深い霧の満ちた地上、とある巨大な建物から少し離れた位置で、各クラスのマスターが受け持つクラスの生徒の点呼を取るために集合を掛けている。
今回のミッションの目的地はここ、ナイツブリッジにある老舗、ハイドパークホテルである。大きく美しい外観を持つこの立派なホテルは、貴族や上流階級もよく使う由緒正しい場所である。
テロの実行犯からは犯行声明が出ているらしく、声明自体の信憑性に関しては調査中だが、次の通りである。
差出人は、マーガレット・ヒックマンを首謀者とするテロリストグループ、『ポラリス』。勿論マーガレット・ヒックマンなどと言う人物は実在せず、あくまでその時の代表者に与えられる偽名である。声明文にはホテルに爆弾を仕掛けてある旨、そして現首相に対する退陣の要求がされていたそうだ。
現在の労働党の首相を筆頭とした政権が魔法使いや魔法そのものに対して否定的と言われており、魔法使いをメンバーに含むテロ組織がそれを批判しての行為だろうが、それこそこれまでに努力を積み重ねてきた魔法使いの立場に更に泥を塗る結末となり得る。それだけは絶対にあってはならない。現在の社会の魔法使いに対する扱いは不遇なものであったが、それは今後の積み重ねでしっかりと信用信頼を勝ち取っていくものであり、凶行蛮行で無理矢理手に入れようとするものではない。最悪、黒歴史であるあの凄惨な事件、魔女狩りのようなことが再び起きてしまうかもしれないことも視野に入れないといけないものを。
犯人グループの捜索は有志の本科生が当たっている。予科生のすべきことは爆弾の早期発見であり、そこから先は王室付きの魔法使いで編成された専門の処理班が向かい対処することになっている。
実際の建物を目の前にして、予科生の生徒は不安を隠せずにおろおろしたりざわついたりしているようだが、リッカの確認できる範囲で、A組の清隆、そしてエトとサラは他の生徒と比べて案外落ち着いているようだった。
暫くして、生徒会長であり、今回の事件の解決を目的として編成された大規模なチームの総監督を務めるシャルル・マロースから、ハイドパークホテル内部及び周囲の人間の避難が無事完了した旨を告げられる。つまり、この時点で風見鶏の生徒が突入して爆弾操作に取り掛かる準備が完了したということである。
リッカは清隆に、A組のクラスメイト全員に号令をかけるように言い、清隆はそれに従って全員に中に入るように指示を出した。
ハイドパークホテルに接近する途中、ふと清隆は、ある人物が周囲にいないことに気が付く。
クー・フーリン。『八本槍』の一人であり、今回の事件の解決にも協力してくれる、一騎当千の助っ人である。彼の姿が周囲のどこにもなかった。
「ああ、彼なら先に本科生に交じって、と言うより一人で犯人確保に向かったわ。案外あっさり見つけてひっ捕らえてくるでしょうね」
あっけらかんと答えるリッカに、清隆は若干不安になる。いくらかなりの実力者でも、このハイドパークホテルの近くに犯人がいるとは言え、捜索範囲はかなり広大で、一人で探し出すのは非常に困難である。
「あの人も一応風見鶏の生徒なんですよね?」
「ええ、そうよ」
「えっと、あの人は『八本槍』に任命されるくらいの実力者ですけど、それはあくまで武術とか武芸とか、そう言った意味合いでの実力者であって、魔法の分野では特に凄いようには見えなかったんですが……」
清隆の言いたいことはリッカにも十分伝わった。
あの戦闘狂で、強そうな相手が現れればまず最初に槍の穂先を向けて挑発するような男は、戦闘分野では右に出る者はいない程秀でている。しかし風見鶏において、かつて彼が魔法を使ったところを目撃した者は存在せず、彼の魔法に関する実力を知る者は誰もいないのだ。
「そうね、あの人は魔法が使えないんじゃない、使わないのよ」
「え?」
清隆は意味が分からないという風に首を傾げる。魔法使いを目指す者を教育する機関に所属しておいて魔法を使わないというのは、清隆にとっては到底理解できないものであった。それなら何故この学園にいるのかという話になる。
「あの人はそもそも、自分の槍で世界を渡ってきたような奴だから、自分の槍の腕を何よりも信じるような奴なの。それこそ、魔法なんていらないなんて思う程に」
クー・フーリンがどのような男か、リッカは語る。
清隆にとって、あの強烈な印象を持つ男を語るリッカの表情がいつもより輝いていることに気が付いた。
「それでも彼は魔法が使えるの。私たちの使う魔法とは出自も系統も違う、彼の扱う魔法はルーン魔術と呼ばれるものなの。名前くらいは聞いたことがあるでしょ?」
「ええ、まぁ」
「彼がルーン魔術を本気で使えば、それこそ私たちの使う魔法なんてちっぽけなものになってしまうわ。それでも彼は魔法を使わなかった。たった一度を除いて」
リッカは、クーとの旅の中で、一度だけ彼がルーン魔術を行使する瞬間を目撃していた。
その恩恵で、たった一つの、消えかけた小さな命が一つ救われ、今でも元気で過ごしている。
「シャルルの弟、エト・マロースは、彼の魔法のおかげで生きているの」
「――っ!?」
リッカの言葉を聞いて、清隆は衝撃を受けた。
まず、決して誰にも見せようとはしなかった強大な魔法を、たった一度だけ教師のような存在であるリッカに見せたこと。そして、そのたった一回で、今では信頼できる友人の命を、過去に救っていたこと。それは噂話にあるような大胆不敵にして悪辣非道な『アイルランドの英雄』の姿ではなく、いつもエトが慕っている、強くて頼りがいのある、ただ一人のアニキの姿だった。
「俺たちは、とんでもなく凄い人にいつも守られてたんですね」
清隆は、あの大きくて逞しい背中を思い出しながら、クー・フーリンという一人の男の本当の偉大さを噛み締めていた。
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ハイドパークホテルから少し離れた位置にある高い建物の屋根の上、クー・フーリンは遠くを睨んで立ち尽くしていた。
その瞳に宿すのは憤怒の炎。まるで蓄積された感情が静かに爆発したかのような表情は、まさに『八本槍』の称号に相応しいものだった。
「さて、こちとら面倒なことが多過ぎてイラついてんだ。前にアデルのクソジジイが派手に暴れた分、俺様も派手にやらせてもらうぜ……!」
怒りを抑えるように深呼吸をして、そのまま目を細める。
不本意ながらも、自分のストレスを発散させるために、使いたくないものを使うことを決め、記憶の底から魔術に関する知識を引っ張り出す。
真紅の槍を左手に一旦持ち替え、空いた右手を前へと伸ばす。人差し指をぴんと伸ばし、そして空中にルーンの文字を刻んでいく。行使するルーン魔術は、索敵と気配遮断。
経験によって培われ、研ぎ澄まされた第六感が、自分の内から自分でも驚くほどのスピードで広がっていく感覚。幾つもの建物を、人を超えて探索範囲は広がっていく。リッカを筆頭とした魔法使いが固まっているのを探知して、作戦が実行されたことを理解する。それからしばらく待って、ついに別の場所でリッカたちとは別の大きな魔力の塊、リッカに比べれば赤子のようなものだが、集団で人を襲うには過剰戦力ではあった。
「――見つけたぜ」
再び槍を右手に持ち直し、しっかりとその感触を握り締める。
怒りを瞳に滾らせ、檻から解き放たれた飢えた猛獣は新たなる獲物に唇を歪ませ、舌なめずりをする。
全神経を足に集中させ、探知した方向へと地面を蹴って飛翔する。まるで羽のように軽やかで、鷹のように鋭い跳躍。人間離れした速度で空を駆けるその姿は紛うことなき弾丸。
血沸き肉躍るとはこのことか、全身が沸騰するような、体中を駆け巡る熱き鼓動に、戦士クー・フーリンはこの上ない快楽を感じた。
そして弾丸は、勢いを殺さず、狙った標的を、一寸のズレすら許さず撃ち抜いた。
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「時間みたいね。後三十秒でそれ、爆発するわ。さよならね」
ハイドパークホテルから数キロ離れた場所にある建物の一部屋、そこにマーガレット・ヒックマンはいた。
風見鶏の生徒、及び孤高のカトレア、リッカ・グリーンウッドが、テロリストの設置した爆弾の内、最も早い段階で爆発するものを発見した。その時を狙い、彼女たちに、勝者の余裕で声を聞かせてやることにしたのだった。
リッカ・グリーンウッドは即座に爆弾を止めることを要求したが、こちらから手を出せない分、既に操作はできない。すなわちホテル側にいる人間が何かしらの干渉を爆弾に施さない限り爆発を阻止することはできないのだ。それに、今回使用した爆弾は、ホテルに泊まる人々に悪夢を見せ、そこで発生した恐怖や不安といった『想い』を魔力として物理的な力に変換して蓄積、圧縮して爆薬代わりとしているのだ。
そのため夢や眠りに関する魔法使いでなければ爆発の阻止どころか魔力を辿ることによる爆弾の探知もほぼ不可能であり、現状の風見鶏においてはそんな生徒が存在する可能性は極めて低かった。
運よく発見されたものの、向こうには阻止する手段はない。このまま上手く行けば爆弾は爆発、ハイドパークホテルと言う、貴族や上流階級がよく利用する建物を破壊することで魔法使いの恐ろしさを現政権の無能たちに思い知らせることができる。
カテゴリー5との対話を終え、計画が確実に成功したことを実感する。
これまでにどれだけ魔法使いが苦労してきただろうか。涙を呑んできただろうか。恐怖し絶望しただろうか。魔法使いの苦しみを、愚かな人間どもに思い知らせてやる。
勝利に酔い、緊張から解れる五感に、強烈な衝撃と爆発音が襲う。
一瞬だけ視界に入ったのは、紅の弾丸だった。
「な、何だ……!?」
テロリストグループ、『ポラリス』のメンバーにも動揺が走る。
まさか計画が成功する直前に身を隠すのに採用した建物も、魔法で気配遮断をし、更に防護魔法もかけておいたはずなのに、あっさりと侵入を許してしまった。
煙の中から一つの人影が見える。その人影が握っている一振りの棒切れ。影からでも分かる。圧倒的なプレッシャーと恐怖。マーガレット・ヒックマンは、その正体に戦慄した。
「な、何であんたが……っ、こんなところにっ……!?」
砂埃は晴れる。同時に、怒りに滾る紅蓮の双眸が、視線で射殺さんとばかりに身を貫いているのを実感した。
『アイルランドの英雄』にして『八本槍』、天下無双の槍の戦士、クー・フーリン。
「テロリスト如きにわざわざエントランスから上がってくるような礼儀も作法もいらねぇよなぁ……」
低く、重厚な第一声。
その一言だけで、テロ組織のメンバーは慄いて一歩後ずさる。そこにあるのは、死の恐怖を具現化したような存在だった。『八本槍』に目をつけられるとどうなるか、知らないものはこの中にはいない。彼らは、最悪の人間を敵に回したのだ。
「さぁて、テメェら、神様には祈ったか?神の愛とやらを授かったか?死にたい奴から一列に並べ、握手会で昇天させてやるよ!」
腰を落とし、槍を構える。それだけで放たれる重圧。首謀者であるマーガレットは恐怖に体を震わせた。
「お、お前ら!やれ!こいつを殺した奴に最大の報酬を与える!」
グループのリーダーが喉から声を絞り指示を飛ばす。自らもワンドを握り、攻撃魔法を展開し始めた。
一瞬にして、周囲からは攻撃魔法の弾幕に晒される。しかし戦士は全く動じない。それどころか口角を吊り上げて不敵に笑った。
腰の高さは一切変えず、上体の捻りと腕から先の柔軟性だけで槍を前後左右縦横無尽に振り回す。闇雲に振るわれているわけでは決してない。飛んでくる凶器を全て視界に収めて把握し、最も無駄のない軌道で確実に魔力の塊を打ち落としていく。
まさに圧巻。クーの槍の射程範囲から内側に、絶対に攻撃が届かない。まるでその半球の外側にバリアが張られているかのように。
完全な消耗戦と思われた。クーの体力が切れるか、テロリスト側の魔力が底をつくか。多勢に無勢、頭数を考えれば明らかにクーの方が不利に見えた。
しかし、戦闘狂は、その戦局を、常識を覆す。
「どわぁっ!?」
「ぐぁあっ……!」
所々から断末魔が聞こえ始める。彼らは、彼らの飛ばす魔力をその体に受けて吹き飛ばされていた。勿論、その魔力の持ち主はクーではなく。
「こいつ、マジかよ……!?」
最早理不尽、そう見て取ったマーガレットは目の前の鬼神に震え上がる。
なんと、これまで打ち落としていた魔力弾を、今度はご丁寧に飛ばした相手に打ち返していたのだ。人間には到底会得できない芸当、神業ともいえる境地。『八本槍』が規格外であることは分かっていたが、本当の意味でその恐ろしさを理解していなかった。
弾幕の真ん中にいる鬼神の笑みはずっと崩れないままでいる。すなわち、ここまで魔力弾の嵐に晒されていようと、未だに余裕を保っているということである。これでも、その実力のほんの片鱗しか見せていないということか。『八本槍』の底とは一体どこなのか。計り知れない奈落の底を覗いた時、闇の奥から伸びた手に引きずり込まれる恐怖と絶望。
彼らは最初から間違っていた。王国に対して反旗を翻すことは、一個師団ですら紙屑のように扱うような化け物の集団を相手にすることと等しいということを計算に入れていなかった。
「……完全に、測り違えていたというのか」
ふと気が付いてみれば、先程まで弾幕に晒されたいた所に、クーがいなくなっていた。弾幕の相手をするのに飽きてしまったのか、余裕のままに抜け出してしまっていたのだ。
敵の姿が見えない。近づいてくる仲間の悲鳴と断末魔。死の気配が少しずつ迫ってきている。
――チェックメイト、だ。
楽しそうな声が耳に届いた瞬間、マーガレット・ヒックマンの意識は白く反転しプツリと途切れた。
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犯人グループが、『八本槍』の人間の単独行動で蹂躙され、あっけなくその男により捕縛されている間、ハイドパークホテルの方でも動きはあった。
魔法型の爆弾を通じての、テロ組織のトップと思われるマーガレット・ヒックマンとの会話が途切れた後、リッカは爆発寸前の爆弾を急いで外に飛ばすように指示を出した。ホテル内で爆発させるより外で爆発させた方が被害が少ないというリッカの判断だった。
しかし、被害が出ないのではなく、少なくなるだけである。この部屋の窓に面しているのはハイドパークと呼ばれる公園であり、避難場所の一つとして設定されている。例え爆弾を外に放り出して上空で爆発させるとは言え、その破片や爆風などで怪我をする人は出てくるだろう。
清隆はリッカの提案を一蹴し、爆弾を抱え込んでベッドに横たわる。
「清隆!?」
突然の清隆の行動にリッカが動揺する。
その時リッカは忘れていた。何故葛木清隆がカテゴリー4なのか。そしてそのカテゴリー4であるところの清隆が得意とする魔法の分野は何だったか。
清隆の中に生まれるたった一つの勝算。それは清隆自身が夢を扱う魔法使いとして最高峰の存在であるということ。つまり、相手が夢を扱う分野の魔法を使う以上、清隆より格下ということである。そして、この爆弾は、悪夢を爆薬として利用している。
「だったらすることは一つしかないだろ……」
覚悟を決めたように呟く清隆。
全神経を集中して魔法型爆弾に干渉するその目的は――爆弾内の悪夢の全吸収。
悪夢が爆薬であるのなら、その悪夢を爆弾から抜き取ってしまえばいい。そして、夢を操る清隆なら、当然悪夢だろうと制御することができる。そして、目前にまで迫る最悪の結末を、回避することができる。
清隆は、爆弾諸共眠りに就いたのだった。
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エトとサラは、基本的にAクラスのメンバーの捜索範囲が重複しないようにそれぞれに指示を出し、最初にして最も危険な爆弾を発見した清隆の情報を頼りに、別の爆弾の捜索及び撤去に取り掛かっていた。つい先ほども、クラスの人間から合計三つの爆弾を発見、早急に爆発物処理班に対応を要請したところである。
「実際にいくつか発見はしましたが……」
「そもそも合計でいくつかあるか分からないから、効率は悪いね。結局は人海戦術が頼りだ……」
弱音を吐きつつも、二人は歩くことを止めない。変わらない強気な歩調で次の部屋へと突入する。
もう幾度となく見てきた部屋のデザインにそろそろ飽きが回りつつも、部屋に設置された二つのベッドを一人ずつ調べる。
「あ、ありました!」
サラの方から聞こえる発見の声。ほんの少しだが、不安と焦りで声が震えていた。
急いでサラの下へと駆けつけ、一旦ベッドの下から顔を出したサラに確認を取り、エトは自分のシェルをポケットから取り出す。
すかさず番号を打ち、まずは処理班へ、続いてクラスマスターであるリッカにも連絡を送った。
『ああ、エト?頑張ってるじゃない、A組で発見したのはこれで九個目よ。お手柄じゃない』
頼もしいクラスマスターの声が、どうにも息切れしているようではっきりと聞き取れない。エトはリッカたちの方でも何事かあったことを察する。
『ちょっと清隆が、ね。もうMVPは決まったようなものかもしれないわ』
リッカが言うには、清隆は爆弾の爆発を回避するために身を犠牲にしたこと、そして爆弾にため込まれた悪夢を吸収して、それこそ何百人分もの悪夢を同時に受け入れ、その悪夢に苛まれ続けていたこと、そのお蔭で爆弾の爆発は無事に回避、同時に事前に知らせてくれた清隆の情報で爆弾の仕組みを処理班に通達することができたこと、それだけのことを彼は成し遂げたらしい。
そのことをエトはサラに伝える。
サラは目を丸くして、妙に優秀なクラスメイトの、更にとんでもない行動に驚いた。
「清隆って、本当にただの見習い魔法使いなんですかね……」
「さぁ……」
ふと外の様子が気になったサラが、窓から外を見下ろす。そこには、あまり一般的には知れ渡ってはいないものの、魔法使いならば誰もが知っているような男の姿を見かけたような気がした。
魔法考古学を専門とする一族にして、その一族の現当主にして『八本槍』、アデル・アレクサンダー。
人ごみに紛れていたのでその姿を目にしたような気がするのは一瞬だった。もしかしたら見間違いかもしれないと思ったのだが。
「今の、アレクサンダー卿……?」
いてもおかしくはないのだが、いるのであれば何故協力の意志を見せないのかが分からない。
サラはその人物が本当にアデルだったのか、そして本当に彼だったのなら、何故こんなところで油を売っているのか、どうにも疑問しか浮かばなかった。
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一人も殺さずに全員を捕縛して外へと引っ張り出したクーは、もう一度現場の確認を行うために建物内へと侵入を試みる。
恐らくは本当に隠れ家程度にしか考えていなかったのだろう、長い間使われていないと思われる故障した家具や電化製品には埃が積もっていた。
「ったく、カビ臭ぇな」
文句を言いながらも建物内はくまなく調査をする。テロリストを相手に大立ち回りをしたのだから、例えば他のテロ組織との繋がりを匂わせるような物品はないか、その他危険物のチェックなどをするための調査はしっかりと行わなくてはならない。あくまで王室直属の騎士『八本槍』なのだから、そこら辺の責任云々の話はアデルを筆頭とした様々な人に耳に胼胝ができるほど聞かされている。今更サボって説教をされるのもうんざりだった。
内部を調査するものの、本当に魔法使いの地位絡みの、衝動的な犯行だったのか、他とのコネをちらつかせるようなものもなく、その他危険な物体もないようだった。
これだけすれば文句はないだろうと、階段を下りてエントランスへと向かおうとした瞬間だった。
――轟!
強烈な閃光と、耳を一瞬で駄目にする程の甲高いノイズ、次に襲ったのは轟音と共に崩落する巨大な瓦礫。
クーが建物内にいる間に、大爆発が起きたのだ。
「――ックソッタレ!」
古くなった建物で足場が不安定なうえに、ここは階段である。立ち回りができないこともないが、爆発による揺れが大きいためにバランスを立て直すのもままならない。
一瞬にして視界は黒に染まる。そしてついに、一階部分どころか、建物全体が崩壊、中に人間を一人残したまま建物は瓦礫の山と化した。
読者の皆様の誰一人としてクーが死んだなんて思ってる人はいないと思う。