外伝クトゥロニカ神話『4つの愛』 作:カロライナ
修羅と赤大が絶望に染め上げられている最中、飛鳥と星乃は胎児の名前を考える。
他人任せな星乃に飛鳥はふてくされながらも、自らが決めた名前を星乃だけに伝える。
突如、飛鳥の中で忘れていた記憶のカケラが隆起した。
ぬいぬい→亡者(70)
飛鳥が白昼夢を体感している間に、ぬいぬいと纏も同じような感覚を脳で体感していた。
ぬいぬいは頭痛に打ちひしがれながら、夢の中で走り逃げ回っていた。
周囲の視界に映るのは灰色のコンクリートのような、蜂の巣状の建物のような、今までぬいぬいが見たことのない世界。
姉妹たちの名を呼ぶが誰も返答を返してくる者はおらず、代わりにアンデット達が建物の影や曲がり角から現れる。応戦しようにもその手には武器はおろか、棒切れ一本ない。
誰も居ない空間で、みっともなく悲鳴を上げて逃げ回る。叫んでも誰も助けてくれない。それどころか、アンデットの蠢く唸り声だけがぬいぬいを狩り立てる。身体の小ささを活かして、小さな抜け穴を潜り抜けたり、シャッターの下に潜り込んだりするが、その先にもアンデット共はたむろしている。
そして長い、長く感じる逃走劇も終わりを告げた。
逃げ込んだ先は高い塀。行き止まりである。
ぬいぬいは言葉の通じぬアンデット達に許しを請う。誰かに悪戯しただとか、友達との約束に遅れただとか。本当に些細な事。
しかし、その許しの声は許されることは無かった。
ぬいぬいの幼き体に刻まれる激痛。死者の手で生きたまま解体される苦しみ。制止するように叫んでも、助けを呼んでも。誰も来ない。誰も止めることは無い。
その中、誰かの笑い声が聞こえたような気がした。その声は非常に不快で年老いた男のような声。まるで自分自身がバラバラになって行くのが愉快で愉快でたまらないような嘲笑の笑い方に類似しているのであった。
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纏→手術台(45)
纏は夢の中ではベッドのような場所に寝転がされていた。天井にはライトが備え付けられており、自分を明るく照らしているのが分かる。何故、自分はこのような場所で寝ているのだろう。自分は今まで何をしていたのだろう。そう疑問に思い寝転がらされているベッドから立ち上がろうと身体に力を入れた時だ。
・・・どういう事だろうか。起き上がることが出来ない。首を動かして身体の様子を探ろうにも首も動かせられない。四肢1つ。指一つ動かす事が出来ない。更に口元には何かの違和感。何か、硬いものを噛まされている。喋ることも、喚き立てることもできない自分の身体。必死に眼球を左右に動かし自分の状況を確認する。
纏はベッドのような場所に拘束されていた。大の字を描くように両手足は大きく開かれ足首手首に巻かれた拘束具は張るように付けられており真面に動かす事は出来ない。頭にも巨大なベルトのような物が巻き付けられており、これが首すら満足に動かせない原因である事が理解できた。
自分の状況を理解したところで、唐突に何か足もとの方から自動扉が開くような物音がし、何人かの人が入ってくる足音が聞こえた。目を凝らし、その足音の主を探る。そこには手術用の衣服を着用した血みどろの医師が数名、纏を取り囲むように立つ。その医師達はとても正気とは思えないような濁った瞳が印象的であった。医師の一人が鈍く光るメスを取り出す。纏は必死に身を捩り、そのメスから逃げ出そうと試みる。しかし、拘束具はそれを許さない。「やめて、助けて」と必死に叫ぼうとする。それも猿ぐつわによって阻まれる。
そして濁った瞳で医師達は、光るメスを纏の皮膚に切り込ませた。麻酔のない状態での耐え難い苦痛。叫ぼうにも、舌を噛み切り自決しようにも猿ぐつわに阻まれ何もできない。
そんな最中でも、何か男性の優越な笑い声だけは脳味噌に擦りこまれるように纏を穢して行った。
【後書き】
1章の話で彼女等が頭痛にうなされ、倒れたのは唐突に上記の記憶が隆起したためです。
文字にして1400文字程度の内容となっていますが、この悪夢を彼女たちは長時間味わっているといった様相です。
もしも似た内容に例えるならば、世にも奇妙な物語に出てくる『懲役30日』のような様子です。