満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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画力チート(意味深)


ビラを作ろう

 

 

 今回の事件――風見鶏の≪女王の鐘≫の依頼に、『八本槍』のアデル・アレクサンダーが介入、過剰戦力で解決をした件については、実際に彼からの報告書と始末書で、厳重注意のみの軽い処遇となった。

 一方、その≪女王の鐘≫自体は、事件の詳細は学生には説明せず、その状況を目の当たりにしたリッカ・清隆・姫乃のグループが脱獄犯であるアンドリュー・ギャリオット氏を確保、無事にしかる場所へと引き渡したことになっている。真実を知る者は、リッカと清隆、姫乃、クー、サラ、そしてエトのみである。

 サラとエトには、クーから簡単に説明を受けており、実際に目では見ていないものの、他言無用を約束して事の詳細を知るに至った。

 

「……『八本槍』って、裏ではああいうことも平気でやったりするの?」

 

 怒りと、疑いの込められた視線がクーを射貫く。清隆と姫乃はともかく、魔法使いの血の滲むような努力を知るリッカが、一般人と魔法使いの共存する世界を創り上げている最中にその裏で平然と命のやり取りがされている現場を目撃してしまったのだ。まして、その当事者が、旧友と同じ『八本槍』の一人ときた。

 

「バカ言え、んなことしねーよ」

 

 苛立ちと共に、吐き捨てるように言う。

 自分の気に入らないものを破ってきたこの槍が、今回その相手に振るわれることなく終わったことが非常に腹立たしく、悔しかった。

 

「アレクサンダー卿があんな人だったっていう訳?」

 

「奴だって本当ならあそこまで落ちぶれた奴じゃなかったはずだ。大方、あいつの言い分からすれば俺が女王陛下の傍で『八本槍』をしてることに痺れを切らしたんだろ」

 

 (はらわた)には、煮えくり返るようなどす黒い感情がせめぎ合っている。が、それをぶちまけるところはここではないことは理解していた。

 いくら性格が野性的で、好戦的で戦闘狂だったとしても、冷静さに欠けたことはない。だからこその『八本槍』なのだ。

 それなのにあの男は、黒いものを遂にぶちまけた。――まるで、突然何かに憑りつかれたかのように。

 

「……まぁ、いいわ。みんなには悪いけど、このことは誰にも言わないで。風見鶏の生徒になったばかりのみんなに、不安は与えたくないから」

 

 リッカが放ったその科白は、彼女自身もそれを言うのに躊躇っていたようだ。

 それこそ、地下の魔法学園へと繋がるこのエスカレーターの中には、事情を知る全員が揃っている。清隆、姫乃、サラ、エト――全員が既に、裏で起きた惨劇を知っているのだから。

 当然、彼らはみんな、不安と恐怖に沈黙を守り続けている。その中でも最も落ち着いていたエトでさえ、どこか強がっているように、リッカは見えた。

 

「まぁこれでアデルの野郎も他の連中に、特に騎士王様には目をつけられただろうし、下手な動きは取れないだろ。また同じことをやらかすとは思えん」

 

「そう……よね」

 

 不安を押し隠して、自分に言い聞かせるようにリッカは呟いた。

 そして学園の校舎の前まで来た時、一行は一人の男に呼び止められる。

 

「ご苦労であったな、リッカ・グリーンウッド」

 

 その男は、普段女王陛下の傍にいる男にして、謎の組織、非公式新聞部に属する本科生の青年――杉並。

 いつもは胡散臭い笑みを浮かべているのだが、今回に限っては、いつも女王陛下の傍にいる時と同じような、引き締まった真剣みのある表情。

 やはり先程の一件は王室からしても警戒するに足る一件だったのだろう。杉並は謝罪の言葉をリッカに送った。

 

「それと、例の選挙の件だが、とりあえずは葛木清隆の生徒会選挙当選を目的として、全面的にサポートさせてもらおう。基本的に多忙かもしれんが、融通を利かせるくらいはできよう」

 

 話が変わり、杉並の表情にはいつもの不敵な笑みが戻ってきた。杉並らしい、悪い意味でミステリアスな雰囲気が杉並を覆う。(相変わらず)掴みどころのない男――それがここにいる全員、初対面であるサラやエトも含めた全員が抱いた共通認識であった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「選挙活動においてもっとも重要なのは……チラシだ!」

 

 早朝の教室、他のクラスの生徒もほとんどいない中で、予科1年A組の教室に高らかな声が響き渡った。

 姫野と清隆を除くA組生徒が全員呼び出され、彼らのいない間に必要な話をあらかじめしておき、清隆たちの登場で杉並曰く通常モードにシフトしたらしい。そしてその時の第一声がこれであった。

 

「ビラ、フライヤー、折込チラシ、いろんな表現があるとは思うが、要するに広報活動だ」

 

 恐ろしく知名度の低い清隆がまずしなければならないのは、間違いなく葛木清隆の名を知ってもらうことだろう。しかしあまりにも当然な答えが返ってきたことに、クラスメイトからは不安の声が上がってきていた。その中で、サラが次のように批判している。

 広報活動と言うのは確かに大事なことではあるが、それは選挙の本質とは言えない。名前を知ってもらうというのは、誰が事前に立候補するかは事前に生徒たちに知らされているため、名前そのものは選挙に関心のある者には既に知れ渡っているのだ。

 立候補者の魅力、その人物が当選した際のメリットなどを広く告知しないといけないわけで、この広報活動はそのための方法論に過ぎない。

 そこで、サラの主張を一通り聞いた杉並は、それを一旦肯定して、サラにこう切り返す。

 

「では訊くが、クリサリス……貴様の考える、葛木の魅力とは何だ?」

 

「……へ?」

 

 サラは最初口ごもり、清隆の方をちらちらと見ては俯くが、少しして杉並を見上げ、こう返した。

 

「清隆の魅力は、天井知らずのお人よし加減だと思います」

 

 このサラの一言で、清隆の広報活動に際して、その人の好さを全面的に押し出す方針で進めていくことに決定、この日は土曜であり、午後の授業はなく、杉並の指示でビラ作成のための時間として利用することとなった。

 杉並が教室に現れた時、その手には大量の紙束が抱えられてあった。それを教壇の上に置いた時の大きな音に、クラスメイト全員が杉並に注目を集める。

 今回ビラをつくるに際して、とりあえず全員に清隆の似顔絵を描いてもらう。イラストとして手作り感を出すことが重要らしく、清隆は渋々、全員にその顔がはっきりと見えるように教壇へと向かった。席を離れる際、姫乃が不安そうな顔でこちらを見たのに気が付いたが、きっと大丈夫だろう。その目は自己保身の目だった。何に危機感を抱いているかはこの際言わないでおきたい。途中で目が合ったエトも似たような表情をしているが問題ない。

 その時教室の扉が開き、既にこの風見鶏で知らないものはいない男――クー・フーリンが登場した。

 

「こんなところで何してるかと思えば、テメェもご苦労なことだなぁ」

 

 杉並の姿を見つけた彼は、対面早々皮肉にものを言う。

 エリザベスの傍らにいる、恐らく忠臣の男なはずが、こんなところで油を売っているのだ。阿呆らしく思うのも無理はない。

 最も、この杉並と言う男の思考が人間の尺度で測れるような常識的な男ならば、クー自身はもちろん、生徒会は苦労していない。その話は今度ということにしておいてもらいたいが。

 

「なに、これでも俺は風見鶏の生徒だ。規則に反しない限り何をしようと俺の勝手だろう、『アイルランドの英雄』よ」

 

 誰もが畏敬の念を抱く『八本槍』を相手にこの言いよう、流石女王陛下の傍らで万事をこなす実力者である。武芸や魔法においては、その実力を知る者はいない。無論彼らよりも上どころか最底辺だという可能性もあり得るが。

 クーは彼の言葉を無視し、教室の奥、後ろの壁に寄りかかってイラストを黙々と描き続ける生徒たちを見渡す。

 それぞれがたまに向ける視線の先に立っているのは、立候補者の葛木清隆。彼とは特にこれと言ったかかわりはないが、リッカやジルと同様なお人好し加減が見え隠れしている割に、彼女たちと比べて圧倒的に自分を客観的に見る力に欠けている。誰かの為に行動するのは人としての美徳なのかもしれないが、自分を中心に据えた考えを持つ彼からすれば、清隆の在り方は酷くアンバランスに見えた。

 

「……まぁクラスマスターにリッカもいるし、エトや妹だっている。大したことにはならねぇだろ」

 

 お人好しは他人に好かれる傾向がある。清隆もその例外ではなく、仲間や友達と呼べる人も少なくない。仲間内で支え合うとかして乗り越えてくれるだろうと楽観視を決めることにしたのだった。

 ある程度時間が経過した後、杉並の指示で全員の手が止まる。杉並はいったん全員のイラストを見て回り、そしてこれだと思ったものをピックアップしてクラスメイトに公表することにした。

 そして真っ先に選ばれたのは、事もあろうか姫乃であった。その時彼女は思い出す――この世界は、残酷なのだと。

 辞退の意思も杉並に一蹴され、覚悟を決めて公表することに同意した姫乃だったのだが。

 

「こっ、これはっ!?」

 

「酷い、あまりにも酷過ぎます……」

 

 耕助、姫乃がそれぞれ驚愕を示す。他のクラスメイトも例外なく彼女の絵を見て唖然としていた。

 葛木姫乃――運動も魔法も座学もそつなくこなす彼女に唯一欠落した能力、それが画力であった。単に下手と言うだけならまだましなものだが、彼女の描くそれは見た者を絶望の淵に叩き込み、モデルとなった者に強烈な精神的ショックを与える恐るべきセンスを持ち合わせてしまっていたのだ。

 

「……久々に見たけど、これは酷い」

 

 自分の妹が描いたものであったが、いや、そうであったからこそ、彼女の短所を知っていてなお彼女の絵にはショックを受けた。

 既に清隆ではない、人型のようで明らかにその構図を間違えた、清隆であったはずのもの、彼女の紙片には、カオスが広がっていた。その酷さは、常時冷静沈着のサラでさえ動揺するレベルである。

 

「ま、まさか、姫乃ちゃんの目には清隆がこんな感じに見えてる……とか?」

 

「絵が下手な人間に会ったことは今までに何度か会いましたが、ここまで酷いのは初めてですね」

 

「……こいつは『歩く禁呪(フォビドゥン・ゴブレット)』に見せれば何かしらの禁呪が構築できるんじゃないか?恐怖とか、絶望とか、そう言った方面で」

 

 あちこちから出てくる評価は酷評ばかり、流石のクーですらその絵を二度見して話を変な方向に持っていこうとするくらいに落ち着きがなくなっていた。

 

「皆さん、酷いです……」

 

「酷いのはお前だ、姫乃」

 

 姫乃の呟きに、清隆は冷静にピシャリと突っ込んだ。姫乃が責められることに、こればかりは擁護できる人はいない。

 そしてこのクラスにもう一人、壊滅的な画力を持つ人間がいるのだが――

 

 次に公表されたサラの絵は、デフォルメされた清隆が可愛らしく描かれており、普段のサラからは感じられないほんわかとした雰囲気に満ちていた。

 それとは逆に、一応耕助の召使いで四季の絵は、写真と見紛うほどに写実的でまさしく清隆をそのまま紙に落とし込んだようだった。

 しかし四季に言わせれば、彼女の絵は上手いというより、写実的にしか描けないということだった。人間そっくりに作られた精巧な人形ではあるが、人間のようにインプットされた映像を抽象化して捉えることができないようである。だから、姫乃のようなあらゆる意味で高次元な絵を描くことができない。

 杉並は彼女の絵を、逆に写真でいいのではという指摘が来るのを危惧し、敢えてチョイスはしなかったが、その技術は使えると判断したようだ。

 そして――

 

「次、エト・マロース!」

 

「ひっ……!?」

 

 名前を呼ばれたエトの顔から血の気が引く。真っ青になりながらも小さな声で返事をし、怯えながらも杉並の方へ首を向ける。まるで殺される前の人質のような表情だった。

 姫乃の件もあるため、引き下がることはできないことは理解していた。抵抗することもなくその絵が衆目に晒され――

 

「どういう……ことだ……?」

 

「まるで意味が分からんぞ……」

 

「何これぇ……」

 

 教室が暗黒に支配される。恐ろしい程の悪の波動を放出しているのは紛れもなくエトの絵だった。その絵を見た者の反応は一様に、無。驚くことも、恐れることも、疑問を抱くこともままならないその絵には、異次元の扉を開いてしまいそうな程の何かがあった。

 

「なぁ、エト、一つだけ聞いていいか?」

 

「な、何でしょう……?」

 

「テメェが描いたのは、本当に人類……いや、この世界の物質か……?」

 

 クーの目には、どうやら彼の絵がこの世界の理を超越してしまった何かに見えてしまったらしい。それこそ、姫乃のそれを遥かに凌駕した化け物(モンスター)

 そしてそれは、あろうことかまだ完成していないのだ。用紙の上半分辺りでイラストの線は切れており、半分は白紙の状態である。それがまた悍ましさを増幅させているようにも思えた。

 

「ハーッハッハッハッハ!これは素晴らしい!まさかここまで見る者の心を恐怖で支配させる絵があるとは!この杉並、この生涯の最大の神秘に迫った気分だ!」

 

 高らかに笑う杉並は、笑顔にしては冷や汗を流しながら少し歪ませており、彼女の絵の放つ悪の波動に耐えきっているようにも見えた。

 

「インパクトは十分、いや、これに勝るインパクトを持つ絵などこの世界に二度と存在しないだろう!そう、天上天下において無双、崩壊を超えた何か、非公式新聞部を設立してまで追い求めたもののヒントがこの絵にはきっとある!」

 

 この男は早く何とかしないといけない。

 杉並がこのエトの絵をプッシュしようとしたが、そんなことをすれば清隆が間違いなく落選してしまうというサラの熱弁によって何とか回避された。もしかしたら本当にあの絵で清隆が当選してしまっていたかもしれない。恐怖政治的な意味で。

 

「エトくんの絵、私が言うのも何ですが、圧倒的に酷いですね……」

 

「お前が言うなとは一応言っておくが、姫乃、お前の言いたいことには賛同を禁じ得ないぞ……」

 

 エトの才能(?)の下位互換のそれを持つ姫乃もこのリアクションである。清隆の言う通り、お前が言うな状態ではあるが。

 エトがシュンとしているのを、サラは遠くから何とも言えない表情で、公表された絵と視線を行き来させながら見つめていた。サラ自身は気が付いてないが、色々な意味で本日一番サラの心が動かされた瞬間であった。

 結局、エトの絵は魔法による簡単な封印が施されることになる。

 杉並は全員の描いた絵の内、葛木清隆のキャラクターを特徴的に捉えて描いている半分を選択して一枚の上に縮小して並べる手法を取った。清隆のクラスメイトの、清隆の印象を死角イメージとしてダイレクトに全校生徒に伝えるという彼のアイデアは理に適っていると言えた。無論、姫乃とエトは高次元過ぎて除外である。

 そしてその際にも用いるのが四季の模写技術で、見たものをそのまま再現できるのであれば、他人の抽象化されたイラストを縮小して模写し、一枚の絵に並べることでビラをつくることができると判断したのだ。

 

 ちなみにこの後、姫乃とエトの間には、強烈なネガティブオーラを放つ奇妙な絆が生まれたという。

 エトをとりあえず励まそうとエトの下へと近寄ろうとしたサラが、それのせいで近寄れなかったと、後々清隆に報告している。




姫乃とエトのイラストSUGEEEEEE(錯乱)

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