インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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03 補欠要員

 代表候補生育成プログラムに参加してから、早いもので既に3年が経過した。

 あの後、直ぐに行われた精密検査でハイパー・センサーに関する数値が前大会優勝者の織斑さんよりも高いことが分かり多くの人に驚かれた。実際の訓練でもその数値は結果として出ており、特に射撃に関しては代表操縦者並みの命中精度を叩き出した。

 まぁ、近接戦闘の才能が皆無でしたが……。

 その後、順調に訓練を積み、今年の代表候補生選抜試験に合格、晴れて代表候補生となることができました。

 あ、最年少だったそうです。

 そんな私は今、ドイツにいます。

 

「は、初めまして、山田真耶です!」

「初めまして、天野悠です」

 

 私を代表候補生育成プログラムに勧誘しに来た安藤さんを思い出させるような、小動物感がある女性――山田真耶さんがガチガチになりながら私に挨拶してくる。

 

「なぜ、中学生相手にそんなに緊張しているんだ」

 

 緊張した山田さんに、隣にいた女性――織斑千冬さんが呆れた表情で語りかける。

 

「だっ、だって、先輩!、天野さんは最年少で代表候補生となったような人なんですよ!」

「確かにそれは褒めるべきだが、あまり特別視すべきでもない。

それに君は天野の先輩だろう、しっかりしないでどうする」

 

 織斑さんが説教を始める。山田さんはそれを体を小さくしながら聞いている。

 歳はそんなに離れてないって聞いてたけどなんだか親子のようだ。

 

「あ、あの、私は気にしませんのでその辺で……」

 

 私も織斑さんの説教の雰囲気に呑まれてか声が小さくなる。

 

「ん、ああ、すまないな。真耶は自分を過小評価する癖があってな。まぁ、自惚れるよりはマシだが、これでも銃央矛塵(キリング・シールド)なんて二つ名まであるほどの腕前だ、きっと君の学ぶことも多いだろう」

「ふ、二つ名の事は言わないでくださいよ! 恥ずかしいんですから!」

 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶ山田さんを小さく笑いながら織斑さんが相手をしてる。

 私が日本代表操縦者の織斑さんや代表候補生の中でも限りなく代表操縦者に近い実力を持っている山田さんと一緒にドイツにいるには理由がある。第2回のモンド・グロッソの補欠要員に選抜されたからだ。

 補欠要員は、一部の競技では認められていないが代表選手に問題が発生した場合は出場することができ、代表選手に最大2名まで登録することができる。今回の大会では、日本の出場枠は4名の為、私の様な立場が他にも8名いる。しかし、そうそうと問題は起きないため代表選手の練習相手などが主な活動になる。

 

 でも、3年でここまでこれたんだ……。

 目の前の光景から改めて実感して笑みがこぼれる。

 

「少しは緊張が解けたか」

 

 山田さんを相手していると思っていた織斑さんがいつの間にかこちらを見て笑みを浮かべていた。

 

「緊張ですか」

「ああ、真耶ほどではないが少し表情が固く感じたんでな。先程よりはいい顔をするようになった」

 

 自分で感じていたよりも緊張していたようだ。

 

「そうですか……。そうかもしれませんね」

「そうですよ。その歳で緊張しない方が無理な話ですよ。ところで先輩、私そんなに緊張してます?」

 

 山田さんが私を励ましてくれるが自分の方が緊張していると言われていることに気づく。

 

「あれで緊張してないと言うほうが無理があると思うが」

「……」

 

 キッパリと言い切られてしまい何か思い当たることがあるのか、山田さんは黙ってしまう。

 

「さて、私達はそろそろ行くとするよ」

 

 そう言いながら山田さんを掴んで引きずっていく。

 凄い、人ひとり引きずって歩いてるのにまったく姿勢が崩れてない。

 

「ちょ、先輩! 自分で歩けます、歩けますから~」

「そう言って今日何回転びそうになったと思っている」

 

 山田さんの叫び声は二人が見えなくなる最後まで続いていた。

 

 

 

「すいません、もう一度お願いできますか。聞き間違いかもしれないので」

 

 二人が去った後、控室に戻ると安藤さんが私を待っていた。

 代表候補生育成プログラムに勧誘しに来た安藤さんは、代表候補生となった時に私のマネージャの様な立場となった。本人が言うには、雑用係からの出世らしいのだが、中学生の子守は果たして出世になるのだろうか。

 

「ですから! 白崎選手の欠場が決まりましたので、出場準備をお願いしますと言ってるんです」

 

 白崎選手は、私を補欠要員として登録している選手である。しかし、昨日打ち合わせをした時点では体調も好調であったので欠場する理由が分からない。

 

「白崎さんが何故? それに、私は予備の予備と聞いていたのですが」

 

 もう一人の補欠員は確か白崎さんの妹さんだったはずだ、白崎さんが欠場するとしても私ではなくそちらに話が行くと思うのだが…。

 

「その、お二人は、車で会場に向かう途中に事故に遭ったそうで、命に別条は無いそうですがとても出場できる状態ではないそうです」

「事故ですか…」

 

 姉妹で一緒に行動していたのが裏目に出たという事ですか。

 

「分かりました、ですがこのタイミングで事故ですか……」

 

 大会前に事故なんて運が悪すぎる。

 

「……実はですね、上からは余計な不安になるから黙っていろと言われたのですが、…事故を起こした車のブレーキ痕が全くなかったらしく、この事故だけではなく他の国の選手にも妨害と思われる事が多発してるそうなんですよ」

「それ、本当ですか」

 

 安藤さんの言葉に驚く。世界大会ともなるとこのような事が多くなると聞いていたが、人の命にかかわるような妨害まであるとは…。

 

「ええ、今は選手の護衛や対応職員を増やして対応していますが、悠ちゃんも気をつけてくださいね」

「分かりました、ちゃんと守ってくださいね」

 

 多少不安な気持ちもあるが既に手を打ってあるらしく、安藤さんに心配を掛けない為にも笑みを浮かべる。

 安藤さんは私の笑みを見て大丈夫と感じたのか表情が柔らかくなる。

 

「ええ、ちゃんと守ってみせますから。あと、折角出場できるのですから部門優勝ぐらい目指しちゃいましょう。悠ちゃんならできますよ!」

「補欠要員では対戦系の種目には参加できないので無理ですよ」

「な、なら、出られる種目だけで得点を稼げばいいじゃないですか!」

 

 そんな、無茶な……。

 

「まぁ、とにかく頑張りますよ」

 

 安藤さんの勢いに若干押されながらも答える。

 

「そうです、そうです。頑張ってくださいね。では、私は大会委員との打ち合わせがありますので、準備しといてくださいね」

 

 安藤さんはそう言いながら控室を出て行った。

 私も準備を始める。

 出場選手の技術を間近で見て学ぼうと思っていただけの大会だったのに…まさか、出場できるとは思わなかった。

 今の私にどこまで出来るか……。

 ISスーツに着替えた私が部屋から出ると確かに護衛が増えていた。その時の私は大会に出場できる高揚感から考えもしなかった。

 護衛や職員を選手のために増員した結果、会場警備が手薄になり一人の少年の誘拐を簡単に許してしまったことを……。

 

 

 

 

 


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