インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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07 部屋割り

「うぅ……」

 

 全ての授業が終了し放課後、織斑君は呻きながら机にうなだれている。そして私も織斑君程ではないが両手で頬杖をついてうなだれている。

 

「はぁ……」

「ゆーちゃん、大丈夫?」

「……ちょっと自信を無くしそうです」

 

 本音さんが励ましてくれるが憂鬱な気持ちは紛れない。

 人様のプライベートを覗いて、問題が起きても対処ができない、それどころか護衛対象が戦うことになるとは……。護衛任務は何回もやっていましたが、今回のは勝手が違いますね。

 

「ゆーちゃん、部屋でお菓子食べよう! そしたら嫌な事も忘れられるよー」

「すいません。私この後、家まで織斑君が帰るのを確認しないといけないので」

 

 本音さんの提案は嬉しいですが、まだ護衛の仕事が残っている。

 

「あれ? 織斑君おうちから通ってるの? お嬢様が部屋用意してたような」

「え? ちょっと待ってくださいね」

 

 急いで携帯端末を開く。あ、新着メールが2件、えーっと1つは3時間目の件についての了解メールに……本当でした。

 2件目のメールには、寮に部屋を用意したことの内容が書かれていた。

 

「あっ、織斑君。まだ教室にいたんですね。よかったです。これ寮の部屋の番号と鍵です。無くさないようにしてくださいね」

 

 山田先生がそう言いながら、織斑君へ部屋番号の書かれたメモとキーを渡す。受け取った本人は不思議そうな顔でそれを見つめていた。

 

「一週間は自宅から通学してもらうって話だった気がするんですけど」

「そうなんですけど、政府からの特命がありまして、もう少ししたら個室が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

「はぁ、部屋の件は分かりましたけど、荷物の準備とかのために今日はとりあえず家に帰ってもいいですか?」

 

 本人に確認してから動きましょうよ日本政府さん。あと、私への連絡をもう少し早くしてほしいです……。

 

「安心しろ、荷物なら私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

 織斑先生の登場に多少身構える織斑君。まぁ、今日何回も叩かれましたからね。

 

「あ、ありがとうございます」

「そういうわけだ、すまないが天野もよろしく頼む」

 

 織斑君達の位置から多少離れている為か織斑先生は少し大きめの声で話しかけてきた。

 

「あ、はい。今此方でも確認しました」

「ん? 相部屋の相手って天野さんなのか?」

 

 いまいち状況を呑み込めていない織斑君が的外れな質問をする。因みに私のルームメイトは本音さんです。やはり簪さんと何かあったのでしょうか……。

 

「なんだ、天野から聞いていなかったのか。天野は政府からお前の護衛と監視を依頼されている」

「はぁ!? そんなの聞いてないぞ! ってか監視って……」

 

 織斑先生の言葉に驚き、私の方に振り向く。その顔には、驚きだけではなく不快感があった。

 

「すいません、知らない方が織斑君も気が楽かなと……。そうですね、私が織斑君の護衛を任された天野悠です。監視については私もあまりいい気がしないので安心してください」

 

 改めて織斑君に挨拶をする。

 

「そういう事だ、それにお前は女子だけの学園でなんの監視もなく過ごしたいとは。何をする気だ?」

「あー……」

 

 織斑君は納得したのかあきらめの表情を浮かべている。その監視がメインではないんですけど……。まぁ、そっちの監視はきちんとやりますよ。

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、天野さんは織斑君を寮まで案内してあげてください」

 

 山田先生の言葉に頷く。それを確認した織斑先生と山田先生達は教室から出ていった。

 

「では、行きましょうか。すいませんが部屋番号を見せてもらえませんか?」

「あ、ああ」

 

 私がそう言うと織斑君は戸惑いながらも頷き、部屋番号の書かれたメモを見せてくれた。

 1025号室……、やはり私の隣でしたか。

 

 

 

 

「ここですね、1025号室」

「そうだな、案内してくれてありがとうな」

 

 監視の件を聞いてもこうしてちゃんとお礼を言うあたり、織斑君はいい人ですね。

 

「どういたしまして。私の部屋は隣の1024号室です。何かあれば何時でも来てくださいね」

「ああ、でも極力迷惑掛けないようにするよ。じゃあまた明日」

「はい、また明日」

 

 そう言いながら織斑君は部屋へと入って行った。それを見送った私も自分の部屋へと向かい、ドアを開けようとしたが、鍵が掛かかっていた。

 あれ? 本音さん生徒会かな……。そう思いながら鞄から鍵を取り出そうとした瞬間。

 

バタン!

 

 大きな音が隣から聞こえ振り向くと、織斑君が扉を背中で乱暴に閉めていました。

 なにをしているんですか……。

 

「あの、織斑く――」

 

 私が織斑君に事情を尋ねようとした瞬間、再び扉から大きな音が響いた。

 

ズドン!

ズドン!

ズドン!

 

 扉から突き出てくる木刀を織斑君は次々と躱していく。しかし、最後には姿勢を崩していまい前へ倒れこんでしまう。

 

「だっ、大丈夫ですか!?」

「って、本気で殺す気か! 今の躱さなきゃ死んでるぞ!」

 

 私の問いかけに応じる余裕もないのか、織斑君は扉に向かって叫んでいる。

 部屋に入って数十秒でいったい何をしたらこの状況になるのでしょうか……。

 

「なになに?」

「あ! 織斑君だ」

「この部屋って織斑君の部屋なんだ! いい情報ゲット~!」

 

 大きな音を聞きつけてか近くの部屋から多くの生徒が出てくる。

 皆さん、織斑君のこの状況は心配ではないのですか……。それに、そんなに薄着では織斑君も目のやり場に困ってしまいますよ。

 

「ほ、箒さん、部屋に入れてください。謝りますので。この状況はかなりまずいです。頼みます。頼む。この通り」

 

 案の定、女子達の姿を見て顔を真っ赤にした織斑君が扉に向かって土下座をしている。

 

「……入れ」

 

 しばらくすると願いが通じたのか、その言葉と共に扉が開かれる。織斑君も逃げ込むように部屋へと入って行った。

 ……もしかして、当分これが続くのでしょうか。

 

 

 

 

「あ、ゆーちゃん。おかえり~」

 

 織斑君の部屋の前にできた人だかりを何とかし、扉の修理を用務員さんに依頼してから部屋に戻ると既に本音さんがベットの上で着ぐるみ姿になっていた。

 どんな部屋着ですか……、でもちょっと可愛いですね。

 

「だーれだ?」

 

 背後からの声と共に両方の視界が手によって遮られる。

 

「た、楯無さんですか?」

「せいか~い、よく判ったわね」

「気配を消して背後からこんなことしてくる知人は楯無さんだけですよ。来てるなら普通に出てきてください」

「んふふ、ごめんなさいね」

 

 楯無さんが楽しそうに笑みを浮かべながら謝ってくる。

 いったい何処から……あっ、シャワールームの扉が開いていますね。多分そこに隠れていたのでしょう。

 楯無さんは簪さんのお姉さんで、第二回モンド・グロッソでの事件――織斑君が誘拐された時に知り合った。その後、簪さんと仲良くなってからは、何度かお話したことがある。

 

「本音さんも知ってて隠してたでしょう」

「てひひ、バレた。サプライズだよ!」

 

 本音さんは体を大きく動かして喜びを表現している。昼間もそうでしたが本音さんにはいまいち怒る気になれません。

 

「はぁ、いいですよ……。それより、何か御用ですか?」

「ええ、これ学園内の注意人物リストね。政府からの要望とはいえ特別なんだから」

 

 ぱっと扇子を開きながら紙の束を差し出してくる。扇子には『門外不出』の文字が書かれていた。

 

「ありがとうございます。読み終わったら返した方がいいですか?」

「いえ、そっちで処分してくれて構わないわ」

 

 一旦閉じた扇子が再び開かれる。そこには『信頼』の二文字が書かれていた。

 前から思っていたんですが、それどうやっているんですか……。

 

「それより、聞いたわよ~。クラス代表の件。なかなか面白い事になりそうじゃない」

「うっ」

 

 楯無さんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 気にしているところを突かれました……。

 

「いえ、それは、すいません……。」

「あら、責めてるんじゃないのよ。それにしても、織斑君だけじゃなくて貴方にも勝負を挑むなんて、セシリアちゃんも度胸あるわね~」

「いえ……、オルコットさんはモンド・グロッソの件もあるのでしょう。」

 

 ”優勝者を差し置いてヴァルキリーと呼ばれているあなたの実力、ここで測らしてもらいますわ”

 

 オルコットさんに言われた言葉を思い出す。私をヴァルキリーと持ち上げる人もいれば、それを良しとしない人もいる。

 後者の方が正しい反応なんですがね……。

 

「そ、そういえば、ISの調子はどうなの? 最近調子悪いって聞いたけど」

 

 私の暗い雰囲気を察してか、楯無さんが話題を変えてくる。

 

「あ、そうですね。調子悪いというよりも成長がない感じですね。ここ数週間はフラグメントマップに変化が見られませんし」

「成長がない? やっぱりコアの問題なのかしら」

 

 私の機体――ロンリー・ディーヴァ(孤独な歌姫)に使われているコアには一つ他のISにはない特徴がある。

 ISコアには意識に似たような物があるとされているが、それを経験している者は数えるほどしかいなく、数値的なデータは発見されずにいた。しかし、私のISに使用されているコアはIS展開中にノイズが鳴る事が多発し、検査の結果ある規則性を持った音――歌の様なものであることが判明した。だが、それ以上の事が発覚することも無く、IS操縦者も気味悪がった為、研究所の奥に放置されていたそうだ。

 しかし、このコアはIS稼働率が他のコアよりも高い事から日米共同開発機体である私の専用機に一時的に搭載されることになったのだが、私はある理由からこのコアのまま使い続けている。

 でも、そのせいでこんな悲しい機体名になってしまったんですけどね……。

 

「いえ、整備士さんや研究者さんの話だと第二形態移行が近いからじゃないかという説が大きいです」

「へ~。その機体に乗ってもう1年ちょっとよね。だいぶ早いじゃない。おめでとう」

 

 楯無さんは自分の事の様に祝ってくれる。

 

「それなら、クラス代表決定戦も問題なさそうね。それじゃあ私はそろそろ行くわ、これ以上は虚ちゃんに怒られちゃう。じゃぁね~」

 

 そう言いながら部屋を出ていった楯無さんを見送る。

 私がこのコアを使い続けている理由、それは――

 ……私にはノイズじゃなくてちゃんとした歌に聞こえるんですよね。

 

♪~

 

 先程の楯無さんからの祝いの言葉が嬉しかったのか、上機嫌で歌っている。研究所で一人悲しく歌い続けていた事から付いた機体名だが、今は私が聞いている。

 あの時の私を元気づけてくれた歌……この子に私は救われた。

 この子をまた一人にしない為にも私がしっかりしないと……。


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