インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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第1章 男子率1%未満
05 自己紹介


 これは……、想像以上に辛い。

 

「それじゃあSHR(ショートホームルーム)を始めますよー」

 

 その一言でざわついていた教室が静かになる。しかし、教師の方を向いている生徒は数名程であった。

 クラスのほとんどの視線が真ん中最前列の席に向けられている。

 

「まだ来ていない生徒もいますが皆さん入学おめでとう。私は副担任の山田真耶です。IS学園は全寮制、ほとんどの時間を一緒に過ごしていきます。仲良く助け合って楽しい3年間にしてくださいね」

「「「……」」」

 

 誰からの反応も貰えない山田先生が少しうろたえ始める。その姿を見て可哀想とは感じるが、行動を起こすような余裕はない。

 だが、まだ来ていない生徒とは誰だろう、入学式に遅刻するとは中々度胸があるな。

 

「えっと、あの、じゃあ自己紹介をお願いします。そうですね出席番号順で」

 

 その言葉にようやく生徒が反応し始める。決して学級崩壊してるだとかそういう訳ではない。この教室の異様な雰囲気は俺が原因だろう。

 インフィニット・ストラトス――通称ISは10年程前に登場したパワードスーツだ。本来は宇宙空間での活動を目的としたスーツであったが、その有り余るスペックから製作者の意図とは別に”兵器”として活用され始めた。しかし、現存する兵器を物ともしない姿に危機感を抱いた各国はアラスカ条約により軍事利用を禁止した。

近年ではスポーツの側面が強く世界大会も開かれている程だ。しかし、そんなISには致命的な欠陥がある。それは、女性にしか扱えないことだ。

 

 ……なのに何で男の俺が動かせるんだよ!別に女子に苦手意識があるわけではないが限度ってもんがあるだろう。

 

 背中に突き刺さる女子の視線に耐え切れなくなり、窓側の方に目をやる。

 

「…………」

 

 救いを求めての視線だったが、薄情にも幼馴染の篠ノ之箒は目を逸らし窓の外を見る。

 

 そんなぁ。六年ぶりに再会した幼馴染だぞ、少しは助けてくれてもいいじゃないか。

……もしかして忘れられてる!?

 

「――くん。織斑一夏君!」

「は、はいっ!?」

 

 山田先生に大声で名前を呼ばれて急いで声を上げる。しかし、その様が可笑しかったのかクラスのあちこちからくすくすと笑い声が聞こえてきた。

 

「あっ、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね、でもね、自己紹介”あ”から始まって今”お”の織斑君の番なんだよね。だから自己紹介してくれるとうれしいな」

 

 笑い声に気を取られていると、山田先生が心配そうに俺の顔を覗き込んできていた。

 

「そ、そんなに謝らなくてもいいですから、ちゃんと自己紹介しますから」

 

 山田先生を落ち着かせる様に言いながら立ち上がる。多少の居心地の悪さと先程の件で恥ずかしい思いがあるが、勇気を出して後ろを向く。

 

「えーっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 そう絞り出した言葉と共にお辞儀をする。何とか終えた……、そう思い顔を上げると『もっとなんか言って』っと言わんばかりの視線が向けられていた。

 っな、そんな視線向けられてもしゃべる事なんて何もないぞ。趣味の話でもすればいいのか? 人に誇れるほどの趣味なんてないぞ。ええと、とりあえずなんか言わないと。

 

「い、以上です!」

 

 俺の言葉に数名の女子生徒が音を立てながらずっこけていた。

 ええ~。そんなに期待してたの? 結構頑張ったよ俺。

 

「お前は、まともに挨拶もできんのか」

 

 いつの間にか後ろに立っていた聞き覚えのある声と共にパアァンッ!っと凄まじい音が俺の頭から鳴り響いた。

 

「いっーー!?」

 

 物凄く痛い。この叩き方と威力、そしてこの声、絶対に千冬姉だ……。

 恐る恐る振り返るとそこには……。

 

「げえっ、関羽!?」

 

 俺の頭から再び凄まじい音が響く。

 なんでこんな所に千冬姉が……、そんなことを思っているとある事に気付く。千冬姉の後ろに先程までクラスに居なかった女子生徒が立っていた。茶色い瞳にセミロングの茶髪、身長は小さめだがその顔は大人びていて、何処かで見たことがある顔だ。

落ち着いた性格のようで、先程の千冬姉とのやり取りを見ているのに驚いている様子は見られない。それどころか少し笑顔で此方を見ていた。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですね。天野さんもお疲れ様です」

「ああ、山田君。クラスの方を任してしまって悪いな」

 

 何だ!? あの優しい声は。

 

「いえ、大丈夫です。それに織斑先生達の方が大変でしょう」

 

 山田先生の言葉に千冬姉が小さく笑顔を向ける。……ん? え、笑顔!?

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 何処の独裁者ですか。それに千冬姉、教師やってたんだな。家族の俺くらいには伝えとけよ……何してるか心配してたんだぞ。

 

「それと、天野。”あ”は既に過ぎているからこの場で自己紹介しろ」

「はい、天野悠です。趣味は料理と音楽鑑賞です。日本の代表候補生を務めていますが皆さんと同じ年齢なので気にせず仲良くしてください」

 

 天野悠さんは千冬姉の指示通り自己紹介を始めた。代表候補生が何なのか分からないが、趣味が料理か……、気が合いそうだ。

 俺がそんな事を考えながら聞いてると天野さんと一瞬目が合った気がした。

 そして、天野さんが自己紹介を終えた瞬間、教室に黄色い歓声が響く。

 

「キャーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「それに悠ちゃんも一緒よ! ブリュンヒルデとヴァルキリーが一緒に並んでるなんて……、もう死んでもいいわ」

「私、お姉様に憧れて北九州から来ました!」

「あの千冬様にご指導いただけるだけではなく悠さんとご一緒のクラスなんて、まぁどうしましょう、嬉しさのあまり眩暈が……」

 

 騒ぎ立てる女子達を千冬姉はめんどくさそうな顔で見る。

 

「……毎年、よくもまぁこれだけの馬鹿者が集まるものだ。何か?学園は私のクラスだけに集中させているのか?」

 

 千冬姉は頭痛がするのか、頭を押さえている。

 

「きゃあああっ! 千冬様! もっと叱って! 罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

「悠ちゃんこっち向いて~」

 

 このクラスはもう駄目かもしれない……。あと最後の、何写真撮ろうとしてるの、授業中だよ。撮られた天野さんも苦笑いだし。

 

「で? 織斑。貴様は挨拶も満足にできないのか」

 

 あぁ、矛先が俺に……。先程の半分程でいいから優しい声で話しかけて欲しい。

 

「いや、千冬姉。これでも頑張っ――」

 

 言い訳をしようと千冬姉に話してる途中に本日三度目の音が頭から響いた。千冬姉もしかして俺でストレス解消してないか?

 

「織斑先生と呼べ」

「……わかりました、織斑先生」

「千冬様を千冬姉? ……それに同じ織斑だし」

 

 この会話を聞いていたクラスメイトが俺と千冬姉の兄弟関係に気づいた。

 

「え、じゃあ織斑君って千冬様の弟?」

「世界で唯一男でISを使えるっていうのも、それが関係して……」

 

 クラス内がさらに騒がしくなる。山田先生はどうすればいいのか分からず教壇の上でずっとおろおろとしている。

 

「静かに! SHR(ショートホームルーム)を続ける、続きの者から自己紹介を再開しろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 

 千冬姉の言葉で一気にクラス内が静かになる。しかし、なんという鬼教官。いや、千冬姉は人間やめてる節があるからな。きっと鬼なんだろう。

 

「織斑、何をぼーっと立っている。早く席に着け、馬鹿者」

「は、はい」

 

 千冬姉が鬼の様な形相で俺を睨みつけてくる。

 

 ヤバい、顔に出てたかな……。

 

 

 

 

 あれが織斑一夏君ですか。写真で見たよりも多少気弱な印象がありますが、それはこの状況のせいでしょう。

 

「げえっ、関羽!?」

 

 何故、実の姉を見てその言葉が出てくるのかは不思議ですが、兄弟仲は良好なようですね。織斑先生はあまり弟さんの話をしない方だったので、少し心配でしたが杞憂だったようです。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですね。天野さんもお疲れ様です」

「ああ、山田君。クラスの方を任してしまって悪いな」

「いえ、大丈夫です。それに織斑先生達の方が大変でしょう」

 

 山田先生が私と織斑先生を労う。私と織斑先生は先程まで目の前にいる織斑一夏君についての会議に参加していた。今まで男子生徒のいなかったIS学園での織斑一夏の扱いを確認していたのだ。生徒であるはずの私がその様な会議に参加しているのには理由がある。日本代表候補生として政府から織斑一夏の護衛と監視を依頼されたからだ。

 まぁ、半分は命令でしょうが……。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 織斑先生が挨拶をする。多少高圧的ではあるがISを”兵器”と認識している織斑先生らしい優しさだ。

 

「それと、天野。”あ”は既に過ぎているからこの場で自己紹介しろ」

 

 織斑君が自己紹介をしていたので自分の番はとっくに過ぎていたのでしょう。織斑先生が私にも自己紹介の機会をくれる。

 

「はい、天野悠です。趣味は料理と音楽鑑賞です。日本の代表候補生を務めていますが皆さんと同じ年齢なので気にせず仲良くしてください」

 

 自分の事を語るのは少々苦手ですが、うまく出来たでしょう。

 そこから先は織斑先生のファンが大騒ぎする事態になったがそれもたった一声で鎮めていた。あ、できれば写真を消してもらえるようにも頼んでほしいです。

 

 

 

 

 


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