インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~   作:黒ペンギン

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13 準備

 ISスーツに着替えながら先程の試合を思い出す。代表候補生であるオルコットさんをあと一歩のとこまで追い詰めたが油断したところに反撃を受け、最後は機体に救われたような、そうではないような結末だった。

 

 後で注意するべき所はありますが、今は織斑先生からの制裁を頑張って生き延びてください。

 

 恐らく反省会という名の制裁を受けているであろう一夏君を心の中で応援するが、ピットから出るときに見た織斑先生のあの表情を思い出す。山田先生がからかった時とは比較にならない程の羞恥を耐える姿から想像するに――。

 

 次の試合に差し支えそうなのでこれ以上考えるのは辞めておきましょう。それよりも今は別の問題が……。

 

「う~ん。やっぱりちょっときついですかね。このスーツ、サイズ直ししたの何時でしたっけ」

 

 身長や胸が大きくなるのはこの年頃なら仕方がない、むしろ同年代の子と比べて色々小柄な私にとってはうれしい事ではあるのだが。

 

 採寸の為とは言え裸で計測するのもそうですけど計測データを色んな所に送らなければいけないのが苦手というか恥ずかしいんですよね。

 

「確か3ヶ月前のはずね。でもよかったじゃない、悠ちゃんはもう少し大きくならないとね~」

 

 誰もいないと思っていた更衣室から私以外の声が聞こえた。それも私のすぐ後ろから……。声のした方から距離を取り、急いで振り返るとそこには――。

 

「楯無さん……、何処から現れたとか、何故サイズ直しをした時期を知っているのか色々と聞きたい事はありますが、気配を消して近づかないで下さいと何時も言っているでしょう」

「あら、ごめんなさいね」

 

 そう言いながら楯無さんは悪びれる様子もなくクスクスと笑う口元を扇子で隠す。

 

「止める気ないですよね、それ。ところで何か御用ですか。移動に結構時間が掛かってしまって、出来るだけ手短にお願いしますね」

 

 失礼だとは思うが、次の試合が迫っている為着替えを再開する。一夏君が使っていた隣のピットを使えたら良かったのだが、生憎電気系統のメンテナンス中だそうで反対側ピットまで移動しなければならなくなってしまった。幸いと言っては失礼だが、予想通りオルコットさんの機体の整備に時間が掛かるらしくそこまで急いではいないが、直前よりは出来るだけ余裕をもって準備を終えた方がいいだろう。

 

「ええ。大丈夫よ、そんなに長くならないわ。セシリアちゃんの事なんだけど」

「……オルコットさん。何か問題でもありましたか」

 

 オルコットさんの名前が出て着替えの手が止まる。言い方は悪いが一夏君を護衛する上でクラス内で最も警戒すべき人物である。先程の試合に納得せずに何か問題を起こしたのか知れないと楯無さんを見ると物凄く楽しそうな顔をしていた。

 

「多分だけど織斑君に惚れちゃったみたい♪」

「……?……!?」

「ふふふ、悠ちゃんすごく面白い顔になってるわよ。いや~、一応釘を刺しておこうと思ってセシリアちゃんの更衣室に忍び込んだらビックリ♪ あれは恋する乙女の顔よ~」

 

 っえ!? どういうことですか。好感度最悪に近い程でしたよね。

 

「戦いの後の友情ならぬ愛情なんてお姉さん好みだわ~」

「あの、疑うようで悪いんですけど、その情報本当なんですか」

 

 余りの展開にどうしても疑ってしまう。

 

「う~ん、そうね。次の試合で本人に聞いてみて♪」

「それ、とても聞きづらいんですけど」

 

 もし、今の情報が私を揶揄う為についた嘘で、オルコットさんに「一夏君に惚れたんですか?」などと問いかければ火に油を注ぐ結果となるのは想像に難くない。また、本当だとしても箒さんを応援する身としては面倒なことになるのは目に見えている。

 

「とにかくセシリアちゃんはもう警戒しなくても大丈夫だと思うわよ。それじゃあそろそろ行くわね。試合頑張ってね~」

 

 私が悩んでいるのをよそに楯無さんは楽しそうな笑顔を崩さずに更衣室から出ていった。そしてもう一人楽しそうな子が……。

 

 ♪~

 

 ……楽しそうですね。

 

 頭の中にあの子の楽しそうな歌が響く、それとは対照的に更衣室には小さな溜息が寂しく響いた。

 

 

 

 

「あはは、それでぼーっとしてたんだ~」

「笑い事じゃないですよ……。」

 

 楯無さんが去った後、結局オルコットさんの件については考えがまとまらずにフラフラとピットに移動していると応援に来たと言う本音さんが機体整備の手伝いを申し出てくれた。正直まともに機体整備が出来るような精神状態ではなかったので有難く手伝ってもらうことにしたのだが、基本はチェックだけなのに加えて殆どの作業を本音さんがやってしまった為、手持ち無沙汰になった私はオルコットさんの件について本音さんに相談してみたのだが……。

 

「ふっ、ふふっ。で、結局聞くことにしたの?」

「いえ、もう流れに身を任せてみようかと……」

 

 それに一夏君の事ですからこれからもこういう事がありそうですし……。

 

「そっか~。詳しいこと聞けると思ったのに~」

「……何処までも他人事で、楽しそうですね」

 

 恨めしげな視線を本音さんに向ける。しかし、向けられている本人は作業の手を止めることなくえへへと笑うだけだった。

 

「はぁ……あ、本音さん今の所の感度もう少し上げてもらっていいですか」

「え~、まだ上げるの~。いくらハイパーセンサーの適正が高くても大丈夫?」

「ええ、寧ろ今回はアリーナ用に設定してますので普段より低めですよ」

「うぇ~、これで低めなの~。私なら数秒で酔っちゃうよ」

 

 本音さんはモニターに表示されている数値を見ながら苦い顔をする。

 ハイパーセンサーは本来宇宙空間での使用が前提であるので大気圏内では感度を下げるなどリミッターを設けなければ送り込まれてくる情報量の多さに脳の処理が追いつかなくなり、最悪後遺症の残るような事態になってしまう。もちろん機体の製造段階で最低限のリミッターは掛けられるので、後遺症が残る程の事故は今までに起きたことはないが、IS操縦者がISの最適化による自動設定から手動設定に変える頃に設定を間違えるなどして酔うことはよくある笑い話だったりする。

 

「これだけが取り柄みたいなもんですからね。……はい、センサー系はもう大丈夫です。それにしても入学して早々にここまで出来るなんて凄いですね。手伝って貰うどころか殆どやってもらってすいません」

「いや~、お姉ちゃんに教えてもらってるし。……それにかんちゃんの役に立ちたいしね」

 

 私の賞賛の言葉に本音さんは長い袖を振り回しながら照れている。しかし、最後の一瞬、いつもの彼女からは想像しにくい陰りのある表情をしながらISを起動していなければ気づかないであろう程小さな声で呟いた。

 

「……本音さん。やっぱり簪さんに何かありました?」

 

 入学式の日から感じていた違和感。結局一夏君の特訓などで簪さんとまともに話せたのは一度しかない。だがその一度だけでも分かる程簪さんの様子は変だった。それに元からそこまで感情を表に出すような子ではなかったが、この学園に来てから彼女の笑った顔を見たことがない。それどころか私を避けているようにも感じる。

 

「……」

 

 本音さんは再び表情を暗くする。

 先程まであった笑い声は消え、部屋には重い空気と静けさが広がる。

 

「……言えないことですか?それとも私、何かしてしまいましたか?簪さんに避けられているようですし」

「っ!違うよ!ゆーちゃんは悪くないの。それにかんちゃんも私もゆーちゃんのこと大好きだし……でも……その……、ごめん、詳しいことは言えないの」。

「あ、謝らないでください。私も少し無神経でした……」

 

 余りの慌てぶりに罪悪感を覚える。

 

「あのね、かんちゃん今は色んな事があって、何て言うか余裕がないの……。でも!きっと大丈夫、今日で一つは解決すると思うから……。そうすれば元通りだから……」

 

 本音さんの声は辺りの機材から出る音に掻き消されてしまうかと思うほど弱々しくなる。

 

「……分かりました。ですが、本当に些細な事でも私に出来る事があれば言ってください」

「うん。……ありがと~」

 

 恐らく、本音さんの雰囲気から更識家に関する事についてだろう。しかし、全てを知らずとも出来る事はある。少しでも力になりたい。その思いが通じたのか、本音さんは普段通りの笑みを浮かべてくれた。

 

『天野さん、準備が整いましたらアリーナの方へ移動お願いします』

 

 山田先生の声がピットに備え付けられているスピーカーから聞こえる。

 

「オルコットさんの方、準備が終わったみたいですね」

「うん……はい、こっちも終わり~」

「手伝って貰ってありがとうございました。まぁ、殆どやって貰っちゃいましたが」

 

 お礼を言いながらアリーナ側出口へと移動する。

 

「ねぇ、ゆーちゃん」

「は、はい?」

 

 たった今調整した機体の感覚を体に馴染ませるように移動しているところを本音さんに呼び止められた。

 

「ゆーちゃんはさ、かんちゃんにとって目標みたいなものだと思うの。だから……負けちゃ駄目だよ」

 

優しく、しかし何処か寂しげに微笑む。声音には真摯な重みがあるが、答えを求めてはいない独り言のように思えた。

 

「……そうですね。そう言えば応援に来てくれたんですよね。忘れてました」

「え~、酷いよ~」

「ふふ、ごめんなさい。では、私が勝ったら簪さんと3人で何か食べにでも行きましょうか」

「お~。私、ケーキがいい!」

 

 本音さんは目を輝かせながら、小さくガッツポーズをする。

 

「いいですね。じゃあ、行ってきますね」

「うん、行ってらしゃーい」

 

今度こそアリーナへと向かう。オルコットさんとの試合。あまり乗り気ではなかったが、勝つ理由が出来てしまった。

 


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