インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~ 作:黒ペンギン
箒や悠たちに見送られてピットからアリーナに出る。流石は専用機、訓練機の打鉄よりも機動性がいいようだが、その反応に俺が追い付いていけてない。
初期化と最適化が終わればマシになるのかこれ……。
視界の隅では物凄い速度で数値が更新されていくのが見える。終了までの時間は長くなったり短くなったりしており、どのくらい掛かるのか分からない。
試合中に終わるのか? 最悪ずっとこのままか……。
機体の違和感を感じながらもアリーナ中央、セシリアの近くまでどうにかたどり着く。セシリアは既に二メートルを超す銃器――【スターライトmkIII】を既に展開していた。俺も急いで武器を展開しよう装備一覧を開くが……。
悠が言っていたけど、本当に【近接ブレード】の一つしかねぇ。
開発側の手違いや冗談を多少は期待したが、現実はそんなに甘いものではないことを変な機会で痛感してしまった。
仕方なくそれを展開するが、セシリアの武装と比べてとても頼りなく感じる。
「あら、逃げずに来ましたのね」
手を腰に当てながら此方を見下ろしてくる。そのポーズとセシリアの専用機の外見と相まって、何処か騎士の様な気高さを感じさせる。
「最後のチャンスをあげますわ」
「チャンスって?」
「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」
そう言いながら銃口を此方に向けてくる。俺が謝るなんて微塵も考えていない様だ。
「それは、チャンスとは言わないな」
「それは残念ですわ。それなら――」
セシリアのISが射撃体勢に移行した事を白式が伝えてくる。
「天野さんとの試合の前に少し遊んであげましょう」
「っく!?」
甲高い独特の発砲音が響く。その音を聞いて回避をするが、間に合わずに機体の左肩部分に命中する。衝撃と自動姿勢制御の反動に振り回されながらもなんとか姿勢を戻す。だが、息つく暇もなく次の発砲音が響いた。
特訓のお陰でなんとか回避できているけど、やっぱり機体に振り回されてる……。一旦ここは距離を取って――
「あなた、武器はそれしかありませんの? 中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて……笑止ですわ!」
”接近型の機体はその名の通り接近しなければ意味がありません。特に相手が中・遠距離型の場合は後ろに下がらず衝突するぐらいの気持ちで突っ込んじゃってください”
悠の言葉を思い出す。そうだ、後ろに下がっても攻撃できるわけじゃない! 今の俺に小細工が出来る訳がない。それなら突っ込むしかないだろう!
機体の後ろにエネルギーを貯めるイメージをしながら、模擬戦の時の悠がした
「ああ、これしかねぇよ。でも今はこれで十分だ」
どうせ今の俺には射撃装備を扱いこなす自信は無い。それに、千冬姉も剣一本で戦ってきたんだ。決して射撃武器に近接武器で挑むことが無謀だとは思えない。
「なにを……。ならば思い知りな――!?」
射撃が止んだ瞬間に
この距離なら銃口を向けることもできない……、もらったぁ!
「きゃああっ!」
俺の攻撃がセシリアに当たる。
さらに攻撃を加えようと飛ばされていったセシリアを追いかけるが、土煙の中から放たれた4本の閃光に邪魔される。土煙が晴れると、そこには先程までは無かった4機のビットがセシリアの周りに浮いていた。
あれが悠の言っていたセシリアの第三世代装備……。
「やってくれましたわね。もう少し遊んであげようかと思いましたが……これで終わりですわ!」
その言葉と同時にセシリアの周りに浮いていた4機のビットが此方に向かいながらレーザーを放ってくる。
「な!? くっそ!」
ライフル1つを回避するだけでやっとだったのに、ビット4機からの波状攻撃にまったく反応できていない。みるみるとシールドエネルギーが減っていく。少しでも回避するためにビットの方に意識を集中させていると――。
「うおっ!?」
「わたくしもいましてよ」
背中に衝撃が走る。ビットに集中しすぎて、セシリアへの注意が疎かになった所を主武器であるライフルで狙撃された。セシリアは先程とは打って変わって避けるだけで手も出せない俺に嘲笑うような表情を向けている。
くっそ! このままじゃ負けーーいや、違う。最後まで足掻いてやる!
一瞬心が折れかけたが、なんとか持ち直す。しかし、あまりの攻撃にたった数秒が数十分にも感じられてどのくらいの時間がたったのか分からない。
なにか、なにか突破口は……。
なんとか避けながらも相手の隙がないか思考する。先程まで近くに感じた距離が今では実際よりも遠くに感じる。
「試合開始から約20分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ」
「はっ、そりゃどうも……」
ようやく攻撃が止んだかと思うと、セシリアが心にもない事を言いながら近くのビットを愛おしそうに撫でる。
「このブルー・ティアーズを前にして、初見でこうまで耐えたのは貴方が初めてですわね」
ビット――『ブルー・ティアーズ』を積んだ実戦投入一号機だから、機体にも同じ名前がついてるだとか、俺が必死に避けている間に演説してくれたが、殆ど頭に残ってはいない。
それにしてもよく喋ってたな、機体名の由来はともかく特殊装備についてあんなに喋ってもよかったの――特殊装備……。そういえば悠が第三世代装備は意識を集中させていないといけないものが多いって言ってたな……。
先程からの攻撃でシールドエネルギーは残り200程しかない、確信はないが仕掛けるならこれが最後になるだろう。
「一か八かだ!」
再び
――やっぱり! それにこの配置……分かったぞ。
セシリアが放つレーザーを体を捻りながらなんとか躱す。加速中に無理に体を捻ったからか、白式の所々から嫌な音が聞こえる。だが、普通に躱すよりも時間の余裕が出来たお陰で動きが止まっているビットの一つを破壊することが出来た。
よっし! いけるぞ!
「なんですって!?」
ビットを破壊された事に驚いているセシリアに勢いのまま斬りかかる。反応が遅れた為か回避には成功するが大きくバランスを崩したようだ。
「くっ……!」
しかし、流石は代表候補生。バランスを崩しながらもビットに命令を送っているようで、此方に銃口を向けながら向かってきている。だが――。
「この兵器は毎回お前が命令を送らなければ動かない! そして――」
急いで命令を送ったからだろう、単調な軌道をするビットをさらに一つ破壊する。
「その時、その時お前はそれ以外の攻撃が出来ない。ビットの制御に意識を集中させているからだ。違うか?」
「……」
図星なのか、セシリアは顔を引きつらせながら黙っている。
ビットはあと二つ、軌道も読めた。これは、必ず俺の反応が遅い角度を狙ってくる。二つなら何とか誘導することも出来るだろう。
二つのビットが俺の周りを飛び回る。俺はわざと一機のビットだけに集中する。
そうだ、この時の俺はここが見えていない!
予想通りの位置でビットが射撃体勢に入る。試合開始時に比べて機体の動作に慣れてきたのか、最適化が進んだ結果なのかは分からないが、一つ目のビットを破壊した時よりも簡単に破壊することが出来る。そして、そのままの勢いでセシリアへ接近する。
――獲った!
レーザーを避けることで精一杯だった最初からは考えられないが、勝利への道が見えてきた。しかし――
「――かかりましたわ」
セシリアがニヤリと笑う。本能的に危険だと感じるがもう遅い。
「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!」
腰部のアーマーが開き、ミサイルが姿を現す。距離的に回避は間に合わない。
ドォォォンッ!
凄まじい音。そして、爆発の閃光に俺は包まれた。
◇
「はぁぁ……。すごいですねぇ、織斑君。天野さん、いったいどんな特訓をしたんですかぁ?」
一夏君がアリーナに出てから既に20分程経過している。ピット内のモニターで一夏君とオルコットさんの試合を見ていた山田先生が称賛の言葉を呟いている。
「大したことはしていませんよ。……一夏君の才能によるところが大きいですね」
実際、一夏君のIS起動回数は訓練を含めて二桁もいっていない。それにも拘らず代表候補生であるオルコットさんの攻撃を耐え抜き、遂には反撃を始めている。
私との模擬戦の時は何とか動かしている感がありましたが……いくら実戦で成長するタイプだと言ってもーー異常ですね。
一夏君の成長速度に得体の知れない恐怖を覚える。
「あの馬鹿者。浮かれているな」
「「え、そうですか?」」
織斑先生の意外な一言に私と山田先生の声が重なった。
「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あの癖が出るときは、大抵簡単なミスをする」
「へぇぇ~。さすがご兄弟ですね~。そんな細かいとこに気がつくなんて」
「ま、まぁ、なんだ、あれでも私の弟だからな」
ただ思ったことをそのまま出したような山田先生の言葉に織斑先生は言葉を詰まらせながら答える。
「あ~、照れてるんですか~。照れてるんですね~」
「……」
確かに照れているんでしょうが、あまりそうやって構うと……
「いたたたたっっ!」
「私はからかわれるのが嫌いだ」
織斑先生はそう言いながら山田先生の頭を鷲掴みにする。山田先生は体全体を使って抜け出そうとしているが、相当力が強いようで抜け出せる気配は全くない。
あ~、やっぱりこうなりましたか。それにしても代表候補性相手に浮かれているなんて――。
「大丈夫ですかね」
「いや、あれはかなり痛いぞ」
私の呟きに箒さんが答える。しかし、一夏君ではなく山田先生のほうを向き、遠い目をしていた。
「いえ、そっちではなくて。一夏君の方ですよ……まぁ、そっちも気にはなりますが」
「あ、ああ、そうだな、敵を前に油断など何をしているんだ」
そう言いながら険しい表情でモニターを見る。言葉とは裏腹にとても心配そうに見つめていた。
「……一夏っ!」
箒さんが焦ったように叫ぶ。箒さんから急いでモニターの方に顔を向けると同時に爆発音が鳴り響いた。先程まで戯れていた織斑先生と山田先生もモニターの方を向いて爆発の黒煙を見つめている。
黒煙が晴れるとそこには姿を大きく変えた白式がその純白の装甲で太陽の光を反射していた。
「――ふん。機体に救われたな、馬鹿者め」
織斑先生が鼻を鳴らしながらそう言ったが、その顔には安堵の色が見えた。隣に居る箒さんも安心したのか、大きく息を吐きながら体の力を抜いている。
「山田先生、一夏君の武装詳細見れますか」
「ええ、出来ますけど。え~と、はい、これですね」
モニターの端に表示された武装詳細を見る。そこには【雪片弐型】の詳細データが映し出されていた。
やっぱり、あの形状からして雪片だと思いましたが……残りのエネルギー残量からして、頑張っても引き分けですね。
雪片の特殊能力である『バリア無効化攻撃』はISの中でもトップクラスの攻撃力を出すことができる。しかし、特殊攻撃の使用には自分のシールドエネルギーを攻撃に転化する必要がある。既に白式のシールドエネルギーは残りわずかであり、特殊攻撃を発動出来たとしてもその瞬間にシールドエネルギーは0になり試合話終了。残る希望はそのわずかな瞬間に攻撃を当てるしかない。
織斑先生もそのことに気づいたのか、先程とは打って変わって暗い表情をしている。だが――。
『俺は世界で最高の姉さんを持ったよ。……俺も千冬姉や悠みたい強くなって多くの人を守りたい』
モニターからは勝てると自信満々に思っている一夏君の声が聞こえてきた。
「……天野、もう準備に向かった方がいいぞ」
織斑先生が額に手を当てながら次の試合の準備をするように勧めてくる。
「い、いえ。最後まで見ていた方がいいですし、オルコットさんの機体の様子だと準備に時間が掛かると思うのでそんなに急がなくても……」
『とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!』
「頼む、行ってくれ。これ以上……」
「は、はい」
織斑先生の羞恥の表情に耐え切れなくなりピットを後にする。ピットから通路に出ると同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。