何か、噂によると織莉子やキリカも出るとか……楽しみだ。
ヤマネちゃんの願い、明かします。
「奈尾ちゃんとさやかちゃんは、『円環の理』からわたしを連れにやってきた使いなんだよね」
木漏れ日の中、三人で歩きながら、ふとヤマネが質問した。
従って傾斜は緩く、山に遊びに来る子供達の遊び場となる場所は地面が踏み固められ、やがてけもの道ならぬ「子ども道」や「子ども広場」とでも言うべき物が出来上がる。
さっきまでは殆どパニックを起こしていたヤマネだったが、今はもう落ち着いた。
納得出来る訳など無いが、わたしがじたばたしてもどうにもならない事なんだ、と言う事だけは頭で理解出来た。わたしは未練を解いて、『円環の理』に逝かなきゃならない。
立ち去る前に最期の挨拶位はして行ったら、とさやかが言った。言葉は伝わらなくても、想いは伝わるかも知れない、と。
自分の姿を探して目の前で泣いている仲間達に向かって、ヤマネは想った。
みんな、今までわたしをありがとう、こんな年上のくせにぐずでのろまで気がきかなくて、おまけに弱くて、いつでもみんなにめいわくをかけるようなわたしなんかを、今まで仲間と思ってくれてありがとう、と。
だからその後、リホがこう言ってくれて嬉しかった。
『ねえ、今、ヤマネの声がしなかった?』
「何?まだドッキリなんじゃないかって疑ってるの?」
さやかがニヤニヤしながら聞いてきた。
「ほんとですってば。何でしたら身分証明書的な物もあるんですよ」
奈尾がバッグの中をゴソゴソまさぐろうとした。
「いや、それじゃあふたりは、天国からきた、天使さまってことになるのかな?って、ちょっと思ったから」
ヤマネがたどたどしく言う。光の当たり方の問題なのかぱっと見分からないが、さやかの頭上には透明な、それこそ「天使の輪っか」の様な物が浮かんでいるのだ。自分の上にも手をやってみると、どうやら彼女の頭の上にも似た様な輪があるらしい。奈尾にはそんな物は無かったが、彼女の身体が動く時には古い蛍光灯の下の様にその姿が揺らいで見えた。
ヤマネは自分自身の、例えばこんな所が嫌いだった。自分の思考を脳内で言葉に変換して、口に出すまでが
仲間か。
「天使かあ、まぁニュアンスとしては間違って無いですよね、さやかさん?」
「そうだね、そうなるかもね。まああたし等はそんな大したもんじゃ無いけど」
「『円環の理』って、奈尾ちゃんたちのことなの?」
「あの方はちょっと今、休みを取っておられまして…私達はあくまで代理です」
「なにかあったの?」
ヤマネが聞くと、二人は何も言わずに、ただちょっと顔を見合わせた。
ああ、聞いちゃいけない事を聞いちゃったんだな、とヤマネは慌てて理解した。
ヤマネさんを現世に縛っている未練って一体何なんでしょうね、と三人で考えた時、ヤマネはやはり、それはこの山の事だろう、と答えた。彼岸に逝ってしまう前に、もう一度だけこの山の中を歩きたい。
奈尾は最初の口調こそ事務的で、何かのセールスマンみたいな、仕事をしている大人みたいな感じだったが、愚図なヤマネに大抵の大人が見せる様な嫌な顔は少しもせず、「分かりました、じゃあ私達にも紹介して下さいよ。ヤマネさんの大好きなこの山を」と人懐っこい笑みで言ったのだった。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~」
「わーーー……………一杯居ますねえ…………」
樹液が染み出すクヌギの大木は、さながら昆虫のレストラン。
まだ夜が明けたばかりなので、山で一番大きな通称『守り神』と呼ばれるその木には、虫が群がっていた。
二人がこう言う反応をしている所を見ると、やっぱりこう言う、人の手が入っていない、真に自然が残っている場所は全国的には少ないのかな、とヤマネは思う。蟻やゴキブリが沢山居る訳じゃ無いんだから、そんなに嫌がってやる事無いのに。
「わ~~~~、わ~~~~、ああごめんなさい、何でしたっけ」
「もうっ、奈尾ちゃんたちいやがりすぎ。虫たちがかわいそうだよ。
カブトムシのおすとめすでしょ、それからミヤマクワガタに、コクワガタに、カナブンに、キイロスズメバチ、ヘビトンボ、タマムシはたぶん日光浴しに来たのかな、あ、ミヤマだけじゃなくて、ノコギリクワガタのおすとめすもいるね、ミンミンゼミとアブラゼミとクマゼミと、そいで、あれ、オオカマキリまでいるね、カマキリは樹液を吸わないのに、ほかの虫をねらってるのかな、あとあれが、シロテンハナムグリにクロカナブンでしょ、それからあれがオオムラサキ」
「あ、他のは全く分かんなかったですけど、オオムラサキってのは聞いた事あるかもです」
「日本の国蝶だよ。よその森や山ではなかなか見られないんだから」
「随分虫に詳しいんだね」
さやかが言うと、虫を夢中で紹介していたヤマネは照れ臭そうに笑った。
「昆虫学者になるのが、子どものころからの夢だったんだぁ…………………
…………………このへんは人のすぐ近くに虫がいる、っていうか、もともと虫が住んでいたところに、人が住まわせてもらってるってかんじだったから、だから、虫は小さいころから、ぜんぜんきらいじゃなかった。
だけどね、わたしが七歳のころ、スズメバチにさされて…………………」
ヤマネが頭上の木にくっついているスズメバチを見つめる。
「……………ものすごくいたくて、そいで気が遠くなったのを覚えてる。
それからもわたしは変わらずに虫が好きだったんだけど、虫にさわろうとするとあのときのことを思いだしてこわくなるようになっちゃった。でも、それじゃ昆虫学者になるのなんてむりでしょう?
だから魔法少女になるかわりに、こうおねがいしたの。わたしをもいちど、虫がさわれるようにしてください……って」
「……………ヤマネ…………?」
さやかが何かに気付いた。
「ヤマネさん………………?大丈夫ですか?」
ヤマネは、空を仰いだまま、声を出さずにぽろぽろと泣いていた。
杏子だったら、ちゃんと自分の為に願いを消費してる彼女は正解だ、とでも言うんですかね。
その夢も叶わなくなっちゃったが。