らしているのは、黄金の騎士の背後に展開された同じく黄金のカーテン。彼の腕には、そのカーテンから取り出された一振りの剣が握られ、そしてその刃は男の肩を貫いていた。

 

「何故、とな。この(オレ)を使役することすら万死に値する行為、増してその上これ以上なく下らん茶番に付き合せて我の品格を損なうような真似をしてくれたな、雑種」

 

 その手に握る剣を時計回りに捩じる。開く傷口に激痛を走らせ、男――アデル・アレクサンダーは苦痛の叫び声を上げる。黄金の騎士――ギルガメッシュはその顔に静かな怒りを浮かべてその悲鳴を聞き流した。

 

「何故貴様は人の言葉を話す!?私の召喚魔法の術式にそこまでのプログラムを施した覚えはないぞ!?」

 

「知ったことか。我の自我を封じていたか、あるいは我自身が創造物かはどうにも記憶にないが――しかしどうだ、なかなかに面白い術がかかっているではないか、あのロンドンの街は」

 

 死に怯える思考で考える。面白い術だと、何の話だ。

 思い出せ、思い出してみろ。確か三ヶ月ほど前に、女王陛下からロンドンに突如現れた魔法の正体を突き止めろと指示されていたはずだ。その魔法と何か関連があるということか。

 

「雑種共の汚らわしく貧弱な感情で構成された人格とは反吐が出るが――まぁいい。貴様ら雑種のおかげでなかなかに興味深い連中も見ることができた。王であるこの我が礼をしようというのだ。死ぬほど感謝するのが忠義というものよなぁ」

 

 そう言って取り出したもう一振りの剣を開いた手に握り、逆の肩を貫いた。

 新たな激痛に身を震わせ、王者としての畏怖を余すことなく見せつけるギルガメッシュにただ命乞いをすることしか頭に浮かんでこない。

 

「き、貴様――」

 

「さて、その至福の喜びを噛み締めたまま――死ね」

 

 次の瞬間、背後から現れた無数の刃に貫かれ、『八本槍』が一人、アデル・アレクサンダーは命を散らせた。

 悲しみも、困りもせずに、その冷徹な表情を浮かべたまま踵を返す。

 

「この我に刃向かい逃亡するなぞ、随分とまぁ勝手が過ぎると思わんか、赤い棒切れの雑種」

 

 ここにはいない誰かに問いかけるように、ギルガメッシュは冷笑を浮かべてその場を去っていった。




さて次回は対ギルガメッシュ戦!
戦力差を考慮した上でテンポよく戦闘描写を綴っていくのは物凄く難しいです。

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