インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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08 朝

 携帯端末からの音で意識がはっきりとしてくる。現在の時刻は朝の5時。多くの生徒はまだ寝ている時間帯であり、寮の中は静まり返っている。

 当然、本音さんもまだ隣で寝ている為、静かにベットから起き上がる。

 

「ぅうん、寝かせて~」

 

 ……寝てるじゃないですか。

 

 本音さんの意味不明な寝言に思わず頬が緩む。

 ベットを綺麗に直してからシャワールームへと向かい顔を洗い完全に目を覚ます。携帯端末にはメールが何件か来ており、それを見ながら軽く髪を整える。

 その中に、気になるメールが一つあった。

 

 織斑君に専用機……。えーと、開発元は倉持技研で、第三世代ですか。目的がデータ取りなら第二世代の方がいいと思うんですけど……。

 

 しかし、既に決定事項らしく今更どうこうできる話ではないようだ。

 

「さて、今日から朝は軽めにしますか……」

 

 織斑君の護衛や授業もある、それらに支障をきたしては本末転倒でしょう。

 

 朝の訓練メニューを考えながら部屋を出る。一応織斑君の部屋の様子を窺うが、物音がないのでやはり寝ているのでしょう。

 

 

 

 

 外に出ると空がうっすらと明るくなっており、あと少しで日が昇る様だった。季節は既に春だが日も登っていないこの時間帯は薄寒い。

 

 あまり寮から離れるわけにはいきませんから、この辺でいいでしょう。

 

 まずは体をほぐす為にストレッチを始める。

 

「こんな朝早くから関心ですな」

 

 ストレッチを10分程続けたところで後ろから声を掛けられる。振り返ってみるとそこには昨日お世話になった用務員さん――轡木さんが竹箒を持って立っていた。

 

「あ、おはようございます」

「はい、おはようございます。おや、君は……」

 

 轡木さんも私の事を思い出したようだ。

 

「昨日は初日からすいませんでした」

「いえ、仕事ですから気にしないでいいんですよ。それに貴方の部屋の事ではないんですし」

 

 轡木さんは気にしなくていいと言いますが、初日から扉を破壊する生徒は珍しい……いないでしょう。

 

「それよりも、こんな時間から自主トレとは流石日本代表候補生ですね」

「そんなことありませんよ。やっていないと落ち着かないだけです」

 

 何の下心の無い賞賛に少し恥ずかしくなる。

 

「いいえ、習慣になっている事が素晴らしいのですよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 轡木さんは笑みを浮かべながら答える。

 

「はは、これ以上はお邪魔になってしまうでしょうし、私はこれで」

 

 私の反応に笑いながら学園の方へ向かって去って行った。

 

 あれが年の功というやつでしょうか。轡木さんの前ではどんな人でも子供になってしまう気がします。

 

 轡木さんが去った方向を見ながらそんなことを考えているとすでに辺りは明るくなっていた。

 

 

 

 

「本音さん。朝ですよ。起きてください」

「ん~……。大丈夫……あと10分はいけるー」

 

 既に私はシャワーを浴びて身支度を終えており、いつでも学園に行ける状態だ。しかし、本音さんは未だにベットの中で睡魔と戦っていた。

 

「早く起きないと織斑先生に怒られますよ」

「それはいや~」

 

 嫌なら起きてくださいよ……。

 

 本音さんとそんなやり取りを何回か続けていると部屋の扉がノックされた。

 

「あ、天野さん。起きてるか」

 

 扉をノックしたのは織斑君だった。扉越しに話しかけた為か、声が小さく何とか聞き取れる。

 

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 

 少し大きめの返答をしながら、扉を開ける。扉の先には織斑君と篠ノ之さんが立っていた。

 

「どうしました?」

「いや、今から食堂に行くから一緒にどうかなって。よければなんだけど」

 

 気まずそうに織斑君が私を朝食に誘ってくる。後ろにいる篠ノ之さんは不機嫌そうに黙っていた。

 ……なんだか気まずい雰囲気ですが、護衛の事を考えると一緒に行った方がいいのでしょう。

 

「いいですよ、少し待ってくださいね」

 

 織斑君に背を向けて再び部屋の中へと入る。

 

「本音さん、先に食堂に行きますのでちゃんと起きてくださいね」

「おー」

 

 本音さんは寝ながら片手を上げる。

 

 それは返事ですか? それとも自分への応援ですか?

 

 多少、後ろ髪を引かれながらも本音さんを信じて織斑君のもとへと戻る。

 

「お待たせしました。では行きましょうか」

「あ、ああ」

「……」

 

食堂へと歩き出す私達だったが、食堂に着くまでの間に再び言葉を交わす事はなかった。

 

 

 

 

「なあ……、いつまで怒ってるんだよ」

「……怒ってなどいない」

「顔が不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ、喋ってないでさっさと食べろ」

 

 ……織斑君。二人きりだと気まずいから私を誘ったんですね。

 

 先程からまともに会話が成立していない二人を見て疑念が確信に変わる。

 

「箒、これうまいな」

「……」

「お、美味しいですよね」

 

 無視された織斑君が流石に可哀相だったので助け舟を出す。

 

「だよな、天野さんもそう思うよな」

「え、ええ」

 

 こんなにもぎこちない朝食は初めてです。

 

「なあ、箒――」

「な、名前で呼ぶなっ」

「……はい、篠ノ之さん」

 

 気まずいです。とても気まずいです。いったい篠ノ之さんに何をしたんですか織斑君!

 

「ゆーちゃん。起きれたよ~」

 

 本音さんがトレーを持って私達の席までやってくる。

 

 本音さん。今は貴方が救世主に見えますよ。でも、制服じゃなくて部屋着のままなんですね。

 

「お、織斑君、本音さんもご一緒していいですか」

「へ? ああ、別にいいけど」

 

 本音さんが私の隣に座る。

 

「うわ、織斑君って朝すっごい食べるんだー」

「ていうか、女子は朝それだけで平気なのか?」

 

 女性の食事の量は触れてはいけないことですよ。

 

「私達はこのくらいで大丈夫なんですよ」

「お菓子よく食べるしー」

 

 本音さんは食べすぎだと思いますけど……。それであの体なんですから世の中は理不尽です。

 

「……私は先に行くぞ」

「ん、ああ、またあとでな」

 

 私達が話している間に食べ終わったのか、篠ノ之さんはあっという間に食堂から出て行ってしまった。

 

「……織斑君。篠ノ之さんに昨日の事、ちゃんと謝ったんですよね」

「ああ、ちゃんと謝ったんだけどな」

「はぁ、私からも篠ノ之さんに許してもらえるようにお願いしますね。織斑君もこれからは気を付けてください」

 

 早く一人部屋になって欲しいものです。男女が一緒の部屋ではストレスも溜まるでしょう。

 

「なんか、悪いな。あと、俺の事は名前で呼んでくれていいぜ。織斑は二人いるしな」

「では、一夏君と呼ばせてもらいますね。私の事も名前でいいですよ」

「そうか、皆みたいに悠ちゃんって呼ぶのもなんだしな、普通に悠でいいか」

「あー、いいなー。織斑君私も~」

 

 本音さんが私と一夏君の会話に割って入ってくる。

 

「ん~、じゃあ、のほほんさんで」

 

 何処から来たんですか、その名前……ああ、フルネームを縮めるとそうなりますね。

 

「おお~、それいいねー。それじゃあ私はおりむーって呼ぶ~」

「それでいいのか!? と言うかおりむー!? まぁ、いいけど……」

 

 自分が付けたあだ名が受け入れられると思っていなかったのか、想像以上の高評価に驚いている。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 手を叩く音と共に食堂内に織斑先生の大きな声が響いた。グラウンド十周を想像したのか、食堂にいた全員が急いで食事を再開する。

 

「本音さん。急いでください。貴方、なにも準備していないでしょう」

「ええ~。まふぇえー」

 

 口に物を入れたまま喋らないでください……。

 

 ちらほらと食べ終わった生徒が食堂から出ていく。本音さんが食べ終わる頃には殆ど人はいなくなっており、結局、遅刻ギリギリだった。

 

 

 

 


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