風呂上がりの耳かきほど気持ちの良いものはないと思う【完結】 作:ファンネル
「いやああああぁぁッ!! ど、どこッ!? どこにあるのおおぉッ!!」
博麗の巫女、博麗霊夢は住み慣れた神社の中を縦横無尽に駆け巡りながら暴れ回っていた。いや、発狂していたと表現した方が正しいのかもしれない。
叫び声で分かるだろうが、彼女はある『探し物』をしていた。そこに在ったはずのものが無くなっている。必ず在ったはずなのに無くなっている。
彼女がどうしてこんなにも発狂し、暴れ回っているのかと言うと、話は昨日まで遡る。
霊夢は耳に違和感を感じていた。ゴロゴロと耳の中で何かが掠れる音がする。そして思うのだった。
最後に耳かきしたのはいつだったかな、と。
いざ耳かきしようと、重い腰を上げた所、急に人里の人間がやってきて、『氷の妖精がいたずらしてるから懲らしめてほしい』と言う依頼がやってきた。
霊夢はチルノとの弾幕勝負してこれをなんとか撃退。村人たちの依頼を見事完遂するのであった。
しかし時は既に夜遅くなっており、久しぶりの弾幕勝負でもあった事から、霊夢は湯船につかってさっさと床に就いたのであった。
夢現の中で、霊夢はふと思った。そう言えば耳かきしてない、と。まぁ気になる程じゃないから、明日やればいいやと軽く考えて眠ってしまった。
しかし翌日――
朝起きた時にその異変は始まっていた。
「ふおおおぉぉッ!! な、何これええぇッ!」
霊夢の耳垢は一晩でかなりの成長を遂げていたらしい。起きた瞬間にその存在を確信できるほど巨大なモノになっていた。動くたびにゴロゴロと耳の中を蠢いているのが分かる。
ひどく不快で気持ちの悪い感触である。
しかし霊夢は、当初この不快な感覚の中でウキウキしていた。耳垢を取る時の気持ちよさを彼女は知っていたからだ。大きな耳垢が取れた時のそう快感に勝るものはそう多くはない。
霊夢は楽しさ半分、期待半分で耳かきが入っている引き出しを開けた。
しかし――
そこに耳かきは無かった。
そして現在に至る。耳の中で蠢く耳垢は霊夢をイライラとさせていた。それはもう狂わせるほど断続的に。
「無い……ここも、無いッ! 無いッ! なんでッ! どうしてぇッ!?」
家中の引き出しと言う引き出しを叫びながら開けていく。事情を知らぬ者がこの光景を見たら狂人と見間違うのかもしれない。しかし霊夢はそんな事、気にしていられなかった。
そんな発狂している霊夢の眼の前に突如として、空間が裂けて『隙間』が現れた。
そこから一人の女性が顔を出す。
「やっほぉ。霊夢、元気ぃ?」
「……紫」
妖怪の賢者こと、八雲紫である。霊夢は敵意むき出しの表情で舌打ちした。
「一体何の用よ。言っておくけど、今の私に近付かない方が良いわよ。狂乱して襲いだすかもしれないから……」
それは辛うじて正気を保っていた霊夢の警告であった。
近づくな。
今にも暴れたい欲求を押し殺しての警告であったと言うのに――
「いやん♡ ゆかりん襲われちゃう♡」
これを見事な軽いノリで受け流したのであった。
そこから霊夢が、この紫の態度にビキィッと来たのは言うまでも無い。
阿修羅の様な恐ろしい様相へと変化し、大量の封殺用の御札を握りしめて叫んだ。
「この阿婆擦れぇッ!! そんなに永眠したいかあぁッ!!」
しかし紫の態度は変わらない。
「まぁまぁ。落ち着きなさいよ霊夢。可愛い顔が台無しよ?」
「やかましいッ! 二度と起きてこられない様、完全に完璧に封殺してやるぅッ!!」
陰陽玉を大きく振りかぶって紫めがけて投げつけようとした。紫は何かごそごそと何かを取り出そうとしているがもう遅い。止めるつもりはないし止まらない。
しかしその陰陽玉が紫に届く事は無かった。
止まったのだ。紫が取り出した『その物体』を目にして。
「じゃじゃ~ん。これな~んだ?」
「そそそ、それは……ッ!?」
それは『耳かき』だった。しかも竹製でぽんぽんの付いた見紛うことなき『耳かき』。
狂乱してまで探し求めていたものが、紫の手の中にあるのだ。
「そ、それをこっちへ寄こしなさいッ!」
これでこの不快な世界から抜け出せる。狂気の表情から一変して、霊夢は希望を持った救われた表情へと変化していた。
しかし、そんな救われた表情をして紫は言った。
「嫌よ」
そこから霊夢が再び絶望したのは言うまでも無い。
上げてから落とす。希望と絶望の落差に、霊夢は言葉を失った。
百面相の様に表情がコロコロと変わる霊夢だが、紫は一貫して笑顔であった。紫は隙間から体を出し、縁側に腰掛けて霊夢を呼び付けた。
「ほら霊夢。来なさい。私が耳かきしてあげるから」
「はい?」
何を言い出すかと思えば、紫は自分の膝をポンポン叩きながら誘っていた。
「べ、別に良いわよ。耳かきくらい自分で出来るし……子供じゃないんだから」
「あ、そんな事言うんだ? ならこの耳かき持って帰ろうかなぁ?」
「あ……待ってッ! 分かった。分かったから! 耳かき、してください……」
「よしよし。――さぁ、おいで霊夢」
霊夢は紫の膝に頭を置いた。
柔らかな感触に、紫の良い匂いに気恥ずかしさを感じる。
「ねぇ。膝枕ってしなくちゃ駄目なの?」
「だ~め。昔から耳かきには膝枕って言うのが相場なんだから。――さ、始めるわよ」
そう言って、紫は霊夢の頭を撫で始めた。時折、指に髪の毛を絡ませながら優しく撫でる。
「ちょ、ちょっと……耳かきしてくれるんじゃないの?」
「何事にも順番って言うのがあるのよ。気持ち良くなかった?」
「そんな事……」
「私はやってて楽しいわよ。霊夢の髪の毛、柔らかくて気持良い」
「もう……は、恥ずかしい事言ってないで、さっさとやってよ!」
「はいはい。それでは……」
まずは浅い所を指で揉みほぐしていく。耳たぶがある程度温まったら耳かきの腹の部分を使いなぞる様に這わせていく。
「どう霊夢。気持良い?」
「なんだかこそばゆい……」
「そう。それじゃいよいよ奥に行くから。痛かったら言ってね」
「う、うん……」
奥を良く見ようと紫は耳元に顔を近づけていく。その為か、紫のかすかな吐息が霊夢の耳元に送られていた。
(うひゃあぁ……紫の吐息が……。微かな吐息が耳元に……)
ぞわりと来る感覚に霊夢は背筋に鳥肌が立つのを感じた。
「あ、おっきいの発見! 紫号、これより霊夢の耳の中へ突入を開始します!」
「馬鹿な事言ってないで、早くやってよ」
「はいはい」
紫は手慣れた手つきで、霊夢の耳の奥へと耳かきを侵入させた。
カリコリカリコリ……
「ふおおおぉッッ……」
自分を発狂させていた異物が取れていく。時折感じる痛みすらも今は心地よい。
紫の技術は見事なものであった。的確にかゆみの震源地に耳かきを運んでくれる。
(あぁ、これヤバい……。気持ち良すぎる。それになんだか凄く安心する様な……なんだろうこれ。前にもこんな事……)
不思議な感覚だった。気持ちよさと心地よさと安心感と――。
しかし初めてではないのだ。随分昔にも感じた事のあるこの感覚。
一体、何だったかなぁ。
と、霊夢は夢うつつにそんな事を思っていた。
暫くして、ようやく耳かきの作業が終わった様で、紫は霊夢に声をかけた。
「さぁ、終わったわよ霊夢。気持ちよかった?」
しかし返事は帰ってこない。帰ってくるのは静かな寝息だけだった。
「あらあら、眠っちゃったのね霊夢。本当にもう……可愛いんだから」
紫は霊夢の頭を優しく撫でて、霊夢の寝顔に見入っていた。
不思議な心地よさを感じる半面、紫の頭にほんの僅かな不安がよぎった。
(あと何回、こんな風に接する事が出来るのかしら)
人間は妖怪と比べて圧倒的に寿命が短い。どれだけ共に生きたいと願ったとしても、片方は必ず取り残される。
あと何回、こうしてあげられるのか。
あと何回、ともに居られるのか。
まだ先の未来の話とはいえ、必ずやってくる確実な未来に紫は言いようのない不安を感じずには居られなかった。
霊夢の可愛らしい寝顔を見て、紫はこの瞬間がずっと続けばいいのにと賢者らしからぬ夢想に耽っていた。
ずっと頭を撫でていたためか、霊夢が小さく反応した。
起こしてしまったのかと、慌てて手を引っ込める紫であったが、どうやらそうではないらしい。
霊夢は小さく寝言を言ったのだ。
「――お、お母さん……?」
と。
その言葉を聞いた時、不思議と今までの不安感が嘘の様に消えた。
いや違う。消えたのではない。不安と言う黒いモヤが、幸福と言う光の中に包まれ内包されたのだ。
不安は確かに残る。しかし、今この瞬間の幸福も真実なわけで――
紫は、驚きの表情から優しい笑顔に変わり――霊夢に行った。
「なぁに? 私の可愛い霊夢――」
なんかもう……ね。
プロットも何にも無しで、感情の思うがままに書いた作品です。
耳かき気持ち良いですよね。
特に風呂上がりなんか。ふやけた耳垢がべろりと取れるあの感触たまらないです!
別にこれ東方でやる必要なくね?
と思った貴方。
駄目ですよ。そんなこと言っちゃ。振りじゃないですからね。絶対に駄目ですよ。