インフィニット・ストラトス~小さなヴァルキリー~ 作:黒ペンギン
本校舎一階総合事務受付。その名の通り、各種事務手続きを行っており訓練機貸出申請や施設使用許可申請もここで行える。そして今、一夏君の特訓に使う機体の貸出とアリーナの使用許可を貰いに来ている。
「あー、アリーナは明日から空いてるんですけど、訓練機の方は明日と三日後しか空いてませんね」
受付の女性がモニターを見ながら教えてくれる。訓練機の台数は限られている為、借りられる日も限られてくる。
う~ん、やはりもう殆ど埋まってますか……。
一年生のクラス代表戦はそこまでの盛り上がりは見せないが、二・三年生は一年間の成果を確かめる機会でもあるので、訓練機の貸出が普段よりも多くなる。
「では、アリーナは明日から一週間、お願いします。ISはどっちらが空いてますか?」
「明日は打鉄が一機、三日後は両方空いてますね」
IS学園の訓練機には、打鉄とラファール・リヴァイヴの二種類がある。どちらも優れた機体ではあるが、学園ではラファールの方が人気がある。
ラファールはやはり人気ですね……。個人的には打鉄が好きなんですが。
「一夏君はどちらがいいですか?」
「え、えーと、どっちの方がいいんだ」
私の問いに困惑しながら聞き返してくる。
「また難しい事を聞いてきますね。どちらも良い面があり、あとは操縦者との相性だと思うんですが。一夏君の場合は専用機が近接型ですから、搭乗者の体と差が少ない打鉄がいいと思いますよ。それに、二回とも借りられるそうですし」
「私も打鉄の方が好みだ」
「じゃあ、それでお願いします」
私と篠ノ之さんの勧めで打鉄にする。受付の女性も一夏君の希望を聞いて、手続きを再開する。
「はい。では、アリーナは第三アリーナを使用してください。こちらは明日と三日後の訓練機貸出許可証です。無くさないようにして下さい」
手続きを終えた女性が許可証を一夏君に手渡す。事務の人にも人気なのか、一夏君の手を包み込むように渡していた。
「あ、あの。手……」
「大丈夫です」
「いえ、大丈夫とかじゃなくて……、あれ!? ちょっとこれ放れな――」
何か恐怖を感じたのか、自分から放れようとするが女性の予想外の力で放れることができない。
あの体の何処にそんな力があるのでしょう……。あ、抜け出せた。
「うぉ! あぶねー、転ぶところだった」
「あー、残念」
女性は、本当に残念に思っているわけではないようで、笑いながら一夏君を見ている。
「なにをしている。早く行くぞ」
「え、ちょっと待てよ、箒」
女性とのやり取りを見て篠ノ之さんは不機嫌そうに先に進んでいく。
嫉妬ですか……、なんだかいいですね。青春って感じですね。って、私も置いて行かれてます!?
急いで一夏君と篠ノ之さんを追うが、途中で廊下を走っていた一夏君が織斑先生に叩かれていた。
◇
「いてぇー。ったく、少しは加減してくれよな」
「廊下を走るからだ」
「……箒が先に行くからだろう。それよりアリーナ使えるの明日からだけど、今日はどうするんだ?」
一夏君が頭を押さえながら何か言いたそうに篠ノ之さんを見ている。しかし、篠ノ之さんの雰囲気を感じ取ってか、軽く小言を言うだけで済ませている。
「今日は体力作りですかね。一夏君、中学は帰宅部だったでしょう」
「ああ、三年連続皆勤賞だ」
何処にも誇る要素はありませんよ……。
「どういうことだ」
「ん? どうした、箒」
篠ノ之さんは、眉間に皺を寄せながら一夏君に詰め寄る。その顔には怒りだけではなく、少し悲しさも含まれている。
「剣道は辞めてしまったのか」
「あー、まあな。千冬姉だけに頼るのは駄目だと思ったから、家計を助けるためにバイトしてたんだよ」
「……そうか」
一夏君の事情を知っているからか、理解はしたが納得していない様だ。
剣道は一夏君との出会いですものね……。確か、当時は一夏君の方が強かったそうですし、ライバル的な意味でも残念なんでしょう。
「えー、まぁ、一夏君の専用機は近接型、武装は剣が主体になっているので、昔の感覚を思い出してもらいたいと思います。ですので今日は篠ノ之さんと剣道場で訓練です」
「そうか。じゃあ、よろしくな箒」
「ああ、任せておけ」
少し落ち込んでいた篠ノ之さんに一夏君が言葉を掛ける。頼られた事と再び剣道を一緒に出来る嬉しさからか、先程とは違い明るい表情を浮かべている。
「そう言えば、俺、専用機の事何も知らないんだけど、悠はなんで知ってるんだ?」
「私には今朝、報告があったんですよ。あまり詳しくは無いですけど見ますか?」
機体概要を表示した携帯端末を一夏君に渡す。
「お、どれどれ……。ふむ、全然わからん」
「途中から読むのを諦めましたね」
興味津々に私の携帯端末を見る。しかし、授業すら理解していない一夏君は最初の方を見るだけで、意味が分からんという顔で私に携帯端末を返してきた。
「……少し座学の方を増やしますか。試合で勝てても授業についていけないようでは駄目でしょうから」
「え!?」
なんですかその顔は、自分の機体概要ぐらい理解出来る様になりましょうね。
◇
「……」
「どうしました? 元気がありませんね」
「朝・昼にあれだけ詰め込まれれば、元気もなくなるだろう」
授業が終わり放課後。昨日は剣道場で夜遅くまで訓練をしていた為、ISについての勉強をまとめて今朝に行った。
でも昨日、部屋に戻ってすぐに寝てしまいましたし。箒さんも朝にしてくれと言ったじゃないですか……。昨日の剣道場で箒さんとは名前で呼び合うほど仲良くなったのですが、何故非難的な視線を向けてくるんです?
「朝、2時間勉強。休み時間中に復習。放課後、ギリギリまで特訓。あれ? 今日ご飯食べたっけ?」
「朝もお昼も食べたじゃないですか。それに放課後は特訓が終わったら予習ときちんと覚えているかテストもしますよ」
「……」
ぶつぶつと呟いていた一夏君は私の言葉で絶望的な顔をし、完全に黙り込んでしまった。
これは山田先生に頼まれたことですし、今後の一夏君の為にもなります。心を鬼にしてでも教え込まないと。
「ほら、訓練機を借りてきてください。アリーナの使用時間は限られているのですから」
「はい……」
一夏君は肩を落としながらふらふらと格納庫へ向かっていく。それを箒さんは可哀相な物を見るような目で見ていた。
「なぁ、ここまで詰め込む必要があるのか?」
「山田先生に頼まれましたし、……一夏君の状況は特殊ですからね。自衛とまではいきませんが、逃げたり時間稼ぎを出来る位にはなって欲しいんですよ」
織斑先生や政府の後ろ盾があってなお、一夏君に手を出そうとする輩は多い。中には手段を選ばない者もいる。
「そうだな、余計な事を言った……すまない」
箒さんは篠ノ之束博士のことでそれを痛感しているからか、一夏君の状況を理解したようだった。
「いいんですよ。それに今日はもしかしたら一夏君を運んで貰うかも知れないので、お相子ということで。」
「……倒れるまで訓練させるのか」
「倒れませんよ。ただ、ちょっと歩けなくなるかも知れないだけです」
申し訳なさそうな顔をしていた箒さんが再び非難的な視線を向けてくる。丁度そこに、一夏君が打鉄を専用のカートで格納庫から運んできた。
「ふぅー……。お待たせ。これ、思ったより重いな。うん? どうした箒、俺の顔に何かついてるか?」
「一夏。その、頑張れよ……」
「ん? まあ頑張るけど、ところで今日は何をするんだ?」
一夏君は箒さんの励ましに首を傾げながら答える。
「今日は、歩行と飛行が主ですね。少し武器の扱い方もやれたらやりますけど、本格的な実戦練習は次回やりたいと思います」
「でも試合も近いんだから、すぐに実践的な訓練にした方がいいんじゃないか?」
一夏君は既に歩行と飛行は拙いながらも出来ているからか、すぐにでも実践的な練習をした方が良いと考えているようだ。
「基本を侮っては駄目ですよ。それに一夏君、とくに考えないで飛行しているでしょう」
「ああ。こう、フワッとするみたいなイメージで飛んでるけど」
そう言いながら体全体を使って表現している。
「そんな風船みたいな……。そんなイメージでは素早く動けませんよ」
「うーん、大体飛ぶってイメージがいまいち分かんないんだよな。鳥みたいに羽ばたけばいいのか?」
「ですから、そのイメージを掴むために基礎練習をするんです」
「ほー」
完璧では無いものの、基礎練習の重要性については理解してくれたようだ。
「それでイメージを掴む時に有用なのは体験することです。なので、何回か私が一夏君を抱えて飛行してみますね。では一夏君、ISを装着してみてください」
「ああ、こうかな……お、出来た」
一夏君が打鉄に体を預けて起動させる。私もそれを確認してから自分のISを展開する。胸元のペンダントが輝き、量子化されていた機体が私の全身を包んでいく。
「へー、それが悠の専用機か……。どれどれ、ISネーム『ロンリー・ディーヴァ』……なんだか悲しい名前だな、戦闘タイプは遠距離射撃型で特殊装備ありってことは第三世代型なのか?」
ハイパーセンサーが読み取った機体情報を一夏君が読み上げる。名前の部分を少し疑問に思ったようだが、今朝学習したISの世代について覚えていたようで、私のISが第三世代型だと知るとすぐにそちらに興味が移ったようだ。
「そうですよ。私の特殊装備はこれですね」
両肩部分に装備されている大きな楯の片方を指さす。
「この楯は電磁波吸収型の光学迷彩で、ハイパーセンサーによる発見を阻害。または、センサー・リンクによる射撃アシストを無効化するんですよ。私の機体は遠くのISを狙撃するのが目的なので、目標ISに発見されない様にする為にこれがあるんですけど……一夏君にはあまり関係ありませんね」
一夏君のISは近接型。光学迷彩とは言っているが、電磁波吸収型はセンサー系には有効だが人間の目には透明になるのではなくただ黒く見えるだけで、近接武器ならば普段と変わらずに攻撃できる。
「へー、これが、あんまり凄そうな感じがしないな」
「そうですね、他の第三世代装備に比べて少し地味ですよね。それより準備は出来ましたか? 油断してると車酔いみたいに気持ち悪くなりますよ」
そう言いながら一夏君の後ろに回り込む。
「まじで!? ちょ、ちょっと待った……」
「箒さんはこれを、下から実況してもらえますか。その方がイメージを明確にしやすいですし、箒さんも勉強になりますよ」
一夏君が覚悟を決めている間に、箒さんにインカムを渡す。
「よしっ! 大丈夫だ。悠、やってくれ」
「では行きますよ。少しずつ速度を上げていきますから怖くなったら行ってくださいね」
「……分かっ――」
地面を蹴り出すようにして、上昇を始める。一夏君が何か言っていたような気がするが、風の音で聞こえない。
通信をしてこないので別に大したことではないのでしょう。
通信の仕方を教えるのを忘れていた事に気が付いたのは飛行を始めてから5分ほど経った後で、その時にはすでに一夏君は私の腕の中でぐったりしていた。
あと、箒さん。その擬音だらけの解説では全く意味がないですよ……。