インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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14 悠 VS セシリア

 私がアリーナに出てから1分も経たないうちにオルコットさんがピットからアリーナへと出てきた。

 

「お待たせいたしましたわ」

「いえ、私も今来たところです」

「あら、そうでしたの。……それにしても相変わらずの人気ですわね」

 

 オルコットさんはそう呟きながら視線を観客席の方へ向ける。そこには先程の試合よりも多くの生徒たちで埋まっていた。

 

「単に授業が終わって見に来れる生徒が増えただけだと思うんですけど」

「それにしては、ずいぶんと多くの視線を集めているようですが?」

「私の専用機が珍しいからでしょう。オルコットさんと比べて私の専用機はあまり公開していませんし」

 

 実際、私の機体は公開しているデータが他機体に比べて少ない方にも拘らず、公式試合の参加も片手で数えられるほどしかない。こうして多くの人の前で試合するのはモンドグロッソ以来だったりする。

 

「そうですわね……。だからこそ貴女とこの学園で競い合えること楽しみにしていましたのに。入試試験の結果を見て何かの間違いでは無いのかと何度も確認しましたわ。貴女が主席どころか上位者にもなっていないなんて!」

 

 観客席に向けていた視線を戻すとオルコットさんが不機嫌そうな顔で冷たい視線を突き付けていた。

 

「……それは、筆記試験はちゃんと受けましたが、実技試験では起動しかしていない――」

「何故?」

 

 私の言葉が本当に理解できないかの様に問い返してくる。

 

「確かに実技試験では起動さえできれば合格ラインですわ。しかし、わたくしたち代表候補生は他の生徒達に力を――その差を示す義務がありますの。それに貴女、わたくしに勝負を申し込まれた時、何故何も言い返さなかったんですの?」

「モンドグロッソの事ですか? あれは本当の事ですし……」

「っ! ……”一夏さん”をあそこまで指導したことに少しは感心しましたが、やはり私、貴女の事が気に入りませんわ!」

 

 一夏君の呼び方に反応しそうになる。しかし、その後の私を否定する言葉に頭が混乱する。

 

 私そこまで嫌われるような事しましたっけ? 

 

「ごめんなさい、私が何かしたようなら謝ります」

「……もういいですわ。早く試合を始めましょう」

 

 オルコットさんは開始位置まで移動していく。その態度と言葉が、この話はもうおしまいだと物語っていた。

 私もそれに続いて開始位置まで移動する。オルコットさんが怒っている理由や試合を申し込んだ詳しい理由は結局分からなかったが、この試合、本音さんや簪さんの為にも負けるわけにはいかない。

 

「それでは天野さん。あなたの実力、見せて頂きますわ!」

 

 その言葉と同時に試合開始のブザーが鳴り響く。

 

 オルコットさんはブザーと同時に私から距離を取ろうとバックステップで移動しながら銃の照準を此方に合わせてくる。だが――

 

「っく!? 何なんですの、その照準速度は!」

 

 即座に展開した超長距離射撃装備【撃鉄】の改良型、【撃鉄改】でオルコットさんの進路を妨げる様に撃つ。放たれた弾丸は撃たれるとは思っていなかったオルコットさんの機体へと吸い込まれるように命中した。本来は長距離から狙うはずの武器の為、近距離で命中したその威力は凄まじく大きくバランスを崩す。だが、その威力を利用して更に私から距離を取ろうとする。

 

 流石は代表候補生の専用機持ちですね、この程度ならすぐに対処しますか……。ですが、これ以上は離れさせません。

 

 【撃鉄改】から焔備の発展型である【鬼火】と【蛍火】に切り替えてオルコットさんへと接近する。オルコットさんの動きを封じる様に【蛍火】で牽制する。【蛍火】は連射性能は高いが口径が小さく弾も軽い為、大したダメージにはならない。しかし銃弾が当たり続けるというのはダメージにはならずとも十分な足止めとなる。

 

「このっ……! あまり調子に乗るんじゃありませんわ!」

 

 そう言いながら、4機のビットをそれぞれ別々の方向へと射出させた。

 

 あれがオルコットさんの機体の第三世代型兵器ですか。たしか最大稼動時はビーム自体も操って曲げることが出来るそうですが、理論上の話で実現できた人はいなかったような……。正直、以前受けた一対多の訓練よりも敵機の数は少ないので十分回避は可能そうだ。

 

 思考している間に接近していたビットたちがそれぞれ攻撃を開始する。だが、予想通りハイパーセンサーから送られてくる背後などの本来ならば死角の情報に注意することで回避することができた。

 

「な、何で当たらないんですの!」

「集中力が乱れてますよ」

 

 一発も当たらないことで苛立ったのかビットの動きが単調になる。それを見逃さずに近くのビット2機を【鬼火】と【蛍火】でそれぞれ破壊した。

 

「っ! ま、まだですわ!」

 

 腰部のアーマーが開き、ミサイルが2機発射された。これまでの直線的なビームとは違いミサイル独特の軌道を描きながら此方へ向かって来る。それを打ち落とそうと狙いを定めるが、後方のビット2機も此方へ狙いを定めている為、回避を優先する。先程とは違いビットは2機だけなので、放たれたビームを容易に回避することができた。だが――

 

「え?」

 

 回避したビームがミサイルの一つに命中する。一瞬オルコットさんのミスかと思ったが、それはすぐに否定された。ビットによって撃ち抜かれたミサイルは爆発することなく、その代わりに大量の煙を放出した。

 

「煙幕!?」

「視界は封じましたわ、覚悟しなさい!」

 

 ビット2機の発砲音とミサイルの爆発音が煙幕の中に轟いた。

 

「まだありますわよ!」

 

 オルコットさんは更に追い打ちをかけるべく、【スターライトmkIII】で煙幕の中にいる私を狙おうとする。しかし、何時まで経ってもそれが放たれることは無かった。

 

「……どうして照準が合いませんの!?」

 

 ミサイルの爆発のお陰で煙幕が晴れ、オルコットさんの姿が見えるようになる。再び見えたその表情は驚愕に染まっていた。

 

「それは、私の第三世代型兵器の所為ですよ」

 

 余程驚いたのかビットが完全に停止していたので、そのまま全て撃ち落とす。

 

「……それが第三世代型兵器。それに何故、無傷なんですの!?」

 

 オルコットさんは真っ黒になっている私の物理シールドを凝視する。

 煙幕が張られた瞬間起動したそれは、センサー・リンクによるアシストを無効化し、ビットとミサイルの攻撃を外させた。

 

「結構、高燃費なんですよこれ」

「そんなことは聞いていませんわ!」

 

 いや、そうですけど機密事項について喋るわけにはいきませんし。

 

 先程も言った通り私の第三世代型兵器は燃費が悪いので直ぐに停止させる。真っ黒だった物理シールドが元の濃い灰色へと姿を変えていく。

 

 オルコットさんはセンサー・リンクによるアシストが回復したのが分かったのか。手元の【スターライトmkIII】を此方に向けて発砲してきた。だが、ビット4機の同時攻撃になれた私はそれを簡単に回避する。

 

「……貴女やっぱり強いんじゃないですの」

 

 オルコットさんはその言葉を絞り出すかのように呟いた。

 

「え?」

「貴女は強いと言ってるんですわ! 貴女、本当にわたくしが怒っている理由も、勝負を挑んだ訳が分からないんですの!?」

 

 悔しそうで、そして泣き出しそうな表情に息を呑む。

 

「持てる者がそれを誇らずにいることがどれだけ持たざる者にとって残酷な事かお分かりですの! 貴女は何を成しても誇らない、モンドグロッソの事もそうですわ! 貴女は誇るべきなんです、あの大会で出した成果を! でないと、貴女を目標にした者や、貴女に負けた者は何なんですの!? 貴女が大した事ではないと言っていることも出来ないわたくし達は何なんですの!」

「それは……」

 

 オルコットさんの言葉に返す言葉が見当たらない。

 

「わたくしはあの大会の貴女を見て勇気づけられました。同い年の子があれだけ出来るんだと……わたくしもああなりたいと。ですが、貴女の背中を追うたびに自分が惨めになっていくんですの」

「わた、しは……」

 

 オルコットさんの険しい表情に目を逸らしたくなる。それでも、ちゃんと応えなければと掠れながらも声を出そうとする。

 

「言葉が欲しいんじゃありませんの、今出せる貴女の本気でわたくしを倒してくださいまし。そして、わたくしに勝ったことを誇ってください」

 

 ああ、彼女は終わらせて欲しいんだ。試合前に言ったように力を――自分との差を理解することで安心したいんだ。解らないことは不安で恐ろしい。だから私に勝負を申し込んだ、自分が目指す場所が知らない間に遠くに行かない様に、自分の今いる場所を見失わない様に。

 

「……分かりました。ですが、これだけは言わせてください」

 

 きっと今の彼女にどれだけ言葉を紡ごうが、それが届くことは無い。これは私の自己満足でしかない。だけど言いたかった。

 

「ごめんなさい」

 

 その言葉と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で上へと向かう。オルコットさんも私に続いてこちらに向かって来るが、それを【鬼火】と【蛍火】で動きを封じる。瞬時加速(イグニッション・ブースト)のお陰で数秒としない内にアリーナの遮断シールドギリギリまでの高さに来れた。

 

「これは、私が対人戦用の技で唯一完成しているものです。試合で実際に使用するのも貴女が初めてになります」

 

 銃弾の檻(バレット・ケージ)――対人戦用に編み出したその技は、簡単に言えばとにかく自分に近づけさせない事を主眼に置いた技である。射撃戦でのマウントである上から【蛍火】で牽制しつつ隙が出来るとすかさず【鬼火】や【撃鉄改】で攻撃する。無理やり近づこうとしても【撃鉄改】の威力で相手を吹き飛ばすことで近づけさせない。

 しかし、この技の本当に怖いところは近づくことが出来ない事ではない。

 

「っく! 逃げ場が!?」

 

 近づくことが出来ないと理解したオルコットさんは距離を取って回避し易くする為に下へと下がる。私もそれに続いて下へと下がる。だが、常にオルコットさんの真上につくことで上への逃げ道を無くす。そして更に下へと相手の動けるスペースを加速度的に無くしていく。これがこの技の本当の怖さで、名前の由来でもある。

 ものの数分もしないうちに、オルコットさんは地面すれすれの所まで追いやられる。ほぼ一方的に攻撃され続けたオルコットさんのシールドエネルギーは、既に100を切っていた。

 

「これで終わりです」

 

 止めにと、【撃鉄改】を放つ、その弾丸は逃げ場がないオルコットさんへと一直線に向かっていった。

 

『試合終了。勝者――天野 悠』

 


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