満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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振るう刃と平和への悲願

 ずっと長旅を続け、クー・フーリンがリッカとジルと出会ってから五年が経った。

 そして、今の町にしばらく定住することになったのが二年前。

 三人は、町で仕事をしながら金を稼ぎ、それなりにまともな生活を送っていた。

 リッカやジルは新聞配達や食堂での皿洗いなどの雑用などを主にこなしている。

 クーはその槍の腕を買われて町の警備の仕事を受け持っている。

 そして本日も、仕事帰り。

 リッカとジルは先に宿に帰っていた。

 ちなみに、旅費の節約のために三人で同じ部屋を一部屋借りている。

 前回はクーを追い出していたが、そのせいで命を狙われた時に、もしクーが気付いてくれなければ大変なことになっていたこともあって、今回は同じ部屋で寝ることを許可している。

 そもそもその一件で彼は信用されたようだ。

 

「もうそろそろあいつも帰ってくる頃ね」

 

「そうだね。食事の準備しておこうか」

 

「そうね」

 

 リッカとジルが夕飯の準備を始めようとしたタイミングで、彼が帰ってきた。

 

「ただいま」

 

 帰ってきたクーは流血していた。

 所見の人は即救急車を呼ぶだろう。

 しかし彼女らは。

 

「今度は何があったの?」

 

 まるでよくある失敗のように何があったのかを質問した。

 というかもう慣れたようだ。

 そもそもこんなエキセントリックな帰宅が日常となってるのもどうかと思うわけだが。

 

「今日はちょっと警備中に角を曲がったら馬車の暴れ馬に轢かれたんだよ……」

 

「まだ軽い方でよかったわ」

 

 と言うのはリッカ。

 

「お前、俺を何だと思ってやがる……」

 

「大事な大事な旅仲間」

 

「その大事な仲間が頭から血ィ流して帰ってきたというのに、全く心配の色も見せないってどーゆー了見だ?アァ!?」

 

「そんな怒らなくたっていいじゃない……」

 

「とりあえず、怪我したところ見せて?」

 

 と言うのはジル。

 

「お前はリッカと違ってちゃんとした教育してもらってんじゃねーか」

 

 ジルはクーの怪我をした患部に手を添え、治癒の魔法を施した。

 体が温かくなるのを、クーは感じていた。

 言うなれば、癒し。

 

「それはね、私がクーさんのことが好きだからだよ」

 

「――ッ!?ち、ちょっと、ジル!?」

 

 その言葉に一番敏感だったのはリッカだった。

 こういうところを見るとやはりリッカもクーに気があるようだ。

 

「ケッ、ガキがませたこと言ってんじゃねーよ。少し長く一緒にいるからって、勘違いしてんじゃねー」

 

「勘違いなんかじゃないんだけどな……」

 

 ジルはいつものクーの対応に苦笑していた。

 一方でリッカは唐突なジルのアタックに頬を膨らましてそっぽを向いていた。

 

「それに俺は、守るために槍を振るうってのは、性に合わねぇ。俺はただ、強くなりたいだけだ。何だってぶち破って勝ち取る、それが、俺がこの紅い槍と交わした、言ってみりゃあ誓いみてーなもんだからよ……」

 

 クーが過去を振り返るように、思い出に浸るように窓の外を眺めようと窓を開けて身を乗り出すと、頭上からプランターが降ってきた。

 神懸かり的なタイミングで身を乗り出したのもあり、運悪く頭に直撃、そのまま昏倒して窓の外に落ちてしまった。

 ちなみにここは三階である。

 

「あーっと……」

 

 リッカの表情はまるで心配してなかった。

 酷いとは思うだろうが、逆に彼女たちも彼は何事もなく帰ってきてくれると、彼のことを信頼しているのも伺える。

 だが一方でジルは、クーの言葉を聞いてから、その表情が翳っていた。

 彼の言葉を素直に受け止められないくらい、彼女は優し過ぎた。

 

 その日の夜。

 既にリッカは熟睡していた。

 時間的には誰もが寝ている時間で、この時間に起きている人は珍しい。

 しかし、ジルはなかなか眠れないでいた。

 隣のクーが、寝ていないのを知っていたからである。

 ジルは思い切って、クーに話しかけることにした。

 

「ねぇ、クーさん」

 

「あ、何だジル、起きてたのか?」

 

「うん」

 

 ジルはベッドに入ったまま、クーに背を向けたままで返事をした。

 ジルは続ける。

 

「どうしてあなたは、そこまで強さを求めるの?」

 

 ひたすら、みんなが笑顔でいられる世界、みんなが平和でいられる世界を追い求めていたジルとは正反対のクーの考えと、夕べの言葉。

 彼女には、理解し得なかった。

 

「んなもん、聞いてどうする……」

 

「分からない。でも……聞かなきゃと思ったから……」

 

「……」

 

 ジルの言葉に、少しの間二人の間に沈黙が走る。

 恐らく返答を考えているのだろう。

 そしてゆっくりと口を開く。

 

「人にはな、それぞれ生き方ってのがあるんだよ」

 

「生き方?」

 

「テメェらは、どーせ世界中の人々が幸せであるために、とか、不特定多数の人間のために生きているのかもしれない。それも立派な生き方の一つで、誰にも止める権利はない」

 

「……」

 

「でもな、残念ながら、俺はそうじゃねぇ。俺は、ひたすら自分のために、何かよくワカンネェもんをこの手で勝ち取るために、強くなる。残念ながら俺には平和とか正義とか、そんなものには関係ない人間なんだよ。テメェらが俺に惚れるのは勝手だが、多分俺は死ぬまでそれに応えるつもりはない」

 

「じゃあなんで、あの時私を助けたの?」

 

「勘違いするなっての。助けたんじゃない、俺の視界で武器持って吠える連中を黙らせただけに過ぎねぇんだよ。他人のための行為なんかじゃねぇ。テメェらが生きていたのはその結果だ。俺はそれをあいつらから奪い取ったに過ぎない」

 

 だからその奪い取ったものを、誰にも奪い返されないために一緒にいるに過ぎない、と付け足す。

 そして、ジルの心に、悲しみが灯った。

 これまで仲間だと思っていた人に、自分は仲間だと思われていなかったのだ。

 

「そんなこと、言わないで……!」

 

 ジルの瞳は、涙で溢れていた。

 そしてそれは目の許容量をはるかに上回り、頬を伝って顎から地面へと落ちてゆく。

 電気のつかない部屋の中で、その一滴一滴の雫が、月に照らされて美しく煌いた。

 純粋に、美しいと思ってしまった。

 そう感じたことが悟られないように、そして、自分の心から目を背けるように、ジルから視線を外す。

 だがそれでも、自分の生き方を曲げることだけは出来なかった。

 自分の真紅の槍との誓いにかけて。

 

「私は貴方に救われた。だから今ここにこうしていられる。あなた自身のためであろうとなかろうと、私は本当に感謝している。私たち、知ってるよ。あなたは本当は心優しい男の人だってこと。じゃなかったら、あなたはあの時から今まで一緒に旅なんて出来なかったもの」

 

「だから、それは――」

 

「私も、リッカも、貴方と一緒にいたいんだよ。貴方にも、そう思って欲しい。貴方がなんと言おうと、私たちは勝手に貴方を信じてる。生き方を変えて欲しいなんて言わない。だったら、みんなのために、強くなろうよ。みんなの平和と幸せを、私たちで勝ち取ろうよ。それじゃ、駄目かな……?」

 

「……」

 

 クーは閉口した。

 ジルの言葉と、迫力に気圧されただけではない。ただ、なんとなく、目の前の脆弱な存在を見て、ほんのちょっと守りたいもの持ったってバチ当んねーよなー、とか、考えていたのだ。

 そして、平和と幸せを勝ち取る、そのために槍を振るうのも、新しい道として、面白そうだとも思った。

 何かよく分からないもの、ずっとそれを追い続けてきた。

 形も、結果も、課程も、そして追い求める意味そのものも分からなかった。

 だけど、そこに一筋の光明が見えたような気がした。

 

「ジルの言ってることは抽象的過ぎるけど、私も同じことを思ってたわ。いつまで経っても私たちに心を開いていなかったことくらいバレバレ。そりゃ、私だって貴方と一緒にいたい。ジルを救ってくれたとか、そんなのは抜きにして」

 

 突如話しかけてきたのは、リッカだった。

 

「起きてたのか……」

 

「あれだけ大きな声で話してたら、目を覚ますなって方が無理だわ」

 

 リッカは眠い目を擦って、その美しいサファイアブルーの瞳をまっすぐにクーに向ける。

 

「あくまで、私たちは“三人”なの。誰か一人でも欠けられたら困るの。だから、ね……」

 

 クーは、得体の知れない感情に囚われていた。

 誰にも必要とされていなかった毎日。

 突いて、斬って、殺して、奪っていくだけの毎日。

 恐れられた。怖がられた。

 自分に殺された者たちが最後に見たのは、自分の狂気に歪んでいる顔だろう。

 そんな自分でも、彼女たちは、ここまで自分を必要としてくれている。

 嬉しくなかったといえば嘘になる。

 この二人の言っていることは正しくて、自分の言ってることの方が、歪で、間違っているのは自明の理だった。

 それでもこれはクー自信が旅に出る前に決めたことで、今更変えるわけにはいかない。

 だから、今目の前に差し伸べられている手を、ただ見つめているだけしか出来なかった。

 

「なんで俺みたいな野蛮なヤローなんだよ……」

 

 自分でもひねくれていることは分かっていても、訊かずにはいられなかった。

 

「それは、“クサい”けど、あなただから、かな」

 

 その瞬間、クーの中で何かが弾けた。

 差し伸べられた手を、掴んでしまっていた。

 どこかで彼女たちを求めようとしていた。

 それは同時に、守ってみたい、と思ったのかもしれない。

 

「ったく、勝手にしろ……。その代わり、お前らには最後まで付き合ってもらうぜ。俺の信念の果てまでな……」

 

 そしてクーは、急いで穴に潜るかのように、自分のベッドどかっと横になり、布団を頭まで被ってしまった。

 求められることは初めてで、慣れてなくて、真摯な言葉に照れてしまったのだろう。

 そして、それを見たリッカとジルは、お互いを見て、そして頷きあう。

 二人とも自分のベッドから降りて、そっとクーのベッドに乗り込む。

 そしてゆっくりと布団を剥いで、二人でクーを挟むように、クーに添い寝をするような形となった。

 

「ちょ、おい!何やってんだ!バカ、離れろって!」

 

「いいじゃない、近くにいた方が何かあった時に先手を取りやすいでしょ?」

 

「リッカはこんな計算高いこと言ってるけど、私は単にクーさんと一緒に寝たいから」

 

「ちょ、だからジルっ!?」

 

「んなもんどっちだっていい!とにかく俺に安眠を与えろ!」

 

「だからこうやって……」

 

「あああああーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 クーの叫びは、満月の夜に響き渡った。




生き方を変えずに魔法使いたちの想いに同調する、ということをさせたかったんだけど、うまく伝わってるかなぁ……
根本的に考え方の違う二人と一人、うまく妥協線を引いて折り合いをつけたかった。
いがみ合ってちゃだめだよね。

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