満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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選手発表。


大会に備えて

 グニルック対抗戦の前日、遂にA組の出場メンバーが発表された。

 選考方法は、クラスマスター、リッカ・グリーンウッドの独断と偏見と言う、普通の人がやると不平不満しか出ないものだが、リッカがそれをするにあたって、それだけで十分な理由となり得る。『カテゴリー5の魔法使いがその眼で選んだ』という事実は、それだけで説得力を持ちうる。実力を兼ねた名前と言うのはこう言ったところで便利なのかもしれない。

 大会前日の練習時間、姫乃がロッドの素振りをしながら、エトとサラがグニルックの戦略面についてあれこれと話し込みながら、清隆が姫乃の上達っぷりを褒めながら、耕助がそんな二人に自慢しながら進んでいく、そんな時間をリッカの一声が止める。

 彼女の集合の号令が出たため、生徒全員、彼女の周囲に集合することになった。

 

「お待ちかね、明日の対抗戦の選抜メンバーを発表します」

 

 選抜テストはする必要はない。彼女にとってその行為そのものが無駄なのだ。

 魔法使いは、何も魔法の実力だけが全てなのではない。いかに頭が回るか、他人との団結力を深めるか、見るべきものを見据えられるか、そう言ったものも、魔法使いの素質として、大切なものなのだ。リッカにとって、生徒たちに与えた練習期間と言うのは、それを見定めるための時間であり、その時間こそが、彼らにとって試練であり、試験だったということである。

 

「単純な実力じゃなくて、性格とか組み合わせの相性とかも考えてチームを組んでみたので、聞いてちょうだい」

 

 その言葉に、周囲はそれぞれの気持ちを抱くことになる。

 自分は少し自信がある、自身がない、クラスメイト全員の期待に背負える自信がない、などなど、思うところは人それぞれであった。

 

「ドキドキするね」

 

「ああ……」

 

 エトの前にいる葛木兄妹は、その発表を前に、ソワソワしていた。

 このクラス内でも、代表の座を真剣に取りに行こうとしていた二人なのだから、それなりに次のリッカの言葉が待ち遠しくあり、同時に恐れているのでもあろう。そのことについては、エト自身もある程度は理解していた。師のために、そして例の彼に馬鹿にされた小さな少女のために、そして何より、自分自身の成長のために、エトもここで代表を勝ち取って大会で活躍したいのだ。

 

「まず一人目!」

 

 高らかな声に、クラスメイト全員が、息を飲む。緊張の糸がピンと張られるのを、清隆は何となく感じ取った。

 

「サラ・クリサリス!」

 

「はい!」

 

 リッカの宣言のすぐ後に、サラも決意のこもった声で、返事を返す。

 サラが選ばれるのは、誰もが予測していたことでもあった。クリサリスの一族、その息女である彼女は、廃れかけているとはいえ名門の出である人間だ。なおかつ頭が回って冷静である。グニルックの経験もあり、実力的には申し分ない。

 

「ちょっと魔力が弱めなところがあるけど、それを補って余りある知識と冷静さを評価させてもらったわ」

 

「ありがとうございます」

 

 カテゴリー5に褒められる、これだけでも十分に自信に繋がるところではある。

 代表に選ばれたサラの傍にエトが寄り、彼女を称える。

 

「サラちゃん、おめでとう」

 

「いえ、ここまで来られたのも、エトのおかげでもあります。エトもきっと呼ばれるでしょうし、その時は頑張りましょう」

 

 代表に選ばれたのを喜ばしく思っているのは確かだろうが、やはりサラは、冷静さを保ってエトにそう言い返した。

 そうだといいね、と、苦笑いしながらエトは返す。

 

「次!エト・マロース!」

 

「はい」

 

 サラと共に代表に選ばれた、その事実が脳内を埋め尽くす。

 自分がクラスの代表となり、メンバーと一致団結しながら成長していく、そうすることで辿り着きたいのは、他でもなく彼の師の領域。武術では到底無理な話だろうが、それは他の部分で補えばいい。きっと、いつかそこまでたどり着けるはずだ。

 サラの方を向いて、自分はやったと、無言で彼女に微笑む。それに応えるようにして、サラもまた、エトに対して小さく微笑み返した。

 肩を叩かれたので、振り返ってみれば、そこには清隆がいた。

 

「やったな」

 

「うん、きっと清隆も選ばれるよ、姫乃ちゃんと一緒にね」

 

「自信はないけどな……」

 

 言葉の通り、自信なさげに肩を落として苦笑いするが、エトはそんなことは微塵も思ってなかった。

 エトがこれまで練習風景を見てきた中で、清隆の筋の良さはクラス一だと思わざるを得ない程だった。彼の才能を羨ましがったのも嘘ではない。

 

「エトに関していえば、メンバーとしての相性ね。ある程度の実力を持ちながら、恐らくサラの思考をいち早く理解して行動してくれる。人当たりもいいし、チームの緩衝材としては適切と考えたわ。魔法使いっていうのは考え方は多様でバラバラだけど、彼は上手にそれらを中和してくれるでしょう」

 

「そこまで言われたらなんだか逆に不安になっちゃうけど、頑張ります」

 

 あまりにも、入学前の魔法の先生であるリッカに盛大に褒められて、甘やかされてるんじゃないかと不安になるエトだったが、こう言ったところでリッカが贔屓をしないのはエトもよく知っている。

 リッカの言葉には納得しながら、自分なりの克服点と今後の方針をじっくりと考えることにした。

 

「次のメンバーは……葛木姫乃!」

 

「は、はいっ!」

 

 期待はしていたものの、いざ呼ばれるとあっては吃驚してしまった、いかにもそんな表情の姫乃である。

 隣で清隆が何だか焦ったような表情をしているが、どうやら『葛木』に反応してしまったのだろう。

 

「姫乃さんは、風見鶏に来て初めてグニルックに触れたとは思えないくらい、いいセンスしてるわ。上達の度合いについては、クラス一かもね。期待してるわよ」

 

「は、はい、頑張ります」

 

 緊張しながらリッカの言葉を受け止めて大きく頷いた後、晴れ晴れとした表情で清隆に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 姫乃が今回定めた、魔法使いとしての初めての目標。最初から達成できたこともあって幸先がよく、感慨深い気持ちになるのも頷ける。

 

「よかったな」

 

 そんな姫乃に、清隆は優しく声をかける。自分の妹がこんな風に立派になっていく、その第一段階をその眼で見届けることができたのだ。嬉しくないはずがない。

 そして次が最後。これまで、サラ、エト、姫乃と呼ばれた。実質、彼女の言葉を鑑みるに、ここまで来れば清隆が呼ばれるのはほぼ確定事項なのだろうが、やはりリッカは贔屓をしない。四人でチームを作る、とさいしょに提案したばかりに、ここで落ちるのは流石に恰好がつかない。

 

「最後の一人は……」

 

 彼女が溜めたその少しの時間に、清隆はぐっと拳を握る。

 緊張の汗が背中を伝い、服に沁み込んでいく。全身の感覚が、鋭くなっているのが分かった。

 

「葛木清隆!あなたよ!」

 

 リッカの挑発的な眼差し。この間の生徒会室、もとい学園長室での一件と言い、リッカは清隆に、ある程度の警戒、と言うより興味を抱いている。

 今回は、彼の実力を試そうと言ったところだろうか。

 

「はい!」

 

「やりましたね、兄さん!」

 

 清隆の選抜の発表に、サラ、エト、そして姫乃の視線が集まる。

 これで、まず最初の作戦は成功した。後は、大会で勝って、あの男をギャフンと言わせるだけだ。

 

「あ、あの、ちょっと待ってください!」

 

 清隆が、話を終えようとするリッカを呼び止める。

 わざとだろうか、選択に不満があるのかと清隆に訊き返した得リッカの表情は、あからさまに挑発したような笑顔だった。

 

「そうじゃなくて……他の三人は選考理由みたいなのがあったのに、俺だけにはないんですか?」

 

 なんだそんなこと、と言わんばかりに微笑んで、リッカは理由を述べる。

 

「キミの実力が知りたいな、と思ったからよ」

 

 その言葉に、どれだけの意味が含まれているのかは知らないが、リッカにはリッカなりの意図がある。清隆を試したい、と言うのも事実だろうが、きっとそれだけでなく、彼を選抜したことに勝利への布石をきっと見出しているのだろう。

 リッカの目は、十分に鋭いということである。

 この後、リッカの予定通り、男子は競技場の片づけと掃除、女子はリッカについて行ってそこで作業、と、練習を終了してそれぞれの作業へと移った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それでは、明日のA組の優勝を祝って、かんぱーい!」

 

 かんぱーい、と、全員の声が食堂中に響き渡る。

 学生寮の食堂を貸し切って、A組の必勝祈願パーティを行う、それがリッカの予定だった。そのために女子を全員引き連れて、その準備、主に料理などを執り行ったのだが、その全てが手作りで、見ているだけで満足してしまいそうな出来上がりだった。

 

「うほ~、うめぇ……。これ全部、女の子たちの手作りなんだぜぇ……」

 

 耕助が嬉しそうに、幸せそうに涙でも流しそうな勢いで料理を頬張っている。

 作った側からすればこれは十分に作り甲斐のある反応なのだろうが、いかんせん行儀が悪すぎる。

 姫乃は振り分けの段階で料理の側には参加できなかったようだ。清隆曰く、姫乃の作る和食料理は絶品であるらしく、エトや耕助共々一度は食べてみたいと思うのであった。

 

「和食かぁ。リッカさんたちもよく言うけど、食べてみたいよね」

 

 近くのテーブルに盛り付けられてある料理を小皿に取り分けて、清隆たちの間でエトが言う。

 風見鶏内部の食堂や学食には、あらゆる国の料理が食べられるような設備が施されてあるのだが、繊細で独特な日本料理は導入するが難しいようで、遠いヨーロッパでは、和食はお目にかかれないらしい。清隆たちはそのことを、故郷を懐かしみながら語っていた。

 

「……」

 

 気が付けば、エトの背後にサラがいた。

 その存在に気が付いて、エトは慌てて振り返る。彼女は何も言わずにエトが手に持っている小皿を見て固まっている。緊張しているようだ。

 

「あっ、これ、サラちゃんが作ったの?」

 

 驚きの表情と共に、視線を自分の持つ小皿へと移し、そしてサラへと戻した。

 

「はい……その、大したものではないですけど……」

 

 自信がないのか、視線をきょろきょろ泳がせながら、そう呟く。

 エトとしては、これまで誰が作ったのか分からないものを食べていたため、何も意識せずに美味しいと食べられていたものの、今この状況で、目の前の少女が作ったと分かり切っている料理を食べるというのは、いささか腰が引けた。

 見た目で言えば、控えめで美味しそうではある。一口、そっと運んで、よく咀嚼する。

 

「……」

 

 自分の作った料理を口に運ぶエトを、サラはじっと見た。

 

「うん、美味しいよ、サラちゃん!」

 

 思わず見ている方までふやけた笑みを浮かべてしまいそうな、柔らかな笑み。相変わらずこう言った微笑みに対すてどう反応すればいいか誰も分からない。それに今回は、それに加えて後光のような何かが差し込んでいるようにも見えた。

 サラからして、大袈裟でしかないという風なエトのリアクションに対して、照れて紅潮しながら、その笑顔に引き込まれそうになりつつも、何とか立て直す。

 

「と、当然です……」

 

 顔を赤らめながらも、料理を褒められたことは嬉しいようだ。

 そして、ここにグニルックのクラス対抗戦の代表チームが集結する。話題は自然とそちらの方向に流れていった。

 目標は、B、C組を打倒し、優勝すること。そして、C組を倒す際に、サラを馬鹿にした男、イアン・セルウェイに吠え面を掻かせること。

 イアンのことに関しては、みんなの協力の下、サラが成し遂げることであり、サラがその手で彼を倒すことに意味がある。

 

「勝ちましょうね、絶対」

 

 姫乃の言葉に、チーム全員が頷いた。

 その様子を、遠くの方から、リッカが微笑みを浮かべて眺めている。

 我が旧友の弟子であり、自分の弟子でもある存在。そして、友人の弟。彼を取り囲んでいるのは、彼のクラスメイトであり、彼の大切な仲間である。かつて病で床に臥せていたとは思えないくらい元気な表情を浮かべて、楽しそうに笑っている。自分でもそう思えたのだ。彼の姉であるシャルルは、どれ程までに毎日を幸せに送っているのだろうか。

 全ては、あの蒼き槍使いの戦闘狂のおかげである。

 

「ホント、私も手伝ってよかったよ、リッカ」

 

 ひょっこりと顔を出したのは、リッカの大親友であるジルだった。

 一旦クーの様子を確認して戻って来たところである。

 

「それで、どうだった?」

 

「えっとね、学園長室でぐっすり寝てたよ……。起こして誘ってあげようかとも思ったんだけどね、気持ちよさそうに寝てたから、起こすのも悪いかなって」

 

「そう……」

 

 いつでも、あの男は自由気ままである。誰の意志にも束縛されない、我儘な最強の戦士。

 その強かさに、二人ともが惹かれていることも事実であり。

 

「ところで、ジルはどこが優勝すると思う?」

 

 ジルを挑発するように、そして自信満々に、リッカは親友の困った表情を眺めながらそう質問する。

 ジルはあまり考えるような素振りを見せず、笑顔でこう返答した。

 

「どこが優勝するか、と聞かれても、正直分からないかな。でも、同じ本科A組の、リッカのクラスメイトとして、そしてリッカの友達として、私はA組を応援するよ」

 

「煮え切らないわね」

 

 ジルの回答に満足していないのか、苦笑しながらそう感想を漏らす。

 しかしまんざらでもないらしく、リッカは嬉しそうに笑って、ウインクをかました。

 

「見てなさい。私の教え子が、シャルルや巴を倒して優勝するところを、ジルにも見せてあげるわ!」

 

 その言葉にリッカとジル、親友同士が、仲良く笑い合った。

 そして、翌日、ついに大会が始まる。この時を、誰もが待ちに待っていた。




終盤のほんの少し、久しぶりにジルさん登場。
この人も邂逅のアルティメットバトル終わるまで出番が少ないな……
次話終了で次の原作本編に突入する予定です。

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