インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~ 作:黒ペンギン
「あ、織斑先生に山田先生。お疲れ様です」
オルコットさんの決闘宣言から一週間。今日が対決の日だが、一夏君の専用機は未だに到着していない。もしもの時を考えて、打鉄をピット搬入口に運んでいると外部搬入口の方に織斑先生と山田先生が見えた。
後ろのコンテナ……。一夏君の専用機、間に合ったんですね。
「天野さん。ちょっと待て下さいね」
「ん? 天野か。……運んで来て貰って悪いがたった今届いてな。それよりも織斑はどうした、アイツに運ぶように言っておいたはずだが」
山田先生は受け取り手続きが終わっていないのか私に気付いてもすぐに作業に戻る。隣にいた織斑先生は私の運んでいる打鉄を見て済まなそうな顔をするが、一夏君がISを運んでいない事に気が付き不満げな表情を浮かべる。
「いえ、体力温存の為に休んで貰ってます。それに、私なら部分展開してるのでそんなに苦じゃありませんよ」
部分展開している腕を見せながら織斑先生に説明をする。それでも納得していないのか先生の表情は変わらない。
「……あの馬鹿者が。後で教育しておこう」
「あ、あの。私から言い出した事ですし、あまり気にしないでください」
「大丈夫だ。女性関連はいずれ再教育しようと考えていた」
織斑先生も一夏君の女性の扱い方を気にしていたんですね。
「あー、ではお願いします……」
「ああ。任せておけ」
一夏君、箒さんの為にも頑張ってください……。私には織斑先生を止める事なんて出来ません。……出来ませんよ。
「お待たせしました。あれ? 織斑先生楽しそうですね。どうしたんですか」
「……ちょっとした世間話さ。すまないが山田君は先にピットの方に向かってくれ」
織斑先生は咳払いをしながら表情を元に戻す。山田先生は首を傾げながらも言われた通りにピットの方へ向かって行った。
「一緒に行かなくてよかったんですか? 打鉄なら私が返しておきますよ」
「いや、打鉄は後で織斑に運ばせる。それよりも、天野と織斑の試合なんだが……」
何かを言いたげな雰囲気で話しかけてくる。
やはり、一夏君の事が心配なんですね……。
「分かってます。政府からデータ収集目的で対戦するように言われてますが、一夏君が辛そうならすぐに棄権します」
「いや、そうではなくてな。政府の方には私から対戦させるように頼んでおいたんだ」
「え? どうしてそんなことを……」
織斑先生が頼めばある程度の事が融通されますが、今回の事はデータ収集が目的。それも高負荷時のデータが欲しいなんて一夏君を痛め付けろと言わんばかりの事を言われた。
「アイツとは本気で戦って欲しい、無理にとは言わん。だが、お前の実力を知っておいて欲しいんだ。アイツは実戦で覚えていく奴だ、今は簡単に負けるだろうが必ずアイツの為になる。だから、頼まれてくれないか」
そう言いながら織斑先生は小さくながらも確かに頭を下げる。
確かに、この一週間の特訓で一夏君は凄まじい成長を見せた。特に最後に行った模擬戦では私が行った
「良いんですか。もしかしたらトラウマになるかもしれませんよ」
私の機体は射撃型。平和な日本で生活している人では聞くことの無い音や衝撃を感じ、恐怖を覚える者が多い。それに、私は代表候補生。慢心は無いが、本気で戦えば初心者の一夏君は酷でしょう。
「大丈夫だ。アイツはそんなに繊細な奴ではない。それに私の弟だ……」
最後の言葉はとても優しそうな表情だった。
「……分かりました。織斑さんの頼みですし」
「ありがとう。それと学校では織斑先生だ」
先生ではなく、姉としての表情を見て呼び方が昔に戻ってしまった。織斑先生も注意はするが、一夏君の様に叩かれることはなくお互い小さく笑いあう。
「私達も向かうとしよう。そう言えば織斑の特訓はどこまで進んだ」
一夏君達が居るピットの方へ向かっていく。
「凄いですよ。呑み込みは早いですし、剣道をやっていたので攻撃もある程度様になっています」
「そうか……」
顔に出さないようにしているが、とても嬉しそうな表情をしている。しかし、私達がピットに入ると何故か不機嫌そうな顔になった。
どうしたんでしょう。あ……。
織斑先生の視線の先に目を向けるとそこには――
「はい、そこで止めて」
「うっ」
一夏君が山田先生で遊んでいる姿が見えた。
何をやっているんですか……。やはり、一夏君には再教育頑張ってもらいましょう。
◇
「なぁ、箒。今日の試合が終われば俺休めるのかな……」
「……」
箒、頼むからなんか言ってくれよ……。どうして可哀相な物を見る目で見てくるんだ。
「箒、何か知っているなら答えてくれ」
「……その、悠がクラスマッチまではこのままのメニューでやると言っていた。」
……はっは、もう一週間か。
「一夏。私も協力するから頑張ってくれ」
「箒~」
最近の箒は優しい。それに悠は箒が話しかけている時は何故か訓練の手を止めてくれる。
最近の癒しは箒だけだ……。幼馴染だから気を遣わなくてもいいし、女の子らしい仕草を見ると、普段の雰囲気から余計に可愛らしく見えてしまう。
「織斑君、織斑君、織斑君!」
ピットの入り口から山田先生が駆け足でやってきた。
なんで三度も名前を呼ぶんだ……。いつも転びそうな感じだが、今日は一段と危なっかしいな。
「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸して」
「え? は、はいっ。す~は~、す~は~」
「はい、そこでストップ!」
「う!?」
俺がそう言うと、山田先生は本当に息を止める。
あ、これなんか面白い……。
「……」
「……ぶはあっ! ま、まだですかあ?」
すいません、面白くなってずっと見てました。
「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」
パァンッ! いつの間にか来ていた千冬姉の言葉と共に頭から打撃音が響く。
くぅ!? なんだ、いつもより強めな気がする。うわ? その目は何だよ、家族に向けるような目じゃないぞ!
「千冬姉……その目――」
パァンッ!
「織斑先生と呼べ。学習しろ。……本当に色々学習しろ。駄目なら死ね」
なんでそんなに不機嫌なんだ? 教育者とは思えない言葉と顔をしているよ。
「あ、あの。それでですね! 来ましたよ、織斑君の専用IS!」
やっと来たんだ。打鉄でやる事になると思っていたが……。
「織斑、対戦順は此方で決めておいた。最初にオルコット、次は天野とオルコットがやるから最後に天野とだ」
「え、俺いきなり初戦からなのか」
「お前に連戦できるほどの実力はまだない」
言い切られてしまった。まぁ、その通りだけど……。
「すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
千冬姉の言葉と共に山田先生が端末を操作してピット搬入口が開いていく。その先には――
真っ白だ……。
白く、無機質なそれはなんだか俺を待っているように見える。
「これが……」
「はい! 織斑君の専用IS『
山田先生の話を聞きながら俺はISに近づき、そして触れる。
「あれ……?」
打鉄とは違う感覚に違和感を覚える。だが、理解できる。これが何なのか。何の為にあるのか――。
「背中を預けるように、そうだ。座る感じでいい。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。できなければ負けるだけだ」
ピットに来てかずっと不機嫌だった千冬姉が小さく笑みを浮かべる。
――戦闘待機中のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ――
ハイパーセンサーが既にアリーナ内にいるセシリアの機体情報を読み取っていく。
「一夏君。最初は慣れないでしょうが頑張ってください」
「ああ、悠に教えて貰ったんだ頑張るよ」
悠が俺に話しかけてくる。その横には何かを言いたげな表情を浮かべる箒がいた。
「箒。……行ってくる」
「ああ。勝ってこい」
箒の言葉に笑顔で答える。俺の為に二人ともあそこまで付き合ってくれたんだ。頑張らないとな。
相手は悠と同じ代表候補生。勝つことは難しいだろうが、千冬姉や二人の為にも無様な戦いは出来ないな……。