インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~ 作:黒ペンギン
薄暗い会議室の中、十数名の男女が一様にディスプレイを眺めている。ディスプレイには日米共同開発機体のテストパイロット選考と、飾り気のない文字が映し出されている。
「では最後の議題になります。まず初めに簡単にですが、機体概要の説明から始めさせていただきます」
比較的若い女性は、その言葉と共に手元の端末を操作する。ディスプレイには、新たなウインドウが開かれ機体の開発コンセプトと予想スペックが表示される。
「現在、開発を進めているこの機体は超遠距離攻撃を主眼とし、既存のISを一撃で行動不能にすることを目標としたものです。現状では、超長距離射撃装備【撃鉄】の改良型とハイパーセンサー攪乱を目的とした第三世代兵器を搭載予定としています。また、【撃鉄】の改良型を主武器にする為、打鉄を機体ベースとしています。」
女性の説明に多くの者が満足げな顔となる。
「第三世代ですか……」
「日本では成功機体がありませんからね。アメリカとの共同開発とはいえデータが手に入るのはうれしいですね」
「ですが、【撃鉄】の改良型で本当にISを行動不能にできるのでしょうか」
多少の不安要素はあるが、ほとんどの者が好評価なようだ。
「次に、本題であるテストパイロット選抜についてです。とはいえ、ほとんど選考は終えていますが」
それと同時に一人の少女の詳細データがディスプレイに映し出される。そこには、本人も知らないであろう情報や年頃の女の子であれば知られたくない情報すらも記録されている。
「天野 悠か……」
「まぁ、超遠距離射撃型の機体ならば妥当でしょう」
「確か、【撃鉄】の世界記録も彼女の記録でしたね」
「彼女でなければ、千冬様でも連れてくるべきですね。」
此方もほとんどの者が好評で、一部の者は彼女以外あり得ないといった反応であった。
「ええ、皆さんもご存知の通り、半年前の第2回モンドグロッソにて補欠出場でありながら射撃部門で第2位――通常出場であれば部門優勝確実の結果を残しています。今回の機体は先程説明致しましたように超遠距離射撃型の機体でありますから、実力的にも問題ないかと思われます」
補欠出場は本来であれば入賞すら難しい、それ故彼女の異端さが目立つ。
「確かに実力的には問題ないと思いますが、私は少々歳が若すぎると思いますが」
決まりかけの雰囲気の中で六十代程の男性が声を上げる。
ISが女性にしか動かせない事からか、会議室の中では数少ない男性である彼に視線が集まる。
そこには憎悪の感情も含まれているが男性はそれを気にも留めない。
「何を言うかと思えば……。彼女は現在専用機を所持してなく量産機を使用している状況ですよ。これほど実力を有し、かつ遠距離型と相性のいい彼女に任せないのは我が国にとって大きな損失になると思うのですが、何を以ってして問題があるというのかお教え願えますか」
「そうですよ! それに機体完成は半年後――彼女は中学3年と、特出した才能が有れば専用機を持っていても不思議ではない年齢ですわ!」
男性の意見に何人かの女性が食いつく。感情的に怒鳴りあげる人もいるが、多くは皮肉めいた反論や質問を男性に問いかけている。
「ええ、普通の機体であれば問題は無いでしょう。しかし、今回の機体は日米共同開発の機体。他の代表操縦者や代表候補生よりも国家間の問題に関わることになるでしょうから経験の多い人に任せるのが適任かと思いましてね」
「そのようなことは理解しています! その点については私達大人が対処していくべきことです」
男性の言葉は一蹴される。
確かに国家間の問題は操縦者や代表候補生が対処することではなく政府の役人同士で対処する問題である。しかし、現実ではそうもいかないことの方が多い。それを理解して言っているのか定かではないが、女性は問題ないと言い張る。
「それに、貴方……轡木 十蔵さんでしたっけ。貴方はIS学園の学園長代理ではありますが、教壇にも立っていなそうですね。そんな人を代理で寄越すなどIS学園は無関与を主張したいのでしょう。ならば、あまり場を乱さないでもらいたいですね」
「はは、それを言われると痛いですね」
女性は不機嫌そうに言う。まるで、男は黙っていろと言わんばかりの雰囲気だが、それでも男性は気にする様子もなく答える。だが、傍から見ればIS学園は教壇にも立ったことの無い素人にこの選考を任しており、無関与を主張したがっているようにしか見えない。男性の意見に反論している者以外もその事に気付いてか良い顔はしていない。
「えーと、よろしいでしょうか」
会議室全体に広がる険悪な雰囲気に押されてか司会を行っていた女性が恐る恐る尋ねる。
「ええ、いいでしょう」
「そうですね、早く決議に入りましょう」
男性の意見は既に無かった事にされたかの様に話が進められる。
「では、決議に入ります。日本代表候補生―天野 悠を日米共同開発機体のテストパイロットに任命することに異議がある者は挙手をお願いします」
会議室の中に沈黙が訪れる。男性もここで手を上げたところで無駄に感じたのか挙手することは無かった。
「では、全員一致で異議なしとし、天野 悠をテストパイロットにする方向で話を進めていきます。皆さん本日はお疲れさまでした。」
その言葉と同時に多くの者が立ち上がり会議室から出ていく。そして最後には男性――轡木 十蔵だけが残った。
「はぁ、この機体だけは子供に任せたくなかったのですが……。情報が開示されていないだけでこのISは軍用ISであることはスペックを見れば明らか。これではどちらが素人か分かりませんね」
会議室に一人となった男性は溜息と共に立ち上がりながらそう呟く。
IS学園学園長代理の立場でこの選考に参加してはいるが、本当のIS学園学園長は彼――轡木 十蔵である。近年の女尊男卑やIS学園の生徒が女子生徒であるため表向きは彼の妻が学園長を名乗っている。
「この様な時ばかりは自分に表向きの肩書がないのが悔やまれますな」
そういいながら男性も会議室を後にする。
近年、アラスカ条約によってISの軍事利用が禁止になり、スポーツの側面が強くなってきたISだが、どこまでいってもそれは現代の軍事バランスを大きく変える”兵器”であり、即時軍事転換可能な機体が数機ではあるが存在している。だが、多くの者はISを”兵器”とは認識しない。だからこそ中学生といった年端もいかない少女にISを託せる。
それがどんなに危険なことかを認識せずに……。
◇
アメリカ・ハワイ州オアフ島の米軍基地。その一角の倉庫には大勢の技術者が集まっている。しかし、そのほとんどが浮かない顔つきで黙々と作業を行っている。
「主任~。日本からテストパイロットの生体データ、届きましたよ」
重苦しい雰囲気の中におちゃらけた様に若い男性が声をかける。声を掛けられた男性は若い男性を睨みつける。
「あ? そんなもん今はどうでもいいだよ!」
「いや、どうでもよくはないでしょう……」
怒鳴られた若い男性――ジョンは不機嫌そうに答える。
「大体、テストパイロットは確か中学生の餓鬼だろう! 機体が完成するころには成長してんだから今データ寄越されても使えねぇーよ!」
「俺に怒鳴られても、日本のお偉いさんに言ってくださいよ」
怒鳴っている男性の言う通り機体完成まではまだ時間があり、成長期の子ならば現在のデータは使えなくなるだろう。
「ったく、これだから平和ボケした国は……。こっちとら【撃鉄】の改良に詰まってるってのに」
「ルーカス、そんなにカッカするもんじゃないぞ」
不満を呟く男性――ルーカスに初老の男性が注意する。
「源さん。来てたんですか」
「まぁな、それよりその様子を見るとうまくいってないようだな」
「そうですね、やっぱり一から作った方が早いですぜ」
ルーカスの言葉に源さんと呼ばれた男性は怪訝そうな顔をする。
「それは、例のレールガンの事か? だが、あれは上が許可せんだろう」
「既に日本もその技術は持ってるんで、どうにかすればもぎ取れると思いますよ」
レールガンは弾丸を電磁誘導により加速して撃ち出す兵器であり、IS登場前から研究・開発が進められていたものである。最大のメリットは速度と射程距離であり、IS搭載型のテスト機では初速がマッハ9を超えている。
「ならその方向でも進める様に準備しとくか。ルーカスも【撃鉄】の改良、最後まで頑張ってみてくれ」
「分かりました、おいジョン! おめぇは日本に生体データの件、注意しとけ。それと、テストパイロットの出迎え準備もしとけよ」
それを聞いたジョンは嫌そうな顔をする。
「なんで雑用ばっかなんですか、俺にもIS作らせてくださいよ!」
「雑用でもなんでもするから開発メンバーに入れてくださいって言ったのは何処のどいつだ」
「なんでものところにIS作りが含まれてるんですよ」
ジョンが一本取ったとばかりに得意げな顔をする。
「バカ言ってないでやれ!」
「へ、へい~!」
ルーカスの今日一番の怒鳴り声が倉庫内に響く。ジョンは逃げるように自分の作業スペースに戻って行く。
「なかなか面白い人だな」
「いや、あれは多少技術はありますが唯のバカですよ。それよりも、上はイスラエルとの共同開発も検討中だそうで、何か聞いてます?」
ルーカスの言葉に源は顔をしかめる。
「そっちが知らないことを俺たち日本メンバーが知っているわけないだろう。まぁ、噂程度は聞いている。広域殲滅目的の軍用ISらしいな。」
「やっぱりその程度ですか」
「ああ、しかしこの機体も軍用ISだからあまり言えないが、どこの国もアラスカ条約はあってないようなものだな」
そう言いながら台座に置かれているISを見る。全体的に打鉄をスリムにした印象を受ける機体に二枚の大型物理シールドが特徴である。
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