まどマギ式☆霊界ナビ   作:サムズアップ・ピース

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2 光の使者、ブルーマーメイド

 渥美(あつみ)ヤマネは戸惑っていた。

 仲間と協力して、魔獣の群れを一掃したのは覚えている。

 消え去る運命を悟り、薄れて行く意識の中で、リホちゃん、みんな、バイバイと静かに呟いた、此処までは確かに記憶にある。

 

 が、問題はこの後から。

 

「………お~い、起きなよ、あんた。起きなさいって」

 声が聞こえて目を覚ますと、ヤマネは自分がさっきまでと同じ位置に突っ立っている事に気が付いた。

 

「無茶するわよねえ、あんた。まぁあたしは嫌いじゃないけどさ、そう言うの」

 白いマントと手袋に青いミニスカート。ショートの髪に付けた、音楽記号型のヘアアクセサリーがアクセントになっている。

 

 突如として眼前に現れたこの見知らぬ少女は、状況が飲み込めず狼狽えるヤマネを尻目に、さっさと自分の作業に取り掛かり始める。

 

「え~っと、今は一体、何時(いつ)何時(なんじ)だったっけか。もうすぐ係の者が来るから、ちょーっと待っててね~」

 マントの子はポケットから金の懐中時計を取り出して見た。

「あ………………え?あの、ちょっ、え?え?」

「だぁーっ、駄目だなぁ。大事に使い続けて来たけど。狂い過ぎててちょっとお話にならんわ、これは」

 彼女は懐中時計をぽいっと放り捨てると、普通の女の子がよくやる様に、携帯を取り出して時刻表示を確認した。

 

『98:03 20月63日(什曜日)』

「うん、もうすぐだね」

 

 いよいよ不安になって来るヤマネ。この世の者ならざる雰囲気を放つ謎の少女を凝視しつつ、ちらりと横を見やると、少し離れた所に疲れ果てた様子の自分の仲間達がいた。自分はさっきまで仲間達と一緒に戦っていた事を今更の様に思い出した。

 

 戻ろう、と強く思う。理解は出来ていないが、この非現実じみた、夢の中の様な状況から、早く抜け出さなくては。

 いつものみんなが待っている、大変だがそれなりに楽しみもある魔法少女の日常に、早く戻らなくては。

 その時、背後から誰かに見られている気配を感じた。

 

 人間の何倍も大きな()()()()()()を想像出来るだろうか。

 袈裟を纏った()()()()()()の様に背の高い男が、しゃがみ込んでヤマネ達を覗き込んでいた。

 

(魔獣…………全部倒したと思ったのに………!)

 改めて周りを見てみれば、同じ姿をした巨人が3、4匹、ぬらり、またぬらりと森の闇の中に溶けて行っていた。

 あれだけの数、爆発を受けてもどうにか生き残れた魔獣が幾らか居たのだろうか?仲間を一気に減らされて分が悪いと判断したのか、めいめい腕や胴体の一部が燃えて無くなった魔獣達が、森の方に退散して行く。

 しかし、この一匹は依然としてヤマネ達を視ている。

 

 ヤマネはいつもの様に、魔法で自分の武器を召喚しようとした。

 

(あれ?……………あれ!?)

 

 しかし、いつもの光球を放つ仙人杖は、中々彼女の手の中に現われてくれない。

「リホちゃん!ルルちゃん!みんな!助けて!」

 彼女のいつもの仲間達は、惚けた様に座っているだけだ。しかも誰も彼女の方を見ていない。

「リホちゃん!ルルちゃん!みんな!」

 聴こえる自分の声も、何だかいつもの声とは違うみたい。

 

「……………んー?そっか、こいつらには見えてるんだ」

 携帯をいじっていたマントの子が顔を上げ、魔獣の顔とにらめっこした。

「リホちゃん!ルルちゃん!みんな!」

「まあまあ、そう慌てなくても」

「なんでそんなに落ち着いてるの!」

 

 ついにヤマネは話し掛けてしまった。こっちは必死だと云うのに、そんなに落ち着き払った態度を取られたら苛々もする。

 

「こっちはじぶんのいまの状況も分かってないのに!あなたはいったいだれなの?係のものってなんなの?いまはいつのなん時だって……魔法少女だよね?この町の子じゃないよね、どこからきたの?

 自分だけなんでも知ってる風にへらへらして!あなた、わたしをばかにしてない!?っていうか、よく見たらひょっとしてあなたわたしより年下なんじゃないの?ため口使って、『嫌いじゃないけどさ』じゃないよ、ふざけないでよ!

 いいかげんに……………」

 

 しーーーーーーーーーっ……………………

 

 パニックを起こしたヤマネに、マントの子がそう、長く、尾を引いて静かに言うと、周囲の空気がしーんと冷えて、静まりかえった。

 そして、彼女はじっと動かない魔獣を見やると。

「……とっとと行きな。あんた等の出る幕じゃないよ」

 低い静かな声の意味を理解したのか、しなかったのか、暫くすると魔獣は仲間達の待っている闇の中に這入(はい)って行った。

 

 それから数秒間、ヤマネは固まったまま動く事が出来ず、マントの子も暫く魔獣が歩いて行った方をじっと見ていたが、やがて彼女は夜闇に不釣り合いな太陽の笑みと共に振り返ると、

 

「……………ごめんねえ、ちょっと展開が急過ぎたよね。それで?知りたい事は何だっけ。今の状況。おっけー、分かった分かった。ゆっくり説明するから、取り敢えず()ずは落ち着いて………」

 

 彼女がそこまで言った時だった。

 

 がら~~~~ん ごろ~~~~ん がら~~~ん

 

 …………と、何処か遠くから重くて低い鐘の音が聞こえて来たのだ。

 

 その時ヤマネの脳裏に蘇ったのは、死んだじいちゃんが小さい頃寝物語に話してくれた山の妖怪の話だった。

 

 山に住んでる妖怪は、何故か大きな音や声を立てるのが好きなんだ。本当はそこには何も無いのに、木が切り倒されたような、ズズーンという音をさせる物は、一番よく居る。「太兵衛、来い」とか、「雷蔵、おいで」と、誰かの名前を呼ぶのも居るな。昔、声が聴こえたと言って、雷蔵と云う子供が森の奥の方に入って行ったきり、それから帰って来なかったということだ。山の中に家を建てると、天井裏からパラパラと豆を撒く音が聞こえる事もあるんだぞ。

 

 山に向かって勢い良く声を掛けてご覧。同じ声で返事が返って来るだろう。あれは、山の向こうに目や耳の良い妖怪が居て、からかっているんだよ。

 そいつには、山のこっちに居るお前の顔も、しっかり見えているんだぞ。

 

 身体が震えて来た。

 ヤマネは何がこの世で一番嫌いだと言って、ホラー系全般がまるで駄目なのだ。遊園地のお化け屋敷など、生まれてこのかた入った事が無い。

 じいちゃんは意地悪な人で、寝る前にわざと妖怪の話を聴かせ、子供の頃のヤマネが怖がってしがみついて来るのを見て笑っていた。

 

 今、聞こえている鐘の音も、山の妖怪が鳴らしているのだろうか。

 ヤマネには見えていないが、夜目の利く口が耳まで裂けた恐ろしい形相の妖怪が、もうすぐそこでヤマネの姿を見つめているのだろうか。

 マントの子も動きを止め、その鐘の音にじっと耳を澄ましている様だった。

 

 鐘の音は段々と大きくなり、やがてすぐ近くで鳴っているのと同じ位の音量になると、途端にパッ、と辺りが明るくなった。

 

「……来たね。さあ、宜しく頼むよ……!」

 マントの子がそう呟いた。

 

 夜の森を真昼の如く明るく照らしたのは、空中に浮かぶ大きな魔法陣だった。

 ヤマネは思わず顔に手を翳すが、その強く眩しく、それでいて何処か神々しくて、包み込む様に暖かい光に見とれている自分に気が付いた。

 

 暫くすると、魔法陣の中から、光に包まれた何かが少しずつ出て来た。

 発光している為に判然としないが、それはどうやら人間の脚、それもヤマネと同じ少女の脚に見えた。

 

 靴を履いた足首が完全に現れると、続いて脛、太もも、腰とお尻、ヒトの身体のパーツが少しずつ、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。

 最早目を離せなくなっているヤマネは、一部始終をただぼうっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を掛け、腰までが完全に姿を現すと、それは宙に浮いたまま突然動き出し、

 ………………過激なホラー漫画かシュールなギャグみたく、狭い出口につっかえたかの様に、宙に浮かんだ人間の下半身だけがじたばたと動き出したかと思うと、やがていきなり、

 

 どすんっ!

 

 ………………と、人影が落下し、魔法陣は消えた。

 

「………………あああいっ!つぁ~~~っ、腰ぃっ、腰、打った…………!」

「ちょっ、ちょっと大丈夫!?」

 

 ハッと我に帰るヤマネ。一瞬、何が起きたのか理解出来ず、置いてきぼりにされるヤマネ。

 

「あぁすいません、大丈夫です、さやかさんお疲れ様です~………いやぁでも、まさかあんなとこに出口が開くとは………って、あわわわわ」

 

 落ちた衝撃で脱げた帽子を慌てて被り直すその子を、まじまじと見つめるヤマネ。

 

 髪は短いが、ふわふわしていてテディベアの毛並みみたいだった。外国のホテルマンか、郵便配達員の制服を思わせる、黒をベースに金のボタンや刺繍が悪目立ちしない程度に入った上品な、それでいて女の子らしく脚が出た衣装に身を包み、顔はと言うと、何と言うか、親しみ易さがにじみ出ている様だった。

 肩には(かばん)を斜めに掛けている。

 

 「さやか」と呼ばれたマントの女の子に助け起こされたその少女はヤマネの方をちらりと見ると、「さやか」に質問した。

 

「……………こちらの方が、そうなんですか?」

「うん、そうだよ。この子があんたの、今回の担当」

「へぇ~……………はぁ~…………なるほどなるほど…………はい!分かりました!それじゃあ、張り切って!『ナビゲーター』のお役目を、果たさせて頂きます!」

 

 自身の両のほっぺたをばしっと叩き、イテッと呻き、そしてナビゲーターを名乗った彼女は、帽子を取ってお辞儀をすると、すぐにまた被り直した。あまり身体から放したく無いのだろう。帽子の中央に(はま)ったタイガーアイに似た石は、生命(いのち)の輝きを放っていた。

 

「ご本人様確認をさせて頂くので、お名前とご年齢をお願いします」

「………わたし?わたしは渥美ヤマネ、15歳」

 帽子の少女は鞄の中からペンとキャンパスノートを取り出して書き込んだ。キャンパスノート?何故、キャンパスノート?しかも何か表紙に落書きが描いてあるし…

「ヤ、マ、ネ、さんと……………はい、結構です。この度は誠にお疲れ様でした。私達の美しい世界を守って下さって、本当にありがとうございます。『円環の理』に代わって御礼申し上げます」

 

「繰り返しになりますけど、本当にお疲れ様です。でも本当に大変なのはここからだと思うんで、お互い初対面になりますが、一緒に頑張りましょう。

 初めまして、ヤマネさんの『円環の理』へのナビゲーションを担当させて頂く、芽育(めぐみ)奈尾(なお)と申します」

 

 

【挿絵表示】

 




 さて、ちょっと遅れて登場して頂きました、この子。芽育奈尾。「芽」を「はぐくむ」と書いて「めぐみ」。我ながら無理のある苗字。下の名は「ナビ」から。この人が主役のつもり。この話が本題で、前話はプロローグ。
 何と言うか、魔法少女ものの、それも主人公には一見見えない外見デザインのイメージで描いてます。
 彼女の出自についてはおいおい。

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