満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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『八本槍』のメンバーの簡単な紹介。
とは言っても本編の話の中核には拘らないメンバーも多いのであくまで形だけ。


その紅蓮は愛の証
『八本槍』


 ここはロンドン市内のとある大きなホテルの大会議室である。

 白を基調とした部屋で、絨毯や壁の大理石が誰の目から見ても、それが豪華で高価なものであると判断することができるものであった。その白さに輝きを与える証明は、とても高い天井から釣り下がっている三つの大きなシャンデリアで、これまた大層高い金を払って取り入れたであろう代物である。

 大会議室の中央には円形にテーブルが並べられており、そこには魔法従事者であり、かなり高い権威と階級を持つ、所謂魔法側の政治家たちが並んで座っていた。そして、部屋の最も奥に座っているのは、イギリス女王陛下、エリザベスである。彼女の両脇を固めるように、左側に三人、右側に四人の『八本槍』が集結していた。

 そう、今ここで議論されているのは、『八本槍』を総動員する程の懸案事項なのである。

 

「それでは杉並くん、説明をお願いします」

 

 エリザベスの指示に、杉並と呼ばれた東洋人の顔立ちをした、どこか胡散臭そうな男が彼女の斜め後ろの位置から一歩前に出て、事の次第の説明を始める。

 杉並が述べるには、今回の事件の鍵となるのは、この『霧の街』の異名を持つこのロンドンの、霧であるということである。

 

 時期で言うと、正確に発動時間を突き止めることはできなかかったが、恐らくは十一月上旬であると推定される。そもそもロンドンは霧が発生しやすい地域ではあるが、最近の霧は例年と比べて、気象から考えてもおかしいくらいの濃霧であると言われている。それだけなら特に魔法に関するトップたちが集まるほどの話ではないのだが、今回注目しているこの霧が、何かしらの魔法によって生成されている可能性があるとのことである。

 ただし、発動した魔法に関しての一切は不明であり、この霧がどう言った影響を及ぼすのか、人々に害はあるのか、術者は誰なのか、対策方法にどのようなものがあるのかなど、ありとあらゆる問題が不明点となっている。

 そして今回、その正体不明の霧がロンドン中を覆っているため、大規模な被害を受ける前に、ここに魔法の権威者たちを集めて状況を説明し、それぞれが今回発動した魔法の正体を突き詰め、解決策を見出してほしい、とのことである。

 

 杉並が一通りの説明を終えた後、エリザベスに何かを言われるわけでもなく、同じ距離で一歩下がって元の位置へと戻る。

 同時に話を聞いていた魔法使いたちもあれこれと考え始める。キーワードとなる霧、そして広範囲の魔法であること、この二つのファクターでどこまで絞り込めるかを彼らなりに思考しているところなのだろう。

 そして、辺りが騒めきから静まり返った時を見計らって、エリザベスが口を開く。

 

「この問題に関しては、今のところは指して大きな影響を与える訳でもなさそうなので、王立ロンドン魔法学園の生徒たちにも、≪女王の鐘≫を通して調査に当たってもらうことにします。皆さんには、各自それぞれの専門分野の観点からこの霧の正体を暴いてもらいたいのです。是非とも、ご協力よろしくお願いします」

 

 クー・フーリンは、エリザベスのことを、彼女が女王陛下に即位する前から知っている。どちらかと言うと、仲のいい部類ではなかったが、リッカやジルたちが親友として関係を築いていたので印象深くはあった。

 その印象として刻み付けられた彼女の穏やかさはどこかに隠れ、今の彼女は、まさしく女王陛下らしい、真剣みを帯びた凛々しい表情をしていた。一国の長であるという責任の重さを理解し、何事に対しても全力を尽くさんとする情熱の強さの表れだった。

 

 そんな厳格な雰囲気で会議は進められていたにも関わらず、クー本人は至ってはエリザベスとは真逆で無関心で、しまいには欠伸を漏らす程の怠惰な態度であった。

 この事を指摘されたのは会議を終えて、ある程度の自由時間となった時、同じ『八本槍』の騎士王こと、アルトリア・パーシーからであった。

 

「全くあなたと言う方は。他の方々もお集まりになる会議だったのだから、せめて今回くらいは真面目に話を聞いても良かったものを……」

 

 今回は流石に無礼を見過ごせなかったのだろう、『八本槍』随一の生真面目体質であるアルトリアは呆れたような口調で、だらりと足を伸ばして寛いでいるクーに対して言い放った。

 面倒臭いのがやって来た、とでも言わんばかりに嫌そうな表情でそっぽを向きながら、クーも口を開いた。

 

「大切なことは陛下がおっしゃった。『今のところは指して影響力は低い』ってな。つまるところ出番ナシ。それに俺様の主な仕事は風見鶏内での警備だ。地上はほとんど管轄外だよ」

 

「そういう風に返されるとは思ってました」

 

 もはや諦めた、と苦笑いを浮かべて、青を基調としたドレスのスカートを靡かせて、金髪の騎士王はどこかへと去ってしまった。

 コーヒーでも飲みに行こうかと逡巡していると、再び自分の周りに誰かが近づいてきたのを感じた。

 そちらに視線を向けると、今年のグニルックのクラスマッチ大会の時に起きたテロの鎮圧の際に、前線で剣を振るっていた、赤い外套を羽織った男であった。

 

「テメェとは初めましてだよな」

 

『八本槍』の称号からはもちろんのこと、彼から感じられるオーラのようなものから、彼がとんでもない実力を持っている男だというのは簡単に把握できた。

 

「残念だが俺からしたら久しぶりだな、になるんだがな、これが」

 

 その男の言葉は、先程の騎士王が見せた呆れの表情と共に飛んできた。

 クーがどこで会ったか記憶を穿り返しているところに、その男は再び口を開いた。

 

「無理もないだろうがな。あれからもう百年近くは経っている。あんたの胸にはしっかりとこの名が胸に刻み付けられているはずだ」

 

 その言葉に、クーは反応した。

 確かに自分の人生の中で、リッカやジルと歩んできた旅路の中で、自分が面白いと思った男が、一人だけいた。

 当時、今ここで殺すのが惜しいと思った存在、類稀なる剣術を持ったその男の名は。

 

「ジェームス・フォーンだ。あんたの忠告通りに、俺はプラスアルファって奴を自分で見つけてみた。あんたが英雄になるなら、俺は正義の味方になるとな」

 

「それは大層長く険しく報われない道を選んだことだな」

 

 かつて挑戦状まで送り込んで、刃を交わしたその男は、その当時の彼とは違う、大きなものを背負っていた。

 魔法の影響か、髪は白くなり、皮膚は変色して褐色に焦げていた。それだけ自らにかなりの負担をかける大魔法をかけたのだろう。それこそ、世界と契約するレベルの――

 

「あんたに勝つには、あんた以上のものを背負う必要があった。だからこそ俺は、一人でも多くの人間を死から救うために、異世界で救世の研鑽をしてきた。死と争いの蔓延る世界でな」

 

 正義の味方――愚かなる理想の体現者。彼の幼稚な理念がどれ程のものか、クーは瞬き一つせずにジェームスを睨みつけた。

 

「ある男に会ったよ。俺と同じ、などと言ったらその男が憤慨するだろうが、同じように正義の味方を志した男とな。俺よりも何歩も先を歩く男だった。だからこそ、彼は理想を追い求めた先にあるものを理解していた」

 

「あーもういいもういい分かった分かった。そういう話は心の中に美談として仕舞っとけ。俺はテメェの昔話にゃ何の興味もねーよ。俺にとって重要なのは、今のテメェが強いか弱いか、それだけだ」

 

 他人の過去語りほど気分が白けるものはない。それが、クー・フーリンという男である。過去はあくまで過去、本当にこの目で仕方見るべきは、現在目の前にいるそいつ。

 例え目の前の皮肉な面構えをした正義の味方さんが過去にどれだけ人を助け、そのために人を殺めようと、どんな人と出会おうと知ったことではない。

 だがしかし、実際に以前に戦った相手が、その戦いを切っ掛けに大きく成長してくれていたのは感心に値することだったようだ。

 

「それもそうだな。俺が会ってきた『錬鉄の英雄』の生き様は、また機会のある時に俺の剣で語って見せよう」

 

「今以外ならいつでも来い。次の相対で無様な負け姿を他の『八本槍』に拝ませてやる」

 

「ふっ。やれるものならやってみるがいい」

 

 控えめにも、獰猛な笑みを浮かべたその男は、満足そうに会議室から去った。

 ふと周囲を見渡すと、今この部屋にいるのは、女王陛下であるところのエリザベス、そしてその側近、杉並、そして彼女たちから少し離れたところにいるアデル・アレクサンダー。例の黄金の戦士はここにはいないようだ。彼が何者なのかは今の時点ではクーも理解できていない。直感で、危険な奴であることは把握していた。

 部屋の隅の方に椅子を用意し、切れ味のよさそうな太刀の刃をシャンデリアの明かりに煌めかせながら布のようなもので磨いている、日本の侍のような格好をしたような男が視界に入る。

 彼も、クーにとっては初対面の男であり、知っているのは彼の偽名だけだ。

 自称、佐々木小次郎。日本において、宮本武蔵との巌流島での決闘で知られてはいるものの、当然彼本人ではない。彼がそう名乗っているのは、同じく自称、『燕返し』という剣技を習得するに至った二人目の人間だから、らしい。

『燕返し』とは、魔力を使わずに、全く同時に三つの斬撃を繰り出すという、神業染みた攻撃ではある、が、詳細は不明である。

 日本人ではあるらしいが、何故ロンドンにいて、『八本槍』としてここにいるのか、その経歴はほとんど不明である。

 そしてもう一人。黒衣のローブを身に纏い、同じく黒のフードを被って目元まで隠し、素顔が見えなくなっている女性。

 彼女こそが現代において最高レベルの魔法使いであり、このレベルの才能を持ち合わせる魔法使いは二人と現れないだろうと言われている魔法使いの頂点、カテゴリー5のトップ。あの孤高のカトレアですら足下に及ばないとされている。

 リッカ曰く、『正体隠していけ好かない女だけど、魔法使いとしては尊敬し畏怖するに値する人』だそうだ。

 

「あれが、唯一リッカが尊敬する魔法使い、ねぇ……」

 

 クーは、彼女とは以前に対面し、軽く会話を交わしたことがある。が、何故か話が噛み合わなかったのをよく覚えている。

 最早彼女は自分の世界観を最重要視しており、そこから一歩でも外に出ようとしない。能力を鼻にかけている、訳ではなさそうなのだが、やはり天才というものは思考回路の構造が違うのだろう。

『八本槍』に任命された切欠であるが、どうやら彼女は、魔法使いの老化抑制の魔法によって、既に三百年近く生きているらしく、魔法使いではない者でも彼女の存在を知る者は少なくなく、その情報によって、魔女狩りの残党によって殺されかけ逃げ延びてきたところを杉並に救われたのだという。

 その恰好だけでも十分に胡散臭いのに、杉並が経歴に絡んでいる時点でもっと胡散臭い人物であった。

 先程も説明したように、魔法に関しては究極のスペシャリストであり、彼女の作成するマジックアイテムは、魔法使いの貴族の間で高値でやり取りされている。

 三百年の歳月の中で得た技術で作成しているため割と古風なアイテムではあるが、それは現代のマジックアイテムの量産物とは比べ物にならない程の質である。

 また、彼女自身も多くの禁じられた魔法、即ち禁呪を開発してしまったことも多々あるため、彼女をよく知る者は彼女を『歩く禁呪(フォビドゥン・ゴブレット)』などと言う大層な異名を持つ。

 そんな彼女、最近にはなるが、意中の人がいるという噂が魔法使いの間で伝播している。

 

「まぁ、一人しかいないだろうけど」

 

 ぼそりと呟いて、クーは女王陛下の傍にいる東洋人に視線を向けた。

 相変わらず真剣に何かを話してはいるが、ここからは聞き取れない。

 その時、クーのシェル(魔法使いの使用する通信アイテムであり、貝殻のような形を模していることからこう呼ばれている。使用方法は以前説明した通り、通話とテキスト送受信であり、基本的には魔力が空気中に充満しているロンドンの地下、風見鶏の中でのみの使用が想定されたものだが、地上でも一部では使用可能である)にテキスト通知の知らせが入った。

 懐から取り出して内容を確認すると、数刻前に呆れ顔でクーの下を去ったアルトリアからの連絡で、少し来てほしいとのことである。

 

「ったく、何の用だよ」

 

 具体的な要件は書かれてはいないが、真面目な彼女のお誘いを断ると後々面倒なことになるのは重々承知している。彼女のシェルにすぐ向かうと連絡を返してホテルから出た。

 ホテルの外には、駐車場にタクシーが数台、そして高級車もまた数台駐車されていた。この高級車の内一台が女王陛下の乗るものであり、その車には専属の運転手がいる。

 女王陛下が来るのを待っているのか、車を降りてドアの前に立っていた。

 生まれながらにして、先天性の禁呪である『魔眼』を所有しており、これを抑えるためにマジックアイテムであるところのバイザーのようなものを常に装着している。

 薄紫色の美しい長髪を持ち、長身で大人びたスタイルが魅力的でかつ官能的である。そのしなやかな身体から繰り出されるしなやかな動作が特徴で、いつ敵に奇襲されても女王陛下を守りながら逃走できる器用さを持つ。視界は完全に絶やしているため、周囲の音や臭い、そして魔力探知によって周囲のものの動きを把握している。

 また、乗り物であれば、騎馬から航空機まで何でも乗りこなし、更にそれがどれだけ破損していても、本来の性能が少しでも生きていれば大破させることなく安全な運転ができる技能を持つ『八本槍』の一人。

 残念だがその技術を身をもって味わうことができるのは女王陛下一人のみで、もし体験できるとしたら、例えば、彼女の乗る航空機がハイジャックされ、都合悪くパイロットが殺されて航空機を制御できなくなった時に彼女が代わりのパイロットを務める、そんな状況に一緒に巻き込まれる、くらいは必要だろうか。

 その『魔眼』が由来して、彼女の蔑称は、メドゥーサ。この名は主に魔女狩りの連中に呼ばれていたそうだ。

 実際にどのような人物なのか、クーはよく知らない。基本的に口数が少なく、常にポーカーフェイスである印象が強い。

 そんな彼女とすれ違い、視線が一瞬会った時、彼女に軽く一礼される。どうやら礼儀作法はしっかりしているらしい。

 タクシーに乗り込んで行き先を伝える。

 エンジンは切っていたようで、了承の意を返した運転手がエンジンを入れる――はずだったのだが、どうやらつかないらしく軽く慌てている。

 運転手が一度外に出て確認したところ、故障してしまったそうだ。

 

「故障しにくいような作りになっているんですけどねぇ……」

 

 小太りの運転手は頭をぽりぽりと書きながら呟いた。

 言うまでもなくこの男、クー・フーリンは『八本槍』の中で最も運の悪い男なのだ。

 そんなことも知らない彼は、他のタクシーが既に乗車されて空きがないのに呆れ、仕方なく徒歩で目的地に向かうことになったのだった。

 ここでふと気が付く。

 

「そう言えば、『八本槍』なんていいながら、七人しかいなかったよなぁ……」

 

 クー自身を含め、アルトリア・パーシー、ジェームス・フォーン、アデル・アレクサンダー、自称佐々木小次郎、『歩く禁呪』、そして先程の運転手、これだけでは七人しかいない。

 しかし『八本槍』という名称がついているのだからやはり八人いるのが通りだろう。そして先程の会議では全員集結していたはずだ。

 だとしたらあと一人は――

 クーの脳裏に胡散臭い笑みを浮かべる男が過ぎるがすぐに打ち消す。

 

「それはない。そんな理不尽なことがあってたまるか」

 

 特にその男を深く知るつもりはないのに、何故か腹立たしくなってしまった。

 とにかく騎士王様のご機嫌をとるためにいち早く目的地に向かわなければならない。クーはできるだけ気配を殺しながら昼下がりの街の、建物の屋根の上を飛び跳ねながら駆けて行った。




最近色々と忙しいこともあってただでさえ週一の更新と遅いのに更に遅くなることがありますが、よろしくお願いします。

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