ハーメルンは表現の幅が広くてイイね。
「ヤマネさん………………」
ポロポロとしていた涙の雨だれは今や豪雨となり、膝からくず折れたヤマネは俯いて嗚咽を漏らした。
「ずるいよね………わがまますぎるよね…………こんな、わたしなんか」
「「えっ…………?」」
二人の天使にとって、それは意外な言葉だった。
彼女が我が儘、だって?夢を永遠に奪われた哀れな少女を、誰が我が儘等と非難すると言うのか?
困惑する奈尾とさやかに向かって、ヤマネが続けて言う。
「みんなといっしょに戦うようになるまでは気がつかなかったけどさ、魔法少女になることを選んだ子たちって、おうちの問題とか、その子じゃなきゃ想像もつかないような、つらいできごとを経験してる子が多いんだよね。さっきのわたしのなかまにもそんな子がいた。わたしね、そんなことぜんぜん知らずに、わたしの夢のことをその子に話しちゃったことがあったの。
そしたらその子、言ってたんだ。ヤマネ、あんたいままでしあわせに生きて来たんだねって。あたしは自分が将来なりたかったもののことなんかとうにわすれて、いまでは…………」
今では、と言った所で、ヤマネはまた何度かしゃくり上げ、それから大きく息を吸って吐いてから言った。
「…いまでは、ただいまっていうひとがいて、いっしょにごはんを食べる家族がいて、…ふつうにの生活にもどるのが、あたしの夢、だって…!」
思いの丈を吐き出したら、今度は涙ばかりがいやにぼたぼたと溢れ出て来る。そんな自分が益々嫌いになって行く。
「わかってるの、わたし、それまでなに不自由なくのんきにくらしてきたくせに、叶うかもわからない、自分だけのくだらない夢なんかのために、おあそびみたいに契約して、それなのにこんなわたしなんかをチームにいれてくれたみんなに、なんにも返してこれなかった………だからきっと、そのことで、ばちがあたっちゃったんだ……!」
そんな風に意外な程すらすらと自分の駄目さ加減を、自身の罪状を述べて行く中でも、自分自身の言葉が、心が、どんどん嘘臭く思えて来る。
本当は、わたしはわたしが可愛いだけなのでは無いか。悲しんでいる様なポーズだけ見せつけて、慰めの言葉を貰いたいが為だけにこうして泣いているのでは無いか。所詮わたしなんか、
きっと、そんな事は全然無いんだろうなあ、と奈尾は想った。ヤマネさんが仲間の皆さんを思う気持ちも、勿論ヤマネさんの自分の夢に対する真摯さも、きっと本物だった筈だ。見た訳じゃ無いが、あの言い振りなら絶対そうに違いない。
噂によく聞く、人生や自分自身を掛けても良いとさえ思える様な、誰かの夢。まだ幼く、毎日を生きて行くだけで精一杯の自分には、そんな夢破れた人間の哀しみを完全に理解する事は出来ない。それでも、だとしても。
「ヤマネさん、泣かないで下さい」
俯いていたヤマネが、ぐしゃぐしゃの顔をゆっくりと上げた。しゃくり上げが再発し、上手く喋る事が出来ない様子だ。
ヤマネにきっぱりと告げた奈尾が、そこに立っている。
「うう……………うえ…………?」
「ご自分の大切な夢を、『叶うかも分からない』とか『下らない』なんて、簡単に言わないで下さい。結果的にはまあ、駄目になっちゃいましたけど、ヤマネさんが今よりずっと小さい頃から、例え虫と触れ合うのが怖くなっても、同じ夢を心の中で守り続けたって言う、『事実』は永遠に消えないじゃないですか。人間が想った事には、意味のない事なんて無いんです。大きな力があるんです。魔獣だって、人間の感情エネルギーを狙う位ですしね。
あと、自分より不幸な境遇にいる人達と自分を比べない。魔法少女になる人達は、みんなそれぞれ本人なりに真剣に悩んでその道を選んでるんですから、願いに程度の差なんて別に無いんですよ。どんな人にも自分にしか分からない様な悩み事があるし、どん底に居る様に見える人って、意外と開き直って明るいもんなんですよ。
あと、導かれることを、『バチが当たった』なんて言わないで貰えますか。何だか、こっちが悪い事してる気分になるじゃないですか」
奈尾の言葉を受け、ヤマネは暫くぼうっとしていたが、やがてふふふと笑って口を開いた。
「うん、ありがとう。ごめんね」
やがて呼吸が落ち着いてきたので、袖で涙を拭う。ありきたりな言葉の羅列だったが、夢の事をはっきり「下らなくない」と言われて、大分気が楽になった。勝手に一人で変な事を考えて、暗くなるのはやめようと思えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
森の中をひとしきり巡って、その後はずーっと、切り株に腰掛けて野鳥の声を聴いていた。
川の中を覗いてオパールの様な色をしたヤマメも見たし、よく熟れたアンズの実が木になっているのも見た。
「良いんですか?じゃあちょっと失礼して」
ヤマネとさやかは霊の状態なのでもう物は食べられなかったが、奈尾はそう言って急に
果実にかぶりつくと、ジュルッと果汁が口の中に広がる音がした。
「奈尾ちゃんとさやかちゃんって、ひょっとしてむかし消えた魔法少女なの?『円環の理』が来るとき、いままで導かれたおんなのこたちもいっしょに来るって、聞いたことあるんだけど」
「さやかしゃんはそうなんれすけど、私はまら導かれた訳じゃ無いれすね、もぐもぐ。私は自分の魔法少女としての能力れ現実の世界にも霊の世界にも干渉れきるんすよもぐもぐ」
「コラ、奈尾。口に物入れたまま喋らない」
「すいませェん」
奈尾が頭を搔いて謝る。彼女等の様子を見て、ヤマネはまだ自分が生きていた頃にある日学校に行くバスに乗った時の事を思い出した。その時の運転手さんはいつものおじさんでは無く、見た事の無い若い人で、いつもバスを運転している運転手さんは今日の運転手さんの後ろに怖い顔で突っ立って一挙手一投足を見つめていた。
若い運転手さんの胸をよく見ると、「研修中」と書かれたバッジが付いていた。奈尾もまた「研修中」なのだろうか。
「本当に良い所ですね、この山。空気が綺麗で、なんか嫌な事とか、全部どーでも良くなって来ちゃうなぁ。
プライベートでまた来たいなぁ」
「ふふ、そうしなさいそうしなさい。一度きりの人生なんだから、やりたい事は出来る内にどんどん楽しまなきゃ損損。死んでから後悔したって遅いよ」
天使様お二人はすっかりこの小さな山をお気に召したご様子である。しかし、山を歩きたいと言った当のヤマネは、まだ何か浮かない顔をしている。
「大丈夫ですって、ヤマネさん。ヤマネさんがいなくなった後もこの山だけは何百年も残って行きます。そして、山が大好きな人達の住んでる町は、ヤマネさんのお仲間がきっちり守ってくれますよ」
しかしヤマネは、自嘲するようにその言葉に応えるのだった。
「…………ううん、ちがうよ。わたしね、この世を離れる前に、山にせいいっぱいのお礼を言いたかったんだ。
ずっとわたしを見守ってきてくれた山といっしょなら、わたしはきっと、死ぬのもこわくないから」
えっ、と二人の口から声が漏れる。
「ヤマネさん……何言ってるんですか……?」
「山と一緒ならって…一体どういう意味よ…⁉」
「この山ね……もうすぐ、切り崩されちゃうの」
奈尾の台詞の色文字は、金色のつもりなんです…