魔法使いの間で最近流行となりつつあり、同時に若手の魔法使いの資質や才能を測る世界的な魔法使いの競技――グニルック。
エリザベスが魔法学園を開設する前から存在する伝統的な魔法の競技であり、魔法の資質はもちろん、体力や知恵も試されるようになっている。
ルールは割と簡単で、ブリットと呼ばれるボールをロッドと呼ばれる杖で打って、離れた場所にあるターゲットパネルを打ち抜く、というものである。
しかしただ遠くのパネルを打ち抜く、というのでもなく、公式戦においては相手の定めた箇所に、ビショップ、ナイトと呼ばれる二種類のガードストーン、すなわち障害物を設置して、それを上手に躱しながらより多くのパネルを打ち落とす、と言った精密性も問われるものとなっている。
動作からしてゴルフのようでもあるが、どちらかというと複数の的を倒す、当てるといった意味ではボウリングの方が近いかもしれない。
さて、説明も終わったところで、何故こんな説明をしなければならないか、ということだ。
ずばり、王立ロンドン魔法学園では、毎年十月に、新入生たちで、クラス対抗のグニルックの大会が開かれるのだ。
それは何を指すか。そう、期待の新入生、カテゴリー5、孤高のカトレアと呼ばれる美少女、リッカ・グリーンウッドと、彼女と共に旅をしてきた仲間たちもそれに参加するということである。
実力で言えば、そこらへんの魔法使いよりも実力の高い三人組、自然と魔法使いの協会でも注目が高まるというものであった。
Aクラスには、リッカとジル、それからクーとの激闘を繰り広げた女子生徒、五条院巴も注目の的である。Bクラスにも実力者はたくさんおり、Cクラスにはシャルルがいる。
各クラスから四名ずつ代表者を決め、チーム対抗戦で勝敗を決める、というのがクラス対抗戦のルールである。
Cクラスのシャルルは勿論参加、そして彼女はクラスから、名のある家柄の実力者をチームのメンバーとして率いてきた。
一方でAクラスのチームは、リッカとジル、巴と、それから『アイルランドの英雄』である学園のアニキ、クー・フーリンだった。
彼は全くと言っていいほどグニルックの練習には参加しなかったのにも拘らず、クラスのメンバーきっての推薦ということで、リッカの反対を押し切って人気票だけで代表に選ばれたのだ。勿論クー自身には興味の欠片も持ち合わせていない。
――そして、試合当日、勝負は始まる。
大歓声の中、それぞれのクラス代表がグニルック競技場へと姿を現す。
各クラスの期待を背負ってそこに立っている魔法使いたち。不安であったり、自信満々であったり、その表情はそれぞれであったが、その胸の内に秘める勝利への願望は、誰もが持ち合わせているものだった。
開会式と学園長、エリザベスの挨拶を終え、遂に本番となる。
まずは、Aクラス対Bクラス。リッカにとっても特に大したことのないチームが相手だと考えている。ジルは至って慎重なようで、自分自身にも、そして自信たっぷりなリッカにも油断はしないように言い聞かせている。勿論リッカは軽く聞き流す程度のものだったが。
さて、ここでグニルックの詳細を説明しようと思う。
このグニルックは、ターン制で一つのフェーズを交互に打ち合い、その際に打たない方のチームがガードストーンを設置して相手の攻撃を妨害するものである。
そのフィールドは二種類存在し、十ヤードのショートレンジ、二十ヤードのロングレンジと距離に変化が出てくる他に、ターゲットパネルにも、パネル四枚の『ターゲット4』、そしてパネル九枚の『ターゲット9』が存在する。
殆ど常識と言って差し支えないのだが、一度に打ち抜くことが出来るパネルは四枚までである。それには隣り合っている四枚のパネルの重なっている交点を打ち抜けばいい。かなりハイレベルなショットを要求されるが、成功すれば得点も大きくもらえることになる。
ターゲット4の時はショット回数が二回、ターゲット9の時はショット回数が四回と定められており、一度により多くのパネルを打ち落とせばそれだけ勝利への道が広くなるというものである。
まずはAクラスの先行、トップバッターでありチームの士気と勢いをつける役割を担う、リッカ・グリーンウッドがシューティングゾーンに立ち、観客をそれだけで沸かせる。
勿論リッカたちは普通にグニルックの練習は積み重ねてきている。それは魔法学園に入学する以前からの話で、それこそジルとシャルルとは頻繁に競い合うように練習してきた。
元々の才能と努力のおかげでリッカにはほとんど死角はない。
まずは第一フェーズ――ショートレンジ、ターゲット4、ガードストーンなし。
二回のショットで四枚を撃ち抜く必要があるが、リッカには最初からそのように考えてはいなかった。
ただ一撃のショットで、四枚すべて打ち落とすのみ。
遠くのターゲットをしっかりと狙って、ロッドを素早くスイングする。
実に滑らかな魔力の移動で、ロッドからブリッドへと魔力を流す。
一直線にブリッドはターゲットの真ん中を打ち抜き、一撃の下にパネルを全て打ち抜いた。
圧倒的な実力を示すそのショットに、更に観客が湧き、一気に注目を引き付ける。華麗な容姿、堂々とした佇まい、そして並外れた才能――魔法使いとして彼女に対して一目置くのは当然と言えば当然だ。
後行の相手も初手では確実にパネルを落としにかかる。
第二フェーズ――ロングレンジ、ターゲット4、ガードストーンなし。
二番手に来たのは巴。家柄が家柄なおかげで、精密な作業にはめっぽう強く、クラスマッチのグニルックの練習をしていた際も、その実力はリッカと並ぶものがあった。
東洋独自の魔法文化を持つ巴には、彼女でしかできない技術を多く持っている。それを武器にして今回も戦っていく予定である。
ロッドをしっかりと握り締め、そしてリッカと同様にターゲットのど真ん中、すなわち一撃必殺を狙う。
そしてクーとの決闘の時に見せつけた高速の抜刀の如きスイングで、ブリッドを打ち出した。
真っ直ぐに、そしてかなりのスピードで、ブリッドは正確にターゲットの真ん中を打ち、一発でショットを決めた。
歓声の中でドヤ顔で戻ってくる巴に対し、ジルとリッカはハイタッチで迎え入れた。
「……何が楽しくてこんなことやってんだが」
相変わらずクーは不貞腐れているようだが試合は続く。
相手選手も相変わらず一撃で決めてきた。
第三フェーズ――ショートレンジ、ターゲット9、ガードストーンなし。
ここからは全てを打ち落とすためには一度のミスも許されなくなる。同時落としを決めつつ、確実に九枚全てを撃ち抜く必要が出てくる。
ここで登場するのがジル。カテゴリー認定試験の時にも優位なポイントとしてはたらいた、神懸かりなまでの精密性、彼女の得意とする治癒魔法などがそれにあたるが、その正確な腕は確実にパネルを打ち落としてくれる。
現に、シューティングゾーンに立ったジルは、歓声に圧されながらもロッドをスイングし、四回のショットで確実に全てのパネルを打ち落とした。
ほっと胸を撫で下ろしながら帰ってくるジルに、巴はよくやったと激励の言葉をかける。
「はぁ~、怖かったぁ~」
「たかがゲームで何情けねぇ声上げてんだか」
クーのことはもう何も言うまい、とりあえず欠伸を漏らすだけだった。
相手もなかなかの実力者ぞろいで、このフェーズも十分な余裕を持ってクリアできていた。
ここまでは完全に拮抗した勝負――だがしかし、次で会場の空気は大きく一変する。
第四フェーズ――ロングレンジ、ターゲット9、ガードストーンなし。
ここでシューティングゾーンに立ったのは、『アイルランドの英雄』、クー・フーリン。面倒臭そうにロッドを肩に抱えて適当に構えたのだが、その時に、大きな歓声が空を揺らした。
――アニキイィィィィィィィィィィィィィィ!!!
野郎どもの野太い声、『八本槍』としてそもそもの人気を博している彼は、巴との一戦でその実力をまじまじと見せつけ、挙句どんな怪我からも一瞬のうちに回復して戻ってくるその逞しさと頼もしさに、彼を兄者的存在として慕う者は学園でもかなりの人数となっていた。
「うっせぇな……」
そんな歓声もうるさそうに聞き流してロッドを握る。そして適当に構えて、ターゲットを睨む。
かなりだるそうにしているクーだったが、これはあくまで勝負事である。勝敗が絡んでくれば勿論彼は――燃えてくる。
「どうせやるなら――」
口角を持ち上げて、ニヤリと笑う。
やるなら全力で相手を叩き潰す、それが彼のポリシーなのだ。
「――ぶっちぎってやるぜ!」
全力でスイングをブリッドに対してかました。その際、ロッドの方にミシリと罅が入るがそんなことは気にしない。
ありえない音を立てながら真っ直ぐにブリッドは飛んでいく。心なしかブリッドが周囲の空気との摩擦で燃え上がっているように見えないこともない。
火球のような何かは不自然な音を置いてけぼりにしてターゲットのど真ん中を直撃する。
その光景に、リッカや巴がコイツに打たせるんじゃなかったと後悔して頭を抱えた――のだが。
一瞬の静寂。その後訪れた、大地と大空を同時に割るような巨大な歓声が鳴り響く。
何事かと思い視線をターゲットへと向けると、あら不思議、そこには既に何もなかった。
そう、何も――ターゲットの縁でさえも。
「――は?」
思わず間の抜けた声が漏れるのだが、流石にこの状況に思考回路が追い付くほどリッカたちは達観してはいなかった。
一方で何かはしゃいでいるクー。どうやらグニルックの楽しさを身をもって体感してしまったようだ。明らかに間違っているのだがとにかく楽しかったようだ。
そしてこの状況を解説する者が震え声で言うには、クーはどうやら桁違いの魔力をブリッド及びロッドに乗せて全力でスイングしたせいで、強烈なまでの威力とそれに乗じた風圧によってできた摩擦熱によって引き起こった炎を纏い、その破壊力を持ってターゲットパネルどころかそのセット全てを丸々消し炭にしてしまったのだ。
「やべぇ、なんだこれ、気分爽快だぜ!」
そう言ってクーは意気揚々と呆然と立ち尽くすリッカたちの下へと帰っていった。
口を開けたままクーをまじまじと見るリッカたちを見て、クーはニカッと無邪気な笑みを浮かべる。これ以上に無い程恐ろしく邪気のない笑み。
その後クーは、全てのフェーズを一人で打ち果してしまった。
第五フェーズから第八フェーズまで全て、ガードストーンの設置が行われるフェーズにおいて、それら障害物を、排除するものと勘違いしながら破壊し、消し飛ばして全てのパネルを打ち抜く――もとい消し飛ばす。
そんな調子でこの試合は、完膚なきまでにBクラスを叩き潰し、Aクラスの勝利で終わってしまった。
残るCクラスとの戦いも、途中でリッカがクーを叩き潰して医務室送りにするまでワンマンプレーを続け、完全に流れと言うか変な空気を味方につけてしまい、よく分からないままにAクラスが優勝してしまうという、異例の事件が起こったのだった。
その後クーは、協会の方からグニルックの試合、及び大会への出場禁止を言い渡される。
理由としては、まずその圧倒的な実力から周りの者がついていけず向上心を失ってしまうということ、そして現実的な問題として、彼がプレーすると試合の予算的にも大きく被害をこうむってしまうということだった。
折角グニルックの楽しさを理解できたというのに、それを取り上げるのは横暴だというクーの反論は受け付けられず、そのまま処分は決まってしまう。
それ以降、事あるごとにリッカやジルに非公式で対戦を申し込んでいるのだが、全て断られたという。
しかし、彼はまだ諦めない。
自分が出場できないのなら、自分の弟子にやってみたいことをやらせればいい。
そんなどうしようもないことを考えながら、彼は弟子のためにある必殺技を考案しているのだという。
いよいよ原作主人公組入学シーズン。
江戸川コンビとかのやりとりを書くのが楽しみだったりします。