満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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一方その頃のリッカさん。


手折られた洋蘭の花

 

 

 ≪女王の鐘≫による、王室からのミッションの通達を受けたリッカ・グリーンウッドは、風見鶏の校舎から抜けるなり一旦姿勢を正し、孤高のカトレアとして、カテゴリー5としての威厳を滲ませ、振りまくような誰もが羨むリッカ・グリーンウッドへとチェンジした。

 エスカレーターで地上へと戻り、所定の集合場所へと向かい、そこでスタッフに様々な確認を取ってもらったうえで、王室から派遣された空間転移能力(テレポート)の魔法の力を借りてその場を一瞬で離れる。

 辿り着いた先は、一面真っ白な部屋。公式のサッカーの試合をここで開催してもまだ十分にスペースが有り余る程の広さのある空間の丁度中央に、ガラスでできたテーブルと、その上に少し大きめの金属製のスーツケースが置かれてある。リッカが注意深く観察してみたところ、このバッグには本来の物理的な施錠だけではなく、魔法によるロック及び、ありとあらゆる衝撃やアンチマジックに対応する防護術式が組み込まれていることが分かった。いかにその中に入っている文書が重要で大事なものかが見ているだけで把握できる。

 

「リッカ・グリーンウッド。貴様にはこれからこのスーツケースを運搬してもらう」

 

 そう声をかけてきたのは、クリスマスパーティーで散々世話になった杉並だった。その顔にはいつものような胡散臭い笑みはなく、エリザベスの傍らで行動している時の真剣な表情、国に仕える者としての表情をしていた。

 

「一応説明しておくと、中に入っているのは、パーシー家の蔵書の中にある超重要特別認定文書の内の数冊、主に魔法による永久駆動機関に関する文献――ということになっている。詳しいことは俺にも分からん」

 

 本来ならばパーシー家の極秘事項に当たる文献だ。故に杉並もとい王室はそこまでの詳しい事情は把握できないようだ。スーツケースの中身を知っているのは、パーシー家の人間と少人数で編成された検閲部隊の人間だけである。検閲に際して得た情報は、そこに危険を孕んでいるか否かという曖昧なものしか上がってこないが、とある誓約により虚偽申告はできない仕組みになっている。当然、魔法によるものだ。

 

「で、それをどこぞの研究チームに渡せばいいわけね」

 

「大手魔法研究調査チーム、『アトラース』――魔法に関する研究に関しては、世界で最も最先端を扱い、また未知の領域を発見しては魔法使いの力としている組織だ」

 

 研究組織として魔法使いの間でもその名をよく知られている『アトラース』は、大きな権力を持つ魔法使いの一族と、あらゆる方面で契約、協力関係を築いているため、多方面での魔法に関する研究を可能とする。その調査技術は手本としても用いられており、そこで考案された実験道具や器具は、サンプルとして風見鶏にも備品として支給され、風見鶏の生徒の個人的な研究を大きく前進させている。

 無論、リッカもジルと共同で進めている、花が枯れないようにするための研究に使う道具を『アトラース』から譲渡されたものを使用しており、その成果の一部として、ロンドンの地下の敷地内には視界一面に咲き誇る桜の木が植えられている。

 杉並から一枚の地図を渡され、運搬物の引き渡しの場所が記されている場所を確認する。ここロンドンから北西の方へ、そしてある程度進んだ先にある都市の拡大地図をもう一枚、そこに記されてあるとある建物の位置にチェックが記されていた。

 

「交通費は王室の方で予算が下りている。実際の交通費よりは多めに支給されると思うが、旅の合間にでも観光を楽しむがいい」

 

 杉並の最後の一言はそれだった。

 役員の指示に従って、魔法によって強化された手錠を左手にかけ、そしてもう片方の輪をスーツケースの取っ手にかける。これによってこの任務が終わるまでの間は左手の自由があまり利かなくなるが、それでもここから地図に指定された距離までなら、人目のつかないよう一般人も利用する公共交通機関を利用するのを避けたとしても、二日もあれば簡単にたどり着けるだろう。大した苦ではない。

 再び空間転移の魔法でもといた場所へと戻ってくる。シェルでエリザベスに、これから運搬の任務を遂行する旨を伝え、早速行動に移す。

 注意することは割と多く、まず、現政権下において魔法使いというのは冷遇されているため、警察の目を掻い潜って運搬しなければならない。もし目をつけられたとしても決して疑われるような行動はとるべきではない。そう言った意味で、同時にバスや電車などの公共交通機関はなるべく利用しないようにするべきである。

 一応スーツケースとリッカの腕に繋がれた手錠は認識阻害の魔法で周囲の人間には目視できないようになってはいるものの、リッカ・グリーンウッド自体が知名度が高いために注意が必要なのだ。

 魔法使いの社会が日陰者であることは現在確定的であり、その存在を認知する者は多くない。だがしかし、魔法使いの間で知らないものはいないリッカ・グリーンウッドが、一般人の間でもどこから噂が漏れたか、知る人ぞ知る存在となっているのだ。

 昼間は裏路地や人気のない道を進んでいくことに専念し、日が沈み交通機関を利用する人間が最も少なくなる時間帯に、最小限の魔法を駆使して乗り込む。

 最終電車の到着先では既に王室の方で宿を予約してもらっており、そこに一泊するつもりである。

 夜闇の中を疾走する、人気のない電車の中は、最小限の灯りに照らされ、リッカはその仄かな光に照らされるスーツケースを眺めていた。その中には永久的にエネルギーを循環させる、仮説段階の文書が入っているらしい。実際のところ成功例は未だに存在せず、研究はずっと理論構築段階から発展していない。

 リッカたちの研究もまた、永久的な花の開花状態の維持というものであり、このスーツケースの中に入ってる文献はまさしくその最終目的の一つとなり得る、彼女にとって知りたい情報がびっしりと詰まっているというわけだ。

 

「風見鶏にはそこまでの書物がないのが残念ね」

 

 リッカは苦笑交じりに一人で呟く。

 魔法に関する文献が多種大量に保管された風見鶏敷地内の、図書館島と呼ばれる島にある図書館には、閲覧レベルというのが存在しており、風見鶏に入学した段階でそのレベルは『1』である。このレベルが上がるに従って閲覧できる書物の種類や数が増えるという仕組みであり、学年が上がったり、何かしらの特別な表彰がなされたり、風見鶏の生徒会に所属したりすることでレベルは上がる。

 基本的に魔法のことに関しては何でも揃っていると豪語される図書館ではあるのだが、禁呪指定された魔道書や、リッカが運搬しているような文献はその図書館には保管されておらず、風見鶏の生徒が絶対に触れることができないような管理体制が敷かれている。故にカテゴリー5であり、本科一年である、閲覧レベルが他の生徒よりも高いリッカでもそう言った本を借りることは不可能なのだ。

 

 予約されたホテルに到着し、チェックインを済ませたリッカはすぐに部屋へと直行し、個室に設置されたシャワーを浴びるために服を脱ぐ――のだが、スーツケースとそれを繋ぎとめる手錠が邪魔で上手く脱げない。

 かなり疲労が溜まっているリッカはさっさとシャワーを浴びて横になりたいがために懐からワンドを取り出し自分の衣服に向かって魔法をかける。すると自分を包んでいた服は一瞬で消え去り、リッカの足元に散乱していた。

 相変わらずスーツケースを体から離すことはできないが、完全防水であり、水や湯を浴びることには何の問題もない。邪魔ではあるがシャワーを浴びないのはどうしても嫌なのでそのままバスルームに持ち込むことになった。

 服を脱いだ時と同様に魔法でバスローブを身に纏い、そのままベッドへとダイブする。

 朝から生徒会室で書類作業、その後クーやジルとのショッピングを邪魔されての長旅、肉体的にも精神的にも疲労していた。

 

「あ゛ぁ~、疲れた……」

 

 カテゴリー5らしからぬ、そして何よりも乙女らしからぬ体勢でぐったりと横になるリッカ。

 自分はうつ伏せになっており、左手に繋がれたスーツケースは自分が横になっているベッドの頭から見て右に置かれてある。

 スーツケースのせいで横になる方向は制限されており、大変寝にくいのだが、とりあえず横になれるのが救いだったリッカにとってさほど問題ではないようで。

 後は翌朝になって目的地に足を運び、そこで研究チーム側の人間にこのスーツケースを引き渡せばミッションはコンプリートしたことになる。

 リッカは手錠がしっかりかかっていること、そして手錠やスーツケースにかかっている魔法が正常に発動しているかを確認して、意識を闇の底に放り投げたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌朝、生活習慣に関してはしっかりしているリッカは、早朝いつも通りの時間に目が覚める。

 開いた瞼の先には白く綺麗な天井が写し出されており、その清潔感から朝から清々しくなる。そのまま上体を起こして両手で布団を自分の身体から剥がす。

 部屋を見渡して、昨晩シャワーを浴びる際に脱ぎ散らかした衣服を目にし、片付けることのかったるさを感じて、帰ったら散らかりまくっている寮の自室を少し片付けようと決意する。

 

 ――そしてふと気が付いてしまった。

 

 瞳を開けて、まず自分は何を見た――自分はどういう体勢で横になり、どういう体勢で起き上がった――布団を捲り除ける時、自分はどう手を動かした――そして――

 

 

 

 ――スーツケースはどこへ行った?

 

 

 

 自分の左腕を、血の気が引いていくのを感じながら確認してみると、昨晩までかけられていた手錠が消えてなくなっている。

 何かの拍子で外れ、自分でどこかへ蹴飛ばしてしまった可能性を考慮し、恐怖と焦りにがたつく足をゆっくり動かしながら部屋中を隈なく探す。

 どこだ、どこだ、どこに行った、いつ体を離れた――心の中で自分を落ち着かせながら自問自答を繰り返す。

 何回も、何十回も同じところをぐるぐると探しなおして、最終的に出た結論は――この部屋にスーツケースは存在しないということだ。

 即ち、魔法使いの社会の中で重要な書物であると認定された文献が自分の不注意のせいで紛失、そして最悪、何者かによって盗難されたということだ。

 リッカはすぐに、恐怖に打ち震える声で、何かに縋るように、その事実を杉並に伝えた。

 シェルを握る両手は、空転する思考に小さく震えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 昼を過ぎた頃、リッカのシェルに、召集の旨を告げる内容が書かれたテキストが届いた。王室直属の審問委員会からの通達であった。

 杉並に自分が知りうる全ての事実を伝えた後、彼に事後処理を託して数時間、向こうの方で話は進められていたようだ。その結果リッカ本人から直々に話を聞いた方が今後の方針を検討するうえで参考になると踏んだのだろう。

 緊張で食べ物も喉を通らず、朝から水しか飲んでないリッカはストレスでやつれており、いつものような若々しさは見受けられない。

 部屋まで迎えに来た組織の人間に迎えられ、そのままホテルから車で移動する。

 沈黙の中で数時間揺られて到着したとある建物の中、エントランスを過ぎて廊下を進み、審問を行う部屋に通されて、そこでリッカは訊かれたこと全てに対して嘘偽りなく答えた。一問答える度に役員はその手に握られたペンを走らせ、何かを用紙に書き込んでいる。

 そして全ての審問を終えた後、別室で待機することになった。

 

「どうして、こんなことになっちゃったんだろ……」

 

『八本槍』になる存在を輩出した魔法使いの一族、その家の蔵書であり、なにより魔術組織の中で最高レベルの重要書物と認定されているものを紛失、盗難されたということが、どれだけ責任重大か、リッカには到底理解できない。『八本槍』がどれだけ規格外か、普段目の前でその姿を見続けてきたからこそ、下手に理解しようとすることができないのだ。

 リッカは『八本槍』の人間の所有物を責任を持って預かったにも拘らず、その信用を裏切り、紛失させた。死の宣告を下されたとしてもおかしくはない状況なのだ。

 そして、控え室と廊下を繋ぐ扉が開かれ、議論をしてきたであろう役員たちがリッカの前に立つ。

 リッカもプレッシャーに潰されてしまいそうな体を、腰を椅子から持ち上げ、彼らの前に姿勢を正して向かい合う。

 

「話し合いの結果最終的に決定した内容を言い渡します」

 

 淡々とした口調で、先頭に立つ役員がそう告げ、そして続ける。

 

「――リッカ・グリーンウッド、上記の人物を重要書類の窃盗の容疑で身柄を拘束させていただきます」

 

 その言葉と共に紙面を突きつけられ、頭が真っ白になっている間に、突然腕が拘束される。

 強力な魔法がかけられた手錠、奇しくもスーツケースと自分を繋げていた手錠と同じ素材のもので、更に同じタイプの魔法がかけられていた。

 リッカにとってこの程度の魔法を解き、手錠を破壊して逃走するのは簡単だ。しかし今それをしてしまえば、反逆罪に当たり最悪『八本槍』に追われて命を落とすことになりかねない。それだけはできなかった。

 

「申し訳ありません。ご高名な魔法使いの方とは言え、こちらも国に仕える仕事ですので」

 

 相も変わらず感情のこもらない声で淡々とそう言う役員の男に腕を引っ張られ、そのまま連行される。

 それよりも、気になったことがあった。

 何故、自分がスーツケースを盗み出したことになっているのか。詳しいことは分からないが、恐らくそれは、そのうち行われるであろう審判ではっきりするはずである。その時に無実を証明するしかないのだ。

 そして同時に、こんなことで醜態を晒してしまうことになる自分を悔み、ジルを、そしてクーを、その顔を脳裏に思い描いて、静かに涙を流した。

 

 

 






「――仮に、の話をしよう」

手折られた洋蘭(カトレア)の花は、追い打ちにその花弁を切り裂かれる。
不信と疑念が、ありもしない花の毒を遠ざける――

味方はいない、助けなど入ってこない。
たった一瞬の出来事で全てを失い、生きる意味すらなくしてしまうのか――

「やっぱり、助けてはくれないのね」

根を失い、花弁を引きちぎられた孤高の花が捨てられた先は、地獄だった。
その力強さと、美しさを輝かせることなど最早ありはしない。誰にも気づかれることなく死を待つのみ――

「一世一代の大脱出ショーだ」

その時、色褪せた弱々しい茎を、傷だらけの拳が、ごつごつとした指が力強く握り締める。その瞳に、獰猛に、生き生きとした光を携えて――

◇ ◇ ◇

次回予告的な何か。
ようやく本章も佳境へ。

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