「え、過労?『円環の理』がですか⁉」
異形の集団から思わぬ歓迎を受けた私は、その後最初に居た真っ白な場所に繋がる別の空間……地平線まで続く花畑の真ん中に白いテーブルがぽつりと配置された世界に通された。
「うーん、せめてエネルギー切れって言ってあげてくれないかな」
私と一緒にテーブルに腰掛けたさやかさんが困った顔で言う。私達が話している間に顔がペロペロキャンディーになったウェイトレスが大きなケーキを運んで来てテーブルの真ん中に置いて行った。
「す、すいません……いやでも、『円環の理』って、厳密には違うだろうけど神様みたいな物なのかなって、私はイメージしてたんですけど……」
「まあ、
ね、と言いながらさやかさんが「その人」に話を振る。白いパジャマの様な格好をした女の子が、あはは、と照れ隠しの様に笑う。
この場所に来た時に、私はようやく思い出した。マミさんの口からちらりと聞いた、戦いの一生を終えた魔法少女を安息の地に導く女神―――『円環の理』。さやかさん達の話では、何だか嘘みたいな話だが、この人がそうらしい。そう言う概念みたいな物が人間に分かり易い形をとって具現化した姿だと……なりたて?なりたてとは何だ。
「手分けして出来る事まで全部一人でやろうとするから倒れたりするのです。『円環の理』ともあろうお方が、少しは人に頼る事を覚えるのです」
その時、私とさやかさんと『円環の理』以外にテーブルに腰掛けていたもう一人が、唐突に言った。リスやモモンガを思わせる茶色いふわふわとした衣装に、羊毛に似たもこもこの髪の毛。大口を開け、一切れのケーキを丸ごと一口で食べた。
モモンガみたいな人にぴしゃりと言われると、『円環の理』は縮こまって「ごめんなさい……ほんと、ああなると思わなくって……」とごにょごにょ呟いた。何だかなー、どうも威厳に欠けてる気がする。さっき聞いた話だと、どうやら今は力を失っている状態、と言う事になるらしいんだけど。
「……『円環さま』?は頑張り屋さん、なんですかね?」
「え……どうなんだろ。自分じゃよく分からないや」
私が話しかけてみると、円環さま(何か
「円環さまが力を失って、魔法少女の魂を連れて逝く事が出来なくなって……そんな事になったら、どうなるんですか?」
雰囲気から察するに、まあ恐らくろくな事は起きないんだろう。少しの間みんなが黙っていたが、やがてさやかさんが口を開いた。
「『円環の理』はこの子……『まどか』だけじゃないよ。あたしも、そこにいる『なぎさ』も、かつて導かれて『円環の理』の一部になってる」
『円環の理』に導かれ……その言葉を聞くと、胸がキュウッと絞まる様な気分になった。
「やっぱり……さやかさんは……もう?」
本当は聞くまでもない事だ。彼女はもう、とっくの昔に現世での役目を終えたのだ。
「ごめんね……あたしに、会いに来てくれたんだよね?ありがとう……あっちで、待っててあげたかったんだけど」
「……さやかさんは、ちゃんと悔いのない人生を送れたんですか?『今』に、満足してますか?」
彼女は、一瞬だけ目を伏せはしたが、すぐに笑顔で答えを返してくれた。私を元気づけてくれた笑顔で。
「……もちろん!やれる事を、全力でやりきった上で燃え尽きたからね」
「……そっか。なら良かったです。やっぱりさやかさんは最後までさやかさんだったんだなぁ」
「褒めてんの?それ」
「もちろん。めっちゃ褒めてますよ」
何時の間にか私の顔にも、彼女と同じ笑顔が移って来ている感じがした。
ああ、今まで私は、自分が魔法少女魔法少女になりたい理由を、何となくさやかさんみたいになりたいからだとしか思っていなかった。でも違った。この笑顔を、さやかさんから貰ったこのキラキラした暖かい気持ちを、もっと沢山の人に届けたかったからなんだ。
「何のお話をなさろうとしてらしたのでしたっけぇ?」
なぎささんが大きく咳払いをしながらそう言ったので、私達は本題に戻る事にした。
「人生に満足して、自身の終わりを完全に受け入れている魂を連れて逝く事なら、実はあたしたちにも出来るんだ。ただ、その魂にこの世への強い未練がある場合は、あたしらとは違って実体のあるだれかがそれを解消して、現世との結びつきを断たなきゃならない」
「魔法少女の魂が『円環の理』に導かれないと、何が起こるんですか?」
「……現世に留まり続けた魔法少女の魂は、『魔女』に化ける」
魔女、と言う言葉が出た時、心なしか三人の表情が少しだけ暗くなった。どうしたんだ?
「……魔法少女の大人版って訳じゃ、ないんですよねやっぱ……『魔女』って、もしかしてさっきも居た……」
「あの子達は好きであの姿をしてるだけだよ。本来魔女には意志がないの。
魔女は魔法少女の絶望から生まれる怪物。人の心を惑わしたり、誘き寄せて喰ったりする。しかも際限なく増えて行く上に、目に見えない」
「何でそんな事を……元は魔法少女だったんですよね?」
「死ぬ間際の、悲しみや憎悪が固定されちゃうんだよ。そして、それ以外の事は考えられなくなる。
魔法少女が一度魔女になってしまったら、もう二度と元には戻れない」
「魔法少女の幽霊……?」
「その認識は正しいかもね」
「……何か、魔法少女とは真反対ですね」
失礼かもしれないが、思った事が口をついてぽつりと出た。
何も分からずに異形の姿で闇を振りまき続ける気持ちはどんな物だろう、と私は想像する。
いや、今の話からすると、「気持ち」なんてないのだろう。すると今度は自分がそう言う存在になる想像をしてしまい、ゾッとした。
「……そんな事がもう二度と起きない様にする為に、貴女の力を貸して欲しいのです」
モモンガ、じゃないなぎささんが静かに告げる声で私は現実に帰還した。私の力?
「全ての魔法少女は、それぞれの願いから生まれた固有の魔法をもっているのです。『誰かの怪我や病気を治したい』と言う願いなら治癒。『過去に戻りたい』なら時間操作。
『さやかに会いたい』と願った貴女は……結果的に生きながら『円環の理』に来てしまった貴女は、わたしたちの見立てでは、どうやら『現世と霊の世界を行き来出来る能力』……つまり、霊を見たり、『円環の理』にジャンプしたり、戻ったり出来る力を身に付けているのです」
「そう言う事ですか……」
つまり、生涯を終えはしたが、この世にまだ未練がある人に対し、魔女になる前に『円環の理』に
身体を持っている私が未練を解き、さやかさんたちが未練のなくなった魔法少女達を連れて逝く。
『円環の理』の役目の一部代行―――そう言う「仕事」を頼まれているのか。
「奈尾にはまたまどかが力を完全に取り戻すまでの間『円環の理』直属の『ソウルナビゲーター』になって欲しい……なってくれたら凄く助かる。でも、他の方法だって、もしかしたら探せばないとは限らない。
本当ならこれはあんたがやるべき事じゃないんだ。ただでさえ魔法少女もやってるんだしね。
あんたはあんたが好きな様にやれば良いと、あたしは思うの」
帽子を取って、じっと見つめながら考える。
さっき鏡で見たが、魔法少女としての私は、肩から
さやかさんはきっと、うんと気を遣ってそう言ってくれたのだと思うけど、私は寧ろ嬉しかった。
私にしか出来ない「仕事」がある。笑顔の届け方がある。恩人と一緒に。
あれこれ考えるよりも、直感を信じた方が楽しいし、私らしいと思った。
「……ナビゲーターの仕事、お受けします!心配しなくたって平気ですよ。魔法少女もナビゲーターも、私がやりたいと思ってする事だから……
さやかさん、もう一度、一緒に頑張ってくれませんか?今度は近くで」
「……! うん、そうだね……よし!分かった!
これからよろしくね!それから……ありがと、奈尾!」
「こちらこそ、よろしくお願いします‼」
せつめいせりふむつかしい