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王立ロンドン魔法学園 -風見鶏-
イギリスの都市、ロンドン。
その市内に堂々とその姿を聳え立たせているのは、ビッグ・ベンと言われる巨大な時計塔だった。
地下へと続く、動く廊下をゆっくりと降りる。
ガラス張りの窓の向こうには、それはそれは地下とは到底思えない壮大で美しい光景が広がっていた。
巨大な湖の中に浮かぶ、大小様々な島。そしてそしてその島にはいくつかの建物が並んでいた。
「あれか、エリザベスが言ってた魔法学園ってのは」
「そうね、まだできたばかりで在学生もそんなに多くはないけど、とりあえず私たちがすることって、この学園の名前を魔法使いの間で広めるってところかしらね」
「それだったらクーさんの『アイルランドの英雄』を使えば手っ取り早いんじゃない?」
シャルルもエトも、クーが『アイルランドの英雄』という名前で通じていたことは知っていた。とはいえ、彼らが知っている噂もまた、クー自身全く身に覚えのない、ただの出鱈目でっち上げだった。
ただエトには何かしらのフィルターがクーにかかっていたのか、全く恐怖されず、返って増々尊敬されるようになった。
地下空間に到着して、彼らが真っ先に向かったのは、この空間で最大の建物、王立ロンドン魔法学園の本館である。
その建物の正面玄関付近で、例の人は待っていた。
「リズ!」
「リッカさん!それに、ジルさん!」
久しぶりの再会に、三人は喜び合った。
エトもシャルルも蚊帳の外だったが、とにかくその三人が仲良くしているのを見てなんとなく嬉しくなったようだ。
軽い挨拶と自己紹介を交わして、少し雑談をした後、エリザベスは本題に入った。
「それで、手伝ってほしいことがあるのです」
それまでの笑顔とは一変し、急に真剣な表情で話し出した。
「私はこの学園で学園長をしています。この学園の開園と同時に、試験的にロンドン中の魔法使いの卵を在学させて、あらゆる分野に精通した魔法使いを講師としてスカウトし、少しずつ方針を定めながら運営しています。ですが、今の状態ではあまりにも集まりが悪く、美味くことを運ぶことができません」
そこで世界各国の魔法使いの育成施設を回って、協力と援助を取り計らってもらう、ということをエリザベスは続けた。
この学園は世界各国の魔法使いに門戸を開き、幅広い教養と魔法使いとしての自覚と素質を磨くことを目標としている。
そして、説明を受けたのはカテゴリーシステム。
これは、魔法使いのレベルを五段階に分け、階級が上がるにつれて特権と責任を負わせるシステムである。
カテゴリー1はごく普通の魔法使いで、魔法学園に入学した際はここからスタートする。
逆にカテゴリー5は、魔法使いとして最大の特権が得られる代わりに、魔法使いに関する国同士での重大な話し合いや、魔法が関わってくる重犯罪の解決にあたるなど、厳しい責任が与えられる。
そして、リッカ、ジル、シャルルの三人には、この学園の運営を裏から支える手伝いをしてもらい、また同時に、このカテゴリー認定試験も受けてもらう。
クーとエトには、これからエリザベスがあらゆる国を回って協力を取り付けるための出国となるので、そのための護衛を頼んだ。
「俺は考えるのはだるいからいいが、坊主、お前はどうするんだ?」
「僕は少しでもお兄さんに修行をつけてもらいたいからついていくよ。お姉ちゃんとしばらく別れるのは寂しいけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんで頑張るから、僕も頑張らないとね」
「それではクーさん、エトさん、お願いできますか?」
クーは二つ返事で了解した。ただし、報酬は絶対である。
友達だからタダで――なんていうのはクーではない。絶対にない。
そしてここから、それぞれがこの王立ロンドン魔法魔法学園、後に風見鶏と呼ばれる魔法使い教育機関をより広い世界で開くために動き始めた。
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カテゴリーシステムはエリザベスが魔法学園を創立する前から、その先駆けとして設置されたものである。
これについては既に世界に流通しており、早くもカテゴリー5の人間が二人も確認されている。
そしてそのような試験に、リッカもジルも、そしてシャルルも参加することになった。
「ここでカテゴリー5になることができたら、私とジルの夢も大幅に前進するわ!」
「えっ、でも、カテゴリー5って、とても厳しいんでしょ?確かにリッカの才能は凄いけど、どうなんだろうね」
「リッカなら大丈夫だよ。こんなに優しくて強い魔法使いがカテゴリー5にならなくて、誰がなるのっていうくらい」
そういうことで、とりあえず資料集めとばかりに、リッカたちはこの敷地内にある、図書館島へと向かうことにした。
とはいえ、魔法学園の敷地のほとんどは湖で出来ているため、陸路での移動は不可能である。
だからそのための移動手段もまた、マジックアイテムということになるのだ。
そしてリッカたちがエリザベスから預かったマジックアイテムが三つ。
一つ目は、魔法使いが魔法を行使しやすくするための、ワンド。これがあれば、基本的な魔法は根本的な構築を省略して魔法を行使することができる。
但しこの三人はそういったことを自力で出来るほどの実力がある上に、発展的な魔法を使用することが多いので、このワンドはあってもなくてもいいことになる。
二つ目は、この学園内で通信するに欠かせない、シェル。これは、ある程度魔力が周囲に充満している魔法学園内で使用できる通信機である。遠く離れた位置で、音声で会話したり、テキストメッセージを相手に送り付けることも可能である。
地上で使用することも可能だが、使用できる場所は限られており、更に回線不良のようなことも起こりやすいため、あまり適していないといえる。
三つ目が、ブローチである。一見ただのブローチのようにも見えるが、これを水面に投げ込むことで、一人乗りのボートに早変わりする優れものである。後は自分の意志で動く方向を念じれば自動でその方向に動き出してくれる。更にボートから降りれば自動でブローチに戻り、手元に帰ってくるのでわざわざ拾う手間も省ける。
このブローチもといボートを用いて、複数に分かれたエリアに移動できるのだ。
今回はそれで図書館島というエリアに向かう手筈である。
所定の桟橋につき、水面に向かって各々ブローチを投げると、ブローチが一瞬のうちに小さなボートに変形する。
それを初めて見た三人が驚きの声を上げたのは言うまでもない。
「すごーい!」
「魔法も結構進んでるのね……」
「リズもなかなかやるわね」
ともあれ、三人はこのままボートに乗って、操作に悪戦苦闘しながら図書館島へと向かったのであった。
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さて、こちらはエリザベス一行。
ある日の夜、エトはともかくとして、クーはイライラしていた。
何故なら、今ここは、とある高級ホテルの食堂だからである。
ホテルそのものを貸し切って、魔法使いに関わりのある貴族や権力者を集めてはパーティーのようなものを開いている。
それに伴ってクーやエトもそれなりに正装をしているのだが、いかんせんクーにとって肌に合わなさ過ぎた。
ごわごわしていて、固くて、身動きがとりにくい。
これでも一応エリザベスの護衛の身なので警戒は怠ってはいないが、それでもこの格好ではいつも通りに動くこともせず、また食事の場でもあるのでガサゴソすることもできず、テーブルマナーもエリザベスから教わったものを守らなければならなかったのでずっとイライラしていた。
むしろ隣で宥めているエトの方が何だか精神的に大人に見えないこともない。
とはいえ、この食事会が終われば自由時間だった。
護衛の時間も交代となり、クーはようやくゆっくりエトの修行の面倒を見ることができる。
「さて、今日はそろそろ手合せでもしてみるか」
突然のクーの提案に思わずエトものけぞった。しかしすぐに表情を引き締め、頷く。
「但し俺は攻撃しない。ひたすら回避と防御に専念する。俺に一発食らわせるのが目標だ。いいか?」
「はい!」
そういうと、エトは細長い木刀を握り締める。
武器の扱い方は、基本的に他の護衛隊の隊員から教わっていた。
基本的な動作であれば、基本的にどんな武器でも扱えるようにまではクーによって仕込まれている。
手札の多さだけに関しては、この点でエトがクーに勝っている。とはいえ、その手札も最早全てクーに知られてしまっているわけだが。
そして開始の合図。
クーが石ころを宙に投げあげ、放物線を描いてエトとクーを結ぶ線の中点に落下する。
その音と同時に、エトが足を動かした。
「たぁぁぁあああっ!」
隙のない初動、直線的な動きから繰り出されるのは、胴に向けての刺突攻撃。
対してクーは、それを、槍の穂先を少し動かすだけで防ぐ。
受け流されたエトはすぐさま次の攻撃に移る。
自身から見て左に受け流された刀身を切り替え、相手の右脇から左肩へと斬り上げる。
ヒュン、と空を斬る音があたりに響く。当然クーには命中していなかった。
軽い跳躍で一歩下がったクーは再びエトの攻撃を待つ。
ここまではエトにとっても想定内の範囲と言える。
ならば、クーの知り得ないところで、別の師から教わったものを活かせばいい。
次の行動、クーは流石に驚きを隠せなかった。突然にしてエトの接近速度が倍、いや、三倍程にまで跳ね上がり、咄嗟の対応をせざるを得なかったのだ。
「これは……!」
襲い掛かる剣を、正面で槍で受け止める。
「リッカさんにもいろいろ教えてもらってたんだ。魔法を教えてもらってたことは知ってるだろうけど、何を教えてもらってたかまでは言ってないよね」
エトは、自らの体に速度上昇の術式魔法を行使、同時に夜の闇に乗じた擬態の魔法を発動し、一瞬だけでもクーの視界をかく乱して間合いを詰めたのだ。
「面白れぇ」
ニヤリ、と鋭い笑みを浮かべ、エトを見据える。
エトもまた、クーの表情を注視しながら、次々に連撃を加えていく。
その剣の一振り一振りに、まだまだ隙はあったが、それでもかつて小さな家の一室で寝たきりになっていた少年とは思えない程機敏な動作だった。
そんなエトに対して、クーはテンションが上がってしまい――
「悪い、反撃させてもらう」
後方に一気に跳躍し、相手と距離をとったクーは、掌で槍を回転させ、自身の実力を誇張させる。
エトはそんなクーの心情をなんとなく理解し、警戒する。
足音が響いた――次の瞬間にはエトはクーの射程内にいた。
クーが一瞬で足を運んだのだ。
神速の一突き――ギリギリのタイミングで弾いて逸らす。
だが、急な一撃に、エトは体制を崩してしまう。
その隙を突き、弾かれた勢いをそのまま利用して回転させた槍の柄を使い、エトはついに地に伏せられたのだった。
「だめだ、やっぱりまだお兄さんには敵わないや」
「成長してんじゃねーか坊主。この俺様を熱くさせるなんてな」
月明かりの下で、とある師弟は、静かに笑いあった。
更新不定期です。次はいつになるやら……