満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

33 / 99
二日ほど更新が遅れました。大変申し訳ありません。


クリスマスパーティー大事件

 

 

 窓の外、海のようにも見える人口地底湖の向こう、水平線の彼方からゆっくりと、しかし着実に朝日は昇る。

 空が暗闇から抜け出す前に、クー・フーリンは既に身支度を済ませ、魔法によって直接部屋に投函された手紙やら報告書やらに目を通していた。

 

「……いい加減飽きたな」

 

 何やら物騒なことを呟きながらも、速読に近い感覚で文章に目を通す。

 具体的には、王室の連中や各州の魔法組織、『八本槍』の纏め役、アルトリア・パーシーであったり、そして、エリザベスからの手紙も来ていた。

 珍しいこともあるものだと封を開け、適当に目を通す。

 書いてあったことはさほど重要な事でもなく、女王陛下としてではなく、風見鶏学園長として、クーに学園内の治安を任せることを期待する旨が記述されてあった。

 

「ったくあいつも分かってるくせによくこんなもん送り付けてくれるな……」

 

 自称濡れ衣の加害者、実質的な被害者と言い張るクー、クリスマスパーティー程の行事となれば、大体彼は色々な意味で血祭りに上げられるのだ。例の男によって。

 読み終えた書類を全てケースに仕舞う。大事にしているわけでもないが、捨てる気にもなれない。いつからこんな下らない情に引っ張られるようになったのか、自分でも分からなかったが、切欠くらいは理解できている。己の手で助け出したことになっている少女と、初対面で攻撃魔法をぶつけてきた少女。意味もなくただ強さのみを追い求めていた彼は、いつの間にか彼女たちに大きく変えられていた。

 

「俺、何のために戦ってんだっけか」

 

 思い出したように、そう誰かに問う。それは一体誰だろう。自分自身か、それとも自分を変えた彼女たちか、王室か――

 誰もいない空間で響く声はやがて空中に吸収され消えていく。誰の耳にも届くことのない問いは、何の答えも導き出すことのないままどこか遠くへと消え行ってしまう。

 棚の一番下の引き出しを引っ張り、その段の一番奥に仕舞われているケースを取り出す。手触りのよい、両手の平に収まるほどの大きさの箱の蓋を開けると、そこには槍の形を模した、宝石の埋められた真紅のペンダントがあった。『八本槍』の証、王室への、そして女王陛下への忠誠の証。

 エリザベスが言うには、このペンダントは、紛れもなくクー・フーリンの相棒ともいえる真紅の槍をモチーフとして作られており、当然他の『八本槍』にも配布されている。何故、と問うのも野暮な話だろう。

 確かにこのペンダントは王室への忠誠を誓うものではあるが、実際にその()()()()()()()()に付与されてある本当の効果は――

 

「――忠誠、ねぇ」

 

 下らない、と、忌々しい視線をそのペンダントに向けてそう呟く。

 エリザベスのことは嫌いではない。むしろ、リッカたちの旧友として、そして学園長として、そして女王陛下として、あらゆるものを背負って、誰よりも強く固い覚悟と決意を持つ、頂点に立つ者として遜色ない者として十分評価している。

 とは言え、エリザベスに、女王陛下に対し、ただの一度も女王陛下に対して忠誠を誓ったことなど、ない。

 己の胸に問いかけ、そう断言する。

 何故、何故そこまで彼女の能力を評価しているというのに、彼女を主として敬うことができない――自分で簡単に気が付くことができた矛盾に、クーは頭を抱える。今まで気にしたことがなかったことが、ここまで重く圧し掛かってくるとは。

 

「メンドクセ」

 

 考えることすら面倒になってしまった。今は『八本槍』の一人であり、国の、風見鶏の番犬であり、そして生徒会長、シャルル・マロースの弟、エト・マロースの師匠、それでいいではないか。

 自分の情けなさを自分で理解していて、納得した上で苛立ちを呑み込む。屈辱は、とうの昔に鋭さを失い鈍ってしまっていた。

 とにかく、今日は一年で最も忙しい行事の日である。風見鶏の本科生の制服に袖を通したクーは、その手に何も握ることなく自室を去った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 クーが風見鶏の敷地内を巡回し始めてしばらく、時計の短針が八を指した辺りから人が増え始め、あっという間に全校生徒が学園に集まった。たった三人の長い戦いの末に行われる選挙の投票、そして即日開票。ある者は特定の人物に期待を寄せ、ある者は当選者が誰なのか、本人でないにも拘らず勝手にソワソワし、またある者はクラスメイトの当選を心から祈っている。

 そんな、賑やかな中どこか緊張感の漂う空気を感じながら、クーは早速投票会場である講堂に足を運んでいた。

 既に生徒会役員であるリッカたちは投票会場のスタンバイを始めており、投票箱やその他準備物のセットはほとんど完了しているようだ。

 

「今年もこの時期か」

 

 そういうクーの肩は重く下がる。

 それは生徒会長のシャルルも、そしてリッカもそうだった。

 

「何もしない……なんてことはないわよね」

 

 苦笑いの表情のままで講堂一帯を見渡し、不審人物や不審物が紛れ込んでいないかを確認する。この段階では見つからないようで、クーもリッカもほっと胸を撫で下ろす。

 とにかく本日は遂に生徒会役員選挙の当選者が決まる日である。立候補者となった三人はもちろん、彼らのクラスマスターであるところのリッカたちにとっても大いに関係する日なのだ。

 

「ま、ぶっちゃけ既に葛木の一人勝ちで決まりだろ。セルウェイも葛木に負け始めてからボロが出始めてたし、ホームズも勢いはあるがパッとしねぇ。更に葛木には名誉騎士の称号と来た。これで勝てなけりゃ騎士の面汚しだっつーの」

 

「ちょっと言い過ぎじゃないかしら……。まぁでも、清隆の担任としてはやっぱり勝ってほしいし自信もある。何より不本意ながら、本当に不本意ながらあの杉並に頭まで下げたんだから」

 

 冗談には聞こえない冗談を口にしながら、リッカはにっこりと笑う。

 美少女の微笑みは男を虜にしてしまう破壊力があるが、この男には残念ながらその笑顔も、ふーん、で済まされてしまう。リッカにとっても、ジルにとっても難儀なものだが。

 かくして、投票の時間が到来し、次々に生徒が複数設置された投票箱へ一人一票、投票を行っていく。

 一人で来る者、友達と来る者、グループで投票に来る者と実に様々だが、その表情は、一様に三人への期待を抱いていた。

 

 そして時が経ち、投票時間が終了して、速やかに生徒会役員による開票作業が始まる。

 リッカたちもこの作業に参加し、魔法を利用しながら票を分け、整頓し、数え上げていく。そんな作業も、あまり時間を掛けることなくあっさりと終了してしまった。

 最早もったいぶることもないだろう、結果は目に見えている上に、どんでん返しも今更必要ない。最も多く票を獲得し、他の立候補者を押しのけて生徒会役員の座を射止めたのは、やはり葛木清隆だった。ハイドパークホテルでのテロ事件での活躍、名誉騎士の称号が勝利のカギであり、更に彼自身の誠実で真っ直ぐな性格も拍車をかけたのだろう。

 ちなみにクーも投票権を有しており、彼も同じく清隆に投票していた。理由は先程彼自身が口にしたとおりである。

 講堂の檀上ではリッカがマイクを通して清隆の当選通知を高らかに宣言する。彼女から見れば、その宣言の直後に響く歓声と、ただ一か所に集中する視線と称賛、そこに清隆が照れながらも選挙に勝ち抜いたことを喜んでいるのがよく分かった。

 リッカの誘導により、挨拶のために壇上に上がった清隆は、一瞬生徒会長であるシャルルと視線を合わせる。その視線の意図を知るのはシャルルの傍にいたリッカと巴だけで、当事者であった清隆自身も別の意図で察してしまった辺り相当の朴念仁に違いない。

 そしてそんな彼が壇上で語った夢と抱負に、会場内がより一層大きく揺れたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 やたらと喧しく、晴れ晴れとした雰囲気の中、打ち合わせと談笑の声に揉まれながら、クー・フーリンはクリスマスパーティーの会場内――風見鶏の校舎内及びその周辺を、見回りの意図で散策していた。特にルートを決めるでもなく、特別何かを意識しているわけでもない。むしろ、誰もが純粋に、そして単純にパーティーを楽しんでいる中で、それに見合わない不審な行動をする不埒な輩は、クーのとびきり優れた第六感がすぐに察知し自身を警戒させてくれる。何も気負うことなどないのだ。

 そんな彼は、パーティーが始まる直前から屋台でクレープを一つ購入し口に含みながら歩いていた。

 風見鶏に生徒として入学させられる前からここにはいたが、ここに来た当初、完全に用意の行き届いた衣食住に感動し、不味いと評判のものでも心から美味いと涙を流し、学生寮の一般の部屋でもさながらセキュリティシステム完備の高級ホテルのような安心感に昇天しそうになり、充実した各設備にいちいち興味を示しては何度もギミックを確認したりじっくりとあらゆる視点から鑑賞したりと、何にでも心躍るような無邪気な子供のようだったが――

 今のクーに、このクレープに対する感動はなかった。進んだ文化が、いつの間にか当たり前になっていた。

 

「……不味い」

 

 作った者に対して甚だ失礼なことを、誰にも聞き取られないようにぼそりと呟く。

 出店の並ぶ通りを抜けて、少し人通りの少なくなった場所で、ふと自分の第六感が危険を告げる。危険と言うよりは、違和感と言った方が妥当だろうか。

 自分の直感を素直に信じるクーは、一旦立ち止まって周囲を見渡す。ちらほらと風見鶏の生徒が事前準備のために走り回っているのが見受けられるが、そんなに多い人数でもない。

 だからこそ、近くの草むらへと目が行った。

 カサカサッ、と、あからさまに何かがあるとしか思えない物音と、そしてすぐに姿を眩ます何者かの影。

 自分を目にして逃げたか、とりあえずクーは、自分から逃げるからという割と理不尽な理由で逃走者を追いかける。待ち伏せ罠誘導などの卑怯な手を打たなくとも、自身の身体能力だけで十分だ。

 草むらだろうが闇夜の中だろうが十分に視界を活かすことのできるクーにとって、木々の生い茂る中で最も直線的に移動できるコースを見つけ出して最短ルートで相手との距離を縮めることは簡単である。すぐに相手の後ろ姿を捉えることができた。

 本科生の男子生徒の制服――あの男かと思ったがすぐに思考を打ち消す。こんなところで簡単に捕まる輩ではないことはここ二年間でよく分かっている。

 その制服の襟首を掴み、地面へと片手間に組み伏せる。ついでに関節を極めて完全に動きを封じた。

 

「テメェ仕事増やすんじゃねーよめんどくせーんだよこんなところで何やってんだ杉並か杉並なのかさっさと答えろぶっ殺すぞ!」

 

 矢継ぎ早に質問を浴びせた挙句自分の立場をすっかり忘れて最後に一言恫喝してしまっているのには気付かない。実際組み伏せられた本科生は『八本槍』を敵に回してしまったとすっかり青ざめてしまっている。

 杉並――クーが口にした人物は、清隆の選挙を全面的にサポートした、頭の回転が速い人物ではあるが、それ以前に、どうしようもない問題児でトリックスターなのだ。

 何度彼に煮え湯を飲まされたことか。何か大きな行事の度に事件に巻き込まれてきた。

 ちらり、と、本科生の手に何か怪しげな物体が握られているのが見えた。強引にそれを取り上げ、まじまじと観察する。

 塗装されていない金属カバー、形状は直方体で中身はしっかり詰まっているようでずっしりと重く、表面にはプラスチックで蓋が取り付けられており、それを外すと中には大きさ、形状の同じ赤色のボタンが二つ取り付けられてあった。この類のボタンは、大概誤爆などを避けるために、同時押しで初めて作動するタイプのものだ。

 ということは、この鉄の塊――リモコンは恐らく爆弾の起動装置か、もしくは目眩ましのフラッシュを起こす装置か、その辺のモノと考えるのが妥当だろう。

 そう結論付けると、クーは組み伏せた本科生を開放し、さっさと出し物やら売店やらの準備を手伝うように言いつけ、背中を強く蹴飛ばす。十メートルくらい吹っ飛んだが物騒な真似をしたことに対する罰だと正当化してみた。

 他にもこのようなリモコンを持っている生徒が紛れ込んでいるかもしれない――そう考えてクーは茂みから抜け、周囲に厳重に目を光らせることにした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 クリスマスパーティーが本格的に始まり、直前の準備時間以上の賑わいを見せる中、リッカとジルも、クーと同様見回りをしながらパーティーを楽しんでいる最中だった。

 ジルもすっかり調子に乗って、戦利品という名の食べ物を大量に抱えて嬉しそうに笑っている。食べ物以外にも小物のインテリアなども購入したりしているが。

 

「さっきのクリスタルアートのマジックショー、年々レベルが上がってるよねー」

 

 先程ジルたちが見てきたのは、少量のガラスを魔法の力によって質量を倍加し、更に緻密な術式魔法による計算や手先での純粋な技術によって、さながらクリスタルのような、透明で透き通る、光を浴びて綺麗に反射する美しい像を創作するショーだった。人の背丈を軽く超えた大きさのユニコーンが、薄暗闇の中で光に照らされ、まるでお伽噺の中から飛び出て来た幻想のように姿を現したのだ。

 

「あれだけのレベルとなると、魔法の技術も必要だけど、それ以上に美的感覚が優れているからできる芸当に違いないわ」

 

 リッカは先程のショーをそう褒め称える。

 彼女もカテゴリー5とはいえ、全ての魔法に精通しているわけではない。得意分野があれば、苦手分野、あるいは全く行使できない分野の魔法もある。更に言えば、リッカ自身にクリスタルアートのショーを見せてくれた職人のような美的センスがあるかといえば、もちろんノーである。

 リッカは紙袋の中から先程購入したクリスタルアートの作品を取り出した。四角い台座の上に乗っているのは、でこぼことした球体。よく見てみれば、それが地球であることが分かる。光を浴びて綺麗に輝く、透明色の地球儀。見ているだけで心が洗われるような気分になる。

 その時、リッカの懐で何かが音を立てる。それに気が付き、リッカは慌ててそれを取り出した。魔法による通信器具、通称シェルである。

 そしてそのシェルでの連絡が、洗われた心に再び暗い色を塗りつけるのだった。

 

「ええ、分かったわ。すぐ行く」

 

 シェルをぱたりと閉じて、大きく溜息を吐く。

 ジルとしても、この溜息の理由は簡単に察することができた。生徒会の仕事が入った、即ち、トラブルが発生したのである。そして、この場合のトラブルとは――

 

「もしかしなくても、杉並、くん……?」

 

「アイツも懲りないわね。今日こそ絶対にとっ捕まえてやるんだから!」

 

 暗く沈んだ表情が一転、リッカの瞳に憤怒の炎が宿る。

 あまりのリッカの気迫にジルは若干気圧されながらも、リッカの荷物を預かった後、彼女を仕事へと見送った。

 

「生徒会も大変だねぇ。清隆くんがどれだけ戦力になるかも見ものだよね!」

 

 ジルはリッカたちとは違い、生徒会役員ではない。つまり学園内の治安維持を表立って務める義務はなく、リッカに同行しなければならない理由もない。ただひたすら、杉並に関わりたくない気持ちだけがマッハで体中を駆け巡っていた。

 リッカが離れてすぐ、他人事であるかのようにそう呟いたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 通信での報告通り、投票及び当選者の発表があった講堂へとリッカはすぐに駆け付けた。

 既にそこには巴やシャルル、そしてシャルルの隣には、正式には生徒会に所属していない清隆もいた。

 

「みんな揃ってるわね。それにしても――」

 

 どうしても見たくもないものを視界に収めるというのは、生理的に吐き気を催す程の嫌悪感を身体に与える。

 まさしくリッカたちは、講堂のど真ん中にある、大きくて逞しい、それでいて全く持って意味不明のそれを見上げてそれを感じていたのだった。

 

「ハァーハッハッハッハッハァー!」

 

 高らかな笑い声、それはその巨大な何かのてっぺんから聞こえてくる。

 一同は目を凝らして声のする方向を見ると、そこに一人の男が、この時期やたらと大騒動を起こす面倒臭く胡散臭い男が立っていた。無論、杉並である。

 

「作戦決行の時間までに生徒会の主力全員をここに誘導できたことだけは褒めてやろう」

 

 だけは、のところを無駄に強調して、上から生徒会の面々を見下ろす杉並。

 その間、清隆は杉並の乗っているその巨大な何かを観察し、それが何かを把握しようとしていたのだが――

 

「折角のクリスマスなんでな、これを風見鶏のパーティー会場に寄付してやろうかと思ってな……」

 

 なにやらドヤ顔で意味深に微笑し。

 

「なに、礼はいらん。同志葛木が選挙で勝利してくれたおかげで随分稼がせてもらったんでな。これはその恩返しというものだ」

 

 これこそ杉並が清隆の選挙をサポートしていた最大の理由だった。

 生徒会役員選挙は毎年三回行われているが、新規である最初の一回目、つまりクリスマスパーティーと同タイミングで行われる選挙の裏では、誰が当選するかを競って金を賭ける、いわゆる賭博といわれるものが行われていたのだ。杉並も主催者(ホスト)参加者(プレイヤー)としてそれに加わり、清隆の行動を上手く誘導しつつ、確実に選挙に当選するように彼を動かしていたのだ。

 だがしかし、重要なのはそれではない。むしろ――

 

「その像は一体何なんだ!?」

 

 どうしても訊かずにはいられなかった問いを杉並に飛ばす。

 清隆としてもそれなりに特定の人物とパーティーを楽しんでいたところを邪魔されたのだから怒りのボルテージは高い。

 

「見てわからぬか?これはサンタクロースだ!」

 

 そんなはずはない。

 その巨大な何かの像は、サンタクロースらしく袋を持っているが、その反対の手には一般的にサンタが持っているとはされない小槌を以って、挙句米俵に乗っているのだ。これが本当のサンタクロースなら、シャルルはとっくに卒倒しているだろう。当の彼女はなんとか眩暈を堪えながら杉並を見据えていた。

 

「嘘吐け!それ、どう見ても大黒さんだろ!」

 

「ダイコクさん?」

 

 リッカは大黒さんのことを知らないようで、清隆の魂のシャウトに首を傾げる。

 大黒さん――日本の神様である大黒天のことであり、五穀豊穣の農業の神とされている、が。

 

「ふむ、その表現は正確じゃないな」

 

 清隆が慌ててリッカに補足した説明を、杉並にバッサリと切り捨てられる。

 杉並の言わんとすることも分からないでもない。大黒天は元々インドの神で、ヒンドゥー教のシヴァの化身であるマハー(『偉大なる』)カーラ(『暗黒』)が密教の伝来と共に日本に伝わり転じたものである。リッカはマハーカーラのことは知っているようだった。ただ目の前の謎の像とリッカの知るイメージとの大きな相違に違和感を感じているようだが。破壊を司る神が日本に来て福の神になるのだ。性格が反対なら印象が滅茶苦茶になるのも頷ける。

 

「その由緒正しい幸福の神様の像を寄付してやろうというのだ。メインのパーティー会場にな」

 

「バカ言うな!そんなのを飾られたら、折角のクリスマスが色々と台無しになるだろうが!」

 

 雰囲気とか雰囲気とか雰囲気とか。

 キリスト教の文化である祭なのに、唐突に日本神教やインド神教のアイテムを持ち出されても、その、リアクションに困る。

 

「そもそも台無しにするのが目的だ」

 

 そして、杉並は不意に瞳を閉じ――カッと見開いた。

 

「始めるぞ!我が同志よ!その手に持つ賽を投げるがいい!」

 

 ここにはいない誰かにそう叫び、同時に杉並も自身の懐からリモコンのようなものを取り出してスイッチを入れた。

 特に爆発や発光が起こったようには感じられなかったが、次の瞬間――

 

 ――ミシッ、ギギギギギ……

 

 モーターのような駆動音に続き、何かが動く動く音が会場を支配する。

 その音源は、紛れもなく目の前の大黒天像だった。その巨体が、突如ゆっくりと動き始めたのだ。気持ち悪い。

 

「さぁ我が同志、クー・フーリンよ、準備は整った!今こそその恩恵の力を振りかざし、クリスマスパーティーなどに現を抜かす生徒たちにとっておきのご利益をもたらしてやるのだ!」

 

 杉並の言葉から、途轍もない重要なキーワードを耳にしたような気がした。『八本槍』が一振り、最強の紅き槍、クー・フーリンが杉並の悪事に加担していると。

 しかし、もうリッカたちは騙されない。過去二年、彼は何度もクーを利用してトラブルを起こし続けてきたのだ。今回も恐らく事を大きくするためのハッタリ、ブラフの類であると。

 

「信じないのは勝手だ。だが、奴はこれと同じリモコンを俺以外の非公式新聞部の男から預かっているぞ?」

 

 杉並は余裕の面持ちで手に持っているリモコンを見せびらかした。

 もし杉並が言っていることが本当だとすれば、風見鶏の敷地内で、もう一体の謎兵器が大地に立って起動戦士していることになる。

 何にせよ、クーを見つけて事情を聴きだす必要があった。

 リッカは歯噛みして、他の生徒会役員に支持を飛ばす。

 

「巴と予科二年生はいつも通り杉並をお願い!シャルルと清隆はこの像を止めて!終わったら巴に合流して!」

 

 そしてリッカ自身は、クーの下へと駆けつける。

 その途中、見ただけで吐き気を催すような謎兵器を、リッカの魔法で片手間に吹き飛ばしてやった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 シャルルたちからは大黒天像を止めた連絡が入り、巴からはいつも通り杉並を見失ったと連絡が入る。巴にはすぐにクーを追い詰める手はずを整えさせて――

 

「ハッハッハ、『アイルランドの英雄』と呼ばれた貴様が尻尾を巻いて逃げるとはなぁ!」

 

「待ちなさいクー!今度こそあんたが杉並に関わっている決定的証拠をこの目で見たんだから!」

 

 桁外れの身体能力で高速起動をしながらクーとの距離を詰める巴と、高速移動術式魔法を駆使して移動速度を上げつつ巴と距離を開けつつ並走するリッカ。

 二人は容赦なくクーに向かって魔弾やらクナイやらを飛ばして猛攻撃を繰り広げていた。

 

「待つのはテメェらだろがクソッタレ!リモコンも押してねーし動く像なんて知らねーよ!」

 

「そんな嘘が通用すると思ったか!貴様の手に持つリモコンから反応は出ている。これ以上に真実を語る証拠はなかろう!」

 

 と反論する巴はこれ以上なく楽しそうである。彼女の場合リッカとは違い、治安維持など興味の欠片もないのだ。面白ければすべてよし。

 勿論クーは無実であるし、その事実には勘付いている。しかしそれを証明してわざわざこの面白い局面を失うわけにもいかないのだ。

 

「ふ、ふざけんな!テメェら既に殺す気満々だろ!?」

 

 二人の攻撃、特に巴の攻撃が確実に人体の弱点と呼ばれる場所を的確に突いてきていることがクーには分かった。並の人間なら、一撃貰っただけで即死が確定する攻撃である。それを全て回避しているのだからやはり『八本槍』――侮れない。

 しかしクー・フーリン、最強の称号を持つ男がこんな体たらくでいいのだろうか――逃げている自分にそう自問自答する。答えは――否。

 逃げるために全力疾走している足を素早く静止させ、前へと向かっていたエネルギーを利用して柔軟な足の筋肉をバネに、一気に反対方向へ――リッカたちへと向かって地面を蹴り出す。急な方向転換、まさかこちらに向かって飛び込んで来るなど予想もしなかったリッカは止まることができずに――

 

「おおおぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」

 

 雄叫びを上げながら突っ込んでくるクーに。

 完全に対応が遅れて。

 そのまま後ろに突き飛ばされて。

 気が付けば仰向けに倒れて、何かにのしかかられていた。

 

「っつつつ、……いったー……」

 

 頭部への衝撃と、背中へのダメージ。意識こそあるものの痛いものは痛い。何とか起き上がろうとして、リッカは自分の上に被さる何かを除けようとして、気付いた。

 自分の豊かな胸を掴む、人間の掌のような感触。そして小刻みに震えるその感触が布越しに胸へと伝わり、変な声が漏れそうになってしまう。そしてその手のような何かの正体が、他の何でもなく、ちょっと考えてみれば容易に想像がつく、そう、――クー・フーリンのだったということ。

 

「――っ!?」

 

「いてててて……ん?」

 

 その正体にリッカが気が付いてしまうのと同時に、クーの意識も回復する。

 そして、クーが手にしている妙に柔らかい感触が何なのか、再度掌の中で弄んでみて。

 

 ――ぽにょぽにょぽにょ。

 

 リッカは彼の殆ど無意識な行動に対し、羞恥と、怒りを感じ。

 

 

 

 地を揺るがすような大爆発と、何者かの悲鳴が地下の敷地内を木霊し、一人の男が三途の川をバタフライで全力で泳ぎ切りそうになったのだった。




次回から本題に入れる(確信)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。