満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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原作に突入してからというもの、どうもコメディ分が不足しているような気がしないでもない。というかコメディなシーン描写って意外と難しい。今までシリアス調で書いてたからかなぁ?


桜、さくら、小さな花は

 

 今、風見鶏の生徒会室兼学園長室にて、桜の木の枝を握った、金髪ショートヘアの少女が、同じく金髪の、腰まで綺麗に伸びているロングヘアを持ったカテゴリー5の制服の裾を掴んで、その背中に隠れながら、真紅の瞳と、深みのある青の髪を持った、通称『アイルランドの英雄』にして風見鶏のアニキ、そして『八本槍』の一人でもある槍使い、クー・フーリンを、半分好奇心、もう半分は恐怖心を抱えて見つめていた。

 片や十代ににも満たないくらいの幼い背丈の少女と、片や身長も高く、強壮な肉体を持った戦士である。その気になれば、少女の身体なぞ、一捻りで潰してしまうだろう。

 

「とは言っても、ここまで露骨に怖がられるとなァ」

 

 椅子に腰をかけながら、リッカの腰に隠れる少女を眺めてどうしようもなく呟く。

 クーの気持ちを察してか、同席していたジルがクーの隣に立って苦笑いする。

 クーにしても、別に子供に好かれたいわけでも、この少女に特別な思い入れがあるわけでもないが、何となくこの少女にこういう態度を取られると気まずい気がしてならないのだ。その容姿がどことなくリッカに似ていることも理由にあるのかもしれない。

 クーがアルトリアの用事――パーシー家の所有する大きな図書館の書籍の整理を終えた後(建前は例の霧の魔法に関する資料の捜索だが、結局は雑用の一部を押し付けられたに過ぎない)、風見鶏に戻ってみると、例の少女がいたのだ。

 どうやらクーが地上でエリザベスを中心に会議を進めていた時、リッカが、彼女の受け持つクラスの生徒である葛木清隆を連れ出してお遣いをしていたところに遭遇したようだ。

 リッカの話によると、どうやら記憶喪失なようで、自分が何者なのか、どこから来たのか、さっぱり思い出せないと言う。唯一の手がかりは、その手に握った一本の桜の木の枝で、とりあえずはこの少女を便宜上、この桜にあやかって、さくら、と呼ぶことにしたのだ。

 

「ちょっと強引にでも行ってみるとするか」

 

 のっそりと立ち上がったクーは、おもむろにリッカの方に歩み寄るや否や、腰から顔を半分だけ出しているさくらの腕を掴んで引っ張る。

 あまりに唐突な事だったのでリッカも反応できなかった。と言うより、する気がなかったのかもしれない。リッカは、クーがなんだかんだで面倒見がいいことを、エトの前例もあったことでよく知っている。

 

「にゃにゃにゃっ!?」

 

 突然引っ張られたさくらは驚きの声を上げながらなすがままにされ、バランスを崩す。

 倒れかけたところを、足を掬われて宙に掲げ挙げられる。そしてそのまま体勢を立て直させて、さくらの両足がクーの首を挟む様な格好となった。所謂肩車と言うやつである。

 

「クーさんすごーい」

 

 一瞬のうちにひょいとさくらを肩車するクーを見て、ジルはふと感嘆の声を上げる。

 一方リッカは両手を腰に当てて、どこか満足そうに微笑んでいた。

 さくらは自分が何をされたのかようやく理解したようで、いつもより高い視線であることに目を見開いて爛々と輝かせた。

 

「うわー、高いたかーい!」

 

 見た目通りの、幼い子供が見せる無邪気な反応に、リッカの心がほっこりする。

 リッカにとっても、彼女が何だかただの他人とは思えなかったのだ。だからエリザベス学園長に一旦シェルで話を通して、風見鶏で保護することに許可を貰ってある。

 エリザベスから下される勅令、≪女王の鐘≫による依頼に、葛木清隆を助手として傍において地上に出た時に、ウエストミンスター宮殿前で見つけた小柄な少女。髪の色も、瞳の色も同じで、どこか運命めいたものを感じさせた。その時にどのような会話をしたのかは、今でもはっきりと、復唱できるくらいに覚えている。

 そんな彼女と同じくらいにリッカとジルが注目したのは、彼女を便宜上、さくらと呼ぶことになったその由来である桜の枝、これが、タダモノではないことが一目で分かった。

 どれくらいの大きさの木からできた枝なのかは分からないが、いずれにせよその枝がどこからか養分やエネルギーを吸収しているわけでもない。にも拘らず、その可憐な薄紅色の花弁は、一枚たりとも散ることなく、その枝に強く結ばれているのだ。

 そう、ここに、リッカとジルの追い求める理想の一つ、永遠に枯れない花を咲かせる、その完成系が転がり込んできたのだ。

 もしかすれば、二人の研究もこれを機に一気に完成へと歩を進めることができるかもしれないと、そう思った。

 

「ねぇねぇ、さっきのキヨタカって子は?」

 

 どうやら、この金髪ショートヘアの少女、さくらは清隆に興味と関心を抱いているらしい。少なくとも、彼女が記憶を失ってからというもの、最初に出会った少年だったのだから。

 さくらとジルが、何やら楽しそうに雑談をしている。

 さくらの記憶喪失については、さくら自身もあまり悲観的にはなっておらず、自分が記憶を取り戻すまでのんびり生活するなど、子供の容姿ながらにどこか大人びて、それでいて余裕のある発言をするのもまた、不思議なところではあったものだ。

 とりあえずは、今のところ、この少女の身元の特定のための手掛かりは、不思議な桜の枝だけであり、調査の進展も望めないので、しばらくの間は清隆にも協力をしてもらい、さくらのメンタルケアも兼ねて、彼にはさくらの遊び相手になってもらおうと思っている。

 桜の枝は学園側で保管、一般生徒の手の届かないように厳重なセキュリティを用意した上で、他の魔法に影響、干渉されないような結界も展開してある。

 しばらくはこの桜の枝も研究の素材に使えそうにはないが、彼女の問題を、時間が解決していった時に、チャンスは巡ってくるだろう、そうカテゴリー5の孤高のカトレアは考えた。

 その時、ふと、リッカの耳に、鐘の音が聞こえてきた。カーン、カーン、と響く、心地よい音色。

 

「あ、≪女王の鐘≫だわ。一日に二回なんて、私もついてないわね、ホント」

 

「私とリッカは学園長の親友だし、それにカテゴリー5の称号で信用もあって、なおかつ『八本槍』の人と比べたらフットワークも軽いんだから、仕方ないことだよ」

 

 でも無理はしないようにね、と付け加えてリッカを宥めるのはジルだった。

 先程からの≪女王の鐘≫とは、ここ風見鶏において、魔法を学ぶ生徒全員が、女王陛下であるエリザベスの依頼を承るシステムである。

 事件のレベルに応じて、学年ごと、そして一学年全体か一クラスか、担当となった生徒とそのクラスのクラスマスターだけが、その鐘の音色を聞き取ることができる。

 具体的に解決するべき事件は、地上の表立った舞台である警察組織が解決できないような、主に魔法関連の事件を担当することが圧倒的に多い。地上の見回りから魔法犯罪者の取り締まりまで、幅は広い。

 また、この≪女王の鐘≫は、リッカのような実力の高い魔法使いは、一人でその依頼を受けることがある。こう言った場合は割と国家にとって大きな出来事であることが多く、重要な書類やマジックアイテムの運搬や特定人物の護衛、重犯罪者の確保など、普通の生徒では手も足も出ないような依頼を任される。

 そのような依頼を多い月はほぼ毎日出動しているにも拘わらず、疲れた顔を公では決して見せないところが、リッカの魅力の一つなのかもしれない。

 もっとも、ここにいるクーとジル相手は別である。

 

「それじゃ、私はちょっと行ってくるから、さくらの世話、よろしくねー」

 

「はい、任されましたっ!」

 

 気合いをを入れて学園長室から飛び出していくリッカに、警察の真似事のように敬礼をしてリッカを送り出すジル。

 さくらは既にクーの肩から下ろされてはいるが、下から見るとやはり少し怖いらしく、ひょこひょことジルの傍について軽い警戒の目でクーを眺めている。半信半疑、と言ったところだろうか。

 

「大丈夫だよー。クーさんはとっても強くて優しい人だから」

 

「おいそこのテメェいくらなんでもそれは美化しすぎじゃねーか?イメージ崩れた時の幻滅のダメージは大きいぞ」

 

「そんなこと言ってもその証拠にみんなにはアニキって慕われてるし、エトくんの世話もよく見てあげてるし、さくらちゃんに対しても真剣だよね」

 

 クーにとってそれも事実であったため、反論しようと開いた口は勢いをつける間もなくゆっくりと閉ざされてしまった。

 もしかしなくても、かつては毎日がサバイバル生活だった長旅の時と比べて随分平和ボケしてしまっていることを自覚する。

 

「ったく、ここの空気はホント駄目だわ、俺。騎士王様は口うるさいし、今度またジェームスの野郎の力試しに付き合ってやるかな。でも殺しちまったら面倒なことになりそうだなぁ……」

 

 平和な学園の一室で物騒にも程があることを呟き始めるクー。見た目十代にも満たないような見た目をしている少女もいるのだから、言動くらい気を遣ってほしいものだ。

 実際ジルはそう思ったらしく、相変わらずの平和主義の彼女はむっとした表情でクーを睨む。

 

「駄目だよ。クーさんの生き方を否定するわけじゃないけど、そういうことは自重してほしいな」

 

 話し終えて、ぷりぷりと起こった表情は、ふと不安そうな、心配そうな表情へと変わる。

 クーは相変わらずジルのこの顔に弱い。自分のスタイルを変えるつもりは毛頭ないが、それでも長年旅を共にしてきた仲間の女に泣かれるのは、気まずいものがあった。その後のリッカの粛清も恐ろしい。カテゴリー5の名は伊達ではないらしく、リッカの魔法を阻止・回避するのは、できないことはないが至難の業なのだ。

 

「分かったからその今にも泣きそうな顔は止めろ。いい加減鬱陶しい」

 

「……うん」

 

 ジルはしゅんとしながらも、ほっと胸を撫で下ろすように表情を和らげる。

 面倒事は苦手だと頭を掻きながら、ジルたちに背を向けて、クーは学園長室を出ていってしまった。

 残されたジルとさくら。さくらは呆けながらクーの背中を視線で追っているジルを見上げる。

 

「ジルは――」

 

「ん?」

 

 名前を呼んで、途中で言葉を切ったさくらを、何事かと見下ろす。何か言いたそうな口ぶり。きっと自分の心でも見透かそうとでもしているのだろう、小さい体ながら、ところどころで感じさせるその大人びた表情、その、もしかしたら今までに色々なことを観測してきたその瞳で、ジル自身を観測しようとしているのかもしれない。

 

「どうしたの?」

 

「ジルは――違うか、ジルとリッカは、どっちもあのクーって人のことが好きなんだね」

 

 さくらは慧眼だった。

 たった数刻の会話と言動だけで、ジルの心を把握した。リッカのことは、今ここにいるわけではないのでその正否を確かめることはできないが、少なくとも、ここにいるジル自身は、自分がクーのことを好いていることを理解していた。

 

「うん、そうだよ。さくらちゃんもきっと、いつかそういう人ができるかもね。それとも、もしかしたらもういるのかもしれないね」

 

「そう……かな?」

 

 思い出せない思い出を思い出そうとしながら、さくらははにかむ。

 もし自分に好きな人がいたとしたら、それはどんな人なのだろう、自分はその人と、どういう日常を歩んでいくのだろう――歩んできたのだろう。

 その時、真っ白に染め上げられた思い出にノイズが走る。その白い風景の中に、人影一つ。

 こみ上がってくる懐かしさは、いつのものだったろう。顔も名前も分からないその人は、きっとさくらに微笑みかけてくれていた。

 

「きっとボクは、幸せな日々を送っていたんだろうね……」

 

「何か思い出せた!?」

 

 ジルにとっては、唐突にさくらの口から零れた過去の記憶。

 クーもリッカもいないところで思いがけない重要なことを聞きだせるかもしれないと、ジルは慌てた。

 

「いや、多分――何となく、かな」

 

 その小さく咲く笑顔の陰に隠れる一抹の寂寥感。

 その笑顔を見たジルは、居た堪れなくなって、そっと背中からさくらを抱き締めた。

 

「さくらちゃんの寂しさを本当の意味で埋めてあげることはできないけれど、それでも私や、リッカや、クーさん、それに清隆くんも、さくらちゃんのことを想っていてあげられるから、安心してほしいな。きっと、本当のさくらちゃんを、取り戻してあげるから」

 

 まるで我が子を胸の中で安心させてあげる、母親の心境。

 さくらの温かくて優しい胸の鼓動がとくとくと、伝わってくる。きっと自分の鼓動もさくらに届いているだろう。

 

「――ありがとう」

 

 ほんのりと陽光の差し込む部屋に咲く、小さな花と、一回り大きな花。

 音のない空間で、まるで世界そのものに身を委ねるように寄り添っている。

 そして、そんな幻想のような世界に響くのは、外から聞こえてくる男の怒号だった。

 

「テメェッ、いきなり何しやがる!?」

 

「しっ、失礼しましたぁぁぁぁぁ!!」

 

 突然聞こえてきた大声にビクリとした二人は、学園長室に設置された窓からその光景を見下ろす。

 何故かびしょ濡れになっている、先程この部屋にいた戦士と、その前に額を地面に擦りつけるように土下座をしている風見鶏の本科生。大方水魔法の練習をしているところにタイミング悪くクーが通りかかり、その瞬間に魔法が暴発して辺り一帯をクーもろとも水浸しにしてしまったのだろう。

 夢のような世界から、夢から突然冷めるように引き戻された二人は、二人でクスリと笑って、そのおかしな光景をしばらくの間眺めていた。




この章ではあまり清隆たち予科生の連中は絡んでこないと思う。主にリッカたち生徒会メンバーと、エリザベスと『八本槍』の一部が中心になるかな。
それからジル。原作でも死してもなおいい子だったからなぁ。

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