満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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ちょっと原作主人公にスポットを当ててみた。
格上相手にビビりまくる清隆マジで可愛いです。


葛木清隆という男

 

 

「じゃ、今日はここまでにしておくか」

 

 同じ寝台に、男女が隣り合って横になっている。片方は風見鶏の予科生の制服を着込んだ東洋の少年、葛木清隆。もう一人はウエストミンスター宮殿の前で保護した記憶喪失の金髪少女。

 状況だけを見ると色々と危ないことが起こっているようにも見えないこともないが、これはれっきとした魔法的行為であり、さくらの失った記憶を、清隆の魔法で探っていたところであった。

 清隆の得意な魔法は主に眠りに関する魔法である。対象を催眠にかけることで寝苦しさを感じることなく快適な眠りへと誘うこともできれば、眠っている相手をすっきりと気怠さを残すことなく起こすことも可能である。

 それだけではない。葛木清隆の魔法の真骨頂はここからで、なんと他人が寝ている間に、睡眠中の人間が見ている夢に侵入し、そこで起きている事象を観測することができるのだ。条件が揃っていれば、そこから更に夢の中の登場人物に干渉することも可能であり、そう言った能力を利用して、日本にいた頃は夢見のカウンセリングのようなもので相手の忘れ物や思い出したいこと、悩みや不安の原因を取り除く、またはそのための鍵を指摘してあげることで魔法を役立てていた。

 今回はその夢見の魔法をさくらにかけており、さくらに関するあらゆる情報、または記憶を失うに至ったその過程のヒントを得ようとしていたのだった。

 結果からいえば、失敗、とも言えないことはないが、精神同調というものは回を繰り返す度に制度が上がっていくものである。これからも継続することで何かしらの手掛かりを得られる可能性も無きにしも非ず、である。

 

「お疲れ様、清隆くん」

 

「まだ上手く見えないみたいね、その様子じゃ」

 

 清隆に声をかけるのはジルとリッカ。清隆とさくらによる夢見のカウンセリングの最中にトラブルが発生した時のために傍で様子を見ていたのだ。

 清隆とさくらはベッドから上半身を起こして互いに目くばせをし、それからリッカたちに向き直る。なかなか進展しない調査にリッカも苦笑いを浮かべているようだった。

 

「清隆がここまでやってもダメか。暫くは進まなさそうね」

 

 リッカとジルは、清隆がどういう人物か知っている。

 カテゴリー4の魔法使い、日本において魔法使いの間では有名である葛木家の息女、葛木姫乃の義兄にしてお守り役。清隆自身は、彼が風見鶏に来た理由を、姫乃のお目付け役として、としか言わなかったが恐らく何か裏がある、本当の目的が別にあるとリッカは睨んでいるのだが。当人である姫乃が、清隆がカテゴリー4の魔法使いであることは知らず、知っているのは学園長であるエリザベス、そしてリッカ、ジル、そしてクー・フーリンのみである(『八本槍』全員が知っているのは言うまでもないことである)。

 ともあれ、実力の観点で言えば、風見鶏の生徒の中で最も近くでリッカの背中を追う人物であり、こと眠りの魔法に関してはリッカやジルですら清隆に勝ることはできない、そんな彼でも、さくらから失われた記憶を引き出すのに苦戦しているのだから、長期戦を覚悟しなければいけないことに溜息を吐くばかりであった。

 

「さくらの方は、調子はどう?」

 

「体の方は問題ないよ。でもやっぱり、自分が何者なのか、どうしてここにいるのかは、やっぱり何も思い出せないなー」

 

 もうこのリアクションにも慣れてしまったのだが、自分のアイデンティティを根底から崩しかねない状況で、あっけらかんとそう言ってのけるさくらに、誰もが驚くと同時に彼女から元気とやる気を貰えているような気も、また、していた。

 もしかすれば、誰もが不安と恐怖に怯えるであろうこの瞬間にも、次の一言で、彼女はこうして気持ちを切り替えるのだった。

 

「ねぇ、清隆、これから時間ある?何かして遊ぼうよ!」

 

 いつものこと。天真爛漫な笑みを浮かべて清隆を浮かべるその姿は、本当に迷子なのか怪しくなってしまう程溌剌としていた。

 現在、時刻にして午後七時を回ったところ。まだまだ寝るには早い時間だが、清隆にも付き合いというものがある。妹である姫乃のことはもちろん、クラスメイトの耕助、エト、それからグニルックのクラスマッチが終わってしばらくした時に、唐突にメアリー・ホームズに誘われて何となく入部した探偵部のメンバー、メアリーとエドワード・ワトスン。生徒会のリッカ・グリーンウッドとは生徒と教師のような関係で、シャルル・マロースには入学当初に道案内をしてくれたことが切欠で何かとお世話になっている。五条院巴とは、幼少の頃からの知り合いで、あまり知られたくはないものの、意地悪ながら姉のような存在だったようにも思える。こう並べてみて改めて実感するが、清隆自身、魔法使いの中でも顔が広い方なのだ。

 

「もう遅いし、ちょっとだけな」

 

「うん!そうと決まれば、ラウンジへゴー!」

 

 寝台から飛び上がって立ち上がったさくらはそのまま清隆の制服の袖を掴んで引っ張る。躍動するさくらに引っ張られた清隆はバランスを崩して転びそうになるものの、何とか立ち上がってついていく。そんな二人の後を追いかけて、リッカとジルも部屋を出た。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 学生寮の廊下を、ラウンジへと歩いていると、偶然にもリッカたちのよく知る人物と遭遇することとなった。

 細長い円筒状の荷物を背負ってこちらに向かってくるのは、風見鶏でもアニキとして親しまれている『八本槍』の一人、クー・フーリンのはずだったのだが。

 

「おっ、珍しく帰って来たと思ったら、勢揃いじゃねーか」

 

 リッカは頭を抱え、ジルは苦笑する。清隆は呆気にとられてさくらはそんな清隆の背中に隠れながらも目の前の包帯男を見つめる。

 そう、包帯で顔面をぐるぐる巻きにされていたのだ。反応こそ違ったものの、全員が一致してこう思う。どうしてそうなった。

 

「クーさんこそ、久しぶりに寮に帰って来たと思ったら、何でそんな重傷の怪我人みたいな格好してるのかな……」

 

「騎士王様の訓練に付き合ってたら、あいつの全力全開の流れ弾を食らっちまった」

 

 円筒状の荷物をくいっと背中の位置で持ち上げて、彼はそう返答する。恐らくあの中には彼の相棒であるところの紅い槍が入っているのだろう。こんなところでその穂先を光らせて歩くのも物騒ではある。

 

「騎士王様も一緒にいらっしゃったんだ」

 

 ふと、遠いどこかへと尊敬の眼差しを飛ばすリッカ。カテゴリー5とは言え、やはり『八本槍』を纏め上げる麗しの女騎士には、最大限の尊敬をしているようだ。騎士と魔法使い、立場こそ違うものの、どちらもその頂点に立つ者同士である。

 

「どうにもジェームス――『八本槍』の一人なんだが――俺とそいつとの仕合に触発されたらしくてな、剣筋が鈍らないようにって俺を呼んだんだそうだ」

 

 そしてそれ以降、特に仕事や用事もないため、怪我の手当てをアルトリアが満足するまでやらせ、さっさと帰路に着いて帰って来たのだとか。

 そして、一緒にいた清隆とさくらに視線を向ける。さくらは一瞬びくりとするが、それでも逃げようと思う程怖がってもいないらしい。

 

「えっと、たしか葛木だったか、久しいな」

 

「いえ、お疲れ様です」

 

『八本槍』と会話をするのもこれで二度目、周囲に畏敬の念を示されている『八本槍』と話すだけで本来は恐悦至極なことであり、おいそれとできることではない。これも生徒会長の弟であり、クー・フーリンの愛弟子であるエト・マロースのおかげである。

 リッカとジルは何事もないような自然体で話し込んでいるものの、清隆にとって彼から放たれるプレッシャーは尋常ではなかった。うなじを冷や汗が通り過ぎるのを感じる。

 

「そんなに緊張すんなよ、葛木。大層な名前で呼ばれようと、魔法使い様から見れば俺なんぞそこら辺のゴロツキと何も変わんねーよ」

 

 そう言う彼は、事実上風見鶏本科一年の、王立ロンドン魔法学園の生徒であり、清隆の先輩にあたる。

 一応清隆としても、風見鶏ではあまり目立たないように立ち回るつもりであるし、何よりこの男をゴロツキ扱いしていたら間違いなく――――コロサレル。

 何故リッカやジルが、彼と行動を共にしてきたのか、その接点が全く分からない清隆だった。

 

「っつーか、さくらも怖がる必要ねーだろ。これで何度目だよ」

 

 清隆の背中に隠れる金髪ショートヘアの少女に、髪を掻き乱しながら呟く。

 そのリアクションに、さくらはますます警戒心を強くしてしまうのだが、当のクーにはそれが分からない。

 

「何か……したんですか?」

 

 恐る恐る、頭の中で慎重に言葉を選びながら問いかける。

 心の中ではこう思っている――次の瞬間死んでたらどうしよう。

 クー・フーリンが実際にやったことはほんの一握りにも満たないが、それでも『アイルランドの英雄』としての噂話は清隆の耳にもしっかり届いていた。最早認識は魔王である。

 

「別に何もしてねーよ。多分あれだ。ガキっつーのは無邪気なもんだから、相手が危険だと何となく察してしまうんだろ。野生の勘っつーか何つーか」

 

 起こることも、不機嫌になることもなく、魔王は困った表情で答えた。

 以前エトと共に彼の部屋に訪れた時もそうだったが、この男は必要以上に警戒し恐れる必要はないのかもしれない――ほんの少しのやり取りでそう実感する清隆。

 

「これからどっかに出かけるんだろ。さっさと行っちまえ。俺は疲れたからシャワー浴びてさっさと寝る」

 

 ラウンジ、すなわちエントランスへと向かう廊下を歩いているのを見てそう思ったのだろう、すれ違い様に清隆の背中に隠れるさくらの髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でてそう言った。

 

「暗いから気をつけろよー」

 

 背中越しに右手をひらひらと振って男子寮の方向へと消えてしまった。

 清隆にとっては、緊張から解放されたと同時に、どっと疲れが圧し掛かってきたようにも感じた。

 

「どうにも、巴さん以上に疲れそうな人だな……」

 

「ま、清隆にはあまり縁のない人でしょうけどね」

 

 清隆の不安を募らせた一言に、リッカは心配ないと言わんばかりにそう答える。

 一行はさくらの遊び相手をするために気持ちを一新させ、ラウンジへと向かった。

 

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「あ、リッカさんにジルさん、それから清隆も!」

 

「おーっす清隆、ってリッカさんまで……」

 

 ラウンジに向かってみれば、そこには先にエトと耕助が来ていた。夕食の前に軽く雑談を交わしていたところなのだろう。

 

「ちょっと江戸川耕助くん、まで、と言うのはどういうことかしら?」

 

「あぁあぁいえっ、ちょっと清隆と現れるのは予想外だったかなってだけでっ!」

 

 リッカの意地悪な笑みで聞かれる意地悪な質問に、耕助は必要以上に動揺して答えてみせた。耕助にとっては特に大した意味はなかったのに、ここまで慌てられると何かを隠していると勘ぐられても仕方がない。現にエトに慌て過ぎだと指摘された。

 

「えっと、清隆の後ろにいる女の子は?」

 

 今度ばかりはエトから身を隠しているつもりはさくらにはなかった。エトの言葉にさくらは清隆の隣に出る。

 

「ああ、ちょっと訳ありでな。さくらって言ってな、記憶喪失の迷子で、風見鶏で保護してるんだ」

 

 その後簡単な説明を少しして、耕助とエトは納得する。

 自己紹介も互いに交わして、ようやくさくらの遊び――絵描きしりとりが始まった。

 

「ん~、こんな感じかな」

 

 ジルが画用紙をひっくり返して、みんなに絵が見えるように広げた。

 そこに描かれていたのは、『こ』で始まる言葉と言うことで、『小鳥』。決して上手とは言えないが、特徴をしっかりと捉えた分かりやすいイラストとなっている。

 次に順番が回ってくるのはエトだった。

 エトは『り』から始まるもので、何を描こうか考えて、画用紙と見つめる。そしてペンをとって簡単にイラストを描き始める。

 暫くして広げた画用紙には、なかなかユーモアのある得体のしれない何かが描かれていた。

 

「それ……何だ?」

 

 清隆が首を傾げてそう聞くと。

 

「え、何って、『リス』だけど」

 

 顔を紅くしながらエトはそう答えた。

 

「えー、全然リスに見えないよー!」

 

 さくらがエトの絵を指差して笑い転げる。

 子供の無邪気な心から飛び出るストレートな言葉にエトは更に羞恥する。

 

「さくらちゃんったら、ひどいなぁ……」

 

「そのリス、今度シャルルに見せてあげようかしら。きっと彼女も喜ぶに違いないわ!」

 

 相変わらず意地悪な笑みを浮かべてそんなことを言うリッカ。

 エトはリッカの言葉に耳まで真っ赤にしてしまった。

 

「ちょ、なんてこと言ってるんですか!?お姉ちゃんも僕の絵を見て笑うに決まってるじゃないですか!」

 

 咄嗟に自分の描いたリスらしき絵を背中に隠して抵抗する。

 その挙動に、場はどっと沸いた。

 そんな、穏やかで、賑やかな光景を、一人の少女が寂しそうに遠くで見つめていた。

 

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 後日談ではあるのだが、ある日清隆は、部屋に来た姫乃にこんなことを言ってみた。

 

「なぁ姫乃。ちょっとこの紙にリスの絵を描いてみてくれないか?」

 

 そう言って紙とペンを手渡そうとすると、姫乃は先日のエトと同じように顔を真っ赤にして怒り始めた。

 

「なんですか!?兄さんは私が絵が下手なのを知って、更に辱めるつもりですか!?そんな意地悪なことをする兄さんは嫌いです!」

 

 そう言うなり、ぷりぷりしながら部屋を出て行ってしまった。

 去り際に部屋のドアを力任せに閉められ、大きな音を立てる。姫乃の全身の怒りが込められたその音に清隆はビクリとするのだが。

 

「やったな姫乃。仲間が増えるぞ……」

 

 これからどうやって姫乃を懐柔――宥めようか考えながら、シェルでとある人物に連絡を取るのだった。




大体世界観もキャラクターも粗方書き終えたし、そろそろ内容に入ってもいいかな。
ちょっとストックがそろそろ危ういので、書き溜めに時間を回すためにもしかすれば次回の更新遅れるかもしれないです。

早くクライマックス書きたい(せっかち)

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