エリザベスが王立ロンドン魔法学園、通称風見鶏の学園長に就任したのが去年、そして今年の九月、リッカ、シャルル、ジルの三人は風見鶏への入学を果たした。
つまり彼女たちがカテゴリー認定試験を受けてから二年が経過したことになる。
勿論エリザベスが帰還したということはクーやエトも帰って来たということであり、クーはともかくとしてエトは盛大な歓迎を受けて帰ってきた。
その時のシャルルのエトの可愛がりっぷりときたら、自分にも弟妹が欲しいと周りに思わせるレベルのものだったと言える。
実際にジルが、弟が欲しいと呟いたくらいだ。
一方でクーは凱旋パーティーのようなものには参加せずに、さっさと自分の用意された部屋に戻って不貞腐れたように寝ていたという。
可愛くないというかなんというか。
エリザベスやエトのこともあったため、シャルルやジルも彼を引き留めることはなかったが、やはり少しだけ、面白くなかった。
以下、エリザベス一行が各地の会合から帰還した時のパーティーの様子である。
貴族出身の、たくさんの魔法使い――魔法学園の生徒たちがグラウンドに出て、夜空の下で食事を堪能している。
「お兄さんって、凄いんだよ!」
片手にサラダの盛られた皿を持ちながら、シャルルに対して声を上げる。
シャルルはエトが傍にいることに気が付いて嬉しそうに振り返る。
どうしたのと聞くと、シャルルは嬉々として語り始めた。
「あるホテルでお兄さんと二人部屋で寝泊まりしたんだけど、夜一緒に寝て、朝起きたらお兄さん、どうしてか大火傷を負ってたんだ!心配したんだけど、男ならかくあるべきだって言ってたよ!すごくカッコよかった!」
シャルルは考え込んだ。
まず、何があったのだろうと。そして、夜寝た後から朝起きるまでの間に何かしらの惨事に巻き込まれることが真の男なのだろうかと。更に、弟はその姿のどこに感銘を受けたのだろうかと。
確かにクーはシャルルにとっても尊敬する人だが、どうやらただ少し怖くてそれでも頼れる人、という訳でもなく、少し天然というか、おかしなところもある人なのだろうというのが彼女なりの結論である。
ちなみにエトに心配そうに声をかけられるまで必死の表情で考え込んでしまっていた。
「クーさんは、大丈夫だったの?」
「うん、その日の朝から稽古をつけてくれたよ。とりあえずはこの旅の間に、自分の身くらいは守れるようになったって言ってくれた!」
クーに褒められ、少しでも認めてもらえることに、エトは嬉しく感じているのだろう。
全身から喜びのオーラを発して、楽しそうに話しているエトを見て、ベッドで寝たきりになっていた弟とは打って変わって、今となっては自分以上に立派な子に育っているのではないかと、そしてそれが自分の手ではなく、仲間とは言え他人の手によって強くなっているという事実は、シャルルにとって少し物寂しく感じていた。
いつかエトも、自分から姉離れしていくのだろうと、そう思った。
「ところで、……僕の手紙、リッカさんから預かったでしょ?」
苦笑いしながらそんなことを確認するエト。
どこか気まずそうに視線を逸らしながら、申し訳なさそうにしていた。
「あれ、どうしてリッカに届いてたの?」
あのことかと、何故かエトからの手紙が毎回リッカを通じて届いていたことを思い出した。
なぜそうなったのか、最初の方こそ疑問に思っていたのだが、エトの方にも事情があるのではと、気にしなくもなっていた。
しかし、エトのその表情を見るに、何か拙いことでもあるらしい。
「えーっと、それはね、お兄さんがリッカさんに手紙を書くって、宛先はいちいち変えるの面倒だから統一したんだって。それで、その文面がね――」
「そーゆーこと」
エトの言葉を遮って登場したのはリッカだった。後ろからジルもついてきている。
溜息を吐いてどっと疲れたような態度をとって、シャルルを見た。
「あいつったら、妙な事ばっか書いてくるのよ。もう読んでるこっちが疲れるくらいに」
ちなみに、リッカへの手紙の例として、次のようなものがあった。
『リッカ、聞いたぜ、カテゴリー5だってよ、良かったじゃねーか。これで夢にまた一歩近づけたんだろ』
ここまでは普通の激励の言葉であり、この文を読んだ時は流石のリッカも嬉しく感じていた。
しかし――
『でもよ、『孤高のカトレア』だってよ。笑いもんだぜ。魔法の才能は認めてやるけどよ、ジルたちとじゃれてつるんでるテメェが、泣き虫弱虫なテメェが孤高とかシャレにもなんねーよ』
この後、延々と腹の立つような悪口が並べられていて、初めてこのような文章を読まされた時は怒りに身を任せて破り捨ててしまったくらいだった。
今でもその怒気が残っているのか、すこしピリピリした雰囲気が感じられる。
「リッカさん、なんかその……ごめんなさい」
エトに頭を下げて謝られる。
ここまでされては頭に血が上ったリッカも流石に羞恥を覚え、体裁を整える。
そもそも謝るべきはクーのはずなのになぜエトが謝っているのだろうか。
「あのバカ、今度会ったら絶対に叩きのめしてやるわ。こんなことして、ただじゃ済まさないんだから」
冷静になってもなお、その怒りの矛先は相変わらずクーへと向いていた。
「リッカさん、この後、もし時間が空いてたら、魔法を少し教えてもらっていいですか?」
旅先から帰って来たばかりのエトは、まだ元気があるのかリッカに対してそんなことを訊ねた。
エトのやる気には感心して、褒め称えるべきではあったのだが、時間ももう遅い。流石にエトにこれから魔法を教えてあげる時間はなさそうだった。
「ごめんね。今日はちょっと遅いから。また今度、休みの日にでもどうかしら?」
エトの誘いを、リッカは断った。
確かにリッカはエトの旺盛な向上心を押さえるような真似をしたが、それでもエトは素直に頷き、シャルルと仲良く話し込んでいた。
全く、何故あのようないい加減な師匠にこのような素直で明るくて真っ直ぐな子が教えられることになっているのか。
リッカはこの世の不条理さを垣間見た気がした。
エトがそんな師匠になついているのも問題なのだが、そこには目を瞑ったようで。
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その後、王立ロンドン魔法学園の入学式を正式に終え、リッカたちは正式に生徒会から三種の神器とも呼ばれるワンド、ブローチ、シェルを受け取る。
そして示された教室へと向かい、緊張した空気の中に入っていくのだった。
この時気が付いたのだが、リッカとジルは親友同士、同じクラスになったようで、そのことを大変喜んでいた。
一方で――
「何で俺様までこんなところに放り込まれにゃならんのだ」
教室の隅の机にどかりと座り込んで、不満げな面持ちでリッカたちを睨む男がいた。
無論、クーである。
「何言ってんのよ、学園長からの直々の推薦でしょ?今更文句言わないの」
「ふざけんな!俺はあの後正式に王室直属の護衛の騎士に就任してんだぞ!?なんでその俺が学園に入学して魔法なんぞ習わにゃならんのだ!?」
国王に直接付き従って護衛する騎士――全員で八人いるのだが、これがまた強者ぞろいと来ており、そのあまりの強さから、彼らを知る者は口を揃えて彼らのことを『八本槍』と呼ぶ。
クーはその騎士として叙任を受けており、国王を直接護衛する義務がある。
とは言ってもその任務の対象はこの学園にいる間の、学園長としてのエリザベスであり、国外に出る時は緊急を要するとき以外は基本的に他の『八本槍』に任せるようなシステムになっている。
どちらにしてもクーにとってのこの学園の仕事は、彼女を守ることだけだと思い込んでいた。
なのにこの仕打ちは理不尽ではないかとの主張である。
その時――
ガシャン、と、強烈な音が教室を支配し、同時に室内にいた生徒が全員黙り込み音のした方向に視線を向けた。
視線に晒されたのはクー・フーリンであり、その拳は机に向けて振り下ろされていた。
机には大きな罅が入っており、どれだけの力がそこにこもっていたのかは容易に想像できる。
しかし問題はそこではなかった。
彼の拳と机の間――その空間に、変形した鉛色の物体が挟まれてあったのだ。
「――挑戦ならいくらでも受けて立つぜ、生意気なクソガキが」
クーが机から拳を上げると、そこにあったのは、歪な形をしたクナイ、そう、極東の国、日本の忍者と呼ばれる集団が使う投擲武器だった。
そして、前方の席から、立ち上がる人影が一つ。
長い黒髪を揺らしながらこちらに振り向く。
端正な顔立ちと、鋭い視線から、彼女が実力者であることが窺える。
「話は聞かせてもらった。国王陛下の直属騎士、『八本槍』にして、『アイルランドの英雄』さん」
他の生徒が何事かと騒めいている間に、その女子生徒はゆっくりとクーの下へと歩み寄った。
挑戦的に、堂々とした足取りで。
「名前くらい名乗れや、三下」
挑発的な笑みを浮かべて座ったままで女子生徒を見上げ、彼女の様子を窺う。
「なるほど、これは失礼した。私の名は、
鋭い瞳によく似た、鋭利な刀を懐から取り出しなら、彼女はそう自己紹介した。
次回は割と書きたかったシーンの一つ。
気合いを入れていきたいと思います。