満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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ちょっと長くなりました。
いや、本来は毎回このくらいの文量で投稿するのがベストなんでしょうけれども。
ちょっと調子に乗っただけです。


平和の裏に潜むのは

 

 

 時間も少しずつ流れ、ようやく今月は十二月。遂に今年もこの時期がやって来た。そう――

 

 ――生徒会役員選挙である。

 

 大規模ながら、年に三回開催されるこの行事は、風見鶏の生徒の間でも大変注目されるものであった。

 というのも、以前にも説明したとは思うが、本格的に魔法使いとして社会的に活動する前の育成期間である王立ロンドン魔法学園の生徒である内に、風見鶏で生徒会役員を務めるということがどれだけ名誉なことか、国際的に魔法使いとして活躍を望む者たちの間で知らないものはいない程のものなのだ。

 例えそれぞれに立候補する意思がなかろうと、今回どのような生徒が役員に立候補するのか、そしてその者が本当に風見鶏生徒会に相応しいかどうか、自身の目でしかと確かめることは、彼ら魔法使いにとって十分有意義なことであるのだ。

 そして今回、生徒会役員として立候補したのは次の三名である。

 

 予科1年A組、葛木清隆。

 

 予科1年B組、メアリー・ホームズ。

 

 予科1年C組、イアン・セルウェイ。

 

 それぞれのクラスの間で考えてみれば、彼らが出馬するのはある意味で必然だったと言える。以前のグニルックのクラスマッチで、クラス内で最も活躍したのはこの三名であり、同時に、クラス内で最も影響力のある人物とも言えた。

 A組においては、衰退しかけているとはいえ立派な貴族の一門であるクリサリスの息女、サラ・クリサリスが出馬するという声もあったようだが、彼女にはそのつもりはなかったらしい。また、姉が生徒会長を務めているエト・マロースも、何かの思惑があるのか、それとも自信がないのか、理由のところは定かではないが、今回は出馬する清隆を全面的にサポートし応援に徹するらしい。

 三名の名をこうして並べてみると、誰もがすぐに気が付く事実があった。それは、A組の候補者である、葛木清隆の名前が、他の二人と比べてイギリスでは浸透していないということであった。

 ホームズ家もセルウェイ家も、それなりに由緒正しい魔法使いの一族であり、同時にこちらイギリスでは、魔法使いの間ではそれなりに有名であり、その出自であるところのメアリーとイアンは、廊下を歩けばたくさんの人に振り向かれるような人間である。

 一方で、極東の国である日本からやって来た葛木清隆は、日本では有名所である魔法使いの一門、葛木家の出自を持つが、当然こちらイギリスではほとんど浸透していない。知っているのは魔法使いの間でも多くの情報を握っている王室の人間やそれらの人間に関わりを持つカテゴリーの高い魔法使い、そして清隆と同じように日本から出てきた魔法使いくらいのものである。

 葛木清隆の名は、ネームバリューの時点で他の二人と比べて圧倒的に弱く、この生徒会選挙において、完全な不利が約束されてしまったのだ。

 

 

 さて、こちら風見鶏の学園長室兼生徒会室では、現生徒会長であるシャルル・マロースと五条院巴が今回の生徒会選挙のことについてあれこれと雑談を交わしていた。

 どちらも既にシャルルの弟が生徒会役員に立候補しないことは承知しており、半分残念に、そしてもう半分はこれからの活躍に期待する所存である。

 

「エトが立候補しないのはお姉ちゃんとしては少し残念だけど、清隆くんを応援するって言ってたし、リッカと清隆くんには頑張ってもらわないとねー」

 

 立候補者の資料を眺めながら、シャルルはそう感想を述べる。

 一度選挙の険しい道のりを歩んできた者の言葉は、なかなかの重みがあり、巴もシャルルの気持ちに察しがついた。

 

「名が薄いことなら私も経験済みだぞ。私の時なんかはリッカとはクラスが同じだったから対立することはなかったものの、片やそのカテゴリー5であり孤高のカトレアの友人にしてサンタクロースのステータス持ち、もう片方はリッカ程のステータスはなかったが、カテゴリー3の魔法使いにして、パーシー家とアレクサンダー家の両方にコネクションのある一族の魔法使いだったよ。その時はシャルルが勝って、入学当初にどこぞの英雄様と喧嘩したことで私も悪名高くなったんだろう、良くも悪くもその時の悪名が活躍して、後のない三回目でようやく通ったものだが」

 

 五条院巴も、日本から出てきた魔法使いであり、清隆同様、五条院家もイギリスではほとんど知られていない家柄だった。しかしそのハンデを乗り越えて、今ここに生徒会役員として立っている。巴も、清隆とは幼馴染であり、彼には他の二人といい勝負をしてもらいたいところだった。

 

「ジャパニーズってのは謙虚だが爆発力がある。葛木だって例外じゃないだろうよ。あのガキはきっと派手にやってくれるだろうぜ」

 

 さっきまで寝ていたのか、椅子の上で横にしていた上体を持ち上げて、クー・フーリンは話に参加する。謙虚の話辺りで巴に皮肉な視線を送って見せた。

 入学当初、唐突にクナイを投げつけられ、その日の放課後に刃を交えた相手だ。彼から見れば巴に謙虚と言う言葉は似合わないだろう。

 

「それでもやっぱり、クラスマスターとしてはうちのホームズさんを勝たせてあげたいところだけど」

 

「セルウェイ君は、あの高飛車なところが仇にならなければいいのだが……」

 

 常にハイテンションで、無鉄砲と言う言葉がお似合いなメアリーと、高慢で、自分より下と分かれば見下し、格上であれば媚びるようなイアン。どちらも実力者ではあるが、残念ながら問題児であった。

 その時、ここにいる誰もが既に聞き慣れてしまったあの音が、クー・フーリンの耳に入ってくる。

 

 ――カーン、カーン。

 

≪女王の鐘≫。風見鶏を運営しているイギリス王室が、所属している予知能力の魔法使いによって事件や事故を事前に察知し、風見鶏の学生の実力で対処できると判断されれば彼らに重要な任務と共に、生徒一人一人に活躍の場を与えるイベントが始まる合図。

 複数の所属で任務を受け持つことになる人間のために、それぞれの集団で少しずつ鐘の音が異なってくる。リッカ・グリーンウッドはカテゴリー5としての個人依頼、本科1年A組としての依頼、そして予科1年A組のクラスマスターとしての以来と三通りあるのと同様に、クーもまた、本科1年A組としての依頼と、予科1年A組のクラスマスターであるリッカのサポーターとしての依頼の二通りに分かれる。今回は後者であった。ちなみに『八本槍』としての任務には≪女王の鐘≫が関わってくることはない。

 

「あー、リッカの呼び出しだ。面倒臭ぇがサボるともっと面倒になりそうだからちょっと行ってくるわ」

 

 壁に立てかけてあった、長槍一本程度が収まりそうな細長い筒状のバッグを背中に抱えてだるそうに挨拶する。

 一旦振り向いた時、巴が余計なことを言いそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「リッカのサポートだけに飽き足らず予科生の活躍の場まで奪ってくれるなよ?」

 

 実際に余計なことを言ってしまっていた。

 

「うっせ。俺様だってあいつと同じ立派な年寄りだ。ガキの面倒を見ることこそすれ、成長の場を奪うわけにはいかんよ」

 

「無理しないようにねー」

 

 シャルルの間の抜けた声を背中に受けて、槍の戦士は部屋を去った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「んで、何かと思えばコソ泥探しねぇ……」

 

 Aクラスのメンバーを引き連れて地上に上がり、彼らの前で色々説明しているところに遅れてやってきたクーは、後から説明を大方聞いてそう呟いた。

 

「仕方ないわ。そもそも≪女王の鐘≫の決定権は優勝した私たちのクラスにあるのだし、杉並が清隆の選挙のサポートをする条件らしいけど……とにかく文句言わずに手伝ってよね」

 

 今回の≪女王の鐘≫は、あらかじめ提示されてある三つの依頼から、各クラスが一つずつ選んで遂行するというものであった。優先順位はグニルックのクラスマッチでの順位で決まり、優勝したリッカたちAクラスが最初に選ぶ権利を与えられている。

 しかし、Aクラスは先に依頼内容を聞くこともせず、たった一人の懇願によってこの依頼を受注することのなったのだ。

 最早おなじみ、葛木清隆である。

 彼は以前、自分の選挙に対する不利を理解した上で、リッカから杉並を紹介され、密かに会いに行っていたのだ。実はこの男、一応は風見鶏の生徒として所属しているのだが、非公式新聞部なる部員数、活動目的、活動拠点その他一切が不明である謎の組織の中心人物であり、とんでもない問題児なのだが、今は省略させてもらう。

 それで、清隆は、そんな杉並から選挙活動のサポートをするための条件として、ある暗号を解読し実行することを提示した。その暗号こそが、次の通りである。

 

『薔薇に頼み事をされたなら、鼻にソーセージをつけてやれ』

 

 まるで理解できなかった清隆は、これを無理矢理入部させられた探偵部のメンバーであるメアリー、エドワード、耕助とその従者である四季に相談したところ、彼らの推理が見事に炸裂してある一つの結論に達することができたのだ。

 まず初めに、暗号の中でキーワードとなり得るのが『薔薇』。薔薇――すなわちチューダーローズは、英国王室を示すものである。つまり、『薔薇に頼み事』とは、英国王室からの依頼、≪女王の鐘≫のことを示していることになる。

 続いては『鼻』、そして『ソーセージ』。これは、四季がその重要なヒントを見つけてくれたのだが、シャルル・ペローの童話、『愚かな願い』にこの二つのキーワードが出現するのだ。

 願い事を三つ叶えてもらえることになった樵の夫婦の話なのだが、最初の願いで、夫が何となく呟いた『ソーセージ』が欲しい、が叶えられてしまい、下らないことに願いを一つ消費してしまったことに妻が激怒し、あまりに彼女がうるさくて、つい、妻の『鼻』に『ソーセージ』ををぶら下げてしまえ、と言ってしまったのが叶えられてしまう。そして最後に哀れな姿に成り果てた妻を元に戻すために、三つ目の願いを使ってしまうというのが詳細である。

 つまり、『鼻にソーセージ』がつけられたのは二つ目の願いであり、『鼻にソーセージをつけてやれ』というのは、三つあるうちの二つ目の願いを聞き入れること、という解釈が得られる。

 そしてこの二つの解釈を融合させると、次のようになるのだ。

 

『≪女王の鐘≫で三つの依頼が提示された時、その中で二つ目の依頼を受けろ』

 

 この答えに行きついた清隆は、早速今日の≪女王の鐘≫の依頼で、内容を聞くこともなく二つ目の依頼を受注することになったのだ。

 その内容は、ロンドン市内に潜む脱獄班を確保すること。特殊刑務所に服役中だった魔法使いが昨日脱獄に成功し、ロンドン市内に潜伏しているという。

 とは言え今回のターゲットはほんの少し魔法をかじった程度の魔法使いで、それこそリッカどころか、魔法だけで言えばイアン・セルウェイの足元にも及ばない。

 しかし、中世の魔女狩り以降、魔法使いの地位は決して高くなく、その存在をより良いものとするために奮闘している風見鶏にとって、このような凶行は断固阻止すべきなのだ。

 生徒たちは軽く怖がってはいるが、依頼を受けてしまった以上遂行する以外選択肢はない。そんな彼らを、クーはリッカの説明を聞きながら眺めていた。

 

「他の『八本槍』が出しゃばらなければいいがな……」

 

「確かこの辺りの管轄はアレクサンダー卿だったっけ?」

 

「まぁな。アレはどうにも俺を毛嫌いしてるから、邪魔立てするようなら叩っ斬るだけだが」

 

「ダメよ。同じ『八本槍』なんでしょ。仲良くしろとまでは言えないけど、下手な干渉は避けるべきだとは思うけど」

 

 何となくクーの事情を察しているようではあるが、リッカはクーにそう忠告した。

 クーは、向こうから突っかかってるんだからどうしようもないだろ、と反論しそうになったが、今ここで言い争うのも時間の無駄だと思い、ぐっと飲み込む。

『八本槍』のメンバーは、騎士王ことアルトリア・パーシー以外は基本的に自由奔放に行動している。今でこそ地上に蔓延する謎の霧について調査中ではあるが、四六時中かかりっきりになるわけでもない。王室も彼らのことは放任しているのだが、最悪こう言った時に遭遇しかねないのは考え物ではある。

 

「とにかく、基本的にはスリーマンセルで行動だから、あなたはエトとサラのところについてあげて。私は清隆と姫乃と行動するから」

 

「了解」

 

 クーは特に渋ることなく承諾、リッカから離れて待機している生徒の群れへと向かった。

 接近してくる『八本槍』に対し、恐れをなしながら道を開ける生徒たち。その、まるで小さなモーゼの海割りのような光景の中で、一人だけリアクションの違う少年がいた。無論、エトである。

 

「あ、お兄さん、来てたんだ!」

 

 天下の『八本槍』に対してこのタメ口である。この二人でなければ、確実に厳罰が下されるような重罪だった。そのような、誰にもできないようなことを平然とやってのける彼に、痺れて憧れる人がもしかすればいるかもしれない。

 

「おいエト、今はあくまでパブリックだ。表面だけでも繕っとかねぇと後々面倒になる」

 

「そ……そうですね、申し訳ありませんでした」

 

 クーの面倒臭そうな態度を見て取り、エトは態度を改める。

 そしてそのあとすぐ、リッカの号令と共に各自解散、それぞれ捜査に移るのだった。

 クー・フーリンとエト・マロース、そしてサラ・クリサリスのスリーマンセル。傍から見ればかなり異様な光景である。

 身近にいる『八本槍』のプレッシャーに白く滑らかな肌をチリチリと焼かれながら、サラは怯えた眼差しでクーの躯体を見上げていた。

 

「え、えとっ……!サ、サラ・クリサリスですっ!ご指導ご鞭撻の程、よ、よろしくお願いしましゅっ!?」

 

 ガチガチに緊張しながらも必死に喉から絞り出した挨拶は、努力空しく最後の最後に舌を噛んでしまった。

 女王陛下の懐刀どころか最終兵器を相手に無礼をはたらいてしまったと、涙目であわあわと慌てるサラ。彼女も、さくら程ではないにしろ小柄で華奢である。クーはこういう少女に割と本気で怖がられてしまうようだ。ましてサラは生真面目であり、何より貴族としての礼節を重んじる少女である。既に首を飛ばされる覚悟でも決めていそうな絶望っぷりだった。

 

「いーよ別に。そんなことにいちいちムキになってたらこの土地はとうの昔に更地だっつーの。今の俺は『八本槍』でも『アイルランドの英雄』でもなく、リッカ・グリーンウッドの補助係で、せいぜい『風見鶏のアニキ』くらいが丁度いい扱いだ。もっと力抜きな」

 

「は、はいぃ……」

 

 死刑執行が回避されたのを安堵したのか、力なく地面にへたり込むサラを、苦笑いしながらエトが支えて立たせてやる。

 相変わらずサラは泣きそうだが、少しは緊張が解れたようだ。

 

「ほれ、さっさと行くぞ」

 

 サラのリアクションに、居た堪れなくなって彼女たちに背を向け歩き始める。無論、方針も定めていないのでどこに向かうか自分でも分かっていない。

 エトはサラの手を取って、ふらつく彼女を引っ張るように後を追った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「エトの知り合いには、あんな凄い人がいたんですね」

 

 衣服の上からでも分かる、剛堅にして柔軟な肉体を持った長身の男から少し離れた後ろで、エトとサラは並んで歩いていた。

 その男こそ紛れもない『八本槍』の一人、クー・フーリンであり、その武芸の実力は推して測ることすら愚かに思える程規格外である。こんな人物が、クラスメイトで数少ない気が許せる相手の知り合いにいただなど、サラからすればもはや都市伝説以上の何かであった。しかし現に、一瞬だが仲良さげに話していたのを目撃してしまった。

 

「小さい頃に、助けてもらったんだよ」

 

 その時の経緯を、エトはサラに話す。

 不治の病で寝込んでいた時、突如来訪した三人組の旅人。一人は壮健な体つきをした青年。槍の先端を剥き出しにしたまま現れたので最も印象深かった。そしてその側に控えるように佇む金糸のような長髪の美少女と、明るい橙色のショートヘアのそばかすが可愛らしい少女。

 エトの病に気が付き、生きる覚悟を、諦めない決意をエトを含め、少女二人に問い質す男。

 生きられるのなら、姉が笑って過ごせるのなら、どんなことだってしてみせる――風に煽られる灯火は、死を直前にして激しく燃え轟いた。

 諦めないことで未来を死から奪い返したエトは、そのきっかけを与えてくれた男のようになりたいと、強くなりたいと願って、一から鍛えてもらうことを志願した。

 体力もない、サンタクロースとしての力は姉が引き継ぎ、魔法の才能も大したことがなかった少年は、それでも諦めることなく足掻き続けた。それは一重に、姉や旅人の少女たち、そして何よりも男の優しさを知っていたからだった。

 

「今のエトを見ても、あまり信じられない話です」

 

 聞き手だった小柄の少女はそう感想を返す。サラがエトとよく話すきっかけとなった時に、魔法の才能だけはあるあのイアン・セルウェイを、瞬きをしている間に地に伏せてしまった男だ。昔話の彼とは全く正反対なのだから無理もない。

 

「でもきっと、エトはあの人の下で血の滲むような努力をしたんですね。……怖そうな人ですし」

 

 最後の一言は、聞き耳を立てられることを警戒したのか、耳を澄まさないと隣でも聞こえないような小さな声でひっそりと呟いた。どうせ前でのんびり歩いている男は全部聞いているだろうが。

 その時、サラとエト、二人の所持するシェルに、テキストが届いた知らせが入る。国有鉄道の各駅に生徒を配置、鉄道でのロンドンからの脱出を阻んだ上で、清隆一行はロンドン港に向かって水路での脱出を調査してみるとのことであった。

 

「向こうでは調査が進んでるみたいだね」

 

「私たちは全く活躍してないのでちょっと残念ですけど」

 

 割とあっさりと事件が解決してしまいそうで安心と共に何だか拍子抜けな気がしてしまう二人だった。

 それから三人は、とりあえず港へと向かった清隆一行に合流しようと移動する。その途中、クーのシェルが制服のポケットの中でけたたましく鳴り響いた。突如聞こえてきた大きな音にエトたちは吃驚するが、クーは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 この音が鳴った場合、その連絡元で何かしらの緊急要件が発生したことになる。

 

「畜生、何があったかは知らねぇが……。テメェら、急ぐからしっかり捕まってろ」

 

 そう言うなり有無を言わせず二人をそれぞれ脇に抱えて最も近い建物の屋根の上に跳躍する。そのまま屋根の上を飛翔するようにリッカたちの下へと駆け抜けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一度離れたところで二人を下ろし、様子を見るために一度一人でロンドン港に近づく。

 聞こえてきたのは明らかに何か大きな争いが勃発しているような爆発音と破砕音。聞こえてくるのはぽつぽつとだが、威力の高い装備を使っての攻撃が行われているのは確実だった。

 視界の開けるところで槍を構えて立ち止まると、そこには、想像していた通りの人物が想像していた人物と共に、想像していた通りの表情で佇んでいた。

 アデル・アレクサンダー。そして傍らにいる金色の鎧を身に纏う青年。高所から大地を見下ろすその先には、一人の男が、豪華な装飾の施された武具に滅多刺しにされていた。

 その男こそ今回A組が≪女王の鐘≫の依頼として捜索していた脱獄犯、アンドリュー・ギャリオットその者であり、以前の風見鶏のグニルッククラスマッチの時の対テロリスト戦で見た光景から考えれば、彼を酷い恰好にしたのは彼だと簡単に想像できた。

 

「誰かと思えば、貴様か野蛮人」

 

「どっちが野蛮人だ。予科のガキ共で十分に片の付く相手に対して問答無用でこの様かよ。天下の『八本槍』様が聞いて呆れるぜ」

 

 醜いものを見る目で見下すアデルに対し、半ば怒りながら言葉を投げ返すクー。状況は最早一触即発である。

 

「フン、『八本槍』であるからこそ、魔法使いの誇りと誓いの下、女王陛下の悲願に盾突く逆賊に天誅を下したまでだ」

 

 アデル・アレクサンダーの言い分はご尤もである。魔法使いの不法行為が魔法使いの地位と信頼をどれだけ低下させるか、クーも理解している。

 理解しているが、同時に物事には限度があるということもまた理解していた。

 

「今回は少し出力の調整を誤ったようだ。始末書及び報告書は遅滞なく提出する。その者の処理はそちらに任せる。風見鶏の予科生でも十分に始末できる相手なのだろう」

 

 見え透いた嘘。本来ならば厳罰に処される大罪だが、埒外な存在である『八本槍』が女王陛下の名の下に行使した行為は、建前がしっかりしていればある程度は許容されてしまう。

 クー・フーリンは『八本槍』ではあるが、今回は予科1年A組のクラスマスターであるリッカ・グリーンウッドの補助としての行動である。アデル・アレクサンダーとここで対峙するための、確固とした理由は存在しない。ここで無謀に動くことこそ、リッカの友人であるエリザベスに迷惑をかける行為だった。

 

「クソッタレが……」

 

 立場なんぞに翻弄されるとは自分も焼きが回ったかと、悔しさに歯噛みする。『八本槍』でなければ、直接的にも間接的にもエリザベスとの関わりがなければ、極論、リッカたちと慣れ合うことがなければ、真っ先に飛び出して彼らの心臓を一突きするつもりだった。

 

「覚悟しておけ英雄。女王陛下を、英国を破滅へと導く貴様は、この私が直接制裁を加えてやる。どんな手を使ってでも貴様をこの英国から追放してみせる。覚悟しておけ……」

 

 蛇をも殺すような視線でクーに睨みつけられていたアデルは、そう言い残してコートを翻して踵を返す。そのまま建物の影に消えていった。

 彼の言葉に眉を顰めながらも、とりあえずは事件の収拾が先決、一度リッカを呼び出して合流し、緊急病院への搬送の準備と応急手当てを済ませる。清隆たちには一旦ウエストミンスター宮殿の前に集合しておくように指示し、医療班と共に駆けつけてきた、本来なら犯人確保後の仲介人であったはずの杉並に重傷の脱獄犯を受け渡す。

 深い霧の中、人払いの結界の中で行われた『八本槍』による一方的蹂躙によって、予科1年A組の最初の依頼は終了したのだった。




シリアス()を書いてると楽しい。
もっとコメディテイストにしたいのだけれど、ここからしばらくはシリアス()交じりで進行するかも。クリスマスパーティーとかは明るく行くつもりだけども。

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