九人の女神は異能の群像   作:猫丸@柄杓

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PrologueA Trouble Busters

「……やっかいなのがきたわね」

 

 矢澤にこは、サングラスをはずし、眼前の化け物を見遣った。

 近頃巷で騒ぎになっている、骨を剥き出しにした異形の生物。あらゆる色素を削ぎ落とした透明な眼だけがやけに綺麗なもので、それを血飛沫で汚していく様は悪趣味なことこの上なかった。

 

 「死神」は、善悪がはっきりしている。良い方の死神は死者の魂を天国ないし地獄へ連れていくだけなのだが、この悪と称される方は、生きている人間を殺してその魂を無理矢理持っていく。

 

 ——にこが推し量るに、魂の数でノルマが取り決められていて、それを達成するためにこのような愚行に至るのではと思われた。

 

 ただ、今はそれはどうでも良い。

 

 にこは隣の絢瀬絵里をちらりと窺った。凍てつくような視線を死神に向ける彼女は、しかし怯えていた。無理もない。実戦ははじめてなのだ。

 

「にこちゃん、エリー」

 

 少し遅れて、西木野真姫が到着した。彼女は医学の勉強の傍らで死神の構造も研究しており、下手をすれば死神の血をひくにこよりも詳しいかもしれない。

 

 さて、こうしてμ'sのユニット、BiBiの三人が揃ったわけであるが——

 

「いつまでこうしてるの?」

 

 沈黙に耐えかねたのか、絵里がいった。

 

「もう終わるわよ。なんせ、この真姫ちゃんがきたんだから」

「はいはい、真姫ちゃんかわいいかきくけこ。はやく終わらせて」

「何よその言い方!」

「いいからはやくしてよ! わたしも怖いんだから!」

 

 紅色の髪を優雅に撫でた真姫は、懐から取り出したメスを静かに動かずにいる死神に刺した。

 

「さ、執刀しましょうか」

 

 紅い筋が死神の体の所々に迸り、いつからか漂っていた厭な匂いが消えた。

 

「ありがと」

 

 礼をいったにこは暗黒色の、蝙蝠のような、いや、悪魔のような翼を生やし、その先端を平らな胸の前で合わせた。

 

 黒光りさえしない、真っ黒な「塊」が球体として現れ、そして放出される。ほんの僅かな間が空き、それから死神が崩れ去る。

 

「にっこにっこにー」

 

 ぶっきらぼうにそういったにこはサングラスをかけ直し、

 

「さ、帰りましょ」

 

 どういう経緯があってこの状況ができあがったのか。その訳は、少し前に遡る。

 

 

 ユニットBiBiが「Trouble Busters」なる曲を発表したのはいつだったか。そのときの彼女たちは、まさかその役目を演じることになるとは思ってもいなかったのだ。

 

 ユニット練習のとき、件の「死神」が来訪した。あろうことか彼女らを襲撃したのだ。そのとき、矢澤にこは初めて自分が「死神」の血筋の人間であることを真姫と絵里に告げた。きっと自分が狙われた。二人はそれに巻き込まれた。負い目を感じた彼女なりのせめてもの償いだった。

 

「じゃあ、私たちで倒す?」

 

 鋭い爪を持つ死神を前に、真姫はあっけらかんといい放った。

 

「馬鹿なこといわないで! 死にたいの!?」

「死なないわよ。まあ見てなさい、このスーパー真姫ちゃんの力」

 

 死神と人間の混血は人にして人ならざる力を持つ。それが、真姫の父親の出した結論だった。メカニズムも解明されており、異能力を手にする技術——もっとも、死神の血を注射するだけだが——も確立されている。無論、公にはなっていない。

 

 真姫は死神の血液の入った注射器を取り出すと、あっさり自分にそれを射した。そして、

 

「オペを始めましょ」

 

 真姫が目覚めた異能は「執刀」だった。メスを刺すことで、対象の体を改造できる。それを用いて真姫は、あっさり死神を退けたのである。

 

 それからしばらくして、絵里も覚悟を決めたらしく、

 

「にこにだけ背負わせるわけにはいかないわ。こんなちっちゃいのに」

 

 などと軽口を叩きながら、「氷結」の力を手にした。それから少しして死神が現れ、たまたま不在だった真姫を除く二人が駆けつけたわけである。

 

 ただ、その死神が何とも厄介であった。体内に毒袋を持っていて、下手に殺そうものならそれを撒き散らしてしまうのだ。絵里が凍らせたところまでよかったが、その先の手出しができなくなってしまった。

 

 そこで、にこは、真姫なら毒袋を切除して無効化できるのでは、と思い立った。携帯で真姫を呼び寄せ、その思惑通りに死神は排された。

 

 かくして、「Trouble Busters」ことBiBiの初めての任務が完了した。

 

 

「さ、帰りましょ」

 

 にこがいった。

 

「あ、希にどう説明しようかしら……」

 

 他のメンバーにはこのことを告げていない。怪しまれてしまえば、鋭い希や海未によってたちまち暴かれるだろう。

 

 三人は、言い訳を考えながら帰路についた。


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