インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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09 指南役

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「へ?」

 

 四時間目の始業のチャイムと共に教室に入ってきた織斑先生が一夏君に向かって事務的に伝える。だが、それだけでは通じなかったようで織斑先生は追加で説明を加える。

 

「予備機がない。だから、学園で専用機を用意するそうだ」

 

 織斑先生の説明を聞いても理解できていないのか首を傾げている。

 

 ……え? もしかして何も聞いてないんですか。日本政府さん。一夏君に少しは説明してあげましょうよ。

 

「専用機!? 一年の、この時期に!?」

「それって政府からの支援が出るってこと?」

「いいなぁ~。私も専用機欲しいなぁ」

 

 専用機の言葉に教室中がざわめく。

 渦中の一夏君は意味が分からないという顔をしながら辺りを見渡している。

 

「それを聞いて安心しましたわ! クラス代表の決定戦、わたくしと貴方では勝負は見えていますけど、わたくしと天野さんが専用機、貴方だけが訓練機ではフェアではありませんものね」 

 

 オルコットさんはそう言いながら一夏君の席まで向かう。

 

「お前も専用機ってのを持ってるのか」

「ええ、このわたくし、セシリア・オルコットはイギリス代表候補生。そして現時点で既に専用機を持っていますの。世界にISは僅か467機。つまり、エリート中のエリートという訳ですわ!」

「467機!? たった……。へぇ~、それじゃあ悠もすごい奴なんだな」

 

 そう言いながら一夏君が私を見てくる。その言葉に教室中の生徒が驚いていた。

 

「いま、天野さんのこと名前で……」

「なになに、もう、そういう関係なの」

「流石は悠ちゃん、狙い撃ちは得意なのね」

 

 そういう関係ではありません……。なんですか狙い撃ちって。こういう反応があるとは思ってましたが、思ったより恥ずかしいですね。

 

「静かにしろ。オルコットは席に戻れ。はぁ、本来ならば、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。しかし、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

 

「は、はい……」

 

 織斑先生の一声で教室内が一瞬で静かになる。オルコットさんも決まりが悪そうに自分の席へと戻って行った。

 それに一夏君も声は小さいが、なんとなく理解したようだ。

 

「よろしい。では山田先生、授業を」

「はい。それでは授業を始めます。皆さん――」

 

 山田先生の言葉と共に授業が始まる。相変わらず、一夏君はついていけてないようだったが、それでもノートだけでも頑張って取ろうとしているのか黒板と机を何度も繰り返し見ている。

 

 後で解らないところを教えてあげますか……。

 

 

 

 

 昼休み、大半の生徒は学食へ、その他の生徒もお弁当を持って教室から出ていく人が多い。私も朝のうちに用意しておいたお弁当を持って席を立つ。

 

「篠ノ之さん。お昼ご一緒にしませんか」

 

 昨日や今朝の事も含めて話したいことがあるので篠ノ之さんを昼食に誘う。だが、篠ノ之さんは不機嫌そうにこちらを向く。

 

「……何故私なんだ。一夏の護衛もあるのだろう、そちらにいけばいい」

 

 昨日の放課後に織斑先生と話していた内容は教室内に残っていた生徒が少なかったにも関わらず、夕食時には既に私が一夏君の護衛であることが殆どの生徒に知られていた。

 

「そのつもりなんですが、護衛とはいえ男性と――一夏君と二人きりだと気まずいので、一緒に来てくれませんか?」

「朝、一緒にいた布仏さんを誘えばいいだろう」

「本音さんは他のクラスの子に会いに行ってしまって……。私を助けると思って来てくれませんか」

「……分かった」

 

 私のお願いに渋々ながら応じてくれる。意外と気難しい人なんですね。

 一夏君は、昼休み開始とほぼ同時にオルコットさんに絡まれていたがようやく解放されたようで、こちらに向かってくる。

 

「箒、飯食いに行こうぜ。悠も一緒に」

「ええ、ちょうどその話をしていたんですよ。それじゃあ篠ノ之さん行きましょうか」

「あ、ああ」

 

 篠ノ之さんの手を引きながら食堂へ向かう。朝の様に気まずい雰囲気は無く、篠ノ之さんと軽く会話することができた。

 

 

 食堂には人が溢れかえっており、席も空いている所を探すのが大変な程であった。

 

「結構混んでますね。一夏君、二人分運ぶことってできますか?」

「ああ、友達の定食屋で何回もやったことあるから余裕だぜ」

 

 流石、男の子ですね。

 

「篠ノ之さんは何にしますか?」

「日替わり定食でいい」

「では一夏君お願いできますか? 私達は席を取っておくので」

「いいぜ。じゃあ席よろしくな」

 

 そう言いながら一夏君は食券を買いに券売機の方へ向かっていった。

 

「私達も席、探しましょうか」

「……なあ、何か私に用があるのではないか」

 

 やはり、あからさますぎたでしょうか。

 

「分かっちゃいました? すいません。でも、一夏君が心配してましたよ。他に何か怒らせるような事をしたんじゃないかって」

「そ、それは……」

 

 私の言葉に篠ノ之さんは歯切れが悪くなる。

 

「どうしても駄目そうなら言ってください。織斑先生に部屋割りを考え直してもらえるように伝えますので」

 

 男女が同じ部屋な時点で相当なストレスなのでしょう。いくら幼馴染と言っても気は休めませんよね。

 

「だ、駄目だ! 大丈夫だ問題ない!」

 

 篠ノ之さんが大声をあげながら否定する。近くにいた生徒も何事かと思いこちらを向くがすぐに興味を無くして食事や会話に戻って行く。

 

 あれ? この反応まるで……。いや……調査書には好意ありとなっていましたが6年前の話ですし。……でも。

 

「おい、あそこが空いているぞ! 早く行こう」

 

 そう言うと、足早にその場を去っていく。私も篠ノ之さんを追うが人混みのせいで上手く進めない。どうにかして席に着いた私達には気まずい沈黙が訪れた。

 

「あの……。もしかして、一夏君のこと……好きなんですか?」

 

 私の言葉が沈黙を破る。

 

「あ、あいつは幼馴染なだけだ! それに、あの……」

 

 勢い良く立ち上がった篠ノ之さんは次第に声が小さくなる。

 

 ああ、これは確定ですね。でも、そう考えると昨日までの篠ノ之さんが可愛く思えてきました。木刀で扉を破壊するとこ以外……。

 

「ふふ、そうですか。わかりました」

 

 私の反応を見て篠ノ之さんは苦い顔をする。

 

「……そんなに分かり易いか」

「ええ、でも最初はまさかとは思いましたよ。一夏君とその周辺については調べましたけど、6年前からですか……」

 

 6年以上も同じ人を想っている篠ノ之さんが少し羨ましくなる。篠ノ之さんも私の言葉に顔を赤くしている。

 

「私は応援しますよ。そうです! 私、山田先生から一夏君にISの事を教えるように頼まれているんですけど、一夏君の専用機、超が付くほど近接型らしいんです。私、接近戦は少し苦手で……、篠ノ之さんは剣道の大会で優勝もしていますし、一夏君とは同門なのでしょう。一緒に訓練しませんか?」

 

 私の提案に目を見開いている。

 

「いいのか、私が居ても……」

「ええ、一夏君も幼馴染の貴女が居た方が落ち着くでしょうし」

「そ、その……ありが――」

 

 篠ノ之さんが小さな声で何かを言おうとした瞬間。

 

「ほい、日替わり定食お待たせ」

 

 一夏君の声で遮られる。言葉を遮られた篠ノ之さんは一夏君を不機嫌そうな顔で見ている。

 

「な、なんだよ……。量が足りなかったか?」

「……」

「……」

 

 ISの扱い方よりも、女性の扱い方を教えた方がいいでしょうか……。

 

 私も呆れたように一夏君を見る。そんな私達からの視線に意味が分からないといった感じで首を傾げている。

 

「……はぁ。時間もありませんし、食べましょうか」

「お、おう。そうだな」

 

 一夏君も食欲には勝てなかったのか、それとも本当に意味が分からないから気にしないことにしたのか、私達はそれぞれ食べ始める。

 

♪~

 

 いつもこの時間は歌うことの少ないこの子が歌っている。理由は分からないが、一夏君と出会ってからは以前よりも頻繁に歌うようになった気がする。

 私は頭に流れる綺麗な歌声を楽しみながら食事を続けた。

 

 

 

 

「おばちゃん、日替わり二つで。食券ここでいいんですよね?」

 

 悠から頼まれて、箒の分も一緒に注文する。

 

「二つ? 大盛りにした方がいいんじゃないかい」

「いや、友達の分なんだ。この混み様だろ、先に席を取ってもらってるんだよ」

 

 二人前を一人で食べると思ったおばちゃんに、箒たちの事を伝える。

 

「へぇ~。もうそんな子がいるのかい。なら急がないとね」

 

 なんだか勘違いされているような気がするが、おばちゃんは奥へ行ってしまい、カウンターの反対側にいる俺にはどうすることもできなかった。

 

「はい、日替わり二つお待ち! さっさといってやんな。女性を待たせるもんじゃないよ」

「そうだな。おお、美味そうだ」

「美味そうじゃないよ、美味いんだよ」

 

 おばちゃんは、気持ちのいい笑顔をする。渡されたトレーを持って箒と悠を探す。直ぐには見つからないと思っていたが、箒のリボンが見えた。おばちゃんにも言われた通り、待たせるわけにもいかないので急いで向かう。近づくと、箒と悠が仲良さそうに話しているのが聞こえた。

 

「ほい、日替わり定食お待たせ」

 

 トレーの一つを箒の前に置くと何故か朝よりも不機嫌そうな顔で俺を見てきた。

 

 何故だ? そんなに時間はかかってないと思うが。あ、箒は運動部で放課後もあるからこの量じゃ足りなかったのか?

 

「な、なんだよ……。量が足りなかったか?」

 

 箒がより不機嫌になる。悠も心なしか呆れたように俺を見てくる。更に意味が分からない。

 

「……はぁ。時間もありませんし、食べましょうか」

「お、おう。そうだな」

 

 溜息を吐きながら悠が提案してくる。よく分からないが、確かに時間もないので食べ始める。箒も味噌汁に口を付けているので特に気にしなくても良さそうだ。

 

「あ、そういやさあ、ISのこと教えてくれよ。このままじゃ何もできずに負けそうだ」

「くだらない挑発に乗るからだ」

 

 手厳しい……。でもこのままじゃ、本当に何もできずに負けてしまう。

 

 救いを求めて悠の方を見る。悠は日本の代表候補生で俺の護衛になるくらいだ、実力も相当だろう。そんな人に教えて貰えれば心強いんだが……。

 悠は俺の視線に気づいていないのか、楽しそうに手作りであろうサンドイッチを食べている。

 

「悠。聞いてるか?」

「え、あ、すいません。どうしましたか」

 

 相当集中していたのか、俺の言葉で意識が戻る。

 

「いや、ISのことについて教えて欲しいんだけど……。頼めるか?」

「ええ、それなら――」

「ねぇ。君って噂のコでしょ?」

 

 悠が答えようとした瞬間、知らない女子生徒に話しかけられる。よく見ると、リボンの色から3年生のようだ。

 

「あ~、どの噂か知りませんけど、たぶん」

 

 どの噂の事を指しているのか分からない。千冬姉の事や悠の護衛の事、色々あるが男色の噂以外は殆ど本当の事だ。

 あの噂だけは絶対根絶させたい……。

 

「代表候補生の二人と勝負するって聞いたけど、ほんと?」

「はい、そうですけど」

 

 よかった。男色の噂じゃなかった。

 

「でも君、素人だよね? ISの稼働時間どのくらい?」

「え~と、20分くらいだと思いますけど」

「それじゃあ無理よ。代表候補生なら軽く300時間はやってるわよ」

 

 どのくらいから凄いのかは分からないが、俺とセシリア、悠との差は明らかのようだ。

 

「でさ、私が教えてあげよっか?」

 

 親切な人だが、できれば知っている人に頼みたい。俺がどうすればいいか悩んでいると、悠が先輩に声をかける。

 

「あの、すいません。先輩のご厚意は嬉しいのですが、山田先生から一夏君に指導するように言われてますので、またの機会ではいけませんか?」

 

 おお、もう悠が教えてくれる事になっていたのか。

 

「貴女、日本代表候補生の天野さん……。やっぱり護衛の噂も本当のようね。で、でも、天野さんも織斑君と戦うんでしょ? 天野さんが教えるのはフェアじゃないと思うんだけど」

 

 そうじゃん……、悠とも戦う事忘れてた。あれ? でもなんで悠と戦うことになってんだ?

 

「……」

 

 悠も痛いところを突かれたようで、どう返したらいいか悩んでいるようだ。やっぱり、ここは俺が断った方がいいか……。

 

「先輩、私も教えることになっているので、結構です」

 

 あれ? 箒も教えてくれる事になっていたのか。

 

「え~。あなたも1年生でしょ? 私の方が上手く教えられると思うけどなぁ」

「私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

 言いたくなさそうに、箒が言う。

 箒って束さんのこと、嫌いだったっけ……?

 

「篠ノ之って……え!?」

「ですので、大丈夫です」

「そ、そう。それなら仕方ないわね……」

 

 そう言いながら、先輩は逃げるように去ってしまった。

 

「悠も箒も教えてくれるのか?」

「はい。元々、山田先生に頼まれていましたし。篠ノ之さんは、私が誘いました」

 

 よかった。これでISのことはどうにかなるだろう。あとは頑張るだけだ。俺は、こんなところで負けていられないのだから。

 だが、この決意も霞むような特訓が待っていることを俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 


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