にしても、やっぱりクー・フーリンって名前、やりにくい……。
とある草原。
そこでは三人の男女が横に並んで歩いていた。
一人は黒いローブを身に纏った金髪美少女、リッカ・グリーンウッド。
一人は同じようなローブを着た、橙色のセミロングヘアを持つ、そばかすが特徴的な優しい雰囲気のこれまた美少女、ジル・ハサウェイ。
そしてもう一人は、全身が真っ白――包帯で体中がぐるぐるに巻かれ、その手には真紅の槍を持ち、蒼い髪を後ろで束ねている――はずの男、クー・フーリン。
はず、というのも、正直包帯でよく分からない。
とりあえずリッカの誤解は解けたようで、近くの小さな村で一日宿泊し、ちゃんとした食事も取って(ここ重要)、お互いに自己紹介をした後、再び旅路についた感じである。
「ったく、初対面の人間に何の確認もなくとりあえず攻撃ってどういう神経してんだ、テメェは……」
やはり昨日の事件をまだ根に持っているのか、恨みがましくリッカを睨んでは文句を垂らす。
怒りと非難から出た言葉だったが、いきなり吹き飛ばされたのもあり、若干恐怖も交じっていたりするのは内緒である。
「だから、それについてはちゃんと謝ってるでしょ?ごめんって」
「それにしても凄かったよ、あんなにたくさんの敵をたった一人で纏めて相手にして、怪我しても平気で動き回って次々にやっつけちゃうんだもん。クーさんって、本当に強いね」
ジルの心からの尊敬の言葉、こういうのが恥ずかしげもなく口から出てくるのを見ると、彼女はメンタル的に多少飛び抜けたところもあるのかもしれない。
「あーそうだ、そんな最強の俺様を、見ず知らずの人間で武器持ってるからって何の確認もなしに攻撃してくるって、お前いい根性してんな!今度絶対にぶっ潰してやる!」
これが昨日瀕死の重傷を負った人間の言う科白だろうか。
まず違うだろう。
「まぁまぁ……」
喧嘩に発展しそうな二人をジルが宥める。
と、リッカが急に顔を背けて、ぼそっと呟く。
「それと――」
「あ?」
「ジルを助けてくれて、ありがと……」
「なんだ、急にしおらしくなりやがって。ま、こちらも衣食住に困らない生活をお前らから提供してもらう約束だから、これでおあいこだ……」
衣食住、という単語を発した時に妙に言葉が弾んだのは彼の性なのだから仕方がない。
とりあえず三人とも纏まったようで、
「クーさん、あなたはどこから来たの?」
「アイルランドだ。もう旅を始めて早五年ってところか。ちょっと途中でハプニングとか事故とか事故とか事故とか事故とかあり過ぎて超エキサイティンだったが」
「よく生きてたわね……」
「ああ、あれは間違いなく俺じゃなけりゃ今頃あの世でこっちの人間を温かく見守ってるぜ……」
その時のクーの顔は、何故か喜びに満ちていた。
明後日の方を見上げながら、思い出に浸るような、輝かしくも、哀愁を漂わせた笑顔。
おかしくなったのだろうか。
いや、もともとおかしいが。
「そ、そうなんだ……。私たちは、イギリスからだね。リッカに旅に出ようと誘われて、ずっと一緒にいたの。でもある時ちょっと私用でリッカと離れることになっちゃって、それであの町で暮らしてたんだけど、そこで魔女狩りにあっちゃって……」
「そこに俺が偶然でしゃばったってわけか」
「うん、あの時のクーさん、カッコよかったよ!」
ジルの、感情を包み隠すことのない純真な言葉は、感謝の念と、何か、そう、別の何かと共に紡ぎだされる。
「うっ、そういう思ってもないことを言うな」
「そうよ、全身血まみれで『大丈夫か』なんて、逆に怖いでしょ」
「えー、そうかな?」
普段過酷な環境に生きているクーは、そもそも人と触れ合う機会は少なく、勿論誰かに褒められることなんてなかった。
だからジルのストレートな褒め言葉は、クーにはちょっと刺激の強いものだったようだ。
しばらく歩いていると、丘の上から、町の風景が見えてきた。
少しばかり治安の悪そうな町だったが、人の出入りは頻繁みたいで、商業も割りと盛んなようだ。
クーが先を急ごうと思っていると。
「ちょっとここらで休憩しない?」
「あ、うん」
突然の休憩の物言いで、クーは出鼻を挫かれてしまった。
仕方がないからリッカとジルが座っている隣に同じように座り込み、そしてその勢いのまま横になった。
――思えばこれがいけなかった。
空を見上げれば、晴天に浮かぶ白雲、そして優雅に飛び回る鳥の姿。
その鳥の影がクーの真上を通過して――
――ベシャ。
『アレ』を落とされた。
「んごっ」
「あっ」
「あっ」
「……これで何度目だよ……」
とりあえず起き上がって、リッカたちを見る。
リッカとジルはドン引きして、座りながらもクーから離れようとしていた。
逃げ腰だった。
「おい、何逃げようとしてんだよ。別にいいじゃねーか。爆弾投げられたわけじゃあるめーし」
「投げられたことあるんだ……」
「日常茶飯事だ」
「ははは……」
ジルの乾いた笑い声が青空に溶けていく。
なんともシュールな会話だった。
「とりあえず、これで拭きなさい」
リッカは懐からハンカチを取り出し、クーに手渡す。
クーは何も言わずに手にとって、無遠慮に『アレ』を拭き取った。
「返さなくていいから……」
リッカが顔を引きつらせながら補足する。
クーはそうか、と返事をすると、拭いた面が裏側になるように折りたたみ、自分のポーチにしまった。
それからジルの勧めでお茶をみんなに配り、のんびりしながら啜る。
「平和だ……」
そうしみじみと呟いたのは、他でもないクーであった。
というかかなり切実だった。
その顔は敗戦でたった一人戦場から帰還した兵士の、生存に幸せを噛み締めるような表情だった。
その呟きに、リッカもジルも何も言い返すことができず、ただクーがどれだけ悲惨な毎日を送っていたか、彼の実際の生活にも及ばない想像をしていたのだった。
つまりは、クーの不幸っぷりは彼女たちの想像以上、ということである。
「まぁ、とにかく、先はまだ長いわ。休憩はこれくらいにして、早くあの町に行きましょ。宿も取っておかないと」
「ああ、そうだな」
クーがリッカの意見に同調する。
おもむろに立ち上がって、立ち上がりに失敗する天然なジルに手を貸して立ち上がらせる。
その時ジルの頬に朱がかかっていたのはクーには分からなかった。
「それじゃ、誰がこの丘から降りるのが一番早いか競走しましょ!」
そう提案したのはリッカだった。
「ハッ、それじゃ俺様が一位確定じゃねーか」
「うるさいわね、一度は私に負けたくせに」
「お前はあんな状態の俺に勝って嬉しいのか……?」
「勝ちは勝ちよ。それじゃ、よーい、どんっ!」
ジルとリッカはほぼ同時に走り出した。
慌ててクーも追おうとしたのだが、出だしに怪我で足がもつれたのと、石に躓いたので大転倒する。
そして運悪くそのまま坂を転げ落ちる。
勿論、魔法による治癒を受けたとはいえ、全身怪我をしたばっかりだったので、地面と接触する度に体に痛みが走る。
「ぬおおおぉぉぉぉぉおおおおん……」
クーの悲痛な呻き声が、青空の下の丘に響き渡った。
こっち書いてるの楽しいけど、原作に辿り着くまでどうやって話進めようか。
ネタはいくらかあるんだけど、なんせ百年以上も時間差があるからなぁ。
飛ばし飛ばしで……いいよね?