やはり俺が小学生と青春するのは間違っている。 作:雨上がりに咲く花
その日の夜、智花はお風呂の中で悩んでいた。
今日はずっと落ち込んでいた愛莉……なにか自分に出来ることは、と。
「愛莉……大丈夫かな」
そんな悩み事をする智花頭の中に、1人のある人の顔が浮かび上がる。
「あっ!!」
お風呂から上がり、携帯を持ち電話帳から一人選ぶ。
「こ、こういう時の為に教えて貰ったんだもの……」
携帯を弄り、コールボタンを押す寸前で一旦思い止まる。
「で、でも……八幡さんがお食事中ならどうしよう、宿題してたら邪魔しちゃうかも……。」
どくん、どくんと心臓の音が全身に響き渡る。
「でもこれも、チームの為……勝たせてやると言ってくれた八幡さんを私が裏切ることは…あぁ〜どうしよう〜!!」
「ふんふん〜って、ん?」
比企谷家では本日も小町が夕食の準備をしていると、兄の携帯から着信音がなるのが聴こえた。
「えぇ、お兄ちゃんに電話とか平塚先生かな?」
とトイレに行った兄の許可を取ることもなく平然と携帯を手に取り、ディスプレイを覗く。
そこに表示されていた名は……。
「とっとと……智花って誰!?!?」
「ん?んぁっ!!小町、勝手に見るなよっ!?」
珍しく慌てて携帯を奪い取る様子を見た小町は
「お兄ちゃん、智花って誰!?ねぇ、ねぇ!?」
小町が目を輝かかせて俺に近付いてきた。
いや、そんな期待した目をすんなよ…。
「いやぁ〜、まさか最近帰りが遅いと思えば……遂にお兄ちゃんにも春が!!」
「うっせぇ、ったく……。」
俺は自分の部屋に戻り、智花の電話に応対する。
「もしもし、どうした智花?」
「とっ、ととと……突然夜分遅くにすみません。あの……し、宿題とかしてましたか?」
緊張して声震えるとか……可愛いなおい。
「いや、特にはしてねぇけど……どした?」
「あの……お風呂で少し思いついたんですが、愛莉の事で」
「愛莉の?あぁ……」
「やっぱり、今日の事気にしてるみたいで……」
「成程、まぁ確かに気にするのは当然か……しかし難しいな、愛莉がセンターなら戦略に幅が出るが……」
「愛莉には申し訳ないですけど……正直、羨ましいです。あれだけ身長があるともっとバスケで色々出来るのに……」
「まぁ、確かにミニバスならスターだな……そいや、あの身長の思い込みは何時からだ?」
「私が転校してきた頃にはもう……大きいとか小さいとかいう言葉に敏感でスイカは小玉っていう品種しか食べなくて、好きな食べ物は小豆で嫌いなのが大豆らしくて」
「もはや願掛けだな、それ……仕方ない」
「え?」
「まぁ見てろ、俺に考えがある」
何処か得意気に話す八幡に智花は頷くしか無かった。
そして練習日、いつもの様に準備体操を始める愛莉に八幡が声を掛ける。
「愛莉、ちょっといいか?」
「へ?なんですか……?」
「お前、何で背が高いのが嫌なんだ?」
その言葉に皆が慌てた表情を浮かべる。
「は、はっちん!?いきなり何言うんだよ!?」
「俺は愛莉に聞いてるんだ、何でだ?愛莉」
俺の真剣な表情と腐った目で恐怖心を煽ってしまったか、愛莉は震えながら口を開いた。
「そ、それは……自分だけ大きくなって、周りから取り残されるというか……」
「……確かにお前は大きい、それを気にしてるのかも知れない」
「はっちん、もうやめろよ!」
と真帆が声を荒らげてこちらへと近付く。
「日常生活で大きな小学生は確かに注目されるし、そんな大きなお前が試合に出れば間違いなく視線の的だ。」
「比企谷さん、それ以上は……」
紗季も流石に駄目だと感じたのか、涙腺崩壊寸前の愛莉を撫でつつそう告げる。
「けどな、愛莉。試合でその身長を生かしてプレイしてるか、殺して後ろに下がってプレイしてるの見てどちらが見てて気持ちいいと思う?」
「…えっ?」
「お前が身長の事で何か他の奴らに言われるかも知れない。けどその代わりにお前にも得るものがある……なんだと思う?」
「え、えと……それは……」
「……チームの為に貢献した最優秀選手、つまりMVPだ」
「っ!!わ、私が……MVP……」
「お前はこの場所を守りたいんだろ?俺の見た限りでは男バスに特段身長の大きい奴は居ない。だから愛莉が空中を支配できれば間違いなく大きなリードだ。つまらない他人の悪口か親友達の喜ぶ賞賛か……お前が聞きたいのはどっちだ?」
「わ、私は……」
「この場所には、お前にしか出来ない……愛莉にしか出来ない居場所がある」
「私にしか出来ない……」
「身長を気にするなとは言わない、だが友達の為にその武器を生かすか殺すか……どちらにするかはお前が決めろ、愛莉」
「………っ」
愛莉は俯き、考え込む。子供相手に少々言い過ぎたか……自身の不器用さに後悔をしていると
「……私にしかできない事は、私がやります!何を言われても……皆が喜んでくれてこの場所を守れるなら…私にしか出来ない役目、教えて下さい!!」
少女の決意したその瞳に、皆の表情が柔らかく崩れた。
それから試合までの3日間は考え上げた仕上げの特別メニューを行い続けた。誰一人根を上げることなくやり遂げることが出来た。そして、その日の晩。
「よし、沢山食べて明日に備えろよ〜?」
「「「「「はーい!!頂きまーす!!」」」」」
英気を養う為、女バスメンバーと俺は美星先生の家へとお邪魔していた。
何と料理を作っていたのは平塚先生だ。いやもうなんでこの人誰も貰ってあげないの?何なの、悪霊の加護でも付いてんの?
「でも、本当にありがとうな?比企谷君」
「礼なら勝ってからにして下さいよ、俺の仕事はまだ終わってませんから」
「思ったより、責任感が強いんだな」
美星先生は俺を見て嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、やっぱ竹中は……」
「はい、もしかしてそこを突こうと?」
「まぁな」
夕食の途中、俺は紗季と共にベランダへと出ると明日の打ち合わせを軽く始めていた。
「…比企谷さん、私達は卑怯だとは思いませんよ。そんなに呑気に構えていません」
「当たり前だ、最初から俺も卑怯だとは一つも思わねぇよ。突かれる弱点を持ってるのが悪い」
「ふふっ、それもそうですね……なりふり構ってられませんから」
「あぁ、その……明日は勝つぞ、絶対」
「お〜、もちろん!」
「私にしかできない事……頑張ります!!」
「よっしゃ、はっちんの直伝のバスケをみせてやるぜ!!」
「ふふ、そうね!私も負けない!!」
「お前等……」
いつの間にかベランダに出てきていた皆が各々ガッツポーズを決める。
「明日、勝ちましょうね……八幡さん!」
「ふっ……任せとけ」
千葉の夜空に少女達の決意が谺響した。
そして翌日、体育館で並び合う両チーム。
ジャンプボールには智花、相手は竹中だ。
「凄い殺気ですね……」
ベンチで待機していると、男バスのコーチがこちらへやってきた。
「おはようございます、篁先生。無駄な悪足掻きも今日までですよ?」
うわぁ……典型的な嫌味キャラだなこの人。
「小物程良く吠えるんだよな!!」
と俺の目の前では教員2人がガンを飛ばしていた……やだ、私のために争わないで!!なんて体育館が言ってるような気がするな、これ。
「湊、今度は負けない……!!」
そして試合開始の笛が鳴り響いた。
ジャンプボールを制した智花から真帆にボールが渡る。
「もっかん!」
真帆からボールを受取れば、智花は一気にドリブルで駆け上がり前方の愛莉へとパスを流す。
「お願い!」
「っ!!」
受け取った愛莉の高さを生かしたレイアップは、見事に先制点を決めた。
「やったぜ!アイリーン!!」
「凄いわ、愛莉!」
「お〜、愛莉すごいっ」
「えへへ…私にしか出来ない事、ちゃんと出来たんだ」
「ただのマグレだ」
男バスのコーチがそう呟き、竹中達が攻め上がってくる。
「一本行くぞ〜!」
「っ!!」
それを見事に智花がカットすれば、そこから愛莉、からのレイアップでまたゴール。まさに八幡が思い描いた作戦通りの動きを見せていた。
「おぉ、二連続ゴール!」
「いいペースですね、これで相手はマンツーマンで止められない事が分かったでしょう。愛莉の高さで上を支配出来ればパスも送り放題ですし、万々歳ですよ。」
試合が進み、流石に相手も相手。巧みなパス回しからシュート運びで一点を返す。
しかしこちらには愛莉が居る、やはり上を支配されるのはミニバスでは酷なのであろう。点差は開き始めた。
「ちっ…タイムアウト!」
堪らず男バスコーチは選手を呼び、新たな作戦を授ける。
「よ-し、いい調子だな。後は作戦通りに動いてくれりゃ良い。それで勝ちに行くぞ」
「「「「「はい!!」」」」」
(恐らく向こうは、愛莉を潰しに二人掛りで来るだろう…ま、それが正しく俺の作戦なんだが)
試合が再開され、智花が攻め込みパスを愛莉に送ろうとすれば案の定愛莉は二人掛りでマークされていた。
「へっ、香椎を封じればどうってことねぇよな…湊」
余裕の表情で智花に話し掛ける竹中、しかし。
(凄い……本当に八幡さんの言う通りだ、なら!)
「真帆!」
空かさず智花は真帆へとパスを繋げる。
「待ち侘びた〜!!」
智花からボールを受け取った真帆は、何と見事にシュートを決めて見せたのだ。
「何!?」
「マークは三沢だ!あのシュート、マグレじゃないぞ!!」
男バスコーチは必死に声を荒らげる、だが
(おうおう、そんなに順調に罠に掛かってくれるとは。貴方達サクラですか?)
男バスが今度は真帆をマークすれば、迷わず智花は紗季へとパスを流す。
「紗季!」
「はいはいっと!」
今度は紗季までもが綺麗にシュートを決めてしまう。
「あがぁぁ……」
男バスコーチはどうやら、開いた口が塞がらない様子だった。
「「「「「やったぁ!!」」」」」
(この短期間の練習で、ここまでの動きでパスやシュートの正確性向上……こいつら末恐ろしいな、でも全く……小学生は最高だぜ!!」
「え…?」
「あ、いや……」
いや俺、何口走ってんの?こんな目をした奴がそんな事言ったら間違いなく誤解を生むからねこれ!?あ〜俺の人生終わったわ……。
「……だよな、あの子達は最高だ!」
美星先生、俺はあなたに付いていきますよ、えぇ!!
それでも試合は後半に迫り、やはりスタミナの差が現れ出せば向こうも気合を入れ直しどんどんと攻め上がる。
そして次々と攻めいられ、遂には……
「同点……」
タイムアウトになり、俺は最後の作戦を伝える。
「智花、第二段階だ。パスを回して時間を稼いでくれ、30秒位は貰いに行く覚悟でいい」
「わかりましたっ」
「愛莉は今度は自分のチームのゴール下に移動してくれ、そこでゴールを守る。リバウンドも積極的に取っていけ」
「は、はい!」
「まほまほと紗季は智花にパスをなるべく送るようにしてくれ」
「「はい!」」
「お〜、おにいちゃんひなは?」
「ひなたは俺の声を良く聞いておいてくれ、声が聞こえたらあの作戦だ」
「お〜、がってんっ」
「よし、皆……行ってこい!」
「「「「「はい(は〜い)!」」」」」
段々と追い詰められ、点差は少しずつ開いていく。
そして相手のシュートが外れた瞬間
(私にしかできない事、出来ない事を……!!)
「えぇぇぇい!!!!」
あの愛莉が積極的にリバウンドを取りに行ったのだ。
「よしっ!!ナイスリバウンドだ、愛莉!!残り3分、後は……」
そうして俺は、智花の顔を見つめると智花も理解したのか、頷き返してくる。
(ここからはエースの時間だぞ、智花……!)
頷いた瞬間、智花はまるで本気を今出したと言わんばかりに体を加速させる。そしてレイアップ、囲まれマークに着かれるとそこからのシュートで試合を降り出しに戻した。
「こっちだ、パス!」
竹中にボールが渡る、今だ!と八幡は立ち上がり
「行け、ひなた!竹中にマッチアップしてこい!!」
「お〜」
ひなたは両手を広げ、竹中を封じる。普通に抜けばいいだけの事だが竹中の足はそこで止まる。
「くっ……!!」
意を決して竹中が通り抜ければ、ひなたは大きく尻餅をついた。
「おおぉ〜……!!」
「え?お、おい!」
「チャージング、青4番!!」
「えぇ!?」
「え、今の当たってない…よね?」
美星先生が不思議そうに俺を見つめる。
「ふっ、青春とは嘘であり悪である。ましてや相手を好きになる方が悪い、昔から好意は利用されるのが鉄則ですからね」
「うわっ、つまり竹中のひなたの好意を利用したって事?」
「あいつらも了承済みですよ」
「君は本当に静の言う通りな子だったよ……」
呆れ笑いを浮かべながらも、納得した様子だった。
「っ…よし!」
うわ、あいつもう立ち直りやがった……ちっ、あいつもエースって事か。
そして、そこからは点の奪い合いが続きラスト10秒。
点差は一点。智花が攻め上がろうとするものの、3人でマークに入る。
「くっ…!!」
「俺達の勝ちだな、湊!!」
(私が…私が負けるなんて!!)
智花はそのマークを掻い潜り、大きくジャンプをするとシュートを放った。
「なっ!?」
しかし、智花の放ったシュートは大きくゴールを外れ……
「くそっ……」
俺は結局、あいつらを勝たせて……
(私が負けるなんて……些細な事、だって今は……皆と一緒だもん!!)
「任せろ、もっかん!!」
大きくそれたボールはシュートではなく、真帆へのパスだった。
それを受け取り、綺麗な放物線を描くシュートを放った…。
八幡を美化し過ぎた気が……ま、いいですよね!!←