インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~ 作:黒ペンギン
「代表候補生育成プログラム……ですか。」
佐々木先生は怪しむように手元の資料を見ながらそう呟いた。あの時から4年たった今、私は小学4年生となり佐々木先生は施設の院長となった。そして先生の言葉を聞いた、小動物を彷彿とさせるスーツ姿の女性は慌てたように説明を再開する。
「え、ええ、今年度開催されたISの世界大会で我が国、日本が総合優勝したのをご存知ですよね?」
「はい、テレビで拝見しただけですが。確か、優勝者は織斑千冬選手でしたね」
ISの世界大会、第1回モンド・グロッソはIS登場から僅か4年で開催された大会であり、3年周期で行われることが決まっている。そして今、そんな話を女性と先生がしてる理由は……。
「そうです、そうです!、ですが、お恥ずかしい話、今回の優勝は日本の育成方法が良かった訳ではなく、織斑さん個人の力が大きくてですね。次回の大会でも優勝するために、今から選手層を厚くしようと思いまして、IS適性の高い娘達を操縦者として育成しようと考えてるわけですよ」
そう、私を日本代表候補生育成プログラムに勧誘しに来たそうだ。だが、私を勧誘しに来た理由がいまいち理解できない。確かに以前学校で受けたIS適性検査でAランクを出したが、他にも何人かはAランクを出しているし、このような話が来たという事は聞いていない。
「そうですね、この資料を見れば大体の事は分かります。ですが、なぜこの子なのでしょう?」
「それは私も気になります」
先生も同じ考えなのか女性に問いかける。
「それはですね、天野さん以前学校で行ったIS適性検査でAランクでしたよね」
私を見るために姿勢を変えながら問いかけてくる。
「はい、Aランクでしたが、他にもいましたよね」
「ええ、確かに他にもAランクの方は数名いましたが、Aランクにも差がありましてね。天野さんはAランクの中でも極めて高い数値を出しており、特にハイパーセンサーに関する項目は代表操縦者にも劣らないほどなんですよ」
女性は嬉しそうに説明してくる。
驚いた……そこまでの数値を出していたなんて。でもそんなこと書いてあったっけ?
「そこまで、学校の検査ってそんなに詳しくやってましたっけ?」
「そうですね、学校での検査は簡易検査になりますので詳しくもう一度検査する必要があるのですが、簡易検査でもこの数値を出していることを見るに参加基準には十分でしょう」
そうなると、後は私のやる気次第だろう。資料を見る限り金銭面での心配はないし、IS自体にも多少の興味がある。しかし、これを受ければ中途半端なことは許されないだろう。それに、佐々木先生はISにあまり良い感情を持っていない。前者はともかく、後者は重要なことだ。
先生の方を見るが、今の説明を聞いていても笑顔一つも見せない。
「あの、その話って今決めなきゃいけませんか?」
私の言葉に女性は目を丸くする。
「な、なにか不安な事でもありましたか?このプログラムに参加すれば、他の方よりも代表候補になれる可能性があるのですよ」
「それは分かりますけど…」
女性の勢いに若干押されて、私は少し小さくなる。
「すみません、安藤さん。少しこの子と話をさせてください。」
おお、この人、安藤って名前だったんだ。学校から帰ってきていきなり院長室に呼び出されたかと思ったら挨拶なしで説明始まったし……。多分この人の感じから緊張で忘れただけなんだろうけど。
「は、はい、いいですよ。私は外に出ていた方がいいでしょうか?」
「いえ、お客様を外に出すなんてとんでもない。悠、少し外に出ますよ。」
その言葉と同時に先生は立ち上がり廊下に出て行く。私もそれに続いて廊下に出ると、私に来客があったことを知った子供たちが隠れながらこちらの様子を窺っていた。
「これでは、話ができませんね。貴方の部屋で話しましょうか」
「そ、そうですね」
私と先生は苦笑いを浮かべながら部屋へと向かって行く。
先生の事だからやりたいと言えば、否定はしないだろう。だが、その時先生がどう思うかは分からない。
この件は断ったほうがいいかな……。
◇
「それで、悠はどうしたいんですか?」
部屋に入るといきなり先生が聞いてきた。
「断ろうかなと」
「断る理由は何ですか」
「……え、り、理由ですか」
先生から予想外の返しが来た。まずい、断る理由なんて特に考えて無かったのに。
「そうですよ、断るには何か相応の理由があるのでしょう」
「え~と、ISに特に興味がないので…」
適当ではあるが、ここで答えておかなければ先生は納得しないだろう。
「嘘ですね」
……いきなり見破られました。
私の動揺を見てか先生が溜息を吐く。
「はぁ、これは、貴方の将来にも関わる話なんですよ。こんな時ぐらい自分の意見を優先したらどうなんですか」
「う、でも先生、ISの事あんまりよく思っていないでしょ。それなのに私がISに関わったらいやな気持になるかなと…」
自分でも意識していないうちに声が小さくなっていく。
「そうですね、確かにISに関してはいい印象がありません。IS自体は素晴らしいものだとは思いますが、それを使う方の多くが少し幼稚でしてね。それに感化されてか最近は女の方が偉いだの、男はいらないだの、ふざけたことを……まぁ、それはいいのです。結局貴方はどう思ってるんですか」
多少熱が入りかけてたが、話が逸れていることに気づいた先生が最初の質問を再び問いかけてくる。
「……ISについては興味があるし、特にやりたい事も無かったからちょうどいいかなと」
「ならば最初からそう言いなさい。貴方のそれは美点ではありますが、今回の様な件に関しては欠点です」
「はい」
話し合いをしているはずだったのに説教が始まりました…。
「それでなくとも、貴方は人に気を使いすぎです。あの時も――」
「あ、あの」
「何ですか」
本格的な説教に入る前に先生の話を遮る。
「安藤さんでしたっけ、待たしているんですからその話はまた今度で…」
「……そうですね、ではこの話はお受けすることでいいんですね」
しぶしぶといった感じだが何とか抑えてくれた。まぁ、ちゃんと後で説教される気がするが。
「では行きますよ。やるからには真剣に取り組みなさい。間違っても選民意識にとらわれるようなことの無いように」
「は、はい!」
笑みを浮かべながら私に声をかけるが最後の方の笑みはなんだか怖く、私は勢いよく返事をした。
「ところで、悠」
「はい?」
先生が不思議そうに問いかけてくる。何か疑問に感じることでもあったのだろうか?
「貴方の部屋、少し殺風景すぎませんか? もう少しで5年生なんですよ、もう少し女の子らしくしたらどうですか」
「な、これはこれでいいの!」
話し合うためとはいえ部屋に入れたことを少し後悔しました。